シャイなラッパー「やけのはら」の軌跡

夏、夜、フロアに集った若者のむせ返るような熱気…。七尾旅人との“Rollin’Rollin’”も記憶に新しい、やけのはらの待望の初ソロ作『THIS NIGHT IS STILL YOUNG』は、そんなキラキラした光景の詰まった、間違いなく今年の夏のサウンドトラックになるであろう、とびきりの一枚だ。やけのはらと言えば、DJ、ラッパー、トラックメーカー、さらにはyounGSoundsでのバンド活動と、そのマルチな活動に注目が集まりがちだが、「とにかく新しくて、面白いことを」と考えていた学生時代から時を経て、今の彼は「ただいい曲を作る」ことを何より大事にしている。そのシャイネスに隠された、真摯な音楽への愛情を感じてほしい。

(インタビュー・テキスト:金子厚武 撮影:柏井万作)

中高生が考えそうなギミックの全てを尽くして、ライブハウスの人に怒られて、「もうお前らやめろ」って途中で演奏をやめさせられました。

―やけのはらさんはDJであり、ラッパーであり、トラックメーカーであり、バンドにも所属していて、実に幅広い活動をされていますが、そもそもの音楽活動のスタートはどんなところからだったんですか?

やけのはら:難しいんですよね… 「どこからが音楽か?」みたいな話になるっていうか…。ええと、自宅にパソコンがあったんですよ。それについていた付属ソフトで、お遊びサンプリングみたいのが出来て、それで音を鳴らした時が初めて音楽を作った時かもしれないです。ギターとかの人だと「ギターを買った日」とかあるじゃないですか?それがないから結構あやふやなんですよね。

シャイなラッパー「やけのはら」の軌跡
やけのはら

―そこからトラックを作るようになっていったんですか?

やけのはら:なんとなくパソコンで「ハクション大魔王」の声とか録ってみて、繰り返してみたりとか。その2度目のコピペのボタンを押した瞬間が、僕がミュージシャンになったタイミングかもしれないですね。一回録っただけだとパソコンに取り込んだだけで、それをループさせた時点で音楽になったと思うんで。中学生ぐらいだと思うんですけど。ただ、それもトラックと呼べるものではなくて、録音遊びのレベルでした。

―では初めて人前でプレイしたのは?

やけのはら:それはバンドかもしれないですね。中高生ぐらいのときに、同級生とバンド的なものをやってたんです。それで近所のライブハウスの高校生イベントみたいのに誘われて。

―バンドはロックっぽい感じ?

やけのはら:全然違いますね。技術も経験もないくせに、新しい、面白いことをやりたいっていう気持ちはあったんで、いい意味ではない「なんだかよくわからないもの」でした。ミクスチャーといえばミクスチャーだけど、混ぜ方の分配率がある種の黄金率、気持ちいいバランスになって「ミクスチャー」ってジャンルになるわけじゃないですか?でも、いろんなことをしたいんだけど、よくわかんないみたいな、志だけは高いバンドでしたね。

―ライブはどんな感じだったんですか?

やけのはら:最初のライブのときはベーシストが二人いましたね。どっちが弾いてるかわかんないみたいな、ダミー・ベーシストがいて。持ち曲もあったんだかないんだか、適当に演奏して騒ぐみたいな。ステージの上で相撲を取るとか、中高生が考えそうなギミックの全てを尽くして、ライブハウスの人に怒られて、「もうお前らやめろ」って途中で演奏をやめさせられました。

―(笑)。若くして、既成のものには乗っかりたくないっていう意識があったんでしょうか?

やけのはら:うーん、高校生の頃には多分ありましたね。世代的にパンクからは十年以上経ってたし、最初に好きになったのがヒップホップとテクノだったから、ロック・バンドで普通にいい曲を作るのって成立しない気がして。今はそこからまた進んで、逆にバンド形態でテクノとかより面白いことをやってる人いっぱいいる気がしますけど。



ただ「いい曲」を作るっていうのが、いろんなものが溢れ返った後に、最終的に残る強さかなって。

―DJをやるようになったのはいつ頃からですか?

やけのはら:DJは20歳越えてからですね。クラブ・ミュージックが好きだったんで、レコードを買ったりはしてたんですけど、人前でやるようになったのは20歳越えてからです。

―一応順番的にはバンドの時期があって、それからDJ?

やけのはら:並列ですね。高校生ぐらいになると、「ハクション大魔王」のループから、もうちょっと曲っぽいのを作るようになってたんで。自分の意識としてはそっちがベースで、当時バンドは「友達とそういうのもやってる」ぐらいな感じでした。

―DJ、ラッパー、ミュージシャン、アーティスト…どんな肩書きが一番しっくりきますか?

シャイなラッパー「やけのはら」の軌跡

やけのはら:ラッパーはしっくりこないですね…。アーティストもないですね、ちょっと恥ずかしい。言われた中だったらミュージシャンですかね。DJっていうよりは「ディスクジョッキー」とか。90年代はDJバブルだったんで、その残り香でDJって言うの恥ずかしいんですよね。

―アルバムでキミドリの“自己嫌悪”をカバーしていますが、キミドリはパンクとヒップホップの両方に接点を持った、言わばクロスオーヴァーの先駆け的存在ですよね。この曲を選んだのは、そういうことに対する共感が背景にありましたか?

やけのはら:キミドリが単純に好きだったっていうのはまずあるんですけど、歌詞的にカバーしやすかったんです。ラップの途中で<オレスチャアニ>とかあったらカバーできないじゃないですか(笑)。歌詞の書き方がいい意味でラップっぽくない、他の人が歌っても成立するなっていうのは気づいてたんで、カバーしようと思ったんですけど。

―この曲の<時々自分が不安になる>っていうリリックを当時キミドリがどういう文脈で使っていたのかはわからないんですけど、ジャンルレスであることは自由な一方で、拠り所がないという<不安>も同時に感じるのかな?って思ったんですけど。

やけのはら:うーん、あんまりないですかね。意識して、派党みたいのとか、どっかの下についたりとかはしたくないってずっと思ってましたけど。どこかに属すと「こういうのしちゃダメ」とか色々あるじゃないですか。そもそもジャンルレスっていうのは自分の中でそんなに意識してないですよ。世の中的にはジャンルで同じように括られても、自分から見たらメンタリティが遠かったり、音的にも親近感があったりなかったりするんで。ジャンルどうこうっていう引き出しで分けてないっていうか。

―先日、CINRAで七尾旅人さんにインタビューをさせていただいたんですけど、旅人さんとやけのはらさんは同い年ですよね?旅人さんは自分の音楽性と時代背景の関連を話してくれて、思春期にオウム事件や酒鬼薔薇、震災といった社会の価値観を大きく揺るがす出来事が相次いで起こったことによって、自分の音楽性も、白と黒ではっきり分かれるのではなく、多様性を含むものになったとおっしゃっていました。やけのはらさんは自分の音楽性と時代背景の関連をどうお考えですか?

やけのはら:ええと、酒鬼薔薇とかオウムとかが自分の音楽的なスタイルに影響を与えてるかはわかんないですけど、旅人君の言ってるようなことが大まかにはわかるっていうか。僕が思春期を過ごした90年代は、インターネットはなくても再発のCDがいっぱい出たりとか、今に通じる情報が溢れ出した年代なんで、自然とそうなった(多様性を含んだ)感じはありますね。逆に今はジャンルに縛られてる人ってあんまりいないんじゃないですかね?寝る前はフォークを聴くけど、昼はノリノリでテクノを聴くライフスタイルって、音楽好きな人なら普通だと思うんで。今ジャンルに縛られてる人って、逆にかっこいいなって思いますね(笑)。

―ジャンルに即したアティテュードを信じてやり続ける強さっていうのもあると思うんですけど、ジャンルがなくなった時代の中で、何を信じて音楽をやり続けるのでしょうか?

やけのはら:それは近年ぼんやり見えてきてて。このジャンルが新しい、手法が新しい、マーケティングが新しいとかっていうのはほぼ擦り切れきって、頑張って何かをちょっと打ち出しても、サイクルが速くて意味がないように感じるんです。自分がそういうのに触れても心がときめかないっていうか、ついて行く気もないし。“Rollin’Rollin’”を作ってる頃にはもうそういう気持ちがあったと思うんですけど、逆にすごい普通に、ただいい曲を作ることに頑張るっていう。こういうビートが新しいとか、バンドもやってラップもやってるのが新しいとか、そういうことは一切考えてなくて、自分の持ち駒の中でただ「いい曲」を作るっていうのが、いろんなものが溢れ返った後に、最終的に残る強さかなって。

シャイってことだと思うんですけど、カッコついちゃうのが恥ずかしい。ラッパーの性格じゃないんです(笑)。

―楽曲の良さは当然ありつつも、そこにアーティストのエモーションが乗ってるかも重要で、やけのはらさんの音楽はその部分も大切にしてるんじゃないかなって。

やけのはら:確かに、意識してたかもしれないですね。ラップにもいろんなスタイルがあって、リズミカルで耳が気持ちいい、パーカッションみたいな人とかいるけど、自分のスタイルとしては自分のラップで何か残るような感じの曲がアリっていうか。こういうラップのスタイルが新しいとかやばいっていうよりも、「あそこがよかった」「グッときた」っていう根源的なところで戦っていくしかないんじゃないかって。なので、おっしゃっていただいたような、エモーションというか、そういうポイントっていうのは意識してましたね。

―ある意味で“Rollin’Rollin’”はそういう考えの最初の一歩…

やけのはら:最初だったかは覚えてないんですけど、そういう意識はありましたね。エレピがあって、普通な音色のビートのパターンがあって、歌があってラップがあって、別に変わった要素は何もなくて、でもそれでいいって思ってたというか。でも、ちゃんと現代性も出るだろうっていう意識もあったし。

―そう思って作った曲が広く受け入れられたことに関してはどう感じましたか?

やけのはら:広く受け入れられたかは僕にはわかんないです(笑)。あと共作なんで、旅人君もすごくいい感じにやってくれて…そうだな、でも作った時に「いい曲ができたんじゃないか」って意識はあって、それを「いい」って言ってくれる人がいたんで、「あ、大丈夫だな」って思いました。ちゃんと自分が思ってるベクトルで曲を作っていくことで成立するなって。

シャイなラッパー「やけのはら」の軌跡

―では改めて、今回のアルバムですが、自分の名義でのアルバムを作ろうという構想自体はいつ頃からあったんですか?

やけのはら:気持ち的には5、6年前からありました。徐々にバージョンを変えていったり、ほとんど残ってないとも言えるんですけど、2004、5年に作った断片も入ってるんで、DJとか色々しつつ、ここ5年ぐらいで作ったものをまとめこんだって感じですね。

―ボーカル・アルバムっていうのは早い時点で決めてたんですか?

やけのはら:それは完全にそうですね。DJをいっぱいやって、DJで知ってくれる人が増えていく中で、逆にこういうのも作っておかないと、DJの人になっちゃうっていう意識もあったし。ラップ活動でどんどんっていう意識じゃなかったから、時間はかかったんですけど、やりたいことの一つとして、ずっと強くあったんで。

―フロアの感じがすごくするアルバムですよね。

やけのはら:自分が見えてる景色で一番興味を持てるものがそれだったっていうか。平日週5で大工をしながらラップしてるとかだったら、木こりのこととかラップしてみようって浮かぶかもしれないけど(笑)、自分がの生活からはそれは出てこないというか。あと、ラップの人のパーティー・アルバムって、ラッパー目線で「盛り上がろうぜ」とかだと思うんですけど、(このアルバムは)ものすごいDJ目線なんですよ。この目線でラップ・アルバムを作るのは珍しいんじゃないかとは思いました。

―なるほど!確かにそうかもしれないですね。

やけのはら:ラップの人のパーティー感の「楽しもう」みたいのが一切ない、夜の人たちを眺め、かき回してる人、みたいな。“Rollin’Rollin’”の時点からそうで、あまりそれを指摘した人はいなかったんですけど、一人だけ「そこが面白いね」って言ってくれたDJの人がいて、「あ、やっぱり DJの人だとわかるんだな」って。

―逆にラッパー目線というか、自分についてラップをする表現への興味はありますか?

やけのはら:DJ目線っていうのも、なんでDJをやってるかっていうと、性格的にラッパーよりDJの方がやりやすかったんですよね。一人称で「俺はこうだ」とかそういうのは、自分からは自然に出てこない。それはやっぱり性格なんです。シャイってことだと思うんですけど、前に出るのも恥ずかしいし、カッコついちゃうのも恥ずかしい。ラッパーの性格じゃないんです(笑)。

―(笑)。でもアルバムの最後の曲“GOOD MORNING BABY”は、強い言葉もたくさん入っていて、他の曲とちょっと違う印象も受けました。

やけのはら:“GOOD MORNING BABY”は一番最近できた曲なんですけど、他の曲がほとんど揃ってたんで、一番最後になる、次へ向かう曲を作ろうっていう意識はあった気がしますね。日本のロックっぽい歌詞にしてみたんです。清志郎さんとかはやっぱり好きだし、もうちょっと言い切るっていうか、そういうベクトルを推し進めるのもありかなって。

リリース情報
やけのはら
『THIS NIGHT IS STILL YOUNG』

2010年8月4日発売
価格:2,500円(税込)
felicity FCT-1003

1. Summer Never Ends
2. ロックとロール
3. SUPA RECYCLE
4. 自己嫌悪
5. ECHO FROM PARTY
6. NIGHT&NIGHT&YOU
7. DING DONG DANG
8. DAY DREAMING
9. ECHO FROM RECORD
10. Rollin' Rollin' (アーバンソウル)
11. I REMEMBER SUMMER DAYS
12. BYE BYE BYE
13. ECHO FROM SUMMER
14. GOOD MORNING BABY

プロフィール
やけのはら

2003年、アルファベッツでアルバム『なれのはてな』リリース。その後、イルリメ、STRUGGLE FOR PRIDE、サイプレス上野とロベルト吉野、BUSHMIND、『ピューと吹く!ジャガー』ドラマCD等、50作を超える作品に参加。DJとしても、『RAW LIFE』、『SENSE OF WONDER』、『ボロフェスタ』などのイベントや、日本中の多数のパーティーに出演。MIX CDも多数発表している。近年では、バンド「younGSounds」にサンプラー〜ボーカルで参加。2009年9月、七尾旅人×やけのはら『Rollin' Rollin'』をリリース。



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