
自流の貫き方 ハービー・山口×渡辺俊美×Keishi Tanaka鼎談
avex- インタビュー・テキスト・撮影
- 池谷修一
- 編集:久野剛士 撮影協力:COBBLER NEXT DOOR
人は皆、人の役に立てる特技や考えを持っているはずです。(ハービー)
—ハービーさんは、ルクセンブルクで撮影された写真集を12月に発売されました。
ハービー:ルクセンブルクと日本の国交90周年を記念した写真展を日本の大使館で開催して、大公さまをお迎えしました。国賓として11月に来日されたんです。
ハービー・山口の写真集『TIMELESS IN LUXEMBOURG 1999-2017』
—ルクセンブルクのアンリ大公は1999年以来、2度目の撮影だそうですね。
ハービー:今回、東日本大震災直後の人々の姿を撮った写真集『HOPE 311』をお見せしたら、「あなたはこういうときでも人の希望を撮るんですね」と言われました。まさしく「希望」は僕のテーマなんです。
—人々の素を撮ることで希望を生む……。
ハービー:ええ。かつて何度もリストカットを繰り返していた若い女の子が、僕の写真展に来てくれて、写真を見たら元気が湧いたと。「これからは自殺は考えず、できることを探して生きていきます」と伝えてくれた。
それを大公さまにお話したら「国を治める自分も、国民一人ひとりの幸せを祈っていますが、写真家も同じ気持ちなのですね。そして、あなたは心でシャッターを押しているから、人を救えるのでしょう」と。こんな素晴らしい言葉をいただいたんです。
ハービー・山口が撮影したルクセンブルクの写真(写真集『TIMELESS IN LUXEMBOURG 1999-2017』収録)
渡辺:うわー、素敵ですね。
ハービー:人は皆、人の役に立てる特技や考えを持っているはずです。それを見つけて一生懸命努力する。そうして人の役に立つのが人間として一番幸せなのだと思います。写真家だろうがミュージシャンだろうが、表現をしている人は、人の心を元気にするのが仕事なんですよ。
自由が一番難しいということも学びました。(渡辺)
—どうすれば、人の心に届く活動ができるんでしょう?
Keishi:狙ってやれることじゃないですよね。だから、子どもを見ているだけで、学ぶことってたくさんあります。何で子どもの絵には、これほど心動かされるんだろう? それはもう僕らにはできないのか? まだそうやって音楽を作っていたい、とよく思います。
渡辺:そうだよね。このあいだ福島のお祭りでソロライブやったんですけど、その前に子どもたちと雪合戦をして、本気で負かしちゃったんですよ(笑)。そしたら、俺のことは何にも知らないと思うんだけど、みんなライブですっごい応援してくれた。真剣に遊ぶと、それぐらい返ってくるんだと子どもから教わりました。
—皆さん、純粋な気持ちをずっとお持ちですよね。
渡辺:音楽も映画もそうですが、日本を越えて世界レベルで考えるという意識も、僕はずっと大事にしてきたことです。「どこかで誰かに見られている!」みたいな気持ち。それは、国内のレベルで考えるとヘンに小さくなっちゃう。
—原宿のアパレル時代にモヒカンだったのも、「誰かに見られている」という意識から?
渡辺:あはは。それは東京に出て来たときに、「原宿で成功しないやつはどこでも成功しない」と思って、とりあえず目立ってやろうと思ったんです。剣道を長くやっていて、国体にも出たけど、規則の厳しい世界で僕には合わなかった。そこからファッションやクラブの仲間たちができていって。でも同時に、自由が一番難しいことも学びました。
ハービー:僕はロンドンに10年いたんです。すごく貧しかったけれど、自由でしたね。自由は、「流行に乗らないと自分は売れないかもしれない」というプレッシャーからの自由。確かに流行に乗れば、日々の仕事は入ってくるかもしれない。けど、自分のスタイルを貫くことが大事なんです。
ただ、仕事がなかったので、初めてお金をもらったのは写真ではなく、ツトムヤマシタさん主宰の劇団からでした。オーディションに受かると若干のお給料が出てビザが伸びるんです。それで100回は舞台を踏みましたよ。それでも、写真こそが最重要だった。
Keishi Tanakaをモデルに写真を撮影するハービー・山口
—まだ無名のBoy George(Culture Club)と同じフラットに住んでいたんですよね?
ハービー:デビュー前に一緒に暮らしていた時期がありました。彼が大家さんに「電気代払いなさいよ!」と言われている姿を撮ったこともあります。その写真を、1983年に来日したときに、おそるおそる渡したんです。
「こんなもの見たくない」と破かれるかと思った。でも、「あのときのだよね! 僕は一朝一夕で有名になったんじゃない。みんな信じなかったけれど、いろんな苦難を経験してきたって証拠を、ハービーが残しておいてくれたんだ!」って見せてまわってました。
名もない頃、いわば女形の彼は人から唾を吐かれたり、石を投げられたりしていたこともある。新しいムーブメントを作るときは必ず保守的な社会から叩かれる。孤独だけど自分を貫いたからこそ、認められたわけですね。
渡辺:ハービーさんの本『良い写真とは?』もそうですよね。けっして自分の姿勢を崩さない。上から語るでもなく、撮りたいすべての人の気持ちにすごく寄り添っていると思いました。
ハービー:僕は小さい頃に腰を悪くして中学生までずっとコルセットをつけていた。体育の授業にも出られず、希望のない少年で。だから弱い立場の目線で生きていると思うんです。
渡辺:なるほど。だから「どうだ!」っていう高圧的な写真や言葉がないんですね。
ハービー・山口『良い写真とは? 撮る人が心に刻む108のことば』(詳細はこちら)
ハービー:ロンドンではこんなこともありました。1980年、The Clashのジョー・ストラマーさんに地下鉄の中で偶然出会って、たどたどしい英語で「撮っていいですか?」と正面からお願いしたんです。その態度に何か言ってやりたいと思ったんでしょう。「撮りたいものは撮るんだ。それがパンクだ!」と言ってくれた。なぜ言ってくれたのかをよく考えます。もう他界されたけど、「お前が真剣だったからさ」って言ってくれる気がしますね。
リリース情報

- 『良い写真とは?撮る人が心に刻む108のことば』
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2017年3月31日(金)発売
著者:ハービー・山口
価格:1,728円(税込)
発行:スペースシャワーネットワーク

- 『Timeless in Luxembourg 1999-2017』
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2017年12月6日(水)発売
著者:ハービー・山口
価格:3,780円(税込)
発行:SUPER LABO

- 『461個の弁当は、親父と息子の男の約束。』
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2016年2月12日(火)発売
著者:渡辺俊美
価格:1,620円(税込)
発行:マガジンハウス

- 『真夜中の魚』
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2017年4月14日(木)発売
著者:Keishi Tanaka
価格:2,000円(税込)
発売:シンコーミュージックエンタテイメント
イベント情報
- TOKYO No.1 SOUL SET『IN THE ROOM』
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2017年12月29日(金)
会場:東京都 恵比寿LIQUIDROOM
- 『YY NEW YEAR PARTY -ワイワイニューイヤーパーティー-』
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2018年1月13日(土)
会場:東京都 新宿LOFT
出演:
bonobos
Keishi Tanaka
Nabowa
- Keishi Tanaka presents ROOMS
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2018年1月21日(日)
会場:東京都 原宿 VACANT -ONE MAN-
- FRONTIER BACKYARD × KEISHI TANAKA
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2018年2月18日(日)
会場:東京都 新代田 FEVER
ライブ:
FRONTIER BACKYARD
Keishi Tanaka
DJ:
TGMX
TDC
Keishi Tanaka
プロフィール
- ハービー・山口(はーびー・やまぐち)
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1950年東京生まれ。東京経済大学経済学部卒。長きにわたるロンドン生活を経て、アーティストとのコラボレーションから市井の人々のポートレートまで一貫した作風を見せる。エッセイ執筆、ラジオやテレビのパーソナリティーをつとめる。写真集、著作多数。近刊に『良い写真とは?撮る人が心に刻む108のことば』『TIMELESS IN LUXEMBOURG 1999-2017』など。
- 渡辺俊美(わたなべ としみ)
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福島県川内村出身。TOKYO No.1 SOUL SETのVo&Gtであり、福島県人バンド「猪苗代湖ズ」でもBass担当として活動。2011年にはNHK紅白歌合戦に出場。2014年にエッセイ本「461個の弁当は、親父と息子の男の約束。」を発表し、ベストセラーに。翌年にはNHK BSプレミアムでドラマ化。さらにビッグコミックスよりコミック化。2016年、大根仁監督、福山雅治主演映画「SCOOP!」の主題歌を担当。さらに、東日本震災から5年。震災復興の活動で大空に飛ぶ花と復興への想いを表現したANA「東北FLOWER JET オリジナルソング」の作詞・作曲を手掛ける。2017年はフェスやイベントに出演し、11月にはKOYABU SONIC 2017に出演。年末恒例となったライブTOKYO No.1 SOUL SET presents「IN THE ROOM」が12月29日(金)恵比寿LIQUIDROOMにて開催される。
- Keishi Tanaka(けいし たなか)
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北海道大樹町出身のミュージシャン、田中啓史(たなかけいし)。 大学入学と当時に東京へ上京し、学生時代の仲間と共に5人組のインディーズバンド、Riddim Saunterを結成。ヴォーカルとして2002年頃より活動し、メンバーの脱退、新メンバーの加入などを経て、FUJI ROCK FESTIVAL、SUMMER SONICをはじめ、数々のフェスに出演。同時に、カジヒデキとリディムサウンター、THE DEKITSなど様々な名義でも活躍していた。そして2011年9月3日、中野サンプラザ公演をもってRiddim Saunterを解散。バンドの解散後、ソロのシンガーソングライターとしてKeishi Tanaka名義で活動をスタートし、細部にこだわりをみせる高い音楽性を持ちながら、様々なラジオ局でパワープレイに選ばれるなど、幅広い層に受け入れられる音楽であることを証明してみせた。最大10人編成で行われるバンドセットから弾き語りまで、場所や聴く人を限定しないスタイルで活動中。