『ふたりで描く、ひとつの絵』

『ふたりで描く、ひとつの絵 〜三尾あすか・あづち姉妹がひとりの「アーティスト」になるとき〜』 第3話:「突然あらわれた、黒い獣」

第3話:「突然あらわれた、黒い獣」

誰もが心のなかに「戦い」を抱えている

前回の連載第2話で、僕は彼女たちの創作姿勢が「楽しいから描いている」というものから変わりつつある、と書いた。ただその時点では、彼女たちはまだ自覚的でなかったかもしれない。しかし、この『ダレもシラナイ戦い』には、自分たちの心のなかにある「闇」や「葛藤」と対峙して、それを乗り越えようとする姿勢がハッキリと見て取れた。その戦いには、例えばクライマーが切り立った壁を登るときのような、相手というより「自分との戦い」がウェイトを占める類いの厳しさが宿っている。適当に看過してしまえば済むかもしれないのに、自分が成長を遂げるため、妥協を許さず正面から立ち向かおうとする彼女たちの「厳しさ」。絵から漂ってくるただならぬ雰囲気を感じた僕の心は、ギュギュッと一挙に収縮していた。

第3話:「突然あらわれた、黒い獣」

絵を眺めているうちに頭に浮かんだ、「彼女たちにとって、この黒い獣とはどんな存在なのだろう?」という疑問について伺ってみると、「生き物だけど、生き物じゃない。『魂が入っていない』ようなイメージです。すごくインパクトはあるけど、影のようなぼんやりとした存在にしたかった」という答えが返ってきた。

その言葉を聞いた僕が連想したのは、スタジオジブリのアニメ『千と千尋の神隠し』に登場するキャラクター、カオナシである。真っ黒い形をしてお面を付けた不思議なキャラクターで、まさに「影のようにぼんやりして」おり、人間誰もが抱える心の孤独を具現化したような存在だ。あすかとあづちは今、カオナシ的な捉えどころのない不安感を抱えているのではないか。

第3話:「突然あらわれた、黒い獣」

僕がこれまで見てきた彼女たちの絵は、楽しい雰囲気のものや物哀しいものなどさまざまな感情が現されているものだったが、カオナシのように得体の知れない感情と、これほどまでに正面切って向き合い、勝負を挑んでいるような作品はなかったように思う。彼女たちが新たな局面を迎えたことに新鮮な驚きを感じながら、思い切ってその原因となった出来事について追及してみることにした。

    —なぜいまのタイミングで、ここまで強い葛藤が絵に出てきたんでしょうか?
    あすか 実は、あまり言いたくないんですが…、現在や過去の自分がすごくイヤになってしまったんですよ。これまで積み上げてきたことも無意味に思えて、「全部捨てたい!」という思いにどっぷりはまり込んでしまって。きっと誰でも、そういう弱い気持ちを持っていると思いますが、それってすごく辛いものですよね。この絵を描くことで、そんな思いと戦ったんです。妖精は、葛藤のなかに差し込んでくる、希望の光みたいなものとして描きました。
第3話:「突然あらわれた、黒い獣」

 

あすかが語った「積み上げてきたことが無意味に思えて、全部捨てたくなる」という感情。それは、ありていに言えば「自分を全否定したい」という感情であり、想像するだに辛いものである。この黒い思いを克服するべくキャンバスへ向かい、人の心へ訴えかける作品に仕上げること。それが、プロの画家として彼女たちが選び取ろうとした道筋だった。

こうした類いの作品制作へ臨むにあたり、ふたりにとってすごく励みになることがある。まさに、「ふたりで描く」という創作方法である。なぜなら、ひとりでは潰れてしまうような局面でも、ふたりで力を合わせて乗り越えることができたり、また思わぬパワーを発揮することもできるからだ。クライミングする際に、強力なバディ(相棒)がいるといないとで、登頂成功の如何が決まるようなものである。

あすかとあづちも、お互いの存在が救いになっていることを実感している。次のあづちの言葉に、耳を傾けてみよう。

第3話:「突然あらわれた、黒い獣」
    あづち 『ダレもシラナイ戦い』のもとになったのは、あすかの個人的な葛藤でした。でも、隣にいるあすかが暗い気持ちだったら私もそうなるし、一緒に乗り越えていきたいと思ったんです。ふたりして「これからも絵を描いていって本当にいいのかな」と自己嫌悪に陥っていたんですけど、絵を描いているからこそ、葛藤を吐き出せる面もある。やっぱり、「私たちが生きている」っていうことに繋がって、絵ができていくんだなっていうことを再認識しました。いやなことがあったときに楽しい絵は描けないし、自分では意識していなくても、出てきてしまうような感情ってあると思います。

自己嫌悪に陥るほどに辛いことなのであれば、絵から逃げ出してしまえばいい。そう考えてもおかしくはないところだが、「ふたりでいた」彼女たちはそうしなかった。ひとりが苦しんでいても、もうひとりとその気持ちを分かち合うことができる。そしてともに苦しみながら、気持ちをキャンバスにそのままぶつけて、作家として前進していくことができる。

「ふたりで創作する」という方法は、ここへきて劇的なまでにそのポテンシャルを開花させてきた。ふたりが戦う姿勢が如実に現れた本作は、ともすると彼女たちと同じような無力感に苛まれることがある僕の心を揺さぶり、そしてまた、励ましてもくれた。

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