インタビュー

『寝ても覚めても』濱口竜介監督が導く、日本映画の新時代

『寝ても覚めても』濱口竜介監督が導く、日本映画の新時代

インタビュー・テキスト
大寺眞輔
撮影:豊島望 編集:久野剛士

基本的には「人を撮る」ということをやり続けてきました。

—亮平と麦の関係は、「日常 / 非日常」という対立のほかに、別の側面から見ることも可能だと思います。たとえば、冒頭の「自己と他者」という問題。これは、濱口監督の全作品を通じて大きな主題になっていると思います。

濱口:お金がない環境で自主映画を作ってきて、基本的には「人を撮る」「自分と他者との関係を撮る」という形でやってきました。これなら作り続けることができるからです。

濱口竜介
唐田えりかが演じた、ヒロインの朝子 / 『寝ても覚めても』©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会 / COMME DES CINÉMAS
唐田えりかが演じた、ヒロインの朝子 / 『寝ても覚めても』©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会 / COMME DES CINÉMAS

—「資金などの関係で現実は変えられない。しかし、映画は現実そのものではない」と言うときに、黒沢清監督の世代は、現実とは違うフィクショナルな世界、たとえばホラー映画など、ジャンル映画のパターンを使ってどのように非日常的な映画世界を構築するかという問題が大きく存在したと思います。それに対して、濱口さんには「いまここにある日常と向き合って映画を作る」という意識がきわめて強いですね。

濱口:もちろん黒沢清監督たちのように、映画をより日常から離れたフィクショナルなものとして作って、観客との関係を築くことは可能だと思います。しかし、これは物語のレベルでフィクショナルだったとしても、何か別の要素で実は観客と強くつながっている。たとえば美的な構図だとか、感情移入できるスターの存在だとか、カメラワークがすごいとか。

でも、そういうものが全てなかったときにどうするか。やはり目の前にいる人たちから始まります。しかしその日常的な関係性の中にフィクショナルな要素が必ず潜在している筈なので、それを探して立ち上げていくという意識が、自分の場合は強いのだと思います。

『寝ても覚めても』ポスター
『寝ても覚めても』ポスター(サイトで見る

「こんなに会話の多い日本映画は珍しい」と言われました。

—黒沢清監督の作品のように、映画そのものがひとつの非日常性や他者として存在するのではなく、他者としてのなにかに対して、人々がそれをどう受け止め、どう言葉にしていくか。これは実に現代的で重要な問題ですし、濱口監督の作品でも大きな軸になっていると思います。

濱口:『PASSION』(2008年)を撮った頃、「こんなに会話の多い日本映画は珍しい」と言われました。でもそれは、意図的にやったことでした。東京藝術大学大学院にいた頃、亡くなった映画批評家の梅本洋一さんの授業を受けたのですが、梅本さんは日本映画における言葉の貧しさを指摘していました。

本来、人は他者と付き合っていくとき、その他者とつながったり、あるいは自分を区分けするために言葉を必要としている。ところが、日本映画にはその言葉を持っているキャラクターがほとんど存在しないという指摘です。これが僕にとって、『PASSION』を作るひとつの指標、あるいは支えとなりました。他者と共に生きていくため、あるいは付き合っていくためのツールとしての言葉という問題は、それから現在まで強く意識してきたと思います。

瀬戸康史演じる亮平の会社の後輩・串橋 / 『寝ても覚めても』©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会 / COMME DES CINÉMAS
瀬戸康史演じる亮平の会社の後輩・串橋 / 『寝ても覚めても』©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会 / COMME DES CINÉMAS

—『PASSION』では、教室で学生たちが暴力について討論する特異な場面があります。暴力はひとつの他者であり、その他者に対してどう立ち向かうか、どうやって言葉にするかと真剣に向き合っている部分に濱口作品の面白さがあるのではないでしょうか。言葉はどう暴力を受け止めるか、あるいは受け止められないのか。

濱口:『PASSION』で暴力の問題を扱ったのは、これは明らかに黒沢清監督の影響です。彼の元で映画を学んだ人間なので、それは考えざるを得ないものでした。ただし、視覚的な暴力表現というものは、全てやり尽くされてしまった気さえ個人的にしています。

それでも暴力というのは世界と映画にとって重要な問題であって、避けて通ることは難しい。ならば、相変わらずお金が十分にないことも含め、与えられた状況の中で、それをどうやって描くことができるか。その問題を考えようとしたときに、あの教室の場面が生まれました。

勿論、あれが正解だとはまったく思えないです。あれはやはり言葉であって暴力そのものではない。映画で暴力を描く上で、果たしてこれで良いのだろうかとずっと悩みつつ、悩みながら現在まで続けている気がしています。

濱口竜介
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作品情報

『寝ても覚めても』
『寝ても覚めても』

2018年9月1日(土)からテアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほか全国公開

監督:濱口竜介
原作:柴崎友香『寝ても覚めても』(河出書房新社)
主題歌:tofubeats“RIVER”
音楽:tofubeats
出演:
東出昌大
唐田えりか
瀬戸康史
山下リオ
伊藤沙莉
渡辺大知(黒猫チェルシー)
仲本工事
田中美佐子
上映時間:119分
配給:ビターズ・エンド、エレファントハウス」

プロフィール

濱口竜介(はまぐち りゅうすけ)

東京藝術大学大学院修了制作『PASSION』(08)が国内外で高く評価され、演技経験のない4人の女性を主演に迎えた前作『ハッピーアワー』(15)がロカルノ、ナント他の多くの国際映画祭で主要賞を受賞しその名を世界に轟かせた気鋭・濱口竜介。原作に惚れ込み映画化を熱望した『寝ても覚めても』で満を持して商業映画デビューを果たす。日常生活の中にある人間の感情や、人間関係、人々が暮らす街の姿など、普段見過ごしてしまいがちな細かい場面にまでこだわる演出で、繕いのない本当の人間らしさを映像に映し出す。特集上映の度に満席続出になるほど日本の映画ファンに熱狂的な支持を集めている。『ハッピーアワー』は、5月にフランスでも公開されて10万人を動員する大ヒットを記録。『寝ても覚めても』が初の世界三大映画祭出品でありながら、カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選出されるという快挙を成し遂げ、「近年稀に見る新たな才能の出現!」「日本のヌーヴェルヴァーグ!」など海外メディアも称賛。今世界が最も注目する日本人監督となった。

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