OGRE YOU ASSHOLEの醒めた現状認識 ディストピアと化す社会へ

2011年から続く3部作(『homely』『100年後』『ペーパークラフト』)以来、自らを育んだ同時代のオルタナティブロックの影響圏から軽やかに飛翔し、様々な音楽要素を鮮やかな手並みで吸収してきたOGRE YOU ASSHOLE。9月4日リリースされたアルバム『新しい人』にて、彼らはいよいよそうした道程の頂きに至った。

ミニマルミュージックなど各種アヴァンギャルド音楽を取り入れながらメロウな音世界を作り上げる手腕は一層冴え渡り、今回は1980年代のシンセポップやアンダーグラウンドなダンスミュージック、さらには第三世界の各種ポピュラー音楽をも貪欲に射程に収めている。また一方で、日本屈指のライブバンドとしての姿とは裏腹に、ここでは祝祭感や聴感上のカタルシスは綿密に抑制・統御されており、まさにそのことによって、これまで耳にしたことのないような極めてコンテンポラリーな感覚を手にした。

そうした音楽面でのたしかな成果に加えて、トピカルな文脈においても、今という時代に対してこれほどまでに透徹した視線を投げかける国内バンドは彼らを置いていないだろう。一見すると社会的なイシューに対して具体的言及を行うわけではないし、むしろときにそうした交々を忌避するニヒルなスタンスをとっているかに見えるが、実のところ、その眼差しは苛烈なほどに思索的で、かつ今日的だ。

キャリア史上に居然と輝く充実作となった本アルバムはどのように作られていったのか。そして、各曲から浮かび上がってくる鋭く社会批評的な視点とは? 作曲メンバーの出戸学(Vo,Gt)、馬渕啓(Gt)にじっくりと話を訊いた。

OGRE YOU ASSHOLE(左から:馬渕啓、出戸学)

実はまだ自分たちのなかでも、全体を通じて浮かび上がってくる言葉を掴みきれていなくて。(出戸)

―前作『ハンドルを放す前に』(2016年)は何かが起こる予感をテーマにしたということでしたよね(参考記事:最重要バンドになったOGRE YOU ASSHOLE、高みへどう登った?)。今作は今まさにその何かが起こっているという感覚を反映しているのでしょうか?

出戸(Vo,Gt):正直、前作のことはもう頭になくて……そんなこと言ったかもなって感じなんですけど、前回からストーリー的に繋がっているっていう感覚はないです。

OGRE YOU ASSHOLE『ハンドルを放す前に』を聴く(Apple Musicはこちら

―当時に感じていた予兆って何だったんでしょうか? 素直な解釈をすると、それこそ社会におけるカタストロフィ的なことかなと思ったんですが。

出戸:あくまで「何かが起こりそう」という感覚そのものについてだけで、それが具体的に何なのかは想定していなかったんです。それは今になっても変わらないかな。

―なるほど。では、今回のアルバムにおける一貫したテーマは何だと思いますか?

出戸:実はまだ自分たちのなかでも、全体を通じて浮かび上がってくる言葉を掴みきれていなくて。こうやってインタビューを通して対話したり、聴いてくれた人の反応を通して見えてくるものなのかもしれないです。

OGRE YOU ASSHOLE
メンバーは出戸学(Vo,Gt)、馬渕啓(Gt)、勝浦隆嗣(Dr)、清水隆史(Ba)。メロウなサイケデリアで多くのフォロワーを生む現代屈指のライブバンド。2000年代USインディーとシンクロしたギターサウンドを経て石原洋プロデュースのもとサイケデリックロック、クラウトロック等の要素を取り入れた『homely』『100年後』『ペーパークラフト』のコンセプチュアルな三部作で評価を決定づける。初のセルフプロデュースに取り組んだ前作『ハンドルを放す前に』ではバンド独自の表現を広げる事に成功し高い評価を得る。2018年、日比谷野外音楽堂でワンマンライブを開催。3年ぶりとなるニューアルバム『新しい人』が9月4日にリリースした。

―では、各曲について聴かせてください。タイトルソングの“新しい人”はおふたりの好きな中期フリートウッド・マックやドニー&ジョー・エマーソンを思わせる辛口なメロウさがありつつーー

馬渕(Gt):ああ~、いいとこ突きますね(笑)。

―ボーカルには町内放送みたいな強烈なリバーブがかかっている楽曲で。そういう異様さもあいまって、ここで歌われている“新しい人”というのが、アーサー・C・クラークの『幼年期の終り』(1953年)に出てくる新人類のように思えてきて。これまでの人間と違った高次の存在の目線で描かれているというか、<かつて人は 争いあったり / 自ら死んだり>というラインもあります。

出戸:そうですね。その高次の存在が過去を振り返っているっていう構図で、生物として取り残されてしまった旧世代の悲哀についての曲ですね。今ある行き詰まり感の末に、これまでの価値観を全面的に刷新するような全く新しいことが起こるとき、そこから僕たちは置いていかれるんだろうなという予感を書いています。

―それは単純な老いへの不安とかと違う感覚?

出戸:そう。この曲を作っていた頃、ミシェル・ウエルベックの小説『素粒子』(1998年)を読み返していたんです。全体の9割くらいが現代を舞台にした話で、家族の不和とか性の機会格差とか、現代社会の苦々しい部分を書き続けて、最後の一章だけそれらを克服した高次の存在たる遠い未来の人類があの時代を振り返っている、みたいな構成になっていて。

OGRE YOU ASSHOLE“新しい人”を聴く(Apple Musicはこちら

―ああ、なるほど。時間的にも倫理観的にも急に突き放される感じですね。

出戸:そう。この曲の一聴するとブルージーなギターも、「かつて人間はこんな感じだったらしいよね」となぞって弾いている、みたいな感覚があって。

馬渕:チョーキングをしてもどこか無感情、っていうね。

いろんなジャンルに対して等間隔でいたいっていう意識が強まっているのかもしれない。(出戸)

―“朝”や“さわれないのに”は反復的でミニマルな構成で、アナログシンセの音色に際立った特徴を感じます。特に“さわれないのに”のシンセベースに象徴的かと思うんですが、いわゆるロック的なフレーズとも全く違うダンスミュージック志向を感じました。

馬渕:うんうん。

―今、ロックバンドという形態と自覚的に向き合っている人たちほど、「ロックとどう距離をとるか」ということに意識的になっている気がします。

馬渕:たしかにギターでいうと、フレーズにしてもカッティングにしても、使い古された手法からは離れていこうっていう意識はありましたね。

出戸:僕らに限らず、いろんなジャンルに対して等間隔でいたいっていう意識が強まっているのかもしれないですよね。なぜそうなってしまうかっていえば、本当に入れ込んでロックをやっている人が滑稽に見えちゃう時代だっていうのも大きい気がします。一部の限られた人は個人の人間力とかで突破できたりするだろうけど。

OGRE YOU ASSHOLE“朝”を聴く(Apple Musicはこちら

―そういうなかでロックバンドを続けていくって、ある意味すごくデリケートで綱渡りのようなものですよね。このアルバムから聴こえてくる緊張感って、そこに起因するものもあるのかなと思います。

出戸:そういった意味では、現代のポピュラー音楽の状況を濃く反映しているんでしょうね。もし昔の人が聴いたら全然理解できないかもしれない(笑)。

馬渕:「もっとガシガシ弾けよ!」みたいなね(笑)。

―歌詞の面でいうと“さわれないのに”は、渇望するけれど実際には手にすることができないという状況の憔悴感が、とてもシンプルな言葉遣いで表現されていますね。

出戸:考えれば考えるほどよくわからなくなっていくことってあるじゃないですか。最初はそういう存在論的な思考から広い意味で歌詞を考えていたんですけど、結局ミュージックビデオができてみたら、エロスとかフェティシズムの話になってしまったという(笑)。

馬渕:あのMVはかなり面白いよね(笑)。

出戸:勝浦さん(勝浦隆嗣、OGRE YOU ASSHOLEのドラム)が言っていたんですけど、「結局そういう哲学的な探究心とかいろんな欲望も一枚めくったら全部エロスなんだと思う」って。そういった意味であの映像は核心を突いていると思いますね。

自分で驚くことができるものを作ろうってことだけが、まずは念頭にあるのかも。(馬渕)

―“過去と未来だけ”も、さわれそうでさわれない「今」という生の実感への渇望のようなものを感じました。それと同時に、「今」を掴むことができないという虚無感も感じられて。

出戸:虚無感って近代以降的な感覚で、現代における時間の捉え方から生まれた、みたいなことをとある本で読んだことがあって。今を起点にして過去も未来も永遠に続いていて、自分の生がごく小さい点にしか感じられなくなるゆえの感覚が虚無感というものだ、と。

―そういう時間把握によって生じる抑うつ状態って、動物界において人間にしかない症状ですしね。

出戸:そう。そういう意味では極めて人間的な感覚でもある。

OGRE YOU ASSHOLE“過去と未来だけ”を聴く(Apple Musicはこちら

―“ありがとう”について。「ありがとう」という一見ポジティブなワードを使いつつも、英題は「Function Stops」ですし、歌われていることは終焉への予感だったりする。なんというか、アルバム全体的に暗い視点を感じてしまうんですが……普段ウキウキとテンションが上がったりすることはないんですか?(笑)

出戸:まあ、日常生活では人並みにはあるつもりですけどね……(笑)。文化的な展望という面でいうと、たとえば新しい音楽とか表現が日進月歩に出てきた時代のワクワク感みたいなのは、年々薄れているのかなあとは思いますね。

―あ~、なるほど。曲を作るとき、新しいものが出尽くした状況から出発するという感覚はありますか?

馬渕:それはありますね。そういう状況だからこそ、自分で驚くことができるものを作ろうってことだけが、まずは念頭にあるのかもなあ。

OGRE YOU ASSHOLE“ありがとう”を聴く(Apple Musicはこちら

―“わかってないことがない”。こういう二重否定表現ってすごくオウガらしい言語感覚だと思います。要は「全部わかっている」ということだけど、そうとも言い切れない微妙なニュアンスが表れていると思います。

出戸:うん、そうですよね。

―この曲は、深読みすると現在のビッグデータ処理とか、AIによる管理とか、そういうことへの視点もあるのかなと思いました。管理社会みたいなものへの問題意識も持っている?

出戸:ジョージ・オーウェルの『1984』(1949年)みたいにあからさまな形で管理されていくのではなくて、なんとなく気持ちのいい方向へ流されていったら身動きがとれなくなっている、みたいなことへの恐怖心はありますね。

―オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』(1932年)のように。

馬渕:ユートピアのようでいて、実はディストピアというね。

出戸:まさに。曲調としてはアルバム中もっともメロウで多幸感がある曲だし、歌詞も耳障りのいい言葉ばかり使っているけど、よく聴いてみると違和感がある。聴いてくれた人によく「いい曲だね」って言われるんですけど、実はその向こうにあるのものは……という。

OGRE YOU ASSHOLE“わかってないことがない”を聴く(Apple Musicはこちら

―こういった感覚って、実際に今の世の中にもあると思いますか?

出戸:日本に限らず世界的にあるんじゃないかな。政治的なレベルはもちろん生活のいろんなレベルで。

あからさまに党派性にコミットした表現って、アートとか音楽の役割じゃない気がする。(出戸)

―「表現者たるものは政治的なイシューにも関わるべきだ」という言説って今も昔もあると思うんですが、そういったことはどう捉えていますか?

出戸:必ずしも「そうあるべき」だけではないと思います。僕が魅力を感じてきたものは、政治的にどういった陣営の発言をしているかというよりも、その枠組みから外れた位置から表現しているものなんだと思います。

そういう視点があることによって、対立する双方にとっての糸口が見えてくるような表現というか……あからさまに党派性にコミットした表現って、アートとか音楽の役割じゃない気がするし、そうしたいなら政治家になればいいのであって。

―いわゆるレベルミュージックとか、そういう志向を純粋化したようなものって、それはそれでカッコよさを感じたりしませんか?

出戸:わかります。でも、結局そういう音楽に惹かれる場合でも、その発信者の言いたいことだけに惹かれているということじゃなくて、暴れている姿とか肉体性に共振しているということだと思うんです。あくまでフィジカルなものが先にあって、言葉はその次に来るものだと思います。

OGRE YOU ASSHOLEアーティスト写真

―党派的な対立構造から逃れてその外側にある広い空間に目を向けさせるというのは、とても建設的なスタンスだと思う一方、ニヒリズムだと捉えられそうでもありますよね。

出戸:そうなんですよね。ニヒリズム的なものに回収されることをいかに回避するのかは難しいところで。音楽において、一体どう振る舞えば正確に伝わるのか考えたりもします。

―特に今のように、短いワンフレーズだけがひとり歩きしやすいような情報システムにあっては尚更ですね。

馬渕:まったく。

当たり前のものに対して、「なぜだろう?」って子どもみたいに考えていくと、最後には誰も答えることのできない問いに突き当たるじゃないですか。(出戸)

―“自分ですか?”をわかりやすく捉えるなら、現代人のアイデンティティー喪失への不安を歌っているということなのかなとも思います。今まで話してきた感覚に照らすと、もっと広範な問題に及ぶ歌詞のような気もしてきますけれども。

出戸:“さわれないのに”にも通じることですが、当たり前のものに対して、「なぜだろう?」って子どもみたいに考えていくと、最後には誰も答えることのできない問いに突き当たるじゃないですか。

そのときにぶつかる根源的不安、自分という枠組みが溶け出す感覚……宗教やスピリチュアリティーって、何か超然とした存在を設定して、その問いをせき止める機能を持ったものだと思いますけど、そこにすら疑問を投げかけてしまうとズブズブと虚無感の沼に落ちていくことになる……そういう思考を反映している曲でもありますね。

OGRE YOU ASSHOLE“自分ですか?”を聴く(Apple Musicはこちら

―“本当みたい”には少しアフリカンなテイストも感じます。シンセの使い方やギターのコロコロしたフレーズにキング・サニー・アデなどのジュジュミュージック(ナイジェリアのポピュラー音楽のスタイル)っぽさも嗅ぎ取れました。

馬渕:それは初めて言われたな(笑)。

出戸:トライバルな感じですよね。最初はもっとラテンぽい陽性なノリだったんですが、今の抑制的なバージョンに落ち着きました。

OGRE YOU ASSHOLE“本当みたい”を聴く(Apple Musicはこちら

―歌詞については、<信じたいことを 信じさせてくれる>など「つまらない真実」より「面白くて本当みたいなこと」が伝播しやすい今のメディア状況への批判的な視点が含まれているのかなと思いました。

出戸:そういうニュアンスもあるし、一人ひとりのパーソナルな真実が林立している状況に対しての視点もあると思います。

―いわゆる「ポストトゥルース」的状況ですね。

出戸:しかもそれが現在進行系でどんどん推進されている時代でもある。多様化っていう言葉の由々しき側面というか。

―多様化と断絶は表裏一体でもある?

出戸:まさにそうですね。

―「あの言い分にも耳を傾けよう」じゃなくて「あの言い分はほっとこう」みたいな方向へ流れてしまうリスクも孕んでいますよね。

出戸:そうですよね。だからこの曲も、多様性を幸せに称賛しているようだけど、実は断絶についての曲でもあるというアンビバレントな読み方ができると思います。

一見暗い曲が多いように思えるかもしれないけど、全体的には軽くないですか?(出戸)

―最後に昨年リリースされたシングル曲“動物的/人間的”の別バージョンが収録されています。オリジナルバージョンに比べるとかなり抑制的で。このアルバムのなかに置かれると歌詞の肯定的な人間観が際立ってきます。

出戸:虚無感や不安感を投げっぱなしにするんではなくて、脱却の仕方みたいなものも混ぜ込んでおきたかったんです。でも、作曲の順番的にはこの曲が最初にあって、その後で他の8曲ができてきているので、結局は円環構造になって“新しい人”に戻っていくというか。

―妙に晴れ晴れしいけど、よくよく考えるとこれで本当にいいのかな……とまた考えはじめてしまう。明るい歌詞だけど、やっぱりどこか不安。そういう意味でこれは絶妙な曲順ですね。

馬渕:バラバラな各曲を曲順がアルバムとしてまとめてくれた感じですね。納品ギリギリになって出戸と僕が一旦ひっくり返そうとしたんですけど、清水さん(清水隆史、OGRE YOU ASSHOLEのベース)やスタッフの強い説得にあってこれに落ち着きました(笑)。

OGRE YOU ASSHOLE“動物的/人間的(Album ver.)”を聴く(Apple Musicはこちら

―おふたりに限らず、オウガのみなさんってたくさんレコードを買って音楽を聴いたり、機材をストイックに探求したり、わかりやすく言ってしまえばオタク的に個人の興味へのめりこんでいく傾向があると思うんです。一方で、今作に濃厚なように、社会的問題意識を盛り込んでいくという開かれた視点も併せ持っていると思っていて。

出戸:うん。

―そのふたつって、一般的な理解からするとかなり相反する心性なんじゃないかなと思うんですよ。

出戸:あんまりその関係性を対立的に考えたことがなかったですね。自分のなかではそもそもかけ離れていると思っていないのかもしれない。

―たとえば、僕の話で申し訳ないんですが、個人的にアンビエントとかニューエイジとかにすごくハマってよく聴いていたことを「社会からのエスケープだ」と指摘されたことがあって。音色とかテクスチャ―といった壁紙的要素に身を委ねるのは、非社会的で逃避主義的だ、と。

馬渕:なるほど。

出戸:うーん、でもそれは聴き方次第なんじゃないかなと思いますね。例に出たニューエイジって、ときに全能感の獲得みたいなところまでいってしまうじゃないですか。でも、その機能がもたらす多幸感みたいなものを一歩引いた外部からみると、その反対側に虚無感が顔を覗かせていたりするわけで批評的に聴くこともできる。柴崎さんだって、どっぷり無批判にハマっているわけじゃないでしょ?

―ああ、そうですね。常に一定度対象化しながら聴いているかもしれない。

出戸:それは外部を視野に収めているってことだから、ある意味社会性を持っているってことじゃないですかね。だから別に、単純に逃避主義と言えることじゃない。自分が音楽を聴くときもそういう視点はあると思う。

―なるほど。そう考えると、音楽オタク的にも関わらず確実にリアルと接しているという今作の感覚がすごく理解できる気がします。

出戸:そうですね。もちろん音楽的文脈とかもバンド全体で考えたりもするけど、最終的なジャッジは直感を相当頼りにしているし、マニアックに理詰めで作っていってもそれだけじゃ面白くないですから。そういう意味で、一見暗い曲が多いように思えるかもしれないけど、全体的には軽くないですか?

―たしかに。しなやかさと軽さがある。沈鬱なようだけど、決してヘビーではないですよね。すっと身体に入ってくる感覚というか、あまりにも現代の感覚にマッチしすぎていて摩擦なく聴こえてしまう。

出戸:“過去と未来だけ”にある「今を感じられない」みたいな話にも通じるのかもしれませんね。あまりにもありのままの「今」はむしろ掴むことが難しく、スムーズに通り抜けていってしまうという感覚。もしかしたら、数十年後に聴いたらより理解しやすいものになるのかもしれませんよね。それが「珍作」という評価だったりするかもだけど(笑)。

―まさに、「折に触れて繰り返し聴くべき作品」ということですよね。

出戸:そうなってくれれば嬉しいですね。

 
OGRE YOU ASSHOLE『新しい人』を聴く(Apple Musicはこちら

リリース情報
OGRE YOU ASSHOLE
『新しい人』(CD)

2019年9月4日(水)発売
価格:2,970円(税込)
DDCB-19005

1. 新しい人
2. 朝
3. さわれないのに
4. 過去と未来だけ
5. ありがとう
6. わかってないことがない
7. 自分ですか?
8. 本当みたい
9. 動物的/人間的(Album Ver.)

イベント情報
『OGRE YOU ASSHOLE『新しい人』release tour』

2019年9月29日(日)
会場:長野県 松本 ALECX

2019年10月6日(日)
会場:大阪府 梅田 TRAD

2019年10月12日(土)
会場:福岡県 INSA Fukuoka

2019年10月22日(火・祝)
会場:愛知県 名古屋 CLUB QUATTRO

2019年10月26日(土)
会場:北海道 札幌 Bessie Hall

2019年11月4日(月・祝)
会場:東京都 EX THEATER 六本木

プロフィール
OGRE YOU ASSHOLE
OGRE YOU ASSHOLE (おうが ゆー あすほーる)

メンバーは出戸学(Vo,Gt)、馬渕啓(Gt)、勝浦隆嗣(Dr)、清水隆史(Ba)。メロウなサイケデリアで多くのフォロワーを生む現代屈指のライブバンド。2000年代USインディーとシンクロしたギターサウンドを経て石原洋プロデュースのもとサイケデリックロック、クラウトロック等の要素を取り入れた『homely』『100年後』『ペーパークラフト』のコンセプチュアルな三部作で評価を決定づける。初のセルフプロデュースに取り組んだ前作『ハンドルを放す前に』ではバンド独自の表現を広げる事に成功し高い評価を得る。2010年全米・カナダ18か所をまわるアメリカツアーに招聘される。2014年『FUJI ROCK FESTIVAL』ホワイトステージ出演。2018年日比谷野外音楽堂でワンマンライブを開催。3年ぶりとなるニューアルバム『新しい人』が9月4日にリリースした。



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