この才能はどこへ行く? 悩める弱冠20歳・内村イタルが遂に始動

人間は誰しもが理想と現実のギャップに戸惑いながら生きている。そこには常に「こんなはずじゃなかったのに」という後悔や諦念がついて回るが、あとで振り返ってみると、その経験が貴重な財産になっていることも多いし、逆に、第一志望の会社に入社して、理想を叶えたと思いきや、予想していた環境とはまったく違って、結局は「こんなはずじゃなかった」と嘆くことになったりもする。これは10代の学生でも、30代の働き盛りでも、おそらくは50代になろうとも、人生には常に付きまとう問題なのだろう。そして結局は、そのときそのときにどんな選択をするかによって、自ずと道は作られていくのだ。

先日20歳になったばかりの若きシンガーソングライター、内村イタル。高校生のときに出場した『閃光ライオット』で審査員特別賞を受賞するなど、早くからその才能を注目され、この度「内村イタル & musasaviband」名義でデビュー作を発表する彼もまた、ソロとバンドという理想と現実のギャップに今も戸惑い続けている。しかし、悩みながらも完成させた作品からは、WILCOやBRIGHT EYESなどの良質なアメリカのミュージシャンや、彼らに共振する今の日本のインディーバンドたちとの接点が感じられる一方で、くるりや中村一義を連想させる日本語のメロディーと特徴的な歌声は、その音楽をより広く響かせる可能性をも秘めている。今ここに確かな一歩をしるした内村の、これまでと現在を追った。

中学生で初めて組んだ異色のバンド「葡萄園」

10月31日に20歳の誕生日を迎えたばかりの内村イタルは、まだ顔立ちにあどけなさを残す青年だが、これからの日本の音楽シーンを担って行くかもしれない、才能溢れる大型新人である。「内村イタル & musasaviband」名義で発表されるデビュー作は、そんな彼の10代を総まとめするものかと思いきや、ここに至るまでには大きな逡巡があった。

内村:最初の音源ではあるんですけど、初期衝動とかではあまりなくて、かなり内省的になっちゃったなあと思いますね。

内村イタル
内村イタル

エレファントカシマシや憂歌団のファンで、「どんとにご飯をおごったことがある」という音楽好きの母親と、中村一義やBECKが好きで、高校時代は軽音部に所属していたという4つ上の兄を持つ内村少年が、アコギに手を伸ばしたのはごくごく自然なことだった。中学になって吹奏楽部に入ると、小学校からの友人だった永井秀和と、吹奏楽部で出会った伊藤里文と共に初めてのバンド「葡萄園」を結成。このバンドが普通じゃない。

内村:永井もいっちゃん(伊藤)も小さい頃からクラシックをやっていたので、ピアノがめちゃめちゃ上手くて、特に永井は吹奏楽部の部長で、当時からクラシックの曲を作曲して、部活でその曲を演奏したりしてたんです。葡萄園では最初、くるりのコピーをやってたんですけど、それも僕がアコギでくるりの好きな曲を歌うと、二人がピアノとキーボードで即興で合わせてくれるっていう、遊びみたいなものでした。

葡萄園という不思議なバンド名は、くるりのファーストアルバム『さよならストレンジャー』の収録曲のタイトルから取られたものだが、その“葡萄園”という曲は、ノイズギターをフィーチャーした1分ちょっとの前衛的な小曲であり、この曲をバンド名に選んでいる時点で、彼らの異才ぶりがうかがえるというもの。「恥ずかしがり屋の目立ちたがり」だったという内村少年は、この葡萄園での活動を通じて、音楽の楽しさを覚えていった。

内村:永井がすごく忙しい高校に行ったので、それから三人での活動はほぼできなくなっちゃったんですけど、いっちゃんと二人でオリジナルを作るようになって、それはそれで楽しかったんです。高校では軽音楽部に入ったんですけど、すぐにやめて、学校が終わったらいっちゃんと二人でずっと宅録をしてました。三人でライブをやったのは3~4回ぐらいで、ライブのときだけ永井を呼んで、彼は吹奏楽部のときパーカッションをやってたので、無理やりドラムをやらせてました(笑)。

葡萄園のラストライブは高1の冬。横浜の赤レンガホールで行われた『ヨコハマフッド!』というイベントに出て、“夜明けのミラーボール”という曲を演奏している。このときの映像がYouTubeにあがっているのだが、これがまたすごい。ベースレスの編成で、ドラムも拙く、リズムはフラフラなのだが、内村の歌うポップなメロディーと、途中でプログレッシブに暴走する展開は、やはり高校生離れしたものだ。この日のライブを見ていた一部の業界関係者が大絶賛したという話も、十分うなずけるものである。



「汚れた気持ちで」応募した『閃光ライオット』

中学までは仲間と共に音楽を楽しんでいた内村だったが、高校に入ってからは環境の変化に戸惑っていた。

内村:高校は進学校だったんですけど、勉強に全然ついて行けなくて、もう「高1から挫折」みたいな感じでした(笑)。勉強できないのがコンプレックスだったから、「音楽をやってる」とも言えなくて、「何とかこの状況をひっくり返したい」と、汚れた気持ちで『閃光ライオット』に応募したんです(笑)。

そんな気持ちで応募した十代限定フェス『閃光ライオット』だったが、内村は9組のファイナリストに残って、日比谷野音のステージに立ち、見事審査員特別賞を受賞している。ちなみに、このときの審査員はBase Ball Bear、OKAMOTO’S、いしわたり淳治、高山都。さらに言えば、この年の「応援ガール」を務めたのが『あまちゃん』でブレイクする前の能年玲奈で、内村を絶賛するコメントも残している。そして、内村いわく「高校生活のハイライト」だったのが、初めて学校で自分の曲を披露した高3の文化祭だった。

内村:そのときはいっちゃんと二人で、オリジナルの“黒い煙”と、はっぴいえんどの“はいからはくち”をやりました。他の軽音のバンドが演奏してるときはみんな立って聴いてたけど、僕らのときだけ体育座りで聴いてましたね(笑)。一応『閃光ライオット』と、その文化祭で、「音楽をやってる人」とは知ってもらえて、褒められたりもしたんですけど、結局コミュニケーション下手なので、あんまり上手く応えられませんでした(笑)。

内村イタル

高3になると伊藤は受験期に入ったが、「もう勉強はしたくなかった」という内村は一人で弾き語りでの活動を開始。まだぼんやりとではあったものの、憧れだったミュージシャンへの道を歩み始める。

ソロをやるのか? バンドを待つのか?

高校卒業後の春に、自主制作の宅録作品『ヒカリ』を発表し、ライブハウスを中心に販売して好評を得ると、かねてより内村の才能に注目していた(SEBASTIAN Xのマネージメントを行なう)we areの粟生田悟と共に、デビュー作の制作へと動き出す。粟生田は内村にバンド編成での録音を提案し、これまでMAHOΩやthe chef cooks meといったバンドで活動し、現在は自身のプロジェクトであるayU tokiOを中心に活動するイノツメアユをプロデューサーとして紹介。この背景には、実は内村の抱える大きなジレンマがあった。

内村:高3から弾き語りをやってたんですけど、それはやりたくてやってたわけじゃなくて、葡萄園ができないから仕方なくやってたことなんです。もともとバンドが好きで、ソロシンガーっていう夢は持ってなかったので、正直今でも葡萄園をやりたい気持ちが強いんですよね。でも、今はいっちゃんが忙しくて活動できないので、それをただ待っててもしょうがないし、「じゃあ、人の手を借りよう」ということで、アユさんを紹介してもらいました。「ソロだと何をやりたいかわからない」っていう状態だったんですけど、「だったら、そのわかんないのをそのまま歌にしてみれば?」っていうアドバイスをアユさんからもらって、少しずつ曲を作っていったんです。

内村イタル

自身の音楽の原体験である葡萄園の存在は、今も内村の中に強烈な印象として残っている。しかし、現実問題として、今は葡萄園で活動することはできない。そのジレンマを解きほぐし、作品へと向かわせたのがイノツメであった。

思い返してみれば、くるりのインディーズでのデビュー作である『もしもし』には、シュガーフィールズの原朋信がプロデュースで参加し、中村一義のデビューアルバム『金字塔』には、中村の人生初ライブで共演を果たした高野寛がゲスト参加していたように、若き才能には有能な導き手が欠かせない。

古今東西の音楽に造詣が深く、宅録もバンドも通過してきたイノツメは、内村にとってまさにぴったりの存在であり、彼の推薦でベースにはJAPPERSの上野恒星、ドラムにはTHE KEYSのつなかわ和行が招かれ、さらにキーボードには、高校卒業後に芸大の作曲科に進んだ葡萄園の永井秀和を迎えて、「内村イタル & musasaviband」が結成された。新たなバンドで順風満帆のスタート……と言いたいところだが、そこはやはり簡単にはいかない。

内村:バンドといっても葡萄園しかやったことがなくて、「ベーシストがいる」っていうことすら初めてだったので、楽器の役割分担とか、わからないことだらけで(笑)。しかもそれまでは仲のいい友達としかバンドをやったことがなかったのが、大人のお兄さん的な人たちとちゃんとコミュニケーションをとって、自分のやりたいことを伝えるっていうのは、かなり難しい作業でした。

内村はホームページの日記で、アルバムのレコ―ディング中に経験したコミュニケーションの難しさについて、「人間になるとはこういうことか」と記している。内村イタル、19歳(当時)。大人と子供の、ソロとバンドの、理想と現実の狭間で。

素晴らしきデビュー作と、ソロシンガーとしての芽生え

難産の末ではあったものの、遂に完成したデビュー作、その名も『内村イタル & musasaviband』は、録音・ミックスエンジニアに大森靖子、吉田ヨウヘイgroupなどを手掛けてきた馬場友美が、マスタリングは坂本慎太郎やOGRE YOU ASSHOLEなどの作品でも知られる中村宗一郎が携わって制作された、十分な手応えを感じさせる作品である。フォーク、カントリー、ジャズなどをベースに、内村とイノツメによって一曲一曲仕上げられた全7曲は、そのどれもが珠玉の輝きを放っている。内村が現在のフェイバリットに挙げるWILCOのようでもありながら、日本語詞とポップなメロディーも手伝って、中村一義とサニーデイ・サービスとOGRE YOU ASSHOLEの中間とでも言うべき、絶妙なポジションに見事着地。

アメリカのシーンともリンクした近年の日本のインディーシーンの充実ぶりを知る人は多いと思うが、本作はその輪をさらに外へと広げ、J-POPのシーンともつなげることができる、そんな可能性を持った作品だと言えよう。2分以上に及ぶアウトロがバンドとしての熱量を伝える“電話”、パーカッションとエレピ、クセのあるコード進行がアクセントの“ドライブ”、メロディーメーカーとしての資質が際立つ“レコード”と、まさに良曲揃いのアルバムだ。


しかし、冒頭の「かなり内省的な作品になった」という発言通り、本作の歌詞からは、「何を歌えばいいのか?」に悩み、コミュニケーションに苦しみながら制作を行っていた内村の心情がじんわりと滲み出ている。

内村:今回はバンドでセッションして曲を作ったわけじゃなくて、まず曲があって、その上にバンドが乗る形だったので、すごく1枚目っぽい作品になったと思います。なので、バンドというよりは、どちらかというとシンガーソングライター的な作品で、歌が前に出てるし、歌詞もかなりパーソナルになりました。今はまだ自分の理想とする形ではないし、どういうことを歌えばいいのかもわからない中で、自分を見つめざるを得なかったのかな。

<景色は変わらずに窓の外 世界は介さずに走る 頭に描いてたはずの君さえも 僕はもう思い出せなくなる>(“ドライブ”)、<落書きみたいなレコードは 曖昧な祝福を壁に叩き割ってよ 言うのかい? ぼくの宙ぶらりんの……ああ>(“レコード”)といった歌詞からは、確かに内村の混乱が読み取れるが、しかし、本作の制作を経て、その心境に変化が起こりつつあることもまた、本作は伝えてくれる。

裕福な家庭で育った青年が、すべてを捨ててアラスカへと旅に出る姿を追った映画『INTO THE WILD』の原作としても知られる、ジョン・クラカワーのノンフィクション小説『荒野へ』を読んで、漠然とイメージが湧いたというラストナンバー“荒野”は、内村の現在の状況をそのまま表した曲と言えるが、この曲の中で内村は<だから思いを伝えたいよ 僕の 闇の中を一人の歌声に変えるよ>と歌う。

内村:“荒野”は自分の中のピュアな気持ちをただ叫んだ曲というか、手探りながらも進んで行こうとする気持ちが出たんだと思います。まだ個人的なことを歌うのは恥ずかしいし、戸惑いもあるんですけど、でもちゃんと売れたいとも思っていて、今はまだその繋がらなさがあるんですよね。ただ、弾き語りとかをやってみた結果、いわゆるABサビみたいな、ポップスマナーな曲も作れるようになったし、この作品を作ったことで、自分っていうものが少しは見えた気がします。シンガーっていう意識も少しは芽生えたような……まあ、それは今もまだよくわからないんですけど(笑)。

内村イタル

佐藤征史というパートナーと共に、メンバーチェンジを繰り返しながら、今も転がり続けるくるりの岸田繁。宅録からスタートし、100sとしてバンド活動を行うも、今再び一人に戻って音楽家としての地盤を固めつつある中村一義。活動初期はメンバーの入れ替わりが激しかったものの、ここ数年はメンバーが固定され、最盛期を迎えていると言ってもいいであろうWILCOのジェフ・トゥイーディー。彼らに共通しているのは、そのときの状況によって形態を変えながらも、強い信念を持って音楽を作り続けているということに他ならない。内村が今後musasavibandと共にキャリアを重ねるのか、再び葡萄園としての活動へと戻るのかは、現時点では正直わからない。しかし、彼が今音楽家としての大きな一歩を踏み出したことは、紛れもない事実である。さあ、ワイルドサイドを歩け。

リリース情報
内村イタル & musasaviband
『内村イタル & musasaviband』(CD)

2014年12月3日(水)発売
価格:1,620円(税込)
we are

1. 電話
2. たそがれ
3. 朝になるまで
4. 光の男
5. ドライブ
6. レコード
7. 荒野

イベント情報
viBirth×CINRA presents
『exPoP!!!!! volume77』

2014年11月27日(木)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:東京都 渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:
jizue
SHE'S
内村イタル & musasaviband
Moccobond
阿佐ヶ谷ロマンティクス
料金:無料(2ドリンク別)

『感~Dear Wonderful Four Seasons~』

2014年12月5日(金) OPEN 18:30 / START 19:00
会場:東京都 タワーレコード渋谷店B1F CUT UP STUDIO
出演:
内村イタル & musasaviband
DJみそしるとMCごはん
and more
料金:
前売 学生2,000円 一般2,500円
当日 学生・一般3,000円

『The Great Escape』

2014年12月15日(月)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:東京都 渋谷 7thFloor
出演:
内村イタル
失敗しない生き方
Wanna-Gonna
料金:前売2,200円 当日2,700円

プロフィール
内村イタル (うちむら いたる)

中学生の頃から音楽活動をスタート。幼なじみと共に3人組バンド「葡萄園(ぶどうえん)」を結成。その荒削りだが才能迸るパフォーマンスで一部の関係者に大絶賛を受ける。高校卒業のタイミングで葡萄園は活動休止に入り、ソロ活動をスタート。17歳の時『閃光ライオット2012』に応募、見事「審査員特別賞」を受賞する。その後マイペースな活動を続け、2013年春には宅録作品『ヒカリ』をライブハウスのみで販売。その後、ayU tokiOとの出会いをきっかけに新たなメンバーとバンド「内村イタル & musasaviband」を結成。ライブ活動と並行してじっくり時間をかけて制作された1stを2014年末リリース。楽曲のクオリティと天性の歌声に注目が集まる。



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