Nada Surfに訊くニューヨーク音楽シーンとアメリカの最新事情

「インディーバンドにとって、いまの時代はすごくいい状況だと思う」。マシュー・カーズは、こんな風に語った。デビューから20年、彼はNada Surfのフロントマンとして、ニューヨークのブルックリンを拠点にみずみずしいパワーポップを鳴らし続けてきた。変わり続ける音楽業界の動向や移り気なシーンの流行に左右されることなく、自分の信じる良質なロックを突き詰めてきた。大規模な宣伝や、巨大チェーンによる流通の力を借りずとも、一人ひとりのファンに、それをダイレクトに届けてきた。

「USインディーの至宝」と評されるNada Surf。その魅力はオルタナティブロック直系のローファイなギターサウンドと美しいハーモニーの融合にある。「ポストWEEZER」と評され世界中のロックファンを虜にしたアルバム『High / Low』で1996年にデビュー。2002年の『Let Go』からは現在も所属するインディーレーベル「Barsuk Records」に移籍。4年ぶりの新作『YOU KNOW WHO YOU ARE』は、彼らと同じく1990年代からUSインディシーンの雄として活躍してきたGuided By Voicesの元ギタリストであるダグ・ギラードがメンバーに加わり制作された一枚。今回はマシュー・カーズに、新作についてだけでなく、インディペンデントな音楽活動にまつわる状況について、そしていまのアメリカ社会について、話を聞いた。

ニューヨークは大都市だから、どれだけマニアックな趣味を持っていても、それを共有できる誰かに出会えることは大きな魅力です。

―Nada Surfは結成から20年以上、ニューヨークのブルックリンに拠点を置きながら、主にインディペンデントで活動してきました。ニューヨークという街にはどんなイメージを持っていますか?

マシュー:東京も同じだと思うけど、ニューヨークは大都市だから、人がたくさん集まっていても孤独を感じるような瞬間がありますね。ただその一方で、どれだけマニアックな趣味を持っていても、それを共有できる誰かに出会えることは大きな魅力です。場合によっては、それだけで一つのビジネスが成り立ったりもするし、自分がおかしな人間だと思わずに済む(笑)。ぼくは子どものころマンハッタンで育ったので、ニューヨークで自分の好みのバンドを何度も観ることができたのは幸運でした。

マシュー・カーズ
マシュー・カーズ

―マシューさんのようにニューヨークで育ったミュージシャンには、どんな特徴が表れていると思いますか?

マシュー:マンハッタンは地価が高いから、ミュージシャンが自分でリハーサルスペースを持つのは難しいし、スタジオを借りるにもすごくお金がかかる。週に2時間くらいしかリハーサルができないので、そうなるとプログレみたいに何時間もスタジオで練習して、複雑なギターワークやコード進行を追究していくようなスタイルのバンドは生まれづらいんです。2時間でアイデアを形にできるような、シンプルなバンドが生まれやすい気がしますね。

―Nada Surfの拠点であるブルックリンは小さなレコードショップも多く、マンハッタンとは少し違って、インディーミュージックのシーンが根付いているイメージがあります。実際にどんな空気感なんでしょうか?

マシュー:まず、ブルックリンはマンハッタンに比べて、高層の建物が少ないんです。だから空も広い。いまぼくらが拠点にしているのはブルックリンの西側にあるウィリアムズバーグという街ですが、そこでの音楽的な土台になっているのはSonic Youthだと思います。彼らは20年間くらい、以降のバンドに影響を与え続けている。一方で、マンハッタンのダウンタウンのほうではTalking HeadsやRamonesが土台になってると思いますよ。

―Nada Surf も、Sonic Youthには影響を受けている?

マシュー:ぼくらの1stシングル“Popular”には、Sonic Youthからの音楽的な影響が表れています。さらっと聴いただけでは気付かないかもしれないけれど、ノイズや不協和音のなかに美しさを見出すという発想は、やはり彼らから影響を受けたものだと思う。「クール」という言葉はできるだけ使いたくないけど、やっぱりセンスがあるかどうかというのは大きいと思いますね。

マシュー・カーズ

―Nada Surfだけでなく、Sonic Youthに影響を受けたアメリカのインディーバンドは少なくないと思います。

マシュー:そうですね。あと、彼らはアートについて語ることも多いし、そうやってカルチャー的なトレンドを作ってきたところもSonic Youthの価値だと思います。最近よく感じるんですが、そうやっていろいろ発信することが、いまの時代になってより大事になってきていると思うんです。たとえば、ぼくが「この映画がよかった」「この本がよかった」と話しているとき、みんなメモを取るようになった。いまはとにかくいろんな情報が飛び交っている時代だから、自分が好きな人、興味を持っている人のレコメンドが大きな意味を持つようになってきているんだと思う。

インディペンデントな活動をするバンドにとって、いまの時代はすごくいい状況だと思います。

―ニューヨークにはメジャーなレコード会社もたくさんありますし、そこで商業的に大きな成功を掴むミュージシャンもいると思います。いまの時代のメジャーとインディーの違いについては、どう見ていますか?

マシュー:いまはロックが売れているとは決して言えない状況ですが、それがダメだとは思っていません。ロックが他の音楽ジャンルに比べてポピュラーじゃないといけない理由はないわけだし、そもそも流行は時代によって変わるものだから。ただそうなってくると、ロックをやる上でメジャーレーベルに所属しないといけない理由もなくなってきます。むしろ売れてないのにメジャーレーベルにいるというのは最悪。売れていないならインディー、もしくは自主制作でやったほうがいい。

―それはどういうことでしょう?

マシュー:そもそもメジャーレーベルは大きく売れるもの、コマーシャルなものにしか価値を見出さないですからね。そうじゃないバンドがメジャーレーベルと契約してしまったら、結局宣伝費もかけてもらえず、存在自体が埋もれてしまう。いまのアメリカには大型レコード店チェーンはないし、インディー系の品揃えが充実した小さなお店しかありません。たくさん売りたければ、ウォルマートみたいな巨大小売チェーンに頼るしかないけど、そういうところで大きく展開してもらえるかどうかは、そのときの流行で決まってしまう。結局、潤沢な予算をかけないとCDをたくさん売ることができないんです。

マシュー・カーズ

―ごく一部のアーティスト以外には厳しい状況ですね。

マシュー:でも、インディペンデントな活動をするバンドにとって、いまの時代はすごくいい状況だと思います。オーディエンスと一対一で対話ができるし、小さな街でもファンとダイレクトにコミュニケーションを取って、ライブの情報も伝えられる。ネットがなかった20、30年前ってどうやってライブ告知をしていたんだろう? って不思議になるときがあります。たぶん、ものすごくお金をかけて宣伝しないといけなかったんだと思う。でも、いまはポップミュージックのアーティストが千人のファンとコミュニケーションを取りながら活動することが、以前に比べて格段にやりやすい時代になった。

―流行に合わせて何百万枚というレコードを売らなくても、アーティストが地道に活動していける時代になったんですね。

マシュー:そうですね。ポップミュージックだけじゃなくて、他のビジネスでも同じことが起こっていると思います。たとえば書籍の世界でも、以前は刊行された総タイトルの内、トップ20位の売上が総売上の80パーセントを占めていた。でも、ネット書店が普及したいまは、数百冊しか売れないようなタイトルがたくさん増えて、その積み重ねが総売上のかなりを占めるようになってきています。そのほうが全然いいですよね。だってそれは、多様な個人の趣味が尊重されているということだから。

小規模なお金が集まって社会を変えるとしたら、そのほうがいい世界だと思う。

―音楽と社会をつなげて考えるのは早計かもしれませんが、そういった価値観が広まったことが、いまのアメリカ社会や政治状況にも影響を与えているように思うんです。2011年、ニューヨークでは「ウォール街を占拠せよ(オキュパイ・ウォール・ストリート)」というデモ運動が起こりました。あそこからの数年間で、上位1パーセントが富を独占するような社会へのアンチテーゼが若者に広まっていったのではないかという気がします。そういうムードは感じますか?

マシュー:ニューヨークというより、アメリカ社会の全体の動きとして、そういうムードはあると思います。特にいまはアメリカの大統領選が行われていて、民主党の候補、バーニー・サンダースが注目されています。彼はまさに1パーセントの富裕層がすべてを総取りしてしまう社会をずっと批判し続けてきていた人。彼の選挙活動も大手企業からの大口献金を集めているわけじゃなく、支持者一人ひとりによる20ドルや30ドルの寄付で成り立っている。小規模なお金が集まって社会を変えるとしたら、そのほうがいい世界だと思う。でも、物事は簡単ではないし、複雑になっているとは思いますね。

マシュー・カーズ

―マシューさんは、一人のミュージシャンとして、この先のアメリカ社会についてどう考えてらっしゃいますか?

マシュー:自分はそれほど情報を持っていないし、その質問にちゃんと答えるにはわかっていないことも多いけど、それでもぼくとしては、いまの情報過多な社会が今後どうなっていくのかについてすごく考えるところが多い。というのも、いまのアメリカのメディア環境ではケーブルテレビチャンネルが本当に多くなっていて、それぞれの視聴者が知りたい情報を流し続け、視聴者も自分に意見に沿ったニュースネットワークを探すようになっています。以前はニュース報道にも、もう少しジャーナリスティックなスタンスがあったと思うのですが、いまはそうじゃなくなって、それぞれの見ている情報が偏ったものばかりになっている気がする。

―ドナルド・トランプみたいな人が大統領で注目を浴びているのも、そこにつながっているかもしれませんね。

マシュー:そう。以前では考えられなかったような事態も起こりはじめている。ただ、この先の社会がどうなっていくかなんて、結局のところなにもわからないので、自分にできることはそこに対して問いを投げかけ続けることだと思っています。

ビジネス的に正解でなくても、レーベルよりもまずバンドがお金をもらうべきというのが、僕らのレーベルオーナーの考えなんです。

―最後に、4年ぶりの新作アルバム『YOU KNOW WHO YOU ARE』についても聞かせてください。プレスリリースによると、所属レーベルオーナーとの相談で、一度完成したアルバムをもう一度作り直す決断もあったそうですが、具体的にはどういうことだったんでしょうか?

マシュー:バンドメンバーのあいだでは一度完成したと思っていたんです。それで、Barsuk Recordsのジョシュ・ローゼンフェルドに聴かせてみたら、「いい作品だね。ファンもきっと喜ぶだろう」という感想の後に少し変な沈黙があって……。ワクワクしている感じが伝わってこなかった。逆に「もうちょっとできるんじゃないか?」という気配が伝わってきたんです。

―そこから、もう一度作り直そうということになった。

マシュー:そう。とはいえ、ジョシュは映画の悪役として描かれるような、メジャーレコード会社の重役みたいな感じではなく、ぼくにとって本当に親友だと思っています。昔ながらのA&Rマン(アーティストの発掘・契約・育成など、レコード会社の業務全般に幅広く責任者として携わる人)という感じだから、彼がそう伝えてくれたことに対して、傷つくことはまったくありませんでした。単純に商業的な理由じゃないこともわかっていたし。ただ、その後「2枚組のアルバムにしたい」と相談したら、「それはやめたほうがいい」とストレートに言われたけれど(笑)。

―そういったジョシュとの信頼関係は、どのように培われていったんでしょうか。

マシュー:3rdアルバムの『LET GO』(2002年)からBarsuk Recordsに所属していますが、ジョシュは自分にとって理想のレーベルオーナーです。すごくバンドに親身にしてくれて、お金のためじゃなく、芸術のためにやっている。ぼくたちは最初メジャーと契約していたけれど、こういうタイプの人に出会ったのは彼が最初でした。ぼくたちが好きなバンドも1990年代のMatador Records(Sonic YouthやPavementも在籍していたレーベル)とかTouch and Go Records(シカゴのハードコアパンク系レーベル)のようなインディーレーベルに所属していたし、自分たちのもの作りや考え方と合っているんだと思います。

マシュー・カーズ

―Barsuk Recordsと、他のレコード会社の違いではどういうところがありますか?

マシュー:たとえば印税とは別に、ライブのたびにCDを8枚、バンドに渡してくれるんです。そうすると、お金がない新人バンドでもライブ会場でファンに直接買ってもらうことで、ホテルや会場までのガソリン代を払うことができる。最近は変わっているかもしれないけど、バンドの取り分も他では考えられないほど多いんですよね。ビジネス的に正解ではないのかもしれないけど、レーベルよりまずバンドがお金をもらうべきというのが、ジョシュの考えなんです。

―新作アルバムにはクラウトロック(1960年代末から1970年代にかけて西ドイツに登場した実験的なロック)的な要素を持った“Gold Sounds”や、The Beach Boys的なアメリカンポップを思わせる“Victory”のように、いままでのNada Surfにない感触のサウンドの楽曲も収録されています。新たな挑戦への意識はありましたか?

マシュー:たしかに“Gold Sounds”は、これまでの自分たちのやり方から少し離れようと思って作った曲でした。クラシックの作曲家の友人に初期のデモ音源を聴かせたとき、「もっと音と音のあいだに隙間を入れてあげたらどうだろう」と言われたことが、アルバム全体にも影響を与えた気がします。ただ、すべてをこれまでと変えようとしたわけでもありません。以前は自分が好きなコード進行ばかり使っていることを変に意識して、それを使わずにやってみようと努力したり、不安に思っていた時期もありました。だけど結果的に、自分は本当にそのコード進行が好きなんだとわかったんです。それが強みになる場合だってあるし、そういった意味でももっと自由になろうと思いました。

マシュー・カーズ

―レーベルオーナーのジョシュ・ローゼンフェルドとのやりとりもそうですが、そういった自然体のマシューさんやバンドメンバーと、周囲の人たちとの出会いのなかで、新しい展開が生まれていったアルバムなんですね。

マシュー:新しいバンドメンバーであるダグ・ギラードが加入してはじめてのアルバムでもあったので、彼がバンドの楽曲に豊かなテイストと音楽的な深みをもたらしてくれたことも、より音楽を楽しませてもらえることにつながったと思います。作り直したとはいえ、一度アルバムを完成させていたので、やろうと思えばいつでも戻れるという安心感もありました。そのおかげで自由に曲作りができたし、そういう開放感がアルバム全体に表れているんじゃないかなと思います。

リリース情報
Nada Surf
『YOU KNOW WHO YOU ARE』日本盤初回生産限定盤(2CD)

2016年3月16日(水)発売
価格:2,400円(税込)
only in dreams / ODCP-013

1. Cold to See Clear
2. Believe You're Mine
3. Friend Hospital
4. New Bird
5. Out of the Dark
6. Rushing
7. Animal
8. You Know Who You Are
9. Gold Sounds
10. Victory's Yours
[初回生産盤限定ボーナスディスク]
1. No Quick Fix
2. From The Rooftop Down
3. Fools
4. Concrete Bed (original)
5. Au Fond Du Reve Dore
6. Whose Authority (acoustic)
7. I Like What You Say (acoustic)
8. I Wanna Take You Home
9. Everyone's On Tour
10. Je T'Attendais
11. The Future (acoustic)
12. Looking Through (acoustic)
13. When I Was Young (acoustic)
14. Waiting For Something (acoustic)
15. Clear Eye Clouded Mind (acoustic)
※歌詞、対訳、解説付き

Nada Surf
『YOU KNOW WHO YOU ARE』日本盤(CD)

2016年3月16日(水)発売
価格:2,400円(税込)
only in dreams / ODCP-013

1. Cold to See Clear
2. Believe You're Mine
3. Friend Hospital
4. New Bird
5. Out of the Dark
6. Rushing
7. Animal
8. You Know Who You Are
9. Gold Sounds
10. Victory's Yours
※歌詞、対訳、解説付き

プロフィール
Nada Surf
Nada Surf (なだ さーふ)

ニューヨーク・ブルックリン出身のパワーポップインディーバンド。高校の同級生だったマシュー・カーズ(Vo、Gt)とダニエル・ロルカ(Ba、Vo)によって1992年に結成。追ってアイラ・エリオット(Dr、Vo)が加入。2016年、ダグ・ギラード(Gt)が四人目のメンバーとして正式加入。1996年、WEEZERなどのプロデュースで有名なリック・オケイセックを迎えた『HIGH / LOW』でデビュー。シングル『POPULAR』がスマッシュヒットとなり「ポストWEEZER」として注目を浴びる。2000年以降はインディーのフィールドで活動。2016年、通算8枚目となるスタジオ・アルバム『YOU KNOW WHO YOU ARE』をリリース。



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