オンラインアンダーグラウンドが生んだ「mus.hiba」とは何者?

「オンラインアンダーグラウンド」という言葉がある。新世代のアーティストやレーベルがエレクトロニックミュージックの発表やリリースの形を再構築している状況、そのシーンやコミュニティーを指し示す言葉だ。従来の音楽産業やメディアには頼らない。拠点としているのはBandcampやSoundCloud。音楽性の中心にあるのは、チルウェイヴやヴェイパーウェイヴなど。単なる配信ではなく、インターネット的な価値観をもった、インディペンデントな活動。イギリスの音楽ジャーナリスト、アダム・ハーパーが自身のコラムの中でそういう動きを紹介し、そこからこの言葉が徐々に広まりつつある。

mus.hibaという東京在住のエレクトロニカアーティストは、まさにその「オンラインアンダーグラウンド」ムーブメントを象徴するような存在と言えるだろう。2011年にDTMによる作曲を始めた彼は、SoundCloudに曲を発表したことをきっかけに海外のブログメディアやレーベルと交流が生まれ、アメリカのMeishi Smileが主宰するネットレーベル「ZOOMLENS」から作品を発表。アイルランドのHarmful Logicとコラボを繰り広げるなど、国境を超えた活動を繰り広げてきた。

チルウェイヴに影響を受けた幻想的な音世界と、フリーの音声合成ソフト「UTAU」のキャラクター「雪歌ユフ」による儚い歌声で注目を集めてきた彼。10月にはBunkai-Kei recordsからEP『Lycoris』を発表し、そして初のフルアルバムとなる『White Girl』を完成させた。冬をイメージさせるドリーミーな音楽を作り上げる彼は、果たしてどんな考えの持ち主なのか。初のインタビューに応えてもらった。

2008年くらいって、エレクトロニカとボーカロイドはまさに対極で、別々のものでした。でも、当時からそれを一緒に混ぜたい、相性がいいと思っていたんです。

―mus.hibaさんって、Twitterのプロフィール欄に「ベッドルームドリーマー」と書いてありますよね。その言葉がすごく象徴的な音楽だなと思ったんです。

mus.hiba:僕自身、それは自分自身にフィットする言葉だと思います。そもそもネットの世界に「自宅警備員」って言葉があるじゃないですか。それって、英訳すると「ベッドルームセキュリティー」という言葉になるんですよね。で、自宅で作曲する人達を表す「ベッドルームプロデューサー」という言葉もあったんで、そこに引っ掛けてつけたんです。

―そういう人間であるという自覚があった。

mus.hiba:ありますね。普通に働いて生活をしているんですけれど、プライベートな時は家にいることが多いんで。

―そもそも音楽遍歴はどういう感じだったんでしょう?

mus.hiba:高校のときはバンドでドラムをやっていました。Rage Against the MachineとかRed Hot Chili Peppersのコピーをやったり、ミクスチャーロックや日本のハードコアパンクのコピーもしていた。でも、大学に入ってからはテクノやクラブミュージックを聴くようになって。特にデトロイトテクノが好きだった。その影響が強いですね。

―バンドは続けてました?

mus.hiba:いや、高校を卒業してからはバンドはやってないです。音楽自体も、ほとんどやってなかったですね。

―バイオグラフィーによると、2011年にDTMによる作曲を始めたということですけれども。

mus.hiba:そうですね。その頃にDTMを始めました。一人でできるので自分に向いていると思いましたね。

―それまではどういう生活を送ってたんですか?

mus.hiba:仕事に行って、家に帰ったらアニメを見たりニコ動を見たりしてました。

―作り手の側に回ろうと思ったきっかけは?

mus.hiba:曲を作りたいっていうのはずっと思っていたんですけれど、きっかけとして大きかったのはボーカロイドですね。ニコニコ動画を見ていて、ボーカロイドというものがあるということを知って。みんな楽しそうだし、祭りっぽく盛り上がっているし、自分にも出来そうだなと思ってやり始めたんです。

mus.hiba
mus.hiba

―それはいつ頃のことでした?

mus.hiba:それが2008年、2009年くらいですね。あと、ボーカロイドと同じ頃に知ったのがFlying Lotusで、社会人になって音楽に対する興味も薄れていたんですけれど、Flying Lotusを聴いて、久しぶりに「すごい」と思いました。

―Flying Lotusはどういうところがすごいと思ったんでしょう?

mus.hiba:めちゃめちゃなのに格好いいみたいな感じがありますよね。そこには影響を受けたと思います。Flying Lotusを聴き始めて、その後にニコ動を知った感じですね。

―2008年くらいって、洋楽のエレクトロニカのシーンとニコニコ動画のようなネットカルチャーって、ある種対極のカルチャーだったと思うんですけれど。

mus.hiba:まさに対極でしたね。別々のものでした。でも、当時からそれを一緒に混ぜたいというのはなんとなく思ってました。エレクトロニカとボーカロイドは相性がいいと思っていたんで。

―ただ、初期のボーカロイドのシーンの盛り上がりって、あんまりそういうものではなかった印象があるんです。もっとキャラソンっぽい感じだった。

mus.hiba:そうですね。みんなでフザケて盛り上がるような感じでしたよね。ただ、メインストリームのボーカロイドはそんなに聴いてなかったんです。「ミクトロニカ」という、エレクトロニカに特化したボーカロイドの楽曲を多く聴いてました。その後にチルウェイヴも知って影響も受けましたね。

―打ち込みの電子音楽にもいろんなものがありますよね。シンセポップもあるし、ダブステップもEDMもある。そんな中で、チルウェイヴやエレクトロニカが自分の曲作りの方向性としてしっくりくると思えるようになったのは?

mus.hiba:それはずっと部屋にいたからでしょうね。部屋で聴けるものを作りたいというのはありましたね。激しいものではなくて。Slow Magicとか、Taquwamiとか、そういう人の音楽をBandcampで知って、聴いていました。やっぱり部屋で聴ける感じが大きかったと思います。

(mus.hibaの音楽の儚さは)雪歌ユフのキャラクターが大きいでしょうね。実在しない感じがある。

―アルバム『White Girl』でも、すごく内向的な感覚が音になっている感じがします。

mus.hiba:一人でインターネットをやっている感じですね。自分が心地いいものを作るというのが最初にあったんで。

―「心地いいもの」って、たとえば音楽以外で喩えるならどういう感じでしょう?

mus.hiba:仕事が終わって、家に帰ってお酒を飲みながらアニメを見てるときかな。それも、女の子同士がはしゃいでるような、日常系のユルいアニメが好きです。それを見てるときは至福ですね。

―他には?

mus.hiba:インターネットやってるといつのまにか自分の好きなものや興味のある情報ばっかり入ってくるので、それはとても心地いい事ですね。

―アルバムにも、何も起こらない平穏な幸せの感覚はありますよね。サスペンスドラマみたいなハラハラする感覚はない。

mus.hiba:そうですね。そういうのは目指してないと思います。

―どことなく儚さみたいなものも滲み出ていると思うんです。こういう感覚はどこから出てくるんでしょう?

mus.hiba:それは雪歌ユフのキャラクターが大きいでしょうね。実在しない感じがある。

―ボーカロイドの中でも、「雪歌ユフ」というキャラクターを選んだ理由は?

mus.hiba:まず、声が可愛いからですね。ソフトウェアも使いやすかったので。あとは、キャラクターの冬っぽい感じもよかったし、ウィスパーボイスも大きかったです。雪歌ユフはUTAUっていうフリーソフトのキャラクターで、キャラクターも作れるソフトなんですけど、僕が知ってるボーカロイド・UTAUのキャラクターの中で一番声がかわいいと思いました。あとはMacを使ってたんでボーカロイドがちょっと扱いづらかったっていうのもあります。

―雪歌ユフのキャラクター性に、自分の表現欲求も掻き立てられた。

mus.hiba:そうですね。最初の頃はこれを使いたくて曲を作ってました。声も、普通のボーカロイドにはこんなウィスパーボイスはないんです。クリアな声が多いので。

―“☃”という曲が一番好きなんですけれど。これも冬のイメージから?

mus.hiba:そうですね。SoundCloudにアップした曲に「☃」マークのコメントをつけてくれた人がいて、そこから曲のタイトルをつけたんです。やっぱりキャラクターがあるのは大きかったですね。外国人のウケもよかったので。

今の時代、こういう音楽をやるにはSoundCloudくらいしか場所がない。そして、まとまった音源を出すときにはBandcampを使う。そういうやり方が定着してきている感じがあります。

―mus.hibaさんは海外レーベルの「ZOOMLENS」にも所属されているんですよね。ネットを通じて海外ともファンや作り手同士の交流が広がっている。これはどういうきっかけからだったんでしょう?

mus.hiba:これはSoundCloudがきっかけですね。“Magical Fizzy Drink”という曲をSoundCloudにアップしたら、海外の音楽ブログの人が取り上げてくれて。そこから交流が発展していった感じです。

―最初にコンタクトがあったのが海外だった。

mus.hiba:「make believe melodies」という、海外向けに日本の音楽を紹介するようなウェブメディアで取り上げてくれたのが最初でした。「ZOOMLENS」を主宰しているMeishi Smileも、そのブログを見てくれたことがきっかけで、交流が深まっていったという感じです。

―Meishi Smileとは、どういうところで共感があったんでしょう?

mus.hiba:僕が仲よくしている外人って、みんな日本のアニメが大好きなんですよ。Facebookでそういう話をしたりするんです。日本好きのオタクっぽい人が多いと思います。

―SoundCloudが、ネットを介して人脈やつながりができていくハブになったんですね。

mus.hiba:出会い系サイトみたいですね(笑)。でも実際、今の時代だったらこういう音楽をやるにはSoundCloudくらいしか場所がない感じがありますね。そして、まとまった音源を出すときにはBandcampを使う。そういうやり方が定着してきている感じがあります。

単純に、このまま働いて死んでいくのも嫌だったっていうことですね。それなら、音楽を作りながら死んでいったほうが楽しい。そう思ったんですね。

―アダム・ハーパーというイギリスの音楽ジャーナリストが、今の時代に生まれているそういう音楽シーンやコミュニティーを名付けて「オンラインアンダーグラウンド」と定義している文章を読んだことがあるんですけれども。

mus.hiba:僕もそれは読みました。

―そういう考え方はしっくりくる?

mus.hiba:なるほど、って感じですね。僕は何も考えてなかったんですけれど、「そういうことか」って思いました。今のシーンを総括してまとめたらそういうことなんだって。

―アダム・ハーパーの言を借りると、「オンラインアンダーグラウンド」というのは、新時代のパンクだと言うんですよね。それは何かと言うと、まず、音楽を作ることのハードルが下がったということがある。

mus.hiba:そうですね。作曲ソフトが昔より安くなったのも僕がDTMを始めようと思った要因だと思います。

―1970年代のパンクの時代は「楽器が下手でもいい」だったのが、今は「顔を見せなくてもいい」「歌えなくてもいい」になっている。

mus.hiba:その通りだと思います。色んな人が作曲できる様になって、音楽シーンは面白くなってきてるんじゃないかと思いますね。刺激を受けやすいというか。

―そして「オンラインアンダーグラウンド」を象徴する言葉として「ファックリアルライフ」というのがある。つまり「現実なんてクソ食らえ」がキーワードになっている。

mus.hiba:そこはすごく共感しますね。Meishi Smileのリミックスで「FUCK REAL LIFE ANIME IS REAL LIFE RMX」っていうのがあって、そこから「ファックリアルライフ」っていう言葉を意識しましたね。

―そういう考え方が世代や国境を超えていろんな人に広まっている。

mus.hiba:そうですね。「IRL」っていう言葉があるんです。「In Real Life」の略で、「現実世界」っていう意味。その反対、インターネット上という意味が「URL」で。「Fuck IRL、Love URL」ってよく言われます。

―mus.hibaさんにとっても「ファックリアルライフ」という気持ちがモチベーションになっている?

mus.hiba:それが音楽を作ることの欲求になっているのは間違いないですね。働くのは嫌いだし。キツいですから。

―そこでどういう欲求が生まれて、それがどう自分を曲作りに向かわせたんだと思いますか?

mus.hiba:単純に、このまま働いて死んでいくのも嫌だったっていうことですね。それなら、音楽を作りながら死んでいったほうが楽しい。そう思ったんですね。

ただ死んでいくよりも、音楽を作りながら死んでいきたい。

―今回mus.hibaさんはネットレーベルの「Bunkai-kei」からEP『Lycoris』を出して、nobleというレーベルから『White Girl』というCDを出すわけですけれども。ネットレーベルの配信とCDのリリースはどうわけている?

mus.hiba:自分の中ではそこまでわけてないですね。Bunkai-keiはフリーダウンロードなんで、いろんな人とコラボして気にせずやりました。ただ紙ジャケっていうのにすごい憧れがあったので、今回はそういう形で物としてつくれたのは嬉しいですね。アートワークも本当にいいのができたと思ってます。

―『White Girl』はジャケットを寺本愛さんが描かれていますが、これは?

mus.hiba:nobleのレーベルの方に「この方はどうですか?」って提案いただいて。その瞬間にいいなって思いました。インパクトが強くて、惹き込まれる感じがあって。それでやってもらおうと。ネット系の音楽はアートワークが大事ですからね。そういうところもあってお願いしました。

mus.hiba『White Girl』ジャケット
mus.hiba『White Girl』ジャケット

―アルバムをリリースして、この先にやってみたいことというのはありますか?

mus.hiba:フェスに出たいですね。あと声優さんと曲を作りたいです。

―実際のところ今のミュージシャンは、ライブで生活の基盤を作っている人がほとんどですよね。音楽を仕事にしていく、ということについてはどう考えていますか?

mus.hiba:もちろん、本音を言えば、音楽を作ることでお金をもらって生活していきたいですけれどね。でも、そうできなくても音楽を作っていくとは思います。

―でも、そのためには「売れるもの」を作らないといけない、ということになったら?

mus.hiba:あんまり売れそうなものは作れる気がしないですけれどね。でも人の曲をリミックスしたりするのは楽しいし、自分が面白いと思える方向に持って行ければやるとは思います。

―なるほど。ちょっと話は変わるんですけど、僕自身の感覚として、仕事と趣味の境界線って、どんどん溶けている感じがあるんです。世の中に、今まで仕事とされていなかった分野でお金を稼ぐ人が増えている。少なくとも、子供の頃に僕らがイメージする「仕事」って、もっと堅いものだったと思うんです。工場とかオフィスとか。

mus.hiba:そうですよね。そういう思い込みはありました。だから現実がツラかったというのはあるかな。働きたくない、でもやらなきゃいけない、という。でも途中からどうでもよくなってきた。アニメにハマったからかな。仕事頑張らなくていいやって。

―そこで気が楽になった。

mus.hiba:楽になりましたね。ある種の救いになったと思います。

―音楽にしても、たとえばレーベルの先輩格のSerphは、イラストレーターの河野愛さんとCD付きコラボレーションアートブックの制作をクラウドファンディングで行っていますよね(先日見事に資金調達に成功した)。作品を作って、それを売るやり方も、幅広くなっている。「こうじゃなきゃいけない」というのがなくなっている。

mus.hiba:そうですね。個人のBandcampアカウントでも面白い音楽は沢山あるし、どんどん自由になってきていると思います。

―昔の時代は貴族が芸術家のパトロンになっていたし、今は企業がそれを担っていることも多いわけですけれど、ネット時代になって個人がそれを担うことができるようになってきている。だから、この先mus.hibaさんが目指していくべきは「クラウド化された貴族にパトロネージュされるベッドルームドリーマー」なんじゃないか? と思ってるんですけど。

mus.hiba:それはいいですね。ネット感がある。「ファックリアルライフ」の対極だと思います(笑)。

―どうでしょう? mus.hibaさんとして目指していく将来像は?

mus.hiba:ただ死んでいくよりも、音楽を作りながら死んでいきたい。基本的にはそう思ってますね。曲としては、Aphex TwinとかFlying Lotusみたいな、聴いて衝撃を受けるようなものをいつか作れたらいいなと思ってます。聴いたら惹き込まれるような音楽を作っていこうと思っています。

リリース情報
mus.hiba
『White Girl』(CD)

2014年12月10日(水)発売
価格:2,160円(税込)
noble / NBL-213

1. Slow Snow
2. Darkness
3. Ring
4. Magical Fizzy Drink
5. White Flash
6. まぼろし
7. Doll
8. Moonlight
9. ☃
10. Sofa
11. ひとり

mus.hiba
『Lycoris』

2014年10月9日(木)から無料配信中
Bunkai-Kei records

1. hitomi (with Abigail Press)
2. phonograph (with owtn.)
3. this is the way to the stars (with Nori)
4. hakobune (with smany)

プロフィール
mus.hiba (むしば)

Bedroom Dreamer。"標準的なポップミュージック不安と暖かい両方描かれているシーンの障壁を超越ボーカロイドの利用"。



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