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「他人」とは何だろう? 異色のアート展で知る「自分」の弱さ

「他人」とは何だろう? 異色のアート展で知る「自分」の弱さ

杉原環樹
撮影:相良博昭
2015/06/01

自分とは一見つながりのない空間や時間、違う価値観を生きる人々の存在。そんな「彼or彼女たち=他者」と、私たちの世界はどのような関係を持てるのか。なんだか大きな話に思えますが、じつはそうでもありません。たとえば近年の日本では、さまざまな政治的課題に関して、一般の人々が異なる意見をぶつけ合う姿をよく目にするようになりました。原発問題に安全保障政策、沖縄の基地問題、大阪都構想……。SNSを通じて、身近な人の意外な意見に驚く。そんな経験をした人も多いのではないでしょうか。

宗教や国籍といった大きなものから、周囲の人との習慣や趣味の違いといった身近なものまで。当たり前ですが、自分とまったく同じ背景を持つ人間は1人もいません。東京都現代美術館で開催中の『他人の時間』展は、そうした「他人」との関わり方について、あらためて考えるきっかけを与えてくれる展覧会です。出品者はアジア・オセアニア地域から集められた18名のアーティストたち。彼らが描き出した問題は多種多様ですが、そこに共通するのは「他人」との出会いを通して「自分」の可能性を探る、そんな姿勢でした。

(メイン画像:アン・ミー・レー『船上警備、アメリカ海軍病院船コンフォート、ハイチ(「陸上の出来事」シリーズより)』2009年)

「日本にかぎらず、いろんな国でナショナリズムが加熱している。社会が不安定になると、その反動として『アイデンティティー』を求めがちになる傾向はあると思います」

取材陣を迎えてくれたのは、展覧会を企画したキュレーターの一人、崔敬華(チェ・キョンファ)さん。東京都現代美術館に勤める以前は、ヨーロッパやアジア諸国で展覧会やアートプロジェクトに関わってきたという経歴の持ち主です。今展覧会の企画発案にはどんなきっかけがあったのでしょうか。

東京都現代美術館『他人の時間』展 エントランス
東京都現代美術館『他人の時間』展 エントランス

:この展覧会につながる「他人との関係」の問題について考え始めたきっかけは、2007年まで転々としていたヨーロッパやアジアでの経験でした。たとえばオランダでは、「マルチカルチュラリズム(多文化主義)」を促進するアートプロジェクトに関わったのですが、主催者が提示する「文化の多様性」という言葉に違和感を感じたんです。オランダでは、ヨーロッパ系オランダ人と、非ヨーロッパ系移民の格差問題が長らく続いていますが、ただそれを両方尊重しましょうというだけで、その間にある社会的・経済的ヒエラルキーや対立が、いかに作られているのかという問題意識があまりに希薄だった。日本でも、よく「違う国・文化を尊重しましょう」という紋切り型のメッセージが語られますが、たとえば自分を「日本人」という固定的なポジションに置きながら「他人」に接しているかぎり、どこまでいっても平行線の関係で終わってしまう。そこで、自分の立ち位置を見つめ直しながら、「他人」との新しいつながり方を模索したい。そんな作品に注目したいと考えるようになりました。

崔敬華(東京都現代美術館 学芸員)
崔敬華(東京都現代美術館 学芸員)

企画が通り、3人の共同キュレーターたちと動き出したのが2013年のこと。しかし準備が進むのと並行して、社会の状況は展覧会が目指すのとは真逆の方向に進んでいったと言います。

:2013年当時は「最近、日韓や日中の摩擦が激しいな」と感じる程度で、それも徐々に改善されていくだろうという楽観的な見通しを持っていたんです。しかしご存知の通り、そこから日韓、日中の関係はますます悪化し、ヘイトスピーチのような現象が社会の表に現れるようになりました。また、そのころはまだ遠かったイスラム諸国の問題も、イスラム国の人質事件などを通して身近になり、日本でも「イスラモフォビア(イスラム恐怖症)」が散見され始めています。こうした状況は日本にかぎらず、各国でもナショナリズムが加熱している。グローバル社会の中で人々や情報の行き来が増えたり、社会が不安定になると、その反動として「アイデンティティー」や「本質」を求めがちになる傾向はどの社会にもあるのだと思います。

東京都現代美術館『他人の時間』展示風景
東京都現代美術館『他人の時間』展示風景

似た問題は、日本国内の政治問題をめぐる人々の反応に関しても言えるかもしれません。とくにTwitterなどのSNS上では、自分とは異なる意見の持ち主が可視化されたことで、すべての人を「白か黒か」に切り分けるような論理が広がっていると感じます。

:みなさん、なんとなくピリピリとした空気を肌で感じているのではないでしょうか。議論が活発になるのは良いことですが、それが「他人」の思考を排除し、「自分」の固定化だけを促すものであるなら、生産的な議論とは言えないと思います。「自分」というものは一面的に捉えられがちですが、人の内面はじつは多面的で、矛盾した部分もある。ふとした瞬間、自分の意外な一面に出会うことはよくあって、そうした矛盾を認識することが大切だと感じます。今回の展示アーティストたちは、自らのアイデンティティーや立場の強化ではなく、自分自身がどんな存在でありうるのかを考えることで、「他人」とのつながり方の可能性を垣間見せていると思います。

良くも悪くも「他人」が目に入りやすくなり、彼らとの関わり方を模索する必要が増しているようにも見える現代。はたして展示作品では、どのような思考のヒントが提示されているのでしょうか。

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イベント情報

『他人の時間』展

2015年4月11日(土)~6月28日(日)
会場:東京都 清澄白河 東京都現代美術館 企画展示室1F
時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
出展作家:
キリ・ダレナ
グレアム・フレッチャー
ホー・ツーニェン
サレ・フセイン
ジョナサン・ジョーンズ
河原温
アン・ミー・レー
イム・ミヌク
バスィール・マハムード
mamoru
ミヤギフトシ
プラッチャヤ・ピントーン
ブルース・クェック
下道基行
ナティー・ウタリット
ヴァンディー・ラッタナ
ヴォー・アン・カーン
ヤン・ヴォー
※ナティー・ウタリットのみ5月下旬より展示予定
休館日:月曜
料金:一般1,000円 大学生・専門学校生・65歳以上800円 中高生600円
※小学生以下無料
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添者2名までは無料

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