定石からの解放 キリンジ インタビュー

昨年、世界一有名な兄弟バンド・オアシスは活動停止を余儀なくされたものの、日本が誇るポップ・マエストロ兄弟=キリンジのクリエティビティはとどまるところを知らないようだ。約2年半ぶりの新作『BUOYANCY』は、シングルとなった高揚感のあるポップ・ナンバー“夏の光”や、高樹が仰天のボーカルを聴かせるニューウェイブ調の“都市鉱山”など、新機軸を存分に盛り込んだ実にカラフルな作品に仕上がっている。それぞれが独自の視点で自らの曲に取り組みながらも、完成した作品にブレがないのは、兄弟ならではの相性はもちろん、二人の「ポップス」に対する愛情が根底に流れているからなのだろう。堀込兄弟にじっくり話を聞いた。

(インタビュー・テキスト:金子厚武 撮影:柏木ゆか)

「ポップスってこういうものだよね」っていうところから自由になった。

―2008年はデビュー10周年で、ベスト盤のリリースなどもあり一区切りという感じもあったかと思いますが、そこから今回の新作『BUOYANCY』に向けて、新たなモチベーションのようなものはありましたか?

高樹:10周年っていうのはあくまで数字なんで、我々としてはそこで何か区切りっていう気持ちはあんまりなかったですね。『7-seven-』(2008年3月リリース)の頃から2年ぐらい10周年って言ってたから、「もういいんじゃないか?」っていうのもあって(笑)。そういう風にスタッフなりレコード会社が盛り上げてくれるのはもちろんありがたいんですけどね。それよりもコロムビアに移籍してすぐ、お互いソロを作って、セルフ・プロデュースを始めてってという一連の流れの方が、自分たちには大きかったですね。

―昨年もそれぞれのソロ活動がありましたが、その意味合いはどういったものでしたか?

泰行:個別の活動をそれぞれ前進させていくというか、充実させていく動きっていうんですかね。やっぱり個別の活動をやることで、必ずキリンジに返ってくることもあるし、単純にキリンジがマンネリ化しないので、すごくいいことだと思いますね。

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堀込泰行

―では昨年のソロ活動から、今回のキリンジの作品に反映されたものとは?

泰行:僕の場合は単純に馬の骨(泰行のソロ・プロジェクト)でチャレンジした楽器が今回のキリンジのアルバムにも生かされてるし、レコーディングの進め方にしても、ソロは気合を入れすぎて時間が足りなくなることが多くて、この間のソロレコーディングもそうだったんで、そこを注意して。


―頑張り過ぎないということですか?

泰行:のめりこみ過ぎて周りが見えなくならないようにするというか、自分の曲と距離を取りながら、トータルでバランスを取ることを心がけましたね。結果的に今回のアルバムの収録曲には満足できました。

―高樹さんはザ・グラノーラ・ボーイズでの活動がありましたが、それは今回の作品にどのように反映されていますか?

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堀込高樹

高樹:ザ・グラノーラ・ボーイズっていうのはオリジナルにこだわってなくて、カバーとオリジナルが半々で、歌も歌わなかったり、キリンジよりは縛りがないというか、「このメンバーで出せる音だったらそれでいい、音楽のジャンルも特に問わない」って感じだったんです。「ポップスってこういうものだよね」っていうところから自由になったというか。それまでも自由にやってはいたんだけど、長年やってると定石みたいのが自分の中にたまっていっちゃうんで、それを何とかしたいっていう気持ちがずっとあって。ザ・グラノーラ・ボーイズでわりと自由にやれたんで、気分転換になったっていうと彼ら(メンバー)に申し訳ないけど(笑)、改めて自由に曲作りをやろうって気持ちになったことは大きいような気がしますね。

自分の感覚的な部分をどう共有するかっていうことを意識しながら作った。

―確かに今回の作品はこれまで以上に作風が幅広くて、ある意味チャレンジングなアルバムだと思いました。

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泰行:ここ何年かだと思うんですけど、自分たちが聴いて育ったもの、好きでよく聴いてたものとは違うものを作るというか、もちろん、そういうものからの影響があって曲ができてるんだけど、それに近づけて喜ぶってことはなくなってきましたね。違った味付けをすることに喜びを感じるようになってきたというか、ビートルズが好きだから、ビートルズとは違うことをやろうっていう発想ですね。それでキリンジとしてよりオリジナルなものができたら面白いなって。

高樹:音楽的な形式を見習うっていうよりも、例えば今回の“セレーネのセレナーデ”は、酔っ払った感じとか、浮遊してる感じ、フワフワした感じを表現するにはどうしたらいいかとか、“夏の光”だったら、聴く人も演奏する側も気持ち良くハイになれるようにするにはどうしたらいいのかとかそういう感じで、自分の感覚的な部分をどう共有するかっていうことを意識しながら作ったかもしれないです。

―ではアルバムの具体的な話に行かせてもらうと、まずはそのシングルにもなった1曲目の“夏の光”が、非常に高揚感のある、キラキラとした楽曲で、新しいキリンジを感じました。この曲はどのようにして生まれたのでしょう?

高樹:初めはフォーク・ソングみたいな曲だったんです。サイモン&ガーファンクルみたいな素朴な曲だったんですけど、家で色々リズムを組み立てたりしているうちに、もうちょっとハイな感じにならないかなって思ってシンセを入れたりして。パット・メセニーがトランスをやってる感じが聴きたいなって常に思ってて、結果的にこの曲がそれに近い感じになったかなって。

―やっぱり、さっきおっしゃっていたようにザ・グラノーラ・ボーイズでの経験があって、より自由な、新しいものを作ろうっていう意識が働いたのでしょうか?

高樹:新しいものを作りたいっていう気持ちは常にありますからね。でも、メロディと歌唱を中心に考えると、そんなに極端には変わらないんですよ。だからどうしてもサウンドだったり、曲の構造そのものを変えていくしかなくて、それをやらないとどうしても停滞感が出ちゃう。何が何でもじゃないけど、やはり作品を出すからには何かしらのサプライズを感じてほしい気持ちはありますね。特にシングルに関しては。

―アルバムの曲ですけど、“都市鉱山”のボーカルはかなりのサプライズでした(笑)。

高樹:あれはね…あそこまで驚かすつもりはなかった(笑)。なんかファンキーな曲ができて、ニューウェイブみたいなギターが入って、初めから僕が歌ってたんですけど、口で歌ったら全然良くなくて。Aメロとかメロディ自体は地味っちゃあ地味ですから、ニューウェイブっぽい感じで試しにやってみたらあれができたんです。意外と簡単で、誰でもできるんですけどね、やるかやらないかだけ(笑)。

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―(笑)。泰行さんとしては今回のアルバムの中で特に満足度の高い曲というとどれになりますか?

泰行:“秘密”が一番トータルでよくできたかなと思ってて、自分のボーカルもよく歌えたと思うし、アレンジもそうだし、歌詞も面白いのができたなって。ちょっと物語っぽい歌詞っていうのはあんまりやらないので、新鮮で気に入ってますね。

―泰行さんも、今回新しいものを作ろうっていうチャレンジの意識が強かったと言えますか?

泰行:僕の場合はあまりのめり込み過ぎないで、客観的に曲を詰めていくっていうテーマがあったんで、この曲とかもすごくシンプルなデモしか作ってなくて、そんなにこだわりはなかったですね。逆にそれが功を奏したというか、歌詞もサウンドも遊びがやりやすかったですけどね。

何を聴いても、楽しみをそこから得たり、楽しみを探しながら聴いてるってことはポップスとして聴いてるってことだから、自分たちから出てくるものはどんな形でもポップスだと思うんです。

―高樹さんは楽曲との距離感を意識されましたか?

高樹:泰行が今言ったような意味での距離の置き方っていうのは、あんまりないかもしれないです。むしろ今回は、そういうことがないまま作ったかもしれない。さっきの“都市鉱山”のボーカルもそうだし、“夏の光”にしても、あんな風にずっとパッドシンセが鳴ってるっていうのはキリンジではあんまりなくて、いつもだったら「ここで一回音を抜こう」とか「もっと音像をクリアにしよう」とか思うと思うんですけど、そうしなかったのはある意味客観性を欠いてたのかなって。

―なるほど、そういう意味では楽曲との距離感はそれぞれ違うけど、でもアルバムにはちゃんと統一感があるのが面白いですね。

高樹:今回は先行して配信シングルが2曲出てて、それが収録されるので、どうしてもそれを意識はしましたね。その2曲っていうのは、キリンジがこれまでやってきたようなポップスのフォーマットからちょっと外れる感じのアレンジだったから、それを受けた感じのアルバムになるのかなってぼんやり考えていました。実際ポップス然としたものは今回あまりないですから、そういうところの共通意識は漠然とあったんじゃないですかね。

―「ポップス」っていうのはキリンジの代名詞だと思うんですね。ただ、今回の楽曲っていうのはとても「ポップス」と一括りにできるようなものにはなってないと思います。それでも、ご自身たちとしては「ポップス」を作っているという意識があるのでしょうか?

定石からの解放 キリンジ インタビュー

泰行:一般的に言われてるポップスのフォーマットから外れたものを自分たちが作ってても、意識としてはポップスを作ってると思うんですよね。何を聴いても、楽しみをそこから得たり、楽しみを探しながら聴いてるってことはポップスとして聴いてるってことだから、自分たちから出てくるものはどんな形でもポップスだと思うんです。職業作家がポップスに仕上げるっていう発想とは全然違うなって。


高樹:作ってるときに、「これはポップスの範疇に入るかどうか」っていうのは考えないと思うんですね。ただ、出来上がったものを聴いて、これをレコード棚のどこに入れておくかってなったときに、ポップスって幅が広くて、歌謡曲だってポップスだし、演歌だってポップスといえばポップスだから、「ここに入れておけばいいんじゃない?」ぐらいのことだと思うんです。「こんなおかしなことやってます、でもこれだってポップスなんです!」っていうのとは違う気がしますね。まあ、歌があってメロディがあって詞があって、我々がやってるのはメロディアスなものが多いから、やっぱりポップスの範疇に入るんじゃないですかね。

―やっぱり、いい歌・いいメロディっていうのがキリンジの作品の中心にあるんですね。

高樹:仮にジャズ・ミュージシャンとかPOPS以外のジャンルの人と一緒に何かをやったとしても、結局のところメロディなり歌詞なり泰行のボーカルなりを中心に考えるから、音楽的にどんどん逸脱していっても、「ポップスってことでいいんじゃない?」っていうところに行くような気がしますね。

世の中の若い人が、音楽をタダで得るものだと思ってるかもしれないことは問題ですよね。

―作家性と匿名性についてはどうお考えですか? テクノのアーティストが、作ってる自分自身よりも何よりその音楽自体を重視するような、そういう姿勢に共感する部分はありますか?

泰行:自分で曲を書いて自分で歌ってるんで、やっぱり自分を表現したいってところがあると思うんですね。ただ自分自身のことを知らない人が聴いても面白いものにしたいっていう気持ちもあるし、シンガーソングライターなんだけど、レコーディングそのものを楽しんでる部分もあるんで、いわゆるギター一本で自分の表現が完結するタイプの人とは違うと思うんです。それでも自分で曲を作って歌ってるっていうのが確実にあるので、作品がまずあって、自分が後ろにいるって感じにはならないですね。

高樹:匿名性と作家性が分かれてるっていうのは錯覚なんじゃないかって気がします。確かに個人を介入させないような音楽はあるけど、でもそれを作ってる人はいるわけで、そこにはその人なりの作家性があって、それはどんな音楽であっても切り離せないと思うんです。作家性みたいなものばかりが肥大してしまってる人も中にはいて、そういうタイプと我々は違うっていうことですね。一番注目してほしいのは音楽だっていう。

定石からの解放 キリンジ インタビュー

―よくわかります。では最後に、今の変化の激しい音楽業界の中で、ミュージシャンとしてやっていく上で何が重要か、何が問題かということに関して、話していただけますか?

高樹:世の中の若い人が、音楽をタダで得るものだと思ってるかもしれないことは問題ですよね。テレビをつけたらタダで面白いことが見れるっていう風にテレビ世代が感じるように、音楽も『金曜ロードショー』を見るのと同じ感覚で、タダで楽しむのが普通だって思う人が段々増えてくると思うんですけど、そうなったらいったいどうなって行ってしまうんでしょうかね。意地悪く言えば(笑)、まあ、タダだと思ってる人にはタダでいいレベルのものしかあげられない気はするけど。本当は5分あって後半すごくいいんだけど、3分ぐらいで終わっちゃうとか(笑)。でも一方ではよりハイクオリティなものを聴きたいという人も当然いるわけで、ちゃんとクオリティの高いものを作れば、それを楽しんでくれる層も確実に生まれる気がする。そこはちょっと希望があるかなって。

泰行:すごくやりにくい時代にいるんだろうなって気はしますね。今ってDIYでやってるミュージシャンもたくさんいるけど、それをやるには音楽以外のことで頑張る必要があるというか、その人の行動力・営業力が必要で、僕らはそういう力がないというか、苦手なタイプだし。ただ、今回自分たちでいいと思えるアルバムができたし、まだキリンジで色々できそう、次はもっと良くなりそうっていう予感があるんです。音楽を取り巻く時代環境は良くないんだけど、自分たちのメンタリティはすごく良くて。ミュージシャンとしてのやる気、モチベーションが高いままなのはすごくいいことだと思います。不思議なんですけどね。

―確かに不思議ですけど、非常に心強いですね。

泰行:周りが落ちてんじゃないかって気もするんです。ちょっと意地悪というか、自惚れかもしれないけど、簡単に作れるようになってるから、ひどいものも増えてる気がして。そこでおごっちゃいけないんだけど、あんまり僕らみたいなことをやってる人もいないし、そう簡単にできることをやってるとも思ってないですからね。

イベント情報
キリンジ初のUSTREAM生放送
『生KIRINJI-TV <キリンジ「BUOYANCY」発売記念SP>』

2010年9月3日(金)20:00頃〜(19:00頃〜覗き見放送スタート)
出演:キリンジ(堀込泰行、堀込高樹)
企画・構成・MC:ミズモトアキラ

リリース情報
キリンジ
『BUOYANCY』
キリンジ
『BUOYANCY』

2010年9月1日発売
価格:3,150円(税込)
コロムビアミュージック エンタテインメント COCP-35901

1. 夏の光
2. 温泉街のエトランジェ
3. ホライゾン! ホライゾン!
4. Rain
5. セレーネのセレナーデ
6. 台風一過
7. 空飛ぶ深海魚
8. 都市鉱山
9. Round and Round
10. 秘密
11. アンモナイトの歌
12. 小さなおとなたち

プロフィール
キリンジ

堀込泰行と堀込高樹、兄弟ならではのハーモニーと洗練されたサウンド・プロダクションで奏でるキリンジ・ワールド。一昨年にデビュー10周年を迎え、ベストアルバム『KIRINJI 19982008 10thAnniversary Celebration』をリリースし、昨年は弟・堀込泰行がソロ・プロジェクト「馬の骨」で2ndアルバム『River』をリリース、兄・堀込高樹は「ザ・グラノーラ・ボーイズ」のメンバーとしてフェスなど活動も積極的に展開。お互いにソロを経験して音楽的な振り幅や自由度が高まったキリンジが、約2年半ぶりに8thアルバム『BUOYANCY』をリリース。さらに、秋には大型全国ツアーも決定している。



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