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宮内悠介がエミール・クストリッツァを直撃 監督の発想の源は?

宮内悠介がエミール・クストリッツァを直撃 監督の発想の源は?

『オン・ザ・ミルキー・ロード』
インタビュー・テキスト
麦倉正樹
撮影:豊島望 編集:宮原朋之、久野剛士

私は常に、現実とフィクションのあいだにある境界線を飛び越え、そのあいだを行ったり来たりするような物語を作りたいと思っている。(クストリッツァ)

宮内:今作『オン・ザ・ミルキー・ロード』も、ご自身の短編小説「蛇に抱かれて」をもとにしていますね。私はこの短編をあらかじめ読んでいたにもかかわらず、映画のラストシーンで涙が止まりませんでした。それと同時に、本作の主人公であるコスタという人物、つまり純粋に愛を追いかける男として監督が設定した人物を、監督自身が演じていることに、少しくすぐられもしましたが(笑)。

クストリッツァ:(笑)。

宮内:このコスタという人物が人間の持つ純粋さを象徴するようなキャラクターとして描かれる一方、モニカ・ベルッチが演じるヒロインは、聖なる存在であるような印象を受けます。今回の二人の登場人物、コスタとヒロインに監督が託された思いをお伺いしたいです。

モニカ・ベルッチ演じるヒロインの「花嫁」 / ©2016 LOVE AND WAR LLC
モニカ・ベルッチ演じるヒロインの「花嫁」 / ©2016 LOVE AND WAR LLC

クストリッツァ:彼らは、旧約聖書に出てくるアダムとイブのようなカップルなんだ。そして、アダムとイブについて考えるとき、私はいつも思いを馳せることがある。彼らは、蛇にそそのかされて木の実を食べてしまったために楽園を追われることになったが、それ以前の彼らは、どう過ごしていたのだろうか? それを今回の映画で、描こうと思ったんだ。だから、この話はある種の神話だ。そういう意味で、私は実際の自分というものを、自分が演じる役柄に持ちこむ必要がなかったんだ。まあ、だから自分で演じてもいいと思ったのだけれど……。実際は、かなり難しかったね。

宮内:どういう点が特に難しいとお思いになりましたか?

クストリッツァ:私は常に、現実とフィクションのあいだにある境界線を飛び越え、そのあいだを行ったり来たりするような物語を作りたいと思っている。だけど、それを自分で監督しながら、役者として現実とフィクションを行き来することは、想像以上に難しかった。そのことが、自分で主演して、ようやくわかったよ。それなりによくやったとは思っているけど、自分の映画に自分が役者として出演することは、多分もうないだろうね(笑)。

宮内:とてもそのようには見えませんでした。またやっていただきたいくらいです(笑)。それと先ほど監督がアダムとイブの話をされましたので、今作に登場する「蛇」の存在についてもお聞かせください。エデンの園の話と同じように、作品では、蛇が重要な役割を果たしています。たとえば登場人物は、蛇を受け入れる人間と、受け入れない人間の二通りに分かれていますね。熊に口移しでリンゴを与えるコスタも、神話の蛇を連想させます。こういったことも含めて、監督がこの映画の中で、蛇に託した意味とは何でしょうか?

宮内悠介

クストリッツァ:この映画は、「エデンの園」の物語に対する、私なりの回答なんだ。「エデンの園」では、アダムとイブをそそのかした悪者のように描かれている蛇だけど、古代メソポタミア文明をはじめ、かつて蛇というのは、神の一種であったという記録もある。新約聖書において、蛇は必ずしも悪者として描かれていないんだ。

そして、さらにエデンの園の物語をよく読んでみると、アダムとイブをそそのかしたのは確かに蛇だが、そのあと蛇は彼らと一緒に楽園を追放されているんだよ。つまり、蛇は人類と運命を共にしたんだ。そういう意味で、蛇に感謝を示したかったというのがひとつあった。あと、もうひとつは、アフガニスタン紛争中にあったという、「牛乳好きな蛇に、ある男が生命を助けられた」というエピソード。それらを取っ掛かりとして、私は今回の物語を考えていったんだ。

私が最高の仕事をしていると感じられるのは、「自分がサーカスを作っている」と思える瞬間なんだ。(クストリッツァ)

宮内:今回の映画は、「エミール・クストリッツァ監督らしさ」を数多く含んだ集大成的な作品であると同時に、監督の新たな挑戦が感じられる作品でもありました。監督の作品に必ずと言っていいほど登場する「動物」について、お伺いしてもよろしいでしょうか?

クストリッツァ:私が映画を撮っていて、「最高の仕事をしている」と感じられるのは、「自分がサーカスを作り上げている」と思えるときなんだ。ただし、動物たちを耐えられない状況に追い込むようなサーカスではない。

人間の歴史を眺めてみると、様々なカルチャーの中に、そして多くの国々で、サーカスは存在した。それは、「人類の共通項のようなもの」と考えていいかもしれない。なぜ、人類はサーカスを求めるのか? 私が思うに、サーカスのパフォーマンスには、「人間性」が投影されているからだ。だから、私が撮ったすべての映画は、サーカスのように動物たちがいっぱい登場するんだよ。

エミール・クストリッツァが撮影中、仲良くなったという熊 / ©2016 LOVE AND WAR LLC
エミール・クストリッツァが撮影中、仲良くなったという熊 / ©2016 LOVE AND WAR LLC

宮内:サーカスのパフォーマンスの中に「人間性が投影される」とは、どういうことでしょう?

クストリッツァ:たとえば私たちは、テレビの中で誰かが殺されたりする映像を、とても簡単に見ることができる。というか、そういうものを見ることに慣れきってしまい、人間的な思いやりを失ってしまっているように私には思えるんだ。けれども、私の『アンダーグラウンド』(1995年)という映画の中で、1匹の猿が殺された場合、その生き物の死が衝撃的な体験として私たちに人間的な感覚を呼び覚ますんだ。そんなふうに、私は考えている。

失われてしまった人間性……、例えば「思いやり」をイメージさせるものとしての動物たち。もしかしたら、今の時代というのは、昔以上に、動物に対する憧憬や愛情が大きくなっているのかもしれない。少なくとも、私の場合は、そうなんだよ。

エミール・クストリッツァ

宮内:なるほど、よくわかります。

クストリッツァ:さらに言えば、『オン・ザ・ミルキー・ロード』に登場するハヤブサは、他の生き物を食べたりはするけれど、人間のどう猛さに比べたら、驚くほどイノセンスな存在だと思う。なぜならハヤブサは、自分たちが生き延びるためにしか、他の生物を捕食しないからだ。その一方で、人間は膨大な数の人間の生命を平気で奪っていく。そして、いまだに人類は、その理由について、明確な答えを持っていない。なぜ人は、こんなにもたくさんの人間を殺さなくてはならないのか?

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作品情報

『オン・ザ・ミルキー・ロード』

2017年9月15日(金)からTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
監督・脚本:エミール・クストリッツァ
音楽:ストリボール・クストリッツァ
出演:
モニカ・ベルッチ
エミール・クストリッツァ
プレドラグ・“ミキ”・マノイロヴィッチ
スロボダ・ミチャロヴィッチ
ほか
上映時間:125分
配給:ファントム・フィルム

プロフィール

エミール・クストリッツァ

1954年生まれ、ユーゴスラビア・サラエヴォ出身。1978年にプラハ芸術アカデミー(FAMU)の監督学科を卒業。在学中に『Guernica』(1978年)を含む短編映画を数本制作し、カルロヴィヴァリの学生映画祭で最優秀賞を受賞。卒業後、故郷(当時はユーゴスラビア)でテレビ映画を何作か監督し、1981年に『Do You Remember Dolly Bell?(Sjecas li se Dolly Bell?)』で長編映画デビュー。成功を収め、ヴェネチア国際映画祭で新人監督賞を受賞した。その後、『アンダーグラウンド』(1993年)『黒猫・白猫』(1998年)『ライフ・イズ・ミラクル』(2004年)などの作品で、人気監督として不動の地位を築いている。

宮内悠介(みやうち ゆうすけ)

1979年、東京都生まれ。92年までニューヨーク在住、早稲田大学第一文学部卒。2010年、「盤上の夜」で第1回創元SF短編賞山田正紀賞を受賞しデビュー。第1作品集『盤上の夜』で第147回直木賞候補、第33回日本SF大賞受賞。第2作『ヨハネスブルグの天使たち』で第149回直木賞候補、第34回日本SF大賞特別賞受賞。他の著書に『エクソダス症候群』『彼女がエスパーだったころ』『アメリカ最後の実験』『スペース金融道』『月と太陽の盤 碁盤師・吉井利仙の事件簿』。最新作の『あとは野となれ大和撫子』(2017年)は、第157回直木賞候補に選出された。

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