日本人に洋楽は作れない YOSUKEKOTANIインタビュー

「作品」と「商品」の境界線はどこにあるのだろう。そこになにかしらの答えを見つけるのはとても難しいし、実際のところ、それはあってないようなものかもしれない。ただ、ひとつだけ言えるのは、ひとつの作品が商品化されていくと、その過程で失われていくものが確実にある、ということだ。では、それは一体どんなものか。

そこでぜひYOSUKEKOTANIのソロアルバム『ANYWHERE』を聴いてみてほしい。滞在した海外10都市(パリ、カサブランカ、バルセロナ、ニューヨーク等)のホテルで、MacBookと最小限の楽器だけを用いて制作されたという本作は、れっきとした彼のファーストソロアルバムでありながら、思いつくままに録ったデモトラックのような、ざらりとした手触りを感じさせる。まるで楽曲ができたその瞬間をそのまま冷凍保存したような生々しさが、『ANYWHERE』には収められているのだ。

彼が所属する音楽ユニットHARVARDの作品も含めて、YOSUKEKOTANIこと小谷洋輔がこれほどラフな作品を出すのは、間違いなく今回が初めてのことだ。そして、このアルバムに収録されたプライベートな匂いは、一般的な流通音源からはめったに感じ取れないものでもある。YOSUKEKOTANIは今、どんなことを思いながら録音に取り組んでいるのだろう。本人に話を聞いてきた。

言葉にすると気恥ずかしいけど、なにをするにもやっぱり情熱って大事だし、人に伝わるものって結局はそれだと思うんですよ。

―『ANYWHERE』は少し特殊な制作プロセスを経て制作されたアルバムのようですね。まずはその経緯から教えてもらえますか?

YOSUKE:まず、2011年にHARVARD名義で一枚アルバムを出したあとも、「なにか作りたいな」という気持ちが漠然とあったんです。それで特になにを作るでもなく、一人でずっと音源は作っていて。

―それは特にリリースするかどうかも意識せずに作っていたということ?

YOSUKE:そうですね。それが実際にソロとしてリリースさせてもらえることになって、実は去年の夏ごろに1度アルバムができているんです。でも、なんかそれが自分的にピンとこなかったというか、「本当にこれがやりたいのかな?」みたいな感じがしちゃって。

YOSUKEKOTANI
YOSUKEKOTANI

―というのは?

YOSUKE:たとえば、昔の一発吹き込みの録音物がなぜいまだにいいのかって、単純にそのときの情熱がそのまま収められているからなんですよね。言葉にすると気恥ずかしいけど、なにをするにもやっぱり情熱って大事だし、人に伝わるものって結局はそれだと思うんですよ。でも、その昨年の夏にでき上がったアルバムからは、どうもそういう自分の意志が感じられなかった。ただ録りためていたものをまとめたくらいにしか思えなかったんです。

―作品に自分の意志を通わせる必要があったと。それは初めてのソロ作だったからこそ意識したことでもあるんですか?

YOSUKE:いや、ソロであることにそこまで深い意味はないんです。たとえば、HARVARDでアルバムを作ったときも、そこには「こういう表現がしたい!」みたいな衝動や情熱があったと思う。でも、去年の夏にできたものは多分それがなかった。やっぱり作品って、ダラダラ作っちゃダメなんですよね。そんな頃にちょうど海外に行く機会を得たので、「じゃあ、海外で録ってみよう」と思ったんです。

―ひとつ気になったんですが、そのボツになった作品には情熱がなかったとして、それはもともとどんなモチベーションで録っていたものなんですか?

YOSUKE:もう、クセみたいなものですよね。僕にとって録音はものすごく日常的なことなので。たとえば、なにか音楽を聴いて「いいな」と思ったら、そのフレーズを自分で弾いてみたりするし、スケッチみたいな感覚ですね。

―なるほど。気になった音をまずは自分の手で再現してみるんですね。

YOSUKE:それにいざ音楽を作るときって、パッとすぐには作れないんですよ。まずはパソコンを開いて、音楽ソフトを立ち上げて、楽器を用意して、「よし、今から作るぞ!」っていう状態にする。そこからいろいろ試していく段階で、それまで自分が弾いてきたフレーズの積み重ねがヒントになったりするんです。だから、普段から録っているのはストックとかメモみたいなものですね。

20日間という短い期間でアルバムを1枚作ることを課したんですけど、自分の本質ってそういうときにこそ表れるような気がしたんです。

―では、そこで海外に行って、宿泊先のホテルで録るというアイデアはどのようにして思い立ったんでしょう?

YOSUKE:先ほどもお伝えしたように、録音することは自分にとっての日常なんです。でも、海外での生活ってすごく非日常的なものですよね。じゃあ、昼間は非日常の中で過ごして、夜はホテルでいつものように録音してみたら、一体どんなものができるだろうと思って。

―そうなると、録音する環境についてはもちろん、時間的にもかなり厳しい制約が設けられますよね。それは意識的に課したものなんですか?

YOSUKE:そうですね。それこそ今回は半分寝ているような状態で作ったときもあったし、疲れていたせいであまり深く考えられる余裕もなかった。でも、自分の本質ってそういうときにこそ表れるような気がしたんです。日本にいるときは、曲作りに迷ったら「またあとで考えればいいかな」と思ったり、結局は当初とぜんぜん違うものになったりする。でも、今回は20日間でアルバムを1枚作ると決めていたから。

―とにかくスピーディーに作業を進めていかなきゃいけなかったんですね。

YOSUKE:そうなんです。しかも、そういう状況で作業していると、なぜか迷わないんですよ。外国人として生活して、慣れない英語でコミュニケーションを取っている非日常の時間が1日中続いて、その夜に「録音」という日常を挟むと、その時々に思いついたアイデアをそのまま迷わずにやれちゃうんです。それは自分でも不思議な体験でした。

日本人は、海外の音楽に憧れながらもふつうに生活している。そこで肩肘はらずに、素直に出てくる音楽でいいと思うんです。

―つまり、普段はなにかしらの迷いを感じながら作業されているということですよね? それはどんなことへの迷いなんですか?

YOSUKE:僕は曲作りで悩んだりすると、それまで聴いてきた洋楽に担保を求める部分があって。というのも、自分たちが表現しているフォーマットの音楽って、基本的にはアメリカやヨーロッパのものだと思うんです。つまり、日本のものではない。

―ポップミュージックが日本のものではないってこと?

YOSUKE:はい。いくらインターネットで世界とつながれる時代になっても、その間にはあきらかな乖離があると思うんですよ。でも、海外に身をおいていると、日本で憧れている洋楽が生活の中にあるから、自分がそこに片足を突っ込んだ気になれるんです。それって勘違いなのかもしれないけど、きっと今回はそのおかげで迷わずにいけたんだと思う。

YOSUKEKOTANI

―今のお話を聞いていると、YOSUKEさんは日本人としてのアイデンティティーをすごく意識されてるんだなと感じたのですが、どうですか?

YOSUKE:そうかもしれませんね。あくまでも僕らがやってる「ポップ」とか「インディー」と呼ばれる音楽について言えば、やっぱりこれは日本人のものにはなりえないんですよ。たとえば、いくら日本人がファレル・ウィリアムスに憧れても、絶対にファレルと同じような存在にはなれない。でも、インターネットで世界とつながっていると、ついそこを勘違いして自分でもできるような気になっちゃうんですよね。これは別に諦めとかじゃなくて、事実なんです。その事実をわきまえた上でこの音楽をやらなきゃっていう気持ちが、僕にはすごくあって。

―なるほど。その「ポップ」や「インディー」における、海外と日本の違いをもう少し詳しくお話していただけますか。

YOSUKE:人種ですかね。あるいは文化や音楽の起源に関わる話にもなってくると思います。たとえば、THE BEATLESみたいな人たちがポップミュージックの主流を作った以上、日本人がそこに入る余地はないと思うんです。やっぱり日本人の場合はオルタナティブな表現でしか勝負できないと思う。つまり、メインストリームにはなりえないんです。逆に、日本人が作り上げた日本古来の音楽については、アメリカやヨーロッパの人は何も言えないと思うんですよ。そういう意味で、ポップミュージックは日本人のものにはなりえないから。

YOSUKEKOTANI 撮影:大橋仁
撮影:大橋仁

―では、そこでYOSUKEさんはポップミュージックにどういう姿勢で臨んでいるんですか?

YOSUKE:それは単純で、僕は海外の人と同じようにやろうとは思ってないんですよ。なんで僕がロクにしゃべれない英語で歌うのかっていうと、こういう表現は僕のような人種にしかやれないものだからなんです。海外の人がそれを聴いて「変な発音だな」と思っても、僕はそれでいいんです。だって、僕は日本人にしかやれない表現をやりたいから。これ、まったくネガティブな意味じゃないんですよ(笑)。

―もちろんわかってます(笑)。

YOSUKE:音楽って、肩肘張らず、もっと日常的なものでいいと思うんです。海外の音楽に憧れながらも、ふつうに生活している。そこから素直に出てくる音楽でいいと思うんです。たとえば、何年か前にエレクトロのムーブメントがありましたよね。あのときの日本って、「JUSTICEみたいな音に近づけた人が一番かっこいい」みたいな感じだったけど、そういうのって僕はまったく本質的じゃないと思ってたから。

―では、日本でもエレクトロのムーブメントが盛り上がっていたとき、YOSUKEさんはどういうスタンスでそこに接していたんですか? どこか斜に構えて見ているようなところがあったんでしょうか。

YOSUKE:もう、僕はずっとそうですね。そういうところにはいつも飛び込めないというか。「この流れに乗っかれば簡単なのにな」と思ったときは何度もありますけどね(笑)。でも、それをやっちゃうと楽しくないんですよ。

YOSUKEKOTANI 撮影:大橋仁
撮影:大橋仁

―じゃあ、今の音楽シーンについてはどうでしょう。現在はYouTubeやSoundCloud、Bandcampみたいなツールのおかげで、個人レベルで音楽を発信することがとても簡単になりましたよね。たとえばこういう状況についてはどう捉えてますか?

YOSUKE:すごくいいことだと思ってます。ただ、そうやってスピーディーに発信される表現って、やっぱりほとんどは刹那的な楽しみ方になっちゃうんですよね。もちろんそれはそれでアリだし、僕もブログなんかをチェックしながら一気に新しい音楽を聴くことはあるんですけど、そういうスピード感と新しさだけでは、ちょっと物足りなくて。つまり、その先にある作り手の本質が見たくなるんです。たとえばKelela(「ポスト・アリーヤ」とも呼ばれている気鋭のR&Bシンガー)なんかは、ものすごくスピード感があったのと同時に、その奥にあるものを感じられたんですよね。ただ時代に流されるものじゃないっていうか。

―Arca(カニエ・ウェスト『Yeezus』への参加などで知られるトラックメイカー)なんかもそうですよね。

YOSUKE:そうですね。あれは新しさのパワーが極端にすごかった。しかも、そういうすごい音楽って時代ごとに出てくるじゃないですか。それこそジェイムス・ブレイクとかもそう。そういうものがたまに出てくるから、やっぱり新しい音楽を聴き続けたいと思うんです。

一対一で音楽と向き合うと、徐々に作り手の顔が見えてきたり、作者の気持ちになれたりする。自分にとっての音楽の本質はそこにあると思ってて、今回はそれを自分の作品で表現してみたかったんです。

―それはとても共感します。『ANYWHERE』に話を戻しましょう。今回のアルバムからは海外のインディーR&Bへの目配せも感じられました。つまり、YOSUKEさんが一リスナーとして近年のインディーR&Bに興奮していた跡がこの作品からはうかがえるのですが、どうですか?

YOSUKE:それは確かにあったと思います。今思い返すと、それ以前はしばらくそういう興奮がなかったのかもしれない。これ、あんまり大きな声では言いたくないんですけど、AlunaGeorge(ロンドン出身の男女2人組エレクトロミュージックデュオ)が出てきたのがけっこう大きかったんですよね。あれにはやられたし、嬉しかった。

―大きな声では言いたくないんですね(笑)。つまり、今回のアルバムにはそういう音楽への興奮がダイレクトに表れているということですか?

YOSUKE:どうなんだろう。それこそHARVARD時代の作品なんかは、音楽を聴く中で生まれた熱量がそのまま反映されてたと思うんですけど、今回はちょっと違うんですよね。

YOSUKEKOTANI 撮影:大橋仁
撮影:大橋仁

―というのは?

YOSUKE:音楽の聴き方って人それぞれだから、クラブでお酒を呑みながら「イエー!」みたいな楽しみ方が好きな人もいれば、ライブで得た感動が音楽の本質だっていう人もいますよね。でも、自分が「今、音楽を体験しているな」と強く感じるのは、夜中に一人で音楽を聴いているときなんです。そうやって一対一で音楽と向き合っていると、徐々に作り手の顔が見えてきたり、自分も作者の気持ちになってみたりして、その音楽にどんどん入り込んでいける。自分にとっての音楽の本質はそこにあると思ってて。今回はそれを自分の作品で表現してみたかったんです。

―録音された作品、あるいはその作り手と向き合うことがすごく重要だということですね。そこにはYOSUKEさんが録音物にむける特別な思い入れが表れているようにも感じます。

YOSUKE:そこで作品にこめた情熱って、聴き手にもちゃんと届くと思うんです。もしかすると僕はそこをいちばん大切にしているのかもしれない。たとえば、ネット上でバズらせることが目的で音楽を作るとしたら、今流行っているフレーズとビート、音色、BPMをうまく揃えて作ればいいと思う。でもそれって僕は媚びでも迎合でもないと思うんです。今、僕自身はそういう気持ちになれないけど、過去にそれがやりたいと思ったことはありますし。

―あ、過去にはあるんですね。

YOSUKE:それで中途半端なものになって、結局は後悔したこともある。そういう意味で言うと、僕はこれまでリリースしたものに心から満足できたことがないんです。これは今まで音楽を作ってきて思ったことなんですけど、1つの音楽に対して関わる人が多くなるほど、僕個人の熱量や気持ちは少しずつ薄まってしまう気がするんですよね。もちろん人が関わる事によって得られる部分の素晴らしさも理解していますが、今回はそうじゃないものをやりたかった。自分が持っている熱量をそのまま出したかったし、そこに別の色を塗りたくなかったんです。

YOSUKEKOTANI

―では、今回のアルバムへの満足感はどうですか?

YOSUKE:すごくありますよ。本当に、自分が思うままに作れたから。あとはこれを聴いてくれた人が「なんでこの人はこんな音楽を作ったんだろう?」と思ってくれたら、すごくラッキーですね。もちろん、単純に「いい曲だな」と思ってもらえるのも、それはすごくうれしいんですけどね。

―『ANYWHERE』を出せたことで、今後のYOSUKEさんはソロワークがさらに充実していきそうな気もしたのですが、いかがですか?

YOSUKE:それはまだわからないです。だって、今回は海外でアルバムを作れたけど、次もまた同じような条件が用意できるわけじゃないから。あるいは、この先にまた自分が刺激を受けるようなかっこいい音楽が出てきたら、そのときの熱量で一気に作ることがあるかもしれないですね。そういう作為なしに出てきたものを形にしたから、今回はすごく満足感があるんです。自信をもって「これが自分の音楽だ」と言える。だから、次も今回と同じくらいの気持ちで作れたらいいんですけどね。

リリース情報
YOSUKEKOTANI
『ANYWHERE』(CD)

2014年5月21日(水)発売
価格:2,000円(税込)
AWDR/LR2 / DDCB-12064

1. Steak Frites
2. Casa Girl
3. CTY
4. Night In The Virginal
5. Stay
6. East Coast
7. Sojourns
8. A Typical Song
9. Oh So Peaceful Here
10. My Ideal

プロフィール
YOSUKEKOTANI(ようすけ こたに)

広島生まれ、東京在住の作曲家。たくさんの音楽を少しだけ聴き、少しの楽器をほんの少しだけ弾く。



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