疲弊した都会から飛び出して Dorianインタビュー

これはさすがに驚いた。七尾旅人とやけのはらが2009年に放ったヒット曲“Rollin' Rollin'”のトラックを手がけたことで注目を集めてから、瞬く間に2010年代を代表するトラックメイカーのひとりとなった男、Dorian。これまでに出したオリジナルアルバムでは、都会的で煌びやかなディスコサウンドと甘いメロディーで、次々とフロアの聴衆を魅了していった彼だが、その前作『studio vacation』からおよそ2年ぶりとなる新作『midori』は、なんとほぼ全編がサンプリングで構築されている、かなりゆったりとしたムードのアルバム。これまでとはかなり趣の異なる摩訶不思議な音像が展開されているのだ。このどこかオーガニックな匂いの漂うチルなサウンドはどんな発想から生まれたものなんだろう? 特にDorianは近年のシーンにおける80'sサウンドを再定義していく流れを先取りした人でもあるだけに、もしかするとまた時代のムードが変化しつつある予兆を感じていたのかもしれない。そこで本人に話を訊いてみると、そこには彼の抱えていた葛藤や、ここ数年間に音楽活動をする中で得た実感も大いに関わっていることがわかった。それらの変化を経てできあがったこの作品は、間違いなくDorianという音楽家のイメージを塗り替えるものとなるだろう。改めて、その手腕に底が見えない男だ。

だんだんと「ずっと同じことを続けていくのってどうなんだろう?」という気持ちになってきたんですよね。

―新作はこれまでとはかなりアプローチが違う作品ですよね。制作方法も含めていろいろな変化があったのではないかと思ったのですが。

Dorian:音の作り方はかなり違いますよ。今まではリズムマシーンやシンセサイザーの音をベースにダンスミュージックを作っていたんですけど、今回は全曲でメインとなるものはサンプリング。だんだんと「ずっと同じことを続けていくのってどうなんだろう?」という気持ちになってきたんですよね。もちろんずっと同じことを続けていくことも大事ですし素晴らしいことだとも思いますが。

Dorian
Dorian

―それはDorianさん自身の創作欲求からきたものですか? それとも周囲のムードやシーンみたいなものを察知して思ったことなのでしょうか。

Dorian:両方ですね。ちょっと今までのやり方に疑問を感じてきました。

―なるほど。では、これまでの流れを少しだけ振り返ってみましょう。ファーストアルバム『Melodies Memories』は、タイトルにもあるようにDorianさんの思い出から生まれた作品だったそうですね。では、セカンド『studio vacation』についてはどうだったのでしょう?

Dorian:2枚目はファーストの延長線上にある作品で、さらに高めたものを作ろうと意識していましたね。その路線でさらにもう1枚作ればもっと先にいけるとは思ったんですけど、それだと自分の気持ちが高まらないというか、直感的に「今はこれを作ってる場合じゃないよな」という感じがしたんです。そもそもファーストアルバムを出すまでも、ああいうタイプの音楽ばかりをずっと作り続けてきたわけではないし。自分が興味を持った方向性がその2枚の時期と重なったということだと思います。

―なるほど。そこでDorianさんはどんなものに新しい刺激を求めたんですか。

Dorian:そこがけっこう悩んでしまって(笑)。なかなかしっくりこないまま、かなり長い時間が経ったんです。で、そんなときに七尾旅人さんから夜に電話がきて。その頃の彼は一晩で曲を作って翌日にアップするという試み(七尾旅人の即時配信企画「songQ」のこと)をやっていたんですけど、そのうちの1つを一晩でリミックスしてくれないかと頼まれたんです。

―一晩ですか!

Dorian:自分の作曲にどれくらい時間がかかるかも予測がつくので、これはけっこう難しいなと思って。それに旅人さんとの付き合いも長くなってきていたので、今までと同じようなものを作っていても面白くないと思って、いわゆるリズムマシーンのような類のものとシンセサイザーは使わないという条件を立ててみたんです。

Dorian

―自分に制約を課したんですね。

Dorian:そう。ちょうどその頃は僕が引っ越したタイミングだったんですよ。それまでは蒲田のけっこう猥雑な街に住んでいたんですけど、最近になって、ニュータウンの開発がまだそこまで進んでいないような場所に引っ越して。そのへんを散歩していたら、某リサイクルショップがあったんですね。

―そこでなにか見つかったんですか?

Dorian:特になんの目的もなく入ったら、ラックタイプのサンプラーが千円くらいで売ってるんですよ。恐らく定価は何十万もしていたようなものが、何十台も並べて売られていて。今ってパソコンが1台あればなんでもできちゃうから、そういうハードはいらなくなってきているんですよね。でも、僕はこれまでサンプリング主体の音楽を作ってきた経緯がなかったので気になって。

―あ、それは意外かも。ファーストを出す以前にもやったことなかったんですか?

Dorian:なかったんです。ハードディスクレコーダーの代わりにサンプラーを使ったりしてはいましたけどね。というのも、当時はパソコンやハードディスクレコーダーを買うお金がなかったので、自分で弾いたシンセサイザーや打ち込みをいったんフレーズサンプリングしてオーバーダブしていく作り方だったんです。だから、いわゆるサンプリングみたいなことはやってこなかった。自分が持っていた昔のサンプラーも壊れていたので、それがたまたま安く売ってたから、じゃあ買って使ってみようかなと。

―Dorianさんにとって、サンプリング主体の音楽は今回が初挑戦だったんですね。

Dorian:そうですね。それで実際に作ってみたら、「あ、これは面白いし、可能性がありそうだぞ」という手ごたえがあって。気分が変わったのはそこからですね。

自分の考えをすぐ行動に移せるタイプではなかったんですけど、それでもここ1、2年くらいはそうしたほうが絶対にいいなって、すごく思うようになったんです。

―新しい手法を手に入れたと。ちなみにそれは古い機材だったということも重要だったりするのでしょうか。

Dorian:うーん。そこはたまたまで、あくまでも手法が重要でしたね。ただ、今の時代だからこそ興味を持ったというのはあるかもしれません。引っ越しがなければこうもなっていなかっただろうし。

―生活環境の変化が制作に影響を与えたりはしましたか?

Dorian:そこは確実にあったと思います。今住んでいるところは里山なんかもけっこうあって、散歩することが増えたんです。それに部屋の窓を開けておけば、虫の声や風の音なんかも聞こえてくるんですよ。

―なんかそれって、新作のムードによく表れているような気がしますね。騒がしい街から田舎っぽい環境に移ったことで、なにかしらの気分の変化もあったんだろうなって。そういえば、さっきの旅人さんの話で1つ気になったんですけど、Dorianさんはあまり瞬発力で音楽を作ったりはしないんですか。

Dorian:まったくできませんね(笑)。それがじっくり作っているのか、ただ作業が遅いだけなのかはわからないんですけど(笑)。

―では、主にどんな作業に時間をかけるんでしょう。

Dorian:それは難しい質問ですね(笑)。なるべく具体的に言えば、音色を選ぶときかな。僕がサンプリングをする場合は、レコードを聴いて「あ、ここかっこいいから使おう」ってことはまったくしていないので。「かっこいい部分を基にして、それを発展させる」みたいなことはしないというルールを決めてたんです。

Dorian

―じゃあ、なにを基準にサンプリングソースを選んだのでしょう。

Dorian:はじめから自分の中で「この曲はこういうテンポ、キー、コード」というのが、決まっているんです。その上でそこに当てはまる音色をレコードから探し出していくっていう作業をしてましたね。

―それは……めっちゃくちゃ手間がかかりそうですね。想像しただけで心が折れそうです。

Dorian:多分ちょこちょこ折れながらやってました(笑)。しかもそれって、自分で弾いちゃえば済むことなんですけどね(笑)。でも、それだと自分の思っている感じとはちょっと違ってくるから、わざわざレコードから探すっていうルールを設けたんです。自分が納得できる音色なんてまずそうは見つからないから、大変でしたね。

―これまでのようにゲストボーカルを招聘するような方法ははじめから考えていなかったんですか?

Dorian:そうですね。今回の作品に関しては、いわゆる歌モノを作ることには興味がなかったんです。

―それはまた、どうしてですか?

Dorian:どうしてなんだろう。とにかく歌が入るイメージがなかった。歌を入れなきゃいけないような状況になったとしても、「そのときは自分で歌えばいいや」くらいの感じでしたね。もちろん歌は好きなんですけど、今回はもっと自分の曲らしさというか、そういうことのほうが大事だったので。

Dorian

―Dorianさんが考える自分らしさっていうのは、ご自身のルーツや原風景とは関係ありますか? 制作の途中で地元の静岡に帰ったりもしていたそうですけど。

Dorian:旅行で地元の山奥にある温泉まで行ったんです。その時点でアルバムの音作りは少しずつ始まっていたんですけど、その頃はまだアルバムの落としどころが見つかっていない状態だったんですよね。それが山奥の場所をまわっていくうちにピンときて。たとえばいつも都会に生活している人が、休日に山奥の温泉や田舎の風景を1日かけてゆっくりまわっていくような、そういう架空のネイチャートリップを味わえる作品にしてみたらいいなんじゃないかって。

―音像から浮かぶ風景がはっきりしてきたと。そういえば“Onsen Holiday”っていう曲もありましたね。この曲なんて、思わず笑っちゃうようなボイスサンプルも入ってて。

Dorian:あれはマスタリング3日前くらいにアルバムを聴き直したら、ちょっとまじめすぎるような気がして入れてみたんです。そこでVIDEOTAPEMUSICくんに「ちょっと風呂場っぽいアンビエンスとか、会話みたいな素材ってある?」と連絡したら、いくつか送ってくれて。その中からつまんだ感じなんです。

―そのオーダーで素材を用意できるVIDEOTAPEMUSICさんもさすがですね(笑)。Dorianさんは今回の作品に、そういうチルでリラックスできるようなムードを最初から求めていたんですか?

Dorian:きっとそうなんだろうと思います。今思えばガツンとくるような音に馴染めないようなモードだったのかもしれない。

―それって、ガツンとくる音楽に疲れていたってことでしょうか? まあ、疲れていたなんていうとネガティブな感じがしちゃいますけど。

Dorian:でも、実際にけっこうネガティブでしたよ(笑)。その頃の自分がリラックスしてやっていたかというと、むしろ疲れていたと言ったほうが近いとは思う。

―それって、周囲のムードに疲れたところもありますか? それで「みんなもっと気楽に行こうよ」っていう感覚になっていったとか。

Dorian:うーん。人に強要したいとは思っていないんです。ただ、「そうしたいならそうすればいいよ」くらいの感じですね。

Dorian

―でも、Dorianさんは今までの手法からガラリと変えて今回の作品を作ったわけですよね。そこには「現状を変えなきゃ」っていう強い思いが働いていたと思うんですけど、それを行動に移せたのってどういう理由があったのでしょう。

Dorian:あんまり我慢しなくてもいいんじゃないかなって思ったんですよね。人に偉そうに言えるような立場じゃないけど、みんな働きたくなければ働かなければいいと思うし、付き合いたくない人と無理して付き合う必要もない。音楽だって、自分が好きならそれを聴けばいい。まわりがいいと言ってるものをいいと言わなくてもいい。今って、自分で判断するという感覚がけっこう薄れているように思うんですよ。

―なんとなくわかる気がします。

Dorian:僕だって自分の考えをすぐ行動に移せるタイプではないのですけど、それでもここ1、2年くらいはそうしたほうが絶対にいいなって、すごく思うようになったんです。人生は一度きりなのに、我慢していたらそのままの状態ですぐに終わっちゃうなって。しかもそれが音楽にまで作用しちゃったら、ちょっと自分はつらいと思って。それこそ、ずっと「Dorian=アーバン」みたいなイメージでやり続けるのかと思うと、ちょっとね(笑)。

―自分の音楽のパブリックイメージが固定化されつつあったのが、ちょっとしんどかった?

Dorian:かなりしんどかったです。お恥ずかしながら、僕けっこうエゴサーチとかしてたんですよ。そうすると「この曲、Dorianっぽい」って言われているものがけっこうあって。実際にそれを聴いてみると、「いや、言いたいことはわかるけど……」みたいな感じで(笑)。つまり、だいぶイメージがデフォルメされてきてたんですよね。

音楽くらいはただ楽しいだけのものであってもいいんじゃないかって。

―では、もう少しライトな質問を。このアルバムを作っている頃のDorianさんが聴き手として楽しんでいたのはどんな音楽でしたか?

Dorian:それはいろいろありますよ。手法的なところの参考として、Art of Noiseの比較的ゆったりした作品とかはけっこう聴いてました。あとは音の配置やサウンドデザインの面で、Kraftwerkの『Electric Cafe』なんかも聴いてたし。あとは細野晴臣さんの『はらいそ』とか。

―確かに今挙げてくださったものは、今回の作品にも反映されている感じがありますね。同時にいわゆる「Dorianっぽい」とはまったく違う音楽でもあって。

Dorian:そうですよね。でも、これまでの過程を経なかったらこうはならなかったと思うし、もちろん過去に出した作品を否定するつもりもまったくないんです。質感としてこれまでの2作から残した要素もあるつもりだし。

Dorian

―では、その作品に『midori』というタイトルをつけた、その心を教えてください。あきらかにこれまでとは語感が違いますよね。

Dorian:タイトルを考えるのって一番難しいんですよね(笑)。はじめは『Melodies Memories』や『studio vacation』と同じように2つの単語を組み合わせるタイトルを考えていたんですけど、それだと説明的すぎるように思えてきて。悩んだ果てに思ったのが、どの曲も作っているときにパッとイメージしていたのが、みどり色みたいな感じだったんです。「音の色」なんて言うと、ちょっと気持ち悪いですけど(笑)。

―その「みどり」というのは、つまり自然を想起させるようなものですか? 人工的な匂いとはまた別のニュアンスというか。

Dorian:みどりってそのどちらの要素もあると思うんですよ。それに、あまり説明しないでいたいというのもあって。だから別に色じゃなくてもいいんです。例えば英語で「evergreen」という言葉があるけど、あれは色を指しているわけじゃなくて、時間を意味するものだったりする。日本語にも「緑の黒髪」なんて言い方もありますよね。あるいは「よりどりみどり」のみどりだっていい(笑)。聴いた人が好きなようにイメージを膨らませて、しっくりきてもらえればそれでいいんです。

Dorianのアーティスト写真
Dorianのアーティスト写真

―聴き手がイメージを広げるためのヒントのようなものかもしれませんね。どちらにしても、これまでの2作とは異なるカラーの作品ですよね。アーティスト写真のノリもちょっと違うし。

Dorian:まあ、これは若干ふざけているようにも見えるかもしれませんけどね(笑)。


―いや、むしろここにはさっきもちょっとお話しされていたような「そんなにシリアスじゃなくていいんじゃない?」みたいな気分も反映されているような気はしたんですが。

Dorian:確かにそれもあります。というか、別に真剣に捉えてくれてもいいし、もちろんそうじゃなくたっていいんです。だいたい音楽って、僕は生活に必要なものではないものだと思うんですよ。それこそ昔の話だったら別ですよ? 例えば、かつては仕事を覚えるために歌が作られた時代もあって、作業の内容が歌詞になっていて、その歌を覚えないと仕事にならなかったんですよね。そういう音楽の方が、ある意味シリアスと言えばシリアスじゃないですか。でも、今の音楽には値段がつけられていて、買っても買わなくてもいい、気楽なものですよね。だったら、音楽くらいはただ楽しいだけのものであってもいいんじゃないかって。なんとなく最近はそんなことを考えているんです。

リリース情報
Dorian
『midori』(CD)

2013年11月6日発売
価格:2,300円(税込)
felicity cap-182 / PECF-1079

1. Lost Seasons
2. Escape From The City
3. Onsen Holiday
4. River
5. Pieces Of Time
6. Night In Horai
7. Bird Eye Freedom
8. Legendary Pond
9. Silent Hill
10. Beyond The Horizon

プロフィール
Dorian(どりあん)

Rolandのオールインワングルーヴマシン「MC-909」を使ったライブやDJで東京を中心に全国各地で活動中。ドリーミーでロマンティックなアーバンダンスミュージックで各方面から絶大な支持を集めている。2009年、初の自主制作盤『Slow Motion Love』を発表。七尾旅人×やけのはら“Rollin' Rollin'”のアレンジ及びリミックスを手がけ両人へのアルバムへの参加のほか、DE DE MOUSE、LUVRAW&BTB、ZEN-LA-ROCKらの作品への参加や様々なコンピレーションやリミックス、CS放送のジングル制作やTV-CFへの楽曲提供等手がけている。2010年夏に1stアルバム『Melodies Memories』、2011年夏に2ndアルバム『studio vacation』をリリース。そして2013年秋、待望の3rdアルバム『midori』が完成。



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