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志賀理江子が写す春。輝かしく溢れる生命と、腐食から訪れる死

志賀理江子が写す春。輝かしく溢れる生命と、腐食から訪れる死

『志賀理江子 ヒューマン・スプリング』
インタビュー・テキスト
島貫泰介
撮影:豊島望 編集:川浦慧、宮原朋之(CINRA.NET編集部)

世界で起きている紛争をテレビを通して見てもピンとこなかったけれど、震災の経験を通じて想像できるようになりました。

—質問の内容について慎重になるべきだと感じるのですが、あえて聞きますね。志賀さんが生まれ育った故郷の愛知県岡崎はかなり人工的な暮らしが根付いた土地だったそうですね。そこから離れてたどり着いた東北で被災し、本当に生々しい、具体性を持った死に直面した。それはあなたにとってあらためて「世界を知る」経験だったのではないでしょうか?

志賀:汚いものは見えないように育てられ、大自然とも距離感のある中で生きてきた私にとって、生々しいのは自分の肉体だけ、という感覚は幼少時から強くありました。だから震災はその外にある自然や死の生々しさを知る経験でした。だから、震災に対して否定的に感じると同時に、自然とは何なのかを知れたという意味で、肯定的にも感じている自分がいます。

もちろんその後の原発のことなんかはまったく別ですが、それでも自然の力を「仕方のないこと」として受け入れている人は東北にかなり多くいるように思います。漁師のように自然相手の仕事をする人も多い土地ですから。

この経験を通して得たもうひとつのものが想像力です。例えば70年前の戦争や世界で起きている紛争をテレビなどを通して見てもピンとこなかったけれど、震災の経験を通じて「ああ、なるほど。こういう感じなのか」と想像できるようになりました。震災が起きた直後の夜に、低温状態で死にそうだった人たちが「あのときの夜空が綺麗だったんだよね」という記憶を語ることのリアリティーがわかるわけです。それに近い経験を自分自身もしてきたから。

—いまおっしゃった経験は、今回の作品のイメージにも反映している気がします。例えば図録の表紙になっている、海で溺れている人間たちの写真。

『人間の春・雪解け』
『人間の春・雪解け』

志賀:当然あると思います。身体に潜在するものをいかにパフォーマンスとして表すかというのは、現場の雰囲気として強いですから。これは泳いで渡ろうとしているのか、何かから逃げようとしているのか、もしくは溺れているのか。そういう複数の状態に引き裂かれて、宙吊りのような精神を導く経験が重要なんです。身内ではこの写真は「泥の助け合い」って呼ばれているんですけど(笑)。

—冒頭で写真を撮ることの儀式性について話していましたが、そう考えると、志賀さんにとって重要なのは最終的なアウトプットとしての「写真」ではなくて、写真を撮るという行為なのではないでしょうか? あるいは、その行為が成立する場を生み出そうとすること。

志賀:そう思います。今回は特に多いのですが、1枚の写真のために多いときは50回以上の行為を繰り返します。それはある完成のかたちを求めているからではあるのだけれど、かといって50枚目が展示に選ばれているわけではまったくない。むしろ、自分たちにとって予測不可能な瞬間をこそ求めていて、それは演劇を演じるのとも違うし、絵を描くのとも違いいます。それこそが写真の何よりも奥深いところだと思うんです。

志賀理江子

現在の写真を代表するInstagramも、変容し続ける奥深いメディアだと思います。なんて恐ろしいものなのか。

あちらこちらに寄り道をしながら、どうやら「写真のうつろいやすさの正体は何か?」「写真とは何か?」という問いについての、作家なりの答えに近づいてきた気がする。しかしいっぽうでこんな疑問も浮かぶ。印画紙などの物質と分かちがたい表現技術であった写真は、いまやデジタル化され、InstagramやSNSなど情報やイメージが猛スピードで流れ去っていくものへと変わった。そんな現在の情報環境を、写真の儀式性を問う志賀はどう考えているのだろうか?

志賀:私自身iPhoneで写真を撮りまくりますけど、何よりもそういった写真にふと思うのは「忘却を許してくれないな」ということです。

—それは意外な答えです。量やスピードの増加と忘却の可能性の大きさは比例するように思います。

志賀:例えば亡くなった人のアカウントがいつまでもあったりすると、忘れることを許さない感じを私は受けます。それがいまの漂流物の漂い方というか。でもこの先、世界中にあるすべてのイメージがハードディスクに保存されるような状況になったときに、私たち自身が「宙に浮く」のだと思います。例えば強い風が吹いたときに何かを思い出したり、空を見上げて誰かを思うみたいなことが消えてしまうだろうなと思います。

つまり、体の中に抱えるイメージとは、一体どんなことだろうと思うというか……「二度と会えないかもしれない人の顔を忘れないように記憶しておこう」「そのために強く誰かを見つめよう」といった激しい精神の働きや経験と未来の情報環境がどのようにリンクしていくのか。そのことについて、私はこの先もずっと考えていくのだと思います。

—つまり「忘却を許さないことがどこへ行き着くのか?」ということですね。

志賀:例えば、ルーヴル美術館の『モナ・リザ』はこれまで数億の人の視線に見つめられて、複製され続けてきたけども……それでも彼女の秘密が解かれないのはなぜなのか、消費され尽くしたはずなのに、全くその気配すらないですよね。そういうことを考えると、表象イメージの奥深さとは計り知れないな、って思います。つまるところ、それはやっぱり個人が絶対に経験できない「死」に写真が関係しているからです。

志賀理江子

—「されど死ぬのはいつも他人ばかり」というか。自分の死を自分で知ることはできない。

志賀:だから現在の写真を代表するInstagramなども、変容し続ける奥深いメディアだと思います。なんて恐ろしいものなのか。でも、同時にものすごく優しくもある。分け隔てせず、善悪の関係なく平等に写して発信する写真ですから。

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イベント情報

『志賀理江子 ヒューマン・スプリング』

2019年3月5日(火)~2019年5月6日(月・振休)
会場:東京都 恵比寿 東京都写真美術館 2階展示室

休館日:毎週月曜日(ただし、4月29日(月・祝)および5月6日(月・振休)は開館)
料金:一般700円 一般団体560円、学生600 学生団体480)円、中高生・65歳以上500円 中高生・65歳以上団体400円
※小学生以下、都内在住・在学の中学生および障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料
※第3水曜日は65歳以上無料
※当館年間パスポートご提示者無料(同伴の方1名様まで無料)

プロフィール

志賀理江子(しが りえこ)

1980年、愛知県生まれ。2000年東京工芸大学写真学科中退後渡英、04年Chelsea College of Art and Design(ロンドン)卒業。2008年より宮城県在住。11年東日本大震災で被災しながらも制作を続け、12年「螺旋海岸」展(個展・せんだいメディアテーク)開催。その他、15年「In the Wake」展(ボストン美術館)、「New Photography 2015」展(ニューヨーク近代美術館)、17年「ブラインド・デート」展(個展・猪熊弦一郎現代美術館)等多数。

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