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遠藤薫はアイデアで取り締まりをかわし、規格外の変化球を投げる

遠藤薫はアイデアで取り締まりをかわし、規格外の変化球を投げる

shiseido art egg
インタビュー・テキスト
島貫泰介
撮影:前田立 編集:川浦慧(CINRA.NET編集部)

「ベトナムでは『美術』と言ってしまった途端に取り締まりを受けてしまうことがあるので、あくまでも『掃除』と言うわけです」

いくつかの展覧会を経て、遠藤の近年の関心は「布」へと移っている。拠点をベトナムに移し、東南アジアでさまざまなプロジェクトを続けるなかで、その関心はますます広がっているそうだが、例えば2018年に発表した『Uesu(Waste)』は、古布を縫い合わせた大きな雑巾でハノイ市内を拭き掃除する、という作品だ。ベトナムでよく見かけるという柄の雑巾を購入し、それを市場内で使い古された雑巾と物々交換し、さらに1枚の巨大な雑巾を縫いあげていく。

『Uesu(waste)』2018年(ハノイ、ベトナム)
『Uesu(waste)』2018年(ハノイ、ベトナム)
『Uesu(waste)』2018年(ハノイ、ベトナム)
『Uesu(waste)』2018年(ハノイ、ベトナム)

遠藤:かたちを保ったまま地中から発掘される陶器とは違って、布はすぐ土に還ってしまうから後世に残りづらいものです。そもそも燃やしてしまえば跡形もなく消えてしまう。その特性を作品にできないかなと思ったんです。

この作品は、主としては絵画的な制作を目標にしていますが、同時に布本来の用途……例えば雑巾として、掃除のために「正しく」使われることも考慮したいと考えました。

―絵画でもありつつ、雑巾でもある?

遠藤:はい。使い込まれた雑巾は、破れたりほつれたりすると縫い直され、まるで老いるように経年劣化していく美しさを持っています。そういった古い雑巾を縫い合わせて、街の掃除に使おう、というのが『Uesu(Waste)』のアイディアの根っこです。

ここで一番大事なことは「(作品=雑巾が)今後もずっと使われて損なわれては修復されることを繰り返してゆく」ということ。この実際的な繰り返しのなかでしか、布は布として存在できないのではないか? という仮説を立てたんです。

唯一性を持った作品であることと、日用品としての雑巾であることを同時に成立させようとする考えは、まさに民藝の「用の美」を思い出させる。また、遠藤が『Uesu(Waste)』を制作しようと思った背景には、ハノイという街の特殊性と、現在のベトナム社会の問題点があるという。

遠藤:ハノイは排気ガスの排出量が世界一の街で、空気汚染や街の汚れが酷いんです。さらにベトナムは共産主義ですから、美術に対する取り締まりがものすごく厳しい国でもある。事前に作品プランを政府に提出して許可をもらわなければならないうえに、取り締まりまである。例えば、まったく反政府的ではないアニメーション映像でも、ちょっと漢字が映っているだけで「これは政府批判の意味なんじゃないか。翻訳しろ」と警察に迫られたりします。

―東南アジアの国々はどこも美術に対する取り締まりが強いですが、ベトナムは「美術」というだけで警戒されてしまうんですね。

遠藤:実際、街なかで大きな雑巾で掃除をしているとセキュリティや警察の人が「なにをやってるんだ」と取り締まりにくるんです。そんなときに「掃除をしたいだけなんです」と言うと、みんな困惑しつつも、街が汚いのはわかっているから「そうか、よいことをしてるんだね」みたいな反応で、なんとなくOKになったりする(笑)。

―単なる掃除だから(笑)。

遠藤:もちろん私の目的は掃除ではないんです。主目的は、掃除をしているような動作で作品を地面に擦り、使い込むこと。何重も布を重ねて作っているので、引きずっているうちに内側から別の色彩が出てくるんです。絵画的に言えば「サンディング(研磨)」に近くて、擦れば擦るほど美的になるように設計してある。でも、これを「美術」と言ってしまった途端に厳しく扱われるので、あくまでも「掃除」と言うわけです。

蚕はあまりにも家畜化されすぎて、元のルーツがわからない謎の生き物になってしまっている

―だとすると、この作品には政治的な含意はない、と思ってよいのでしょうか?

遠藤:それは答えるのが難しいです。政治的な意味合いと絵画的なアイディアはほぼ同時に起こって、その二つはどうしても含まれてしまうのだと思います。構造としては『テクノうどん』に似ていて、あのイベントは2010年代に相次いだ、クラブに対する取り締まりへのカウンターだったんです。

―深夜0時以降にダンスを行っていたクラブなどへの警察の介入ですね。2016年に風営法が改正され、特定の条件を満たせば朝までの営業が許されるようになりましたが、議論はいまも断続的に続いています。

遠藤:沖縄や大阪でもクラブが閉店に追い込まれるような事態が起きていました。当時、たまたま私がうどん作りに熱中していて、「私たちはうどん踏んでるだけで、偶然そこにテクノが流れてるだけなんです」と言えばいいんじゃないか、というアイデアを思いついたんです。それに楽しいでしょう。うどん踏んで食べたら美味しいし(笑)。

―たしかに(笑)。制限されつつも、それを乗り切る楽しさを見出す方法ですね。

遠藤:布や、工芸の在り方にも似たところがあると思うんです。租庸調という昔の税制度では、庸布といって布を税として納める制度がありました。貧しい人々はものすごく切迫した状況で布を織らなければいけなかった。でも、同時に美しく織ることに誇りを持つようになり、染織がその村の大切な文化になっていったりするわけです。他にも「母さんが夜なべして縫い物をする」ような、女性自身が誇りに思う布の仕事もあったりして、苦しい状況に対して喜びを見出しつつ、抗っていくというマインドが工芸の歴史にはあると思うんです。

―それが『Uesu(Waste)』の雑巾での拭き掃除にも反映している。

遠藤:布についてリサーチしていくと、自ずとそういう視点が得られるというか。今回の『shiseido art egg』で展示する新作は、さらに養蚕の歴史を踏まえたものになっています。

『shiseido art egg』展示の様子 撮影:加藤健
『shiseido art egg』展示の様子 撮影:加藤健
『shiseido art egg』展示の様子 撮影:加藤健

遠藤:蚕って不思議で、5000年以上前から中国で飼いならされて以来、人間なしには生きられない生き物になってしまってるんです。しかもあまりにも家畜化されすぎて、元のルーツがわからない謎の生き物になってしまっている。

―人間なしに生きられない、とは?

遠藤:もともと害虫なので、増えすぎないように生物としてめちゃくちゃ弱く設計されているんです。水に触れただけで死んでしまうから、野生の蚕自体少ない。さらに、24時間くらいかけて大量の桑の葉を食べ続けて、1万倍くらいの大きさになると、今度は2日間ノンストップで糸を吐き続けたりする。そんな存在なので、もし人間の手を離れたら、即、この種は全滅してしまうんです。

『Thanks, Jim Thompson』(バンコク、タイ)
『Thanks, Jim Thompson』(バンコク、タイ)
『Thanks, Jim Thompson』(バンコク、タイ)

―むちゃくちゃエクストリームな生き物ですね……!

遠藤:その蚕のシステムをうまく利用して、古布に開いた穴を、蚕が自発的に糸を吐いて修繕していくというのが、今回の新作です。蚕の習性を利用して不織布を作ることはアジアでは伝統的な技法です。さらに蚕には地域差があって、東南アジアでは黄色、日本は白と黄緑色の糸を吐く。そういった蚕の姿からは、まるで彼らが人間と契約を結ぶことで生き残っているようにも思えてきます。今や、その糸は医療にも利用され、スペースシャトル内の食用家畜としても研究されているんですよ。もはや、蚕は強いのか弱いのかわからない(笑)。

―先端科学の発展にも寄与してますしね。

遠藤:私が最初に沖縄に惹かれたのは、困難な歴史的側面や、欠けているところを逆利用するたくましさでしたが、新作にはそのことも含まれてくると思います。当時の人の手によって米軍服の切れ端で修復されている芭蕉布(バナナの葉などの繊維で織った布。古代中国にルーツを持つが、現在は沖縄や奄美群島の特産品として知られる)の古布だとか、パラシュートの糸を使った織物だとか。さらに、私も米軍基地内の黙認耕作地のバナナで糸を作ったり。そういうものが混ざり合った布を個展では見せたいと考えています。

『Thanks, Jim Thompson』(バンコク、タイ)
『Thanks, Jim Thompson』(バンコク、タイ)
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イベント情報

『shiseido art egg 13th』
遠藤薫展

2019年8月30日(金)~9月22日(日)
会場:東京都 資生堂ギャラリー
平日 11:00~19:00 日・祝 11:00~18:00
毎週月曜休(祝日が月曜にあたる場合も休館)
入場無料

作家によるギャラリートーク
遠藤薫

2019年8月31日(土)14:00~14:30
会場:東京都 資生堂ギャラリー

※事前申し込み不要。当日開催時間に直接会場にお越しください。
※予告なく、内容が変更になる場合があります。
※やむを得ない理由により、中止する場合があります。
中止については、資生堂ギャラリー公式Twitterにてお知らせします。
※参加費無料

プロフィール

遠藤薫(えんどう かおり)

1989年、大阪府生まれ。2013年に沖縄県立芸術大学工芸専攻染めコース卒業。2016年、志村ふくみ(紬織, 重要無形文化財保持者)主催、アルスシムラ卒業。現在は、ハノイ/大阪府在住。

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