SIRUPが持つ深みの正体を笠井裕輔が語る。絶望から抜け出す発想

いま、飛ぶ鳥を落とす勢いで認知を広げているSIRUPは、楽曲だけでなくミュージックビデオも面白い。常に独特な質感を持って届けられる映像たちは、他にはないような世界観で演出されており、SIRUPの音楽世界をより深く、特別なものとすることに一役買っている。

そんなSIRUPのミュージックビデオの多くを手掛けるのが、クリエイティブスタジオ「YAR」に所属する映像ディレクターの笠井裕輔だ。マウスコンピューターのサポートのもと作られた“Evergreen”のミュージックビデオでも、笠井はその手腕を発揮していた。彼は一体、どんな眼差しでSIRUPを見つめ、今回のミュージックビデオを作り上げたのだろう? 彼の作るミュージックビデオが何故、特別な存在感を持って私たちの目に飛び込んでくるのか。その理由がきっと、このインタビューを読めばわかるだろう。

とにかく、嘘がないSIRUPくんを撮りたかった。

―笠井さんはこれまで、多くのSIRUP楽曲のミュージックビデオ(以下、MV)を撮影されてきましたが、“Evergreen”は、どのような曲として受け取りましたか?

笠井:別れのことを歌っているけど、決して悲しい別れではないな、と思いました。「恋人との別れ」みたいなものとは違う……、僕の頭の中にはなんとなく、自分の同級生のことが浮かんだんです。離れてはいるけど、それぞれ頑張っている、みたいな距離感。なので、同窓会みたいなMVにしたいと思ったんです。

笠井裕輔(かさい ゆうすけ)
アートディレクション、グラフィックデザイン、映像の企画・制作などを行うクリエイティブ・スタジオYARに所属する映像ディレクター。今回制作した“Evergreen”の他、手がけたMVには1stシングルである“Synapse”やYouTubeの再生回数が300万回を越えている“Do Well”などがある。

笠井:イメージとして、冒頭はSIRUPくんが久々に地元に帰ってきて、同窓会が始まる前に懐かしい校舎で友人と待ち合わせしている。中盤では、同窓会が始まって、いろんな人たちと再会し、メッセージを送り合っている。そして終盤は、それぞれの生活に戻ったあと、MVの中のSIRUPくんの姿をYouTubeなんかを通して、みんなが目撃している……そんな視覚的なイメージにできればいいな、と。

―撮影場所は、国の重要文化財にも指定されている大阪市中央公会堂ですよね。この場所を選んだ理由は?

笠井:草原やスタジオ、教会とかも考えたんですけど、この曲に関しては、かっこいい場所とか、曲に合ったロケーションを当てはめるだけじゃ嫌だったんです。彼のルーツに根差した場所がいいなと思った。SIRUPくんと話をする中で、大阪市中央公会堂が候補に上がったんです。実際ライブをしたことがある場所でもあって。

実際のプロジェクトファイルを開いて、その編集意図を解説してくれた / 撮影:藤田勇人

―撮影されているのも、笠井さんだけではないんですよね?

笠井:そうですね。今回は、映像の中に出てくるSIRUPくんが等身大の存在感であってほしかった欲かった。その裏づけとして、「こういう場所だから」「こういう人たちが撮影しているから」っていうものが欲しかったんですよね。

仕事相手に向けた笑顔ではなくて、本当に顔が緩んじゃうような瞬間を撮りたかったけど、僕が撮っても、かっこつけた顔になっちゃう。なので、SIRUPくんに近しい人たちにも撮ってもらうのはどうだろう? って考えたんです。実際に、SIRUPくんの実際のお母さんとお兄ちゃん、あと、曲を作っているMori Zentaroくんにもカメラを持って撮影してもらっています。

笠井:使うカメラも、全部をプロカメラで撮るのではなく、プロカメラ、Hi8(家庭用ビデオの規格)、iPhoneと、質感の違うカメラをスイッチングしていく。そうすることで、全部のカメラに違う関係性が映りこむだろうし、そこから「SIRUPとはなんぞや?」っていうものが見えてくればいいなっていう試みでした。

―なるほど。多角的な視点から、様々な表情のKYOtaroを映し出そうと。

笠井:僕らが笑わせているわけじゃなくて、親しい人たちがいるから自然と笑っている……そんな画の出どころに、心温まるものがあるのがいいなと思ったんです。真面目にしているように見えても、実は堪えているかもしれないって思えば、面白いとも思うし(笑)。

SIRUP“Evergreen”MV撮影風景

笠井:映像自体は、特別変わったものではないんですけど、あの場所で、あのメンツで撮影することが、この“Evergreen”という曲のMVにとっては正解だと思ったんですよね。とにかく、嘘がないSIRUPくんを撮りたかった。なので、どのカットでも、SIRUPくんが慣れすぎてしまう前の、最初のテイクを使っていますね。

2019年5月18日(土)開催『CROSSING CARNIVAL'19』でのSIRUP出演の様子。パフォーマンスの最後には“Evergreen”のMVを先行して上映した / 協賛:マウスコンピューター / 撮影:宇佐美亮

初めから、特定の「なにか」だけで伝えられる方法を探している。

―MVって、俳優やモデルを起用した登場人物がいて、曲の世界観に合わせたストーリーが展開していくものも多いと思うんです。でも笠井さんが撮られているSIRUPのMVって、脈絡がないものが多いですよね。でも、お話を聞いていると、それは画に明確に映し出されていないというだけで、その奥の作り手としての意識の中には、物語とも呼びうるものがある。

笠井:もちろん、自分の頭の中のストーリーをアーティストに演じてもらうこともありますけどね。僕が最初に撮った“Synapse”も、断片的に映し出される部分にストーリーはあったし、前回撮った“Pool”も細かくディレクションしているんです。

でも基本的には、MVのフォーマットに乗っかって作ることは、あまりしたくないなって思います。MVにはシーンがいくつかあって、曲と同じタイミングでテンポが変わって、その都度、リップシンクがあり、イメージカットがあって……みたいな、フォーマットがありますよね。

それは本来、4分くらいの映像を見せるために必要なフォーマットとして生まれたものなんだろうと思うんですけど、僕は初めから、特定の「なにか」だけで伝えられる方法を探している感じです。例えば“Do Well”のMVでも、「ジャングルのみ!」みたいな(笑)。

―あれはロケーションだけで衝撃でした(笑)。

笠井:見た人が、「このビデオ面白いよ」って他の人にお勧めしたときに、パッと見て「これ!」ってわかりやすいものがあるのがいいなと思うんですよね。極端なことを言えば、ずっと同じ映像でもいい。「その曲に、その映像? 面白~!」みたいなものが、基本的には好きなんだと思います。

N'夙川BOYSの“The シーン”は、いま自分で見ても「素敵だな」って思えるビデオです。

―そもそも、笠井さんが映像ディレクターを志したきっかけはどのようなものだったのでしょう?

笠井:元々はVJをやり始めたんです。最初は大学で集まってクラブイベントをやっている友人たちから、「映像サークルにいるなら、VJやってよ」って言われた些細なところから始まったんです。

―ルーツはVJだったんですね。

笠井:VJって、アウトプットがすごく速いところが面白かったんですよね。例えば、「この森いいな」と思ったら、その映像を撮って、曲のビートに合わせて少し編集すれば、その日の夜には何百人という人が集まる大きいクラブで流すことができたりする。その速さにとにかく惹かれたんです。

―最初に笠井さんが携わられたMVは、どんなビデオだったんですか?

笠井:N'夙川BOYSの“The シーン”っていう曲のMVだったんですけど、その頃の僕は、MV編集のノウハウなんてなにも知らなくて。本当に「楽しくやってたらできた」っていう感じだったんですよね。あのビデオは、いま自分で見ても「素敵だな」って思えるビデオです。

笠井:でも、自分でもどうやってあれができたのか、未だにわからない。色味が激しいビデオなんですけど、あの色味がどうやって生まれたのか、自分でもわかっていないんです。なので、そのときはMVを作るのって「面白いな」と思うと同時に、「怖いな」って思いましたね。

―怖い?

笠井:もし次、「また、この感じでお願いします」ってお願いされても、自分では意図していないから、同じようにできないかもしれない。どうして自分がそれを作れたのかも、わからない。なので、ちゃんと勉強しないといけないなと思って、制作会社に入ったんです。

―“The シーン”のMVを作ったときの感覚はご自身の中で理論づけられましたか?

笠井:未だにわかっていないです(笑)。もちろん、当時に比べれば、いろんなことを学習したとは思うんですけど。

僕は「負」のエネルギーをポジティブなものに変換できない人間なんだっていうことに気がついたんです。

―“Synapse”以降、多くのSIRUP作品のMVを担当されてきて、SIRUPのビジュアルイメージとして、笠井さんの映像の質感を思い浮かべる人も多いと思うんです。ここまでSIRUPと笠井さんが共振できたのは、何故だったのだと思いますか?

笠井:SIRUPくんの曲って、明るいだけじゃなくて、意外とチクチクするようなことを歌詞の中で歌っていますよね。明るい曲でも、どこか深みや湿り気があるというか。

それは、彼が決してポッと出の新人ではなくて、下積みがあってここまで来たっていうキャリアと関係しているような気がするんです。そういう部分に僕は勝手に共鳴している。新しく僕がMVを撮らせてもらった“PRAYER”を聴いても思ったんですよね。

―確かに、“PRAYER”は決して明るいだけではない、SIRUPの深い人生観が滲む曲ですよね。

笠井:例えば、とんでもない大失恋をしたとして、失恋ソングを聴くか、それとも楽しい曲を聴くかっていう二択があるとすると、失恋ソングを聴いている人は、まだそこまで落ちていないんじゃないですかね(笑)。悲しみに浸る余裕があるわけだから。

―なるほど。絶望することにも飽きて、もはや浮上するしかないくらいの突き抜けたエネルギーに、笠井さんは惹かれるんですね。

笠井:僕自身、昔から「悔しいからそれを乗り越えよう」というよりは、「どう楽しんだら面白くなるか」っていうモチベーションでやって来たような気がします。

―そういう考え方をされるきっかけには、なにがあったのだと思います?

笠井:悲劇的なことはいくつか体験した気がするんですが、振り返ってみると全て喜劇みたいなものだったと考えています。例えば悲劇を悲劇としてそのまま描いてしまうと、そのまますぎるし、辛らすぎるなと思ってしまって(笑)。いつも自分は別な表現ないかなと探しています。

あと、僕は「負」のエネルギーをポジティブなものに変換できない人間なんだなということです。それよりも、「これは面白い!」とか「これをやりたい!」っていうモチベーションで動く方が、自分には向いているんだなって思います。

―笠井さんが撮るSIRUPのMVって、とても独特な質感があるなと思っていたんです。根っこに悲しみがあるんだけど、その悲しみから発生した幸福感があるというか。この質感は、いまSIRUPの音楽に夢中になる若者たちが、この時代を生きる中で抱いている感覚にもフィットするものなんだろうと思っていたんですけど……その理由がわかった気がします。やっぱり、どのMVも一貫してポップですもんね?

笠井:ポップにしたいです。もちろん、怒りや復讐心って、一瞬はすごい力になると思うんですよ。でも、僕はその感情を、ものを作るエネルギーには変換できない。その代わり、「これは面白い!」「これは楽しい!」みたいなエネルギーだと、僕は作り続けることができるんです。そういう感覚が、自分の根底にはあると思いますね。

サイト情報
DAIV『CASE STUDY』特設ページ

SIRUPの新曲“Evergreen”のMV制作に密着したメイキングムービーが公開中。MVのねらいやマシンに求めるスペックを語ったインタビューも掲載。

商品情報
デスクトップPC DAIV-DGZ530シリーズ(DAIV-DGZ530U2-M2SH5)

画像 / 動画 / 写真 / イラストなど全てのクリエイティブ制作に。

リリース情報
SIRUP
『FEEL GOOD』

2019年5月29日(水)発売
価格:3,024円(税込)
RZCB-87001

1. Pool
2. Do Well
3. Why
4. Rain
5. Evergreen
6. Slow Dance feat.BIM
7. Synapse
8. CRAZY
9. PRAYER
10. SWIM
11. PLAY feat.TENDRE
12. LOOP

プロフィール
笠井裕輔 (かさい ゆうすけ)

アートディレクション、グラフィックデザイン、映像の企画・制作などを行うクリエイティブ・スタジオYARに所属する映像ディレクター。今回制作した“Evergreen”の他、手がけたMVには1stシングルである“Synapse”やYouTubeの再生回数が300万回を越えている“Do Well”などがある。



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