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『クリエイターのヒミツ基地』 Volume19 細金卓矢(映像作家)

切り絵、ドローイングを用いたアニメーションやグラフィックデザインを手掛け、次代を担う映像作家を紹介する書籍『映像作家100人 2012』(ビー・エヌ・エヌ新社)にも選ばれた、稲葉まりさん。YUKIやUA、髭(HiGE)などのMVでアニメーションを制作したり、BECKの来日公演に提供した映像のほか、LUMINE ESTが発行するポスターのアートディレクションを手がけるなど、第一線で活躍しています。ガーリーかつスタイリッシュな色彩と、特徴的なイラストが非常に印象的な稲葉さんの作品ですが、そのクリエイティブに行きついたのは、さまざまな作家や作品に影響を受けながらも、「自分ならではのものを伸ばす」という基準で人生を選び取ってきた結果。ちょっと変わった幼少時代から突然の美大進学、そしてクリエイティブユニット「生意気」のアシスタントを経てフリーになった稲葉さんの歩みを振り返るとともに、最近では「日本の伝統文化に興味を持ち始めた」という将来の展望についても話を伺いました。

テキスト:宮崎智之(プレスラボ)
撮影:CINRA編集部

稲葉まり(いなば まり)
東京都目黒生まれ。2002年に多摩美術大学グラフィックデザイン学科を卒業後、クリエイティブユニット「生意気」に勤務し、印刷物(CDジャケット、ポスター、カタログetc)、ミュージックビデオ、ライブ映像制作、企画展などに関わる。2006年より独立。グラフィックデザイン、ドローイングやコマ撮りを用いたアニメーション制作、ディレクションを行っている。2010年に新作アニメーション作品を含むDVDシリーズ「VISIONARY」発売。

稲葉まり(いなば まり)

10円を10人から集めていた、ちょっと変わった少女時代

父親が転勤族で、東京、愛知、神奈川、広島などに住んだ経験がある稲葉さん。幼少は感覚的な教育で個性を伸ばす「モンテッソーリ」理念の幼稚園に通っていたそう。初めてアートに触れたのも、そこでの友達とのやりとりだと言います。

稲葉:一軒家みたいな場所を園舎にしている少人数制の幼稚園で、とても変わったところでした。「お仕事」という名目で裁縫をしたりしていましたが、基本的にはみんなが一斉に同じことをするのではなく、それぞれ自分が好きなことをやって良いという教育法で、のびのび過ごした記憶があります。一番、印象に残っているのが、絵が描けるスタンドにチューリップを描いていたときのこと。「上手く描けた」と思って、スタンドの裏側を覗くと、友達がぐちゃぐちゃの絵を描いていたんです。それを見て、「なんて自分の絵はこじんまりしているんだろう」と思ってしまいました(笑)。

ちなみに、アンネ・フランクやGoogleの共同創立者もモンテッソーリ教育を受けたそう。幼稚園では小学生が背負っているランドセルに憧れ、ミニチュアを紙でよく自作したりしていたそうです。稲葉少女のユニークなエピソードは、まだまだ続きます。

稲葉さん

稲葉:中学校の時、校舎内に自動販売機があって、ある日突然「10人から10円ずつもらったらジュースを買えるんじゃないか」と思い付いてしまい、「10円ちょうだい」と友達に片っ端から声をかけていたことがあります。今思えばとんでもないことですけど、「みんなからちょっとずつもらえば、自分が苦労してお小遣いをためなくても大丈夫なんじゃないか」と、その時は思ってしまったんですね。でも、当たり前のことですが、よっぽど手間がかかるということに後から気付いてやめてしまいました(笑)。

また、高校では、女子高生が高価なブランド品を身につける流行がどうしても気に入らなくて……。工芸の授業で革のキーケースを作った際には、ブランド品のパロディ作品を制作し、1人で「してやったり」と思っていたことがあります。

少しへそ曲がりながら、それでいてどこか憎めない少女だった稲葉さん。「自分ならでは」を目指す、片鱗が見え隠れしていたようです。

「生意気」との出会い

幼稚園時代の「モンテッソーリ教育」、そしてその後も交換日記などに絵を描いては友人にも好評だったという稲葉さんですが、美術に抱いていたイメージは意外にも「暗くてまじめそう」だったと言います。父親は学生時代サッカー部のキャプテン、祖父も大学でアイスホッケー部の監督を務めていたスポーツ一家で育ったこともあり、「部活と言えば運動部でしょ!」と、バレーボール部で汗を流していました。そんな稲葉さんが美大に進学しようと思ったのは、進路を考え始めた高校時代のこと。

稲葉:高校は進学校だったので、勉強もかなりしていました。でも、必死に努力しても、クラスで6番目が限界。「あれだけ頑張ったのに、努力の割には……。たぶん、自分は勉強で卓越することはないだろうな」と思ってしまい、自分が最大限に力を発揮できる進路を見つけようと考えたんですね。私はイラストがうまい人というイメージを周囲から持たれていたのと、自分でも伸ばして行けそうな気がしたので、「これだ!」と思って、美大進学の予備校に通うことにしました。「自分の得意なジャンルを開拓していこう」と。

その後、多摩美術大学グラフィックデザイン学科に進学。2年生まではデッサン中心の授業が多く、多浪した友人は「予備校みたいでもの足りない」と言っていたそうですが、現役で入学した稲葉さんにとっては基礎固めをする有意義な時期でした。転機になったのは、3年生からアニメーションの授業を取ったことです。

使用道具

稲葉:その授業を担当している教授が並外れたアニメマニアで。カナダ、ロシア、チェコなど、世界中のアニメーションをたくさん見せてくれて、とても新鮮でした。世界には、ものすごい超人みたいなアニメーション作家がいっぱいいるんだということを思い知らされて、本当に驚きましたね。私ではとても太刀打ちできないと思っていたんですけど、そう思いながらも何とかアニメーションを学び続けました。

就職に関しては、「現実的なものより、夢とファンタジーに関わっていきたいな」と思っていたという稲葉さん。大学4年の時に、もうひとつの転機が訪れます。知人の伝手でデイヴィッド・デュバル=スミスさんと、マイケル・フランクさんによるクリエイティブユニット「生意気」に勤めることになったのです。

稲葉:大学4年生の時に、「生意気」と一緒に仕事をされていた知り合いの方から、「グラフィックデザイン学科なら刺激になるんじゃないの」とご紹介いただいて、一度、事務所に遊びに行ったことがきっかけで出会ったんです。就職活動をしていなくて時間があったので、その後に「なに手伝うことはありませんか?」と電話したところ、デイヴィッドさんが「あるかもよ」って(笑)。ちょうどそのころ、「生意気」では、本のエディトリアルの仕事をしていたのですが、PhotoshopやIllustratorが特別にできるというわけでもなく、とても即戦力だとは呼べない人材だったんですけど、アシスタント補助として学びながら働いていました。

後から分かったことなんですが、「生意気」の2人は私のことをインターンのつもりで気軽に呼んでいただけだったらしいんです。それなのに私が「あの、アルバイト代は……?」なんて聞いたものですから、「じゃあ払おうか」みたいな感じになったらしくて。ざっくりした感じで、大好きな職場だなと思いました(笑)。

「自分ならでは」を追求した、先にあるもの

「生意気」では、YUKI、L'Arc-en-Cielや宇多田ヒカル、土屋アンナなどメジャーアティストのジャケットを手掛けていたこともあって人の出入りが激しく、刺激的な毎日を送りました。アシスタント補助からアシスタントに
昇格し、「生意気」で活躍の幅を広げていったもの
の、独立という道を選んだのは、「自分ならではの
ものを伸ばす」という高校時代に美大進学を決めた
時と同じ動機からでした。

稲葉:私はダジャレも好きだし、シニカルな作風が好みだったので、「生意気」の作風はツボだったのですが、当時、ベジェを使用したシンボリックなグラフィックも多く、自分がやってもいまいちな作品しかできなくて…。「生意気」のアシスタントだから生意気風のものを作りたいとは思っていても、私が制作したものよりもデイヴィッドさんがサッと作業した方がいい作品ができてしまうんですね。

一方で、「生意気」時代に学んだことも、現在の作風に生きていると言います。

稲葉:昔から、色面構成には苦手意識を持っていましたが、「生意気」の2人は海外出身ということもあって、独特の色使いをするんです。紫の横に茶色を合わせたりだとか、私では考えもつかないような配色ばかり。それまでは、「かわいい色にはかわいい色を合わせる」みたいなことがセオリーだと思っていたので驚きました。最近では、あれだけ苦手だったのに「色使いが素敵ですね」と言われるようになって、不思議な気持ちになることもあります。苦手意識があったからこそ、いろいろな作品から吸収しようと思っていたことが、実を結んだのかもしれません。

独立後も、UAによる楽曲“黄金の緑”のMVにアニメーションで参加したり、友人の金谷裕子さんと制作したアニメーションがBECKのジャパンツアーで使用されることになったり、精力的に活動していきます。切り絵をコマ撮りしてアニメーションを制作するスタイルを確立したのは、サザンオールスターズの関口和之さんがリリースした“口笛とウクレレ2”のMVを制作したことがきっかけですが、ひとつの作風に凝り固まるのではなく、さまざまなクリエイティブを柔軟に手掛けていることも特徴で、最近制作した、SMAPのライブで流すアニメーションもその一例でしょう。

稲葉:『Gift of SMAP CONCERT TOUR '2012』に使用する映像を制作しました。そのなかの1つ“エンジェルはーと”は、赤と青の線で丸型の男性と女性キャラクターを表現し、歌詞に沿ったストーリーのアニメーションをパラパラ漫画で作っていくという企画です。物語を追うといっても説明的になりすぎないように、ある程度、物語と距離を置きつつ、親しみの持てるアニメーションに仕上げました。この前電車に乗っていたら、この青丸そっくり男の人を発見したのですが、まさに私が絵を描く際イメージしていた人だったので、ビックリしました(笑)。

また、アニメーションだけではなく、LUMINE ESTのポスターをディレクションするなど(制作:KANZAN)、グラフィックの舞台でも活躍しています。「LUMINE ESTはたくさんの店舗の集合体なので、動物とか、ソフトクリームとか、ティーカップとか、人形とかを盛りだくさんに賑やかに配置して、楽しくかわいい雰囲気を出そうと心掛けました」というように、『不思議の国のアリス』のティーパーティーのような、ガーリーで、どこか不思議な世界観を見る者に提示し、大きな反響を得ています。
これまでは、アメリカやヨーロッパなど洋風の作品に影響を受けてきた稲葉さんですが、最後に今後の目標を聞くと、意外な言葉が返ってきたことも印象的です。

稲葉:最近では、日本の文化や歴史に興味があります。祖母の世代の着物などの伝統作品も、本当に技巧・完成度が圧倒的で驚かされます。今まで自分が培ってきた切り絵などの手法を使って、日本を意識した作品を作ってみたいです。「ザ・和風」みたいな意識し過ぎにならないで、自然な形で楽しめるようになったら挑戦してみようかな、と。

稲葉さんのいう「自分ならでは」とは、固定されたコンセプトを大上段に構えるタイプのものではなく、その都度の興味に素直に従うことを言うのでしょう。これからの稲葉作品が、どのように進化していくのか、楽しみでなりません。

使用道具
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