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日本の巨匠・奈良原一高を知ってる? 宮沢章夫と観る強烈な写真展

日本の巨匠・奈良原一高を知ってる? 宮沢章夫と観る強烈な写真展

内田伸一
撮影:相良博昭

同世代からの賞賛と、前世代からの批判。奈良原流「パーソナルドキュメント」が描き出した新しいリアル

後半の展示「壁の中」は、和歌山の女子刑務所を撮影した写真群です。ここでも、観る者は最初の1枚から心を強く引き付けられます。そこに写るのは、監獄のドアに開いた監視窓から、鋭い視線を送る女性。

奈良原一高『「王国」より壁の中』 ©Narahara Ikko Archives
奈良原一高『「王国」より壁の中』 ©Narahara Ikko Archives

宮沢:何が印象的かって、覗き窓の上にカレンダーが貼られている点ですね。修道士とは違い、彼女たちは出所を待ちながら暮らしている。暦は1956年……僕が生まれた年だ(笑)。でもカレンダーがこちら側にあるということは、この女性は外から監獄内を覗く監視係でしょうか。でも、こう撮るには囚人側にカメラマンがいなければならず、よく考えると不自然というか、普通には撮れない視点のような気もします。

たしかにここに並ぶ女子刑務所の写真は、構図が洗練されていたり、窓際に女性誌が並べられていたりするなど、構成的な要素を強く感じるものもあります。当時、奈良原の写真は同世代の若手評論家たちに絶賛された一方、上の世代の写真家たちからは、そうしたことを含め批判的な声もあったとか。たとえばリアリズム写真を追究した土門拳は奈良原のデビュー作『人間の土地』について、「生活から遊離した抽象化はやりきれないな」と評しています。

なお、今回の取材に同行してくれた本展担当学芸員の増田玲さんは、こう話してくれました。

増田:戦後に登場してきた奈良原さん世代の写真家たちは、それまでにない映像感覚が特徴の1つと言われていました。それは今回、写真集の構成を展示空間化したことであらためて体感できると思います。でも土門拳さんたちの世代のリアリズム的な価値観からは、受け入れ難い部分もあったのでは。奈良原の写真と方向性はまったく違いますが、そうした構成的なアプローチの写真が戦時中にプロパガンダとして使われてしまったことへの忸怩たる想いもあったのかもしれません。

奈良原一高『「王国」より壁の中』 ©Narahara Ikko Archives
奈良原一高『「王国」より壁の中』 ©Narahara Ikko Archives

宮沢さんはお話を聞きながら、「でもここには、作品と対峙することで観る側の内に出現する何かがある」と語ります。

宮沢:奈良原がこの作品を撮っていた1950年代の人々の感じ方と、今この作品を観ている僕らの感じ方に必ず違いはあるはずで、それは理解しておくべきだと考えます。さらに人それぞれ違う想像が働くものだけど、それは主観だとしても、すごく大きなものですよね。『王国』は、2つの特殊な世界に切り込んでいるけれど、これらが並ぶことによって、そこに別の効果が出現していると感じます。先ほど、この作品が当時掲載された『中央公論』の展示も見ましたが、論壇誌が当時の知的層に与える影響力って、今では想像できないくらいの強さがあったはずです。この点でも、反響の大きな仕事になったのだろうと想像します。当時はルポルタージュ的性格が強かったとのことですが、こうして観るとドキュメントというより、絵画に近い何かを感じました。それは後半、顕著になってゆきますね。

奈良原一高『「王国」より壁の中』 ©Narahara Ikko Archives
奈良原一高『「王国」より壁の中』 ©Narahara Ikko Archives

奈良原が撮りたかったのは、修道院や刑務所という特異な場所のドキュメントというより、それを通して見えてくる「自分たち自身=人間」の普遍的な問題だったのでしょうか。2つの対照的な場所を同時に見せる構成も、いわばその効果を強化・増幅させる仕掛けであるようにも思えます。「パーソナルドキュメント」の「パーソナル」が指すのは特定の被写体というより、自分自身、あるいはより普遍的な「個人」なのかもしれません。

奈良原と写真の出会いは「サブカル元年」とシンクロする?

ところで、宮沢さんと言えば、近年はテレビ番組で日本の戦後サブカルチャー講義を行うなどの活動でも知られています。そうした視点からは、奈良原の写真にどんなものを見て取ることができるでしょうか?

宮沢:よく使われる「サブカル」という言葉は1991年に、雑誌の『SPA!』で生まれました。つまり、「サブカルチャー」から「サブカル」への変容ですが、単なる言葉の変化ではなく、意味も異なると僕は考えています。「サブカルチャー」の定義は人によって様々ですが、僕はそれを、1956年に生まれた概念だと考えているんです。アメリカでも、1950年代の半ばに生まれたと捉えられることは多いようですね。

1956年は、エルヴィス・プレスリーの『ハートブレイク・ホテル』が1月に大ヒットし、ロックンロールという言葉が生まれ、アレン・ギンズバーグが詩集『吠える』(1956年)を出版し、ビートジェネレーションが登場する時期です。日本では、石原慎太郎の小説『太陽の季節』が『芥川賞』を受賞し、「太陽族」が登場した年。表現として一括りにはできませんが、自身の内に問いかける声に対峙し、旧来とは異なる何かを発動させる、またそれが「何かとの出会い」で始まったことは共通しています。

宮沢:「ロックンロール」は、黒人音楽と白人が出会うことで出現したという歴史がある。ギンズバーグは精神病院で出会った詩人のカール・ソロモンによって新しい詩への契機を与えられた。真面目な苦学生だった石原慎太郎にとっては、それが奔放な弟・裕次郎だったはずです。奈良原さんの作品は当然、ファインアートですが、1956年に最初の個展を開いたというのを今回知って感じたのは、たとえ無意識だったにせよ、同時代における共時性をともなった感覚があったのではないでしょうか。

宮沢章夫

『王国』に取り組むきっかけになったと言われる、奈良原のデビュー作『人間の土地』は、美術史を学んでいた大学院生時代、長崎沖の炭鉱の島(通称:軍艦島)や、桜島の火山地域で灰と共に暮らす黒神集落など、過酷な条件で暮らす人々を撮った作品ですが、その出会いと経験が、写真家・奈良原一高を誕生させたのかもしれません。なおこのデビュー作『人間の土地』は、同館の所蔵作品展『MOMATコレクション』にて同時に展示されています。

宮沢:『人間の土地』で、すでに2つの場所を並べるコンセプトを実践していますよね。所蔵作品展『MOMATコレクション』でも展示されている1970年代のニューヨークで撮影したシリーズ『ブロードウェイ』も含めて、以降の写真も今回の取材を機にいろいろ見てみました。その後、ヨーロッパやアメリカにも渡航するなかで、時期と共に作品も当然変化はし続けたでしょう。どちらかというと、洗練さや演出的な効果が、よりわかりやすくなっていく印象がありました。ただ僕はやはり、『王国』の持つあの強度にすごく惹かれるんです。

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イベント情報

『奈良原一高 王国』

2014年11月18日(火)~2015年3月1日(日)
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館2F ギャラリー4
時間:10:00~17:00(金曜は20:00まで、入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(1月12日は開館)、12月28日~2015年1月1日、1月13日
料金:一般430円 大学生130円
※高校生以下および18歳未満、65歳以上、キャンパスメンバーズ、MOMATパスポートをお持ちの方、障害者手帳などをご提示の方とその付添者1名は無料
※2015年1月2日、1月4日、2月1日、3月1日は無料観覧日

書籍情報

『NHKニッポン戦後サブカルチャー史』
『NHKニッポン戦後サブカルチャー史』

2014年10月10日(金)発売
編著者:宮沢章夫、NHK『ニッポン戦後サブカルチャー史』制作班
価格:1,944円(税込)
発行:NHK出版

プロフィール

宮沢章夫(みやざわ あきお)

1956年、静岡県生まれ。劇作家・演出家・作家。「遊園地再生事業団」主宰。1980年代半ばに竹中直人、いとうせいこうらとともに「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」を結成。作・演出を手がける。1990年「遊園地再生事業団」の活動を開始し、1993年『ヒネミ』で『岸田國士戯曲賞』、2010年『時間のかかる読書』で『伊藤整文学賞評論部門』を受賞。主な著書に『サーチエンジン・システムクラッシュ』(文藝春秋)、『ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第三集』(新潮社)、『東京大学「80年代地下文化論」講義』(白夜ライブラリー)などがある。

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