「子供たちのシェルターになる音楽を」腹を括った木下理樹の覚悟

国内ギターロックシーンを牽引していた2000年代のART-SCHOOLといえば、フロントマン・木下理樹の暗く内省的な世界観に焦点が当たっていた。しかし、彼らがそうした表面的な世界観だけで語ることのできないバンドであることは、熱心なリスナーほど理解していたことだろう。

常に弱者の立場に立ち、そして傷ついた子供たちのために歌う木下のなかには、いつだって父親のような寛大な優しさがあった。「弱くてもいい、傷ついたままでいい」と歌い続けてきたART-SCHOOLは、人と人が寄り添い合い、助け合いながら共に生きることの豊かさを表現し続けてきたとも言える。そう考えれば、綿密に、そして穏やかに折り重ねられた和音の美しさに重点を置いた今作『Hello darkness, my dear friend』は、彼らなりの「共生」の理念の上に成り立ったコミュニティーミュージックなのかもしれない。活動休止、クリエイティブチーム「Warszawa-Label」の設立を経て、新たな出発点に立った木下理樹に話を訊いた。

カルチャーって、人々の「生き方」にも影響を及ぼすものだと思うんです。

―Warszawa-Labelの設立を発表されてから1年が経ちましたが、現在のレーベル、ひいては木下さんのモードはどのような状態ですか?

木下:いろんな人に支えられながら、いまは精一杯の状態でやっている……という感じですね。余裕ができればART-SCHOOL以外のアーティストもリリースしていきたいとは思っているんですけど、実際は、2年後にまた自分たちの作品を作れるかどうかもわからないですから。

―決して未来が明確に見えているわけではない。

木下:ただ、去年、僕らはメジャーデビューしてからずっと所属していた大手事務所を離れましたけど、そのあと同じように他の事務所に入ったところで、先は見えなかったと思うんですよ。いま、大きな事務所に所属するメリットがあるのは、大きなセールスを持っているバンドだけですよね。僕らみたいな中堅バンドにはもうメリットがない。それなら、この十何年間かの活動のなかで得てきた、信頼し尊敬できる仲間たちと動く方がいいし、逆にこのタイミングで動き出さなければ、この先ディレクターの顔色をうかがいながら作る作品しか生まれなかったんじゃないかと思う。

―確かに、音楽が時代を引っ張るのではなく、時代に引っ張られながら音楽が生み出されてしまう現状がありますよね。

木下:音楽の消費スピードが加速していくことは止められないのかもしれないですよね。だからこそ、もし自分が明日死ぬとして、いま動き出さなければ後悔すると思ったんです。みんなが「本当はこうやりたかった」なんてことを考えて、何かを諦めながら活動している時代だから、なおさらね。

―いまは「レーベルは何をすべきか?」ということが強く問われている時代だと思うんです。Warszawa-Labelが単なるレーベルではなく、「クリエイティブチーム」である理由はどこにあるんですか?

木下:僕らが提示したいのは「生き方」なんですよ。だからこそ、アパレルなどもちゃんと包括した活動をしなければいけないと思ったんですよね。この前、THE STONE ROSESの伝記本を読んでいたんですけど、当時THE STONE ROSESを仕掛けた人が言っていたのは、「Tシャツが大事だった」ということで。それって、彼らが生み出していたものが「音楽」だけではなく、「カルチャー」だったということなんですよね。カルチャーって、人々の「生き方」にも影響を及ぼすものだと思うんですよ。

木下理樹
木下理樹

―起点にあるものは作家や作品だとしても、そこから「衣食住」を巻き込んでいくのがカルチャーですよね。

木下:どの時代でもそうですよね。1970年代にSEX PISTOLSが時代を動かしたのは、あのファッションがあったからだし。僕は元々、メタルやハードロックが中心の雑誌を読んでいた子供だったけど、グランジや90年代UKロックがどっと流れこんできたときにそっちへ惹かれたのは、「音楽」以上に「カルチャー」だったからなんです。あれらのカルチャーは、僕の生き方や考え方を変えてくれた。ART-SCHOOLの音楽を聴いている子たちにも、同じようにカルチャーとして音楽に出会ってほしいんですよ。

僕らも若い子たちのシェルターになるような音楽がやりたい。そこに一生向き合っていく覚悟はできた。

―いま、木下さんが子供たちに提示したい「生き方」とは、どんなものですか?

木下:それは、今回のアルバムの『Hello darkness, my dear friend』というタイトルが一番わかりやすく示唆していると思います。

―「闇」を突き放すのではなく、「友達」として受け入れることが、ひとつの生き方になり得る、ということですか?

木下:そう。いまって、本当にハッピーな音楽ばかりが溢れているじゃないですか。いわゆる「ロックミュージック」と呼ばれるシーンのなかも、そんなものばかりになってしまっている。僕にはそれが虚無に聴こえるんですよね。それと同じように、いまの子供たちが大人に対して思っていることも、虚無なんじゃないかと思う。これは音楽ではなくて教育の問題だとは思うけど、いじめや虐待、ネグレクト……それらはもちろん、僕らが子供のころからあった問題だけど、最近は聞くに堪えないニュースが多すぎる。ただでさえ、SNSが広がったことによって、生きづらい気持ちを抱えてしまう若い子たちって、いっぱいいると思うのに……。

木下理樹

―SNSの問題にしろ、ロックシーンの現状にしろ、大人たちにとっての利便性やビジネスの犠牲になってしまうのが、子供たちなんですよね。若さはどうしたって無知でもあるから、子供たちは選択や判断を間違えてしまう危険性もあるんだけど、いまはそこにつけこんだ商売をしている大人が多い気がします。

木下:若い子たちって、感性が敏感だからね。傷ついてしまうんですよ。そういう子たちがART-SCHOOLの音楽を聴いて、少しでも楽になってくれればいいと思う。自分がそういう子供だったからこそ、そう思いますね。僕はグランジやUKロックに出会って、いくら学校で無視されようが、そんなことどうでもよくなったんですよ。だって、家に帰れば宝物のような音楽が待っているんだから。そうやって、僕らも若い子たちのシェルターになるような音楽がやりたい。このアルバムで、そこに一生向き合っていく覚悟は改めてできたと思います。

「そもそも、人間ってそういう生き物なんだ」と言いたいというか……許したいんです。

―いま、子供たちのシェルターであるために、木下さんがすべきことは何だと思いますか?

木下:曝け出すことだと思います。本来、人間っていい部分だけではないじゃないですか。みんな「猫が可愛い」とか言っているけど、「じゃあ、どれだけの野良猫が人間に殺されているんだ?」なんて考えたりすると、本当にそう思う。でも、「いい部分だけでない」ということを一概に否定するんじゃなくて、「そもそも、人間ってそういう生き物なんだ」と言いたいというか……許したいんです。そうすることで、「こんな生き方もあるんだよ」って伝えられると思うんですよ。

―確かに、追い詰められてしまう子供たちって、周りから押しつけられた価値観から逃れられなくなっている場合も多々あるのかもしれない。だからこそ、「許し」を提示することはすごく大切なことかもしれないですよね。今回はサウンド面も、緩やかな音の重なりを聴かせる、非常にあたたかみのある優しいサウンドに仕上がっていて、ここにも「許し」を感じます。

木下:ART-SCHOOLの現メンバーで、メロウな「静」の方向に寄ったものは作ったことがなかったので、それをやってみたいなと思ったんです。あと、活動休止中に聴いていたのが、クラシック音楽やTHE BEACH BOYSのブライアン・ウィルソンが作るような、室内楽的な音楽だったことも大きいかもしれない。ブライアン・ウィルソンって、THE BEACH BOYSのリーダーだったくせに海に入れなかったんですよ(笑)。

―丘サーファー代表みたいな人ですよね(笑)。

木下:彼は、全部憧れを歌っていた。それも、「海に入れたらいいなぁ」という願望として歌うのではなく、もはや「海に入っている」という非現実を当たり前のように歌っている……THE BEACH BOYSのリーダーだった人が、海にも入れず女の子を眺めているだけだったなんて、ゾッとすると同時に、純粋さやノスタルジーを感じるじゃないですか。そういう要素が欲しかったのかもしれないです。

木下理樹

―もし、ブライアン・ウィルソンが「海に入りたいな」と歌っていたら、それは現実に対して能動的な音楽になっていたと思うんですよ。でも、「海に入っている」という妄想を歌うことで、彼の音楽は現実から切り離された桃源郷的な音楽になっているんですよね。

木下:そうですよね。今回は、僕ら自身が、時代の流れからどうやって孤立しようかって考えていた部分もあったんです。

―それって、言い換えれば「大人」であることを拒絶して、「子供」であり続ける道を選んでいる、とも言えると思うんです。このご時世、アーティストも「大人」であることを求められる場面もあるじゃないですか。木下さんって、あえてそこに向かっていない方だと思うんですよ。

木下:そうですね……アーティストにはそれぞれの「役割」があると思うんです。東北ライブハウス大作戦(東日本大震災後に立ち上がった、東北三陸沖沿岸地域にライブハウスを建設するプロジェクト)やアジカンのゴッチ(後藤正文)がやっていることを自分は真似できないし、尊敬の目でしか見ていないんですけど、ただ、僕が同じことをやっても、それは表現が嘘になってしまうし、そこにはなんのリアリティーもないと思うんですよ。……でも、思えばジョン・レノンも人間らしい人だったし、「役割」を全うした人ですよね。彼は本当にすごい人だと思うけど、夫としてはとんでもない野郎だったわけじゃないですか(笑)。

―そういう話もありますよね(苦笑)。

木下:世界平和を歌いながら、家では暴力を振るっていたという(笑)。でも、「それが人間だ」ということを表現するのが、自分の役割なんだと思う。すべてをひっくるめて愛さないとダメなんですよ。人間って、本当に弱くて残酷で、そして、愛おしい生き物だから。

ART-SCHOOLで僕自身が曝け出して、「こういう大人もいるよ」ということを提示したいんです。

―いまのお話を聞いて思うのは、ひとつの価値観を掲げ過ぎることの危険性ってあるなということで。たとえば、「世界平和」を唱えることは大切だけど、その主張を受け手に押しつけることは、ときに暴力にもなってしまう。木下さんには、そうした暴力性に対する違和感があるんですかね?

木下:難しいな……でも、僕が「誰かを助けたい」と思って音楽をやることも、他の誰かにとってはエゴに映る場合がありますよね。このアルバムだって、ひとつの価値観を押しつけているとも言えるわけだし。でも僕は、別に押しつけがましい表現であっても、品があるか、もしくは音楽的なレベルが高かったらいいと思う。アーティストと呼べる人はみんな、どんなに飄々として見せていても、「ああでもない、こうでもない」って悩み苦しみながらやっていると思いますからね。

木下理樹

―なるほど。「悩むこと」は、アーティストと子供に与えられた特権なのかもしれないですね。アーティストは「悩み続ける大人」とも言えるし。

木下:いまの子供たちが、この先、10年~20年後、子を持ち、社会を作っていくわけですよね。だからこそ、ART-SCHOOLで僕自身が曝け出して、「こういう大人もいるよ」ということを提示したいんです。たとえそれが小さなパイだったとしても、言っていくしかないんですよ。僕自身が、音楽とか、映画や本に救われてきた子供だったから。そんな自分がいま、アーティストをやっている以上、そういう役割についてしまったんです。

自分の私生活は犠牲にしています。でも覚悟がないと、ものなんて作れないじゃないですか。

―木下さんがそこまで「子供たちのための音楽」にこだわるようになったきっかけは、どこにあるんですか?

木下:いわゆる第一期(結成~2003年までのオリジナルメンバー期)が終わった瞬間に、「僕の青春はここで終わったんだな」って感じたんだけど、アーティストである以上、それでもやれることを模索するしかないんですよね。はっきり言えば、僕は飯を食うよりも音楽を聴いている方が幸せなんです。水や酸素と同じくらい、音楽がないと生きていけない人間だから。

―音楽を辞められない以上、やるべきことを模索するしかなかった。

木下:ただ、第一期のころから、根底で考えていることは同じだと思う。当時は自分にとってピュアでイノセントな時代だったのかもしれないけど、「クラスの片隅にいるような子たちが、ちょっとでも楽になってくれればいい」っていう気持ちは当時から変わらない。だから、結果的には自分から出てくるものはずっと変わっていないんだと思います。

―ART-SCHOOLの音楽に一貫してあり続ける「優しさ」の奥にあるのは、木下さんの奉仕の精神だと思うんですよ。常に誰かのためにあろうとする。ただ、他の誰かのためにものを作り続けるのって、自分を犠牲にしなければいけないときもあるじゃないですか。

木下:たしかに、僕がART-SCHOOLをやっていて思うのは、「僕が幸せになる瞬間って、たぶんART-SCHOOLを辞めたときなんだろうな」ということで。それぐらい、自分の私生活は犠牲にしています。でも覚悟がないと、ものなんて作れないじゃないですか。僕は勝手にそう思っていますね。……それに、僕は自分自身が常に悩んでもいるから、自分を慰めてくれるような音楽を作れば、それは絶対に子供たちにも響くはずだと思っているんです。

木下理樹

僕らは表現に嘘をついてこなかった。もちろん、これからもずっとそうあり続けると思います。

―ART-SCHOOL自体が、木下さんのパーソナルな要素を包み込むシェルターになっているということですよね。このアルバムの最後を飾るのは、ART-SCHOOL始動前のソロ時代に作られた“NORTH MARINE DRIVE”という17年前の曲ですが、この曲を現メンバーで録音したことも、いまを生きる子供たちと、木下さん自身に向けられていると言えそうですね。

木下:この曲を最後に入れることで、リスナーにも自分自身にも、「もう苦しまなくていいんだよ」って言ってあげたかったんです。「もう旅は終わったんだよ、苦しまなくていいんだよ」って。

―“NORTH MARINE DRIVE”では、<誰かに笑われたっていい>と歌うじゃないですか。でも、7曲目の“R.I.P”で、<笑われた分だけ きっと 強くなれるはずなんて そんな言葉 嘘でした>とも歌っていて。<笑われたっていい>という理想を歌いながら始まったけど、キャリアを経るなかで、笑われることで弱くなってしまった自分自身もいる。でも、もう一度<笑われたっていい>と、自分にも子供たちにも歌いたい……このアルバムは、そんな木下さんの傷跡と強さが曝け出されたドキュメントのようにも聴こえます。

木下:苦しみまくってきたバンドだからね(苦笑)。でも、「自分たちはこういうバンドなんだよ」って、もう一度言いたかったのかもしれない。……こんなに苦しんで、その傷を曝してきたバンド、あんまりいなかったよね。

木下理樹

―いないですよ。

木下:KING CRIMSONのロバート・フリップは、インタビューで「あなたのバンド人生は、一言で言うとどんなものでしたか?」って訊かれたとき、「本当に悲惨だった」って応えたんですよ。あれだけ世界的な成功を収めて、評価も高かったバンドのメンバーであるにもかかわらず。でも彼は、「それでも、やらざるを得ないんだ」って言っていて……それが僕にはしっくりきたんです。自分たちがやるべきことは、これしかないですから。もちろん、僕らのことを嫌ってきた人もたくさんいると思うんですよ。でも、僕らは表現に嘘をついてこなかった。もちろん、これからもずっとそうあり続けると思います。

リリース情報
ART-SCHOOL
『Hello darkness, my dear friend』(CD)

2016年5月18日(水)発売
価格:2,592円(税込)
Warszawa-Label / UK.PROJECT inc., / WARS-0002

1. android and i
2. broken eyes
3. Ghost Town Music
4. Melt
5. Julien
6. Paint a Rainbow
7. R.I.P
8. TIMELESS TIME
9. Luka
10. Supernova
11. NORTH MARINE DRIVE

イベント情報
『ART-SCHOOL TOUR 2016/Hello darkness, my dear friend』

2016年6月11日(土)
会場:千葉県 LOOK

2016年6月14日(火)
会場:京都府 MOJO

2016年6月16日(木)
会場:岡山県 IMAGE

2016年6月17日(金)
会場:福岡県 The Voodoo Lounge

2016年6月21日(火)
会場:埼玉県 HEAVEN'S ROCKさいたま新都心

2016年6月23日(木)
会場:新潟県 CLUB RIVERST

2016年6月24日(金)
会場:宮城県 仙台 LIVE HOUSE enn 2nd

2016年6月26日(日)
会場:北海道 札幌 COLONY

2016年7月1日(金)
会場:大阪府 梅田 Shangri-La

2016年7月3日(日)
会場:愛知県 名古屋 ell.FITS ALL

2016年7月9日(土)
会場:東京都 恵比寿 LIQUIDROOM

料金:各公演 前売3,500円 当日4,000円(共にドリンク別)

プロフィール
ART-SCHOOL
ART-SCHOOL (あーとすくーる)

2000年に結成。木下理樹(Vo/Gt)のあどけなく危うげなボーカルで表現する独特の世界観が話題に。度重なるメンバー変遷を経て、2012年からは木下、戸高賢史(Gt)の2人に、元NUMBER GIRLの中尾憲太郎(Ba)、MO'SOME TONEBENDERの藤田勇夫(Dr)がサポートで加わる。2015年2月、新木場STUDIO COASTでのライブをもって活動休止。同年5月、木下理樹がクリエイティブチーム「Warszawa-Label」を設立。2016年2月に開催されたワンマン公演をもって本格的に活動を再開を果たす。2016年5月18日(水)に、8thフルアルバム『Hello darkness, my dear friend』をリリースする。



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