
今日本に必要とされている音楽フェス『Sound Live Tokyo』
- インタビュー・テキスト
- 島貫泰介
- 撮影:高見知香
東京文化会館の小ホールの音響って素晴らしいんです。そういう所でクラシックではない音楽をやりたい。(山口)
―先ほどの『The Quiet Volume』の2人で音を傾聴するという親密で内省的なパーソナルさは、もしかすると『SLT』全体が考える「音」の捉え方に関わっているのではないでしょうか。
丸岡:「ああ、もう何も考えなくてもいいや!」っていう快楽的な享受の仕方も音楽にはあるし、私自身もそれは好きなんですけど、『SLT』ではもっといろんなことを考えたくなるものを集めようっていうのが前提ですね。今年は「音そのものの作用」っていうのが裏テーマで、最終日に登場する八重山民謡の大工哲弘さん、口琴(ホムス)を使う音楽グループであるアヤルハーンは特に顕著です。大工さんは東京文化会館内の小ホール、アヤルハーンは上野恩賜公園の野外ステージで演奏してもらうんですが、それぞれ空間の特性を生かしつつ、思わぬ音のポテンシャルを感じられると思います。
山口:東京文化会館の小ホールの音響って素晴らしいんです。クラシックの世界では常識です。そういう所でクラシックではない音楽をやりたいというのが出発点でした。
丸岡:去年はジャズピアニストの菊地雅章さんを東京文化会館の小ホールにお招きしたのですが、音の響きが凄かったですね。基本的にジャズって、レストランとかクラブで、食事やお酒と一緒に音楽も楽しむっていうのがスタンダードな鑑賞形式ですよね。でも、音楽だけに集中して聴きたいというニーズも確実にあって、前回、文化会館で菊地さんの演奏を聴いたジャズファンは驚いたと思う。今年出演していただく大工哲弘さんも、普段は琉球フェスティバルとか野外フェスでも歌う方で、三線と自分の声で沖縄・八重山の歴史を表現するんです。ある意味、土地の固有性に密着した音楽を、あえてコンサートホールで聴くことによって、さっき言った「音そのものの作用」を体感できるわけです。
―一方、アヤルハーンは野外ステージに登場しますね。
丸岡:彼女たちは、シベリアにあるサハ共和国出身のグループ。口琴って分かりますか? アニメ『ど根性ガエル』のオープニングで流れる「びよ〜ん」って音で有名な、口にくわえるタイプの金属の小さな琴。でも『ど根性ガエル』は「びよ〜ん」ですけど、この人たちは「ぶ〜ん」なの。
―「ぶ〜ん」ですか(笑)。
丸岡:アヤルハーンは超絶技法で知られる口琴界のスターなんです。実際、彼女たちの演奏って、使っている楽器は口琴だけなんですけど、「どこかで馬や鳥が鳴いているぞ」と思ったらそれも全部アヤルハーンが唄っているんですよ(笑)。それらをすべて3人でやっているから、観客を360度取り囲むように音が響いて、自然の全てがアヤルハーンの作ったものじゃないかって錯覚するぐらい。『The Quiet Volume』じゃないけど、空を飛ぶ鳥までも仕込みだと思うぐらい圧倒的です。大工さんとアヤルハーンは、同じ日に続けて見られるようにタイムスケジュールを組んだので、室内と野外の音の違いも比較しながら見てほしいです。
―『SLT』のウェブサイトで、アヤルハーンのPVが観られるじゃないですか。CGを駆使した神話的な世界が、独自すぎて気圧されたんですけど、ひょっとするとあそこで流れている音も全部……?
丸岡:100%、全部アヤルハーンです!
―凄い(笑)。それから、冒頭で話に出たクリスティン・スン・キムさんのお話もお伺いできますか。
丸岡:キムさんは生まれながらに聴覚を持たないアーティストで、音の振動や視覚的な変化を「社会通貨としての音と音声言語」というキーワードで作品化する人です。先天的に音が聴こえない彼女は、私たちの感覚で音に触れたことがないために、逆に音に対する鋭敏な感性と興味を持っているんです。私たちがごく当たり前に発話し、耳で聞き取って交わしているコミュニケーションを、キムさんは振動や視覚的な変化を伴った具体的な「物」として捉えている。
―キムさんのプロモーション映像を見ると、小型のコンタクトスピーカーを風船や絵具が入った容器に取りつけたりしていますね。音を聴取できないかわりに、さまざまな手段を使って音を「翻訳」しているようでした。
今、ますます厳しい時代になってきましたから、一人ひとりが一生懸命考えることを放棄しないようにしなきゃいけない。表現っていうのは、そのためにもあるわけじゃないですか。(丸岡)
―大工さん、アヤルハーン、キムさんの話を伺うと、『SLT』は社会空間の中で音がどのような役割を担っているのかを検証していくプログラムだと思いました。音楽フェスというと、同じ空間にみんなが集まって盛り上がるような祝祭性が特徴とされていますが、『SLT』では一人ひとりが音を受け取って、発見や感情を持ち帰るような体験が用意されている気がします。
丸岡:おっしゃる通りです。今、ますます厳しい時代になってきましたから、一人ひとりが一生懸命考えることを放棄しないようにしなきゃいけない。表現っていうのは、そのためにもあるわけじゃないですか。時代を更新するような表現活動を通じて、同時に自分が日々やっていることも問い直せるような体験になるといいなと思っています。
山口:『The Quiet Volume』はそれにすごくかなったプログラムの1つだと思います。パーソナルな体験だけれども、それが図書館という公共の空間の中で繰り広げられる。個があって公共があるという関係性を知覚の変化を通してあらめて気づかせてくれる作品だと思います。それは他の作品にも共通することじゃないでしょうか。
丸岡:倉地久美夫さん×マヘル・シャラル・ハシュ・バズや、飴屋法水さん×工藤冬里さんもそうですね。皆さん、それぞれ強烈な個性を持ったアーティストですから、彼らが関わることで、何が生まれるか本当に予想できない。でも絶対に面白いものが生まれると思う。でもそれは、美しいものなのか、それとも感情が剥き出しになるような恐ろしいものなのか。そういう分からなさも含めて楽しんでほしい。
つまらないものって本当はつまらなくないんですよ。ある違和感を感じられるだけでも既に豊かである、というか。(丸岡)
―ある意味、中身の分からないコンピレーションアルバムみたいですよね。音楽に触れる方法というと、今やiTunesを使って1曲単位で買うとか、YouTubeやニコニコ動画で断片的に聴くというスタイルが主流になりつつあります。でも、それってほとんど自分でセレクトした領域からはみ出さない世界観だと思うんですよ。でも、『SLT』は現代音楽もあり、民族音楽もあり、ジャズもあればサウンドインスタレーションもあって混然としている。
丸岡:そうそう。特に若い方は民族音楽とか縁遠く感じるかもしれないし、アヤルハーンの壮大な世界観にびっくりするかもしれないけど、食わず嫌いせずに観に来てほしいです。本当に驚くから。
山口:明確にコンセプトとジャンルを限定したプログラムではないことが『SLT』の特徴でもあるし、そういった多種多様さが、とても今的なのではないかという気がします。合目的性が強くなくてもいいと思うし、むしろ、観た後に違和感を感じてもらってもいいと思うんです。アートとはそういうものだと思います。
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
丸岡:それ大事なポイントですね。演劇を観るにしても音楽を聴くにしても、「ああ、これはこういうことを言っているのね、ためになりました」って、何かを持って帰る、もっと言うと「元を取って帰る」ってことが最近は重視されすぎていると思うんです。芸術体験って、もっと自由ですよね。例えばゴダールの映画を見に行ったら、自分一人しか客がいないなんてこともあって、でもそれはそれで愉快な体験だったわけですよ。SNSとかで、有名人や大勢のフォロワーが「これは必見!」って言ってる、じゃあ見に行くか、っていうのは文化受容の1つのあり方ではあるけれど、必ずしも正解じゃない。表現を見るって、つまらないものにも事故的に出会ってしまうことだし、つまらないものって本当はつまらなくないんですよ。ある違和感を感じられるだけでも既に豊かである、というか。
山口:その感じた違和感をも、1つの体験として受け取ってもらいたいと思いますね。
『東京クリエイティブ・ウィークス(『TCW』)』
それは、都内各地で催される芸術文化が満載の5週間。伝統芸能から現代アートにいたるまで、多彩な文化が一挙に集結。『Sound Live Tokyo』も、『TCW』の一環として開催される。
※『東京クリエイティブ・ウィークス』は、東京都及び東京文化発信プロジェクト室が実施します
イベント情報
- 『サウンド・ライブ・トーキョー』
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2013年9月21日(土)〜10月6日(日)
会場:東京都(以下同)
上野 東京文化会館、上野恩賜公園野外ステージ(水上音楽堂)、鶯谷 東京キネマ倶楽部、南麻布 東京都立中央図書館、六本木 スーパーデラックス、原宿 VACANT
参加アーティスト:
アント・ハンプトン&ティム・エッチェルス
倉地久美夫
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
クリスティン・スン・キム
飴屋法水×工藤冬里
大工哲弘
アヤルハーン
[サウンド・ライブ・トーキョー・フリンジ]
松崎順一、小林ラヂオ、堀尾寛太、嶺川貴子、鈴木昭男、灰野敬二、モノlith、イチオン、A.N.R.i.、電子海面
※各プログラムの詳細はオフィシャルサイト参照
- 『Tokyo Creative Weeks 2013』
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2013年10月1日(火)〜11月4日(月・祝)
プロフィール
- 丸岡ひろみ(まるおか ひろみ)
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国際舞台芸術交流センター(PARC)理事長。海外からのダンス・演劇の招聘公演に関わる。2005年より『TPAM』(11年より『国際舞台芸術ミーティング in 横浜』)ディレクター。2003年『ポストメインストリーム・パフォーミング・アーツ・フェスティバル(『PPAF』)』を創設。ダンス・演劇を中心に国内外のアーティストを紹介。2008年・2011年『TPAM』にて「IETMサテライト・ミーティング」開催。2012年、サウンドに焦点を当てたフェスティバル『Sound Live Tokyo』を開催、ディレクターを務める。
- 山口真樹子(やまぐち まきこ)
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東京文化発信プロジェクト室・企画担当ディレクター。主に海外発信・ネットワーキング事業を担当。2007年まで東京ドイツ文化センター文化部にて、音楽・演劇・ダンス・写真等の分野における日独間の文化交流に従事。特に舞台芸術分野で両国間の人的交流の促進を手掛けた。2008年からはドイツ・ケルン日本文化会館(国際交流基金)に勤務、ドイツ語圏を対象に舞台芸術、日本文化紹介、情報交流他の企画を担当した。