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小谷元彦が紐解くかたちの芸術。澄川喜一の時代と現代彫刻の課題

小谷元彦が紐解くかたちの芸術。澄川喜一の時代と現代彫刻の課題

『澄川喜一 そりとむくり』
インタビュー・テキスト
杉原環樹
撮影:豊島望 編集:宮原朋之(CINRA.NET編集部)

謎めいた「MASK」シリーズや、木そのものの姿を生かした「そりのあるかたち」シリーズといった抽象彫刻によって、戦後の美術史を造形一筋に歩んできた彫刻家、澄川喜一。近代彫刻の立役者たちを師に持ち、日本の伝統的な建築や工芸にも連なる彼の仕事は、デザイン監修を務めた東京スカイツリーなど、じつは我々の身近にもある。昨年米寿を迎えたそんな澄川の首都圏初の大規模回顧展『澄川喜一 そりとむくり』が、横浜美術館で開催されている。

今回はこの展覧会を、かつて澄川も勤めた東京藝術大学彫刻科で現在教鞭を執る、彫刻家の小谷元彦さんと一緒にまわった。現代の身体感覚を宿した彫刻はもとより、写真やCGなどの技術を旺盛に制作へと取り込んできた小谷さんの眼に、先達である澄川の仕事はどのように映るのだろうか。「かたちの芸術は、過去と関係を結ぶ」と語った、小谷さんの言葉の意味とは? 澄川の歩みを辿りながら、「かたちの芸術」の森へと踏み入ってみよう。

学生時代の作品から見いだされる、現在に至るまでの澄川作品の特徴、起点

澄川が藝大彫刻科にいた最後の年に大学院に在籍し、「澄川先生は、顔を合わせたことはあるけれど数回言葉を交わしたくらい」と語る小谷さんを連れて向かったのは、会場入口にある一角。意外にも、そこで紹介されているのは、ある橋の存在だ。

2020年2月15日(土)~5月24日(日)『澄川喜一 そりとむくり』 会場:横浜美術館 ※新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、3月31日まで休館中です。最新の開館情報については、美術館ウェブサイトをご確認ください。 / 空間工学研究所『錦帯橋1/100模型』(部分、2005年)東京大学生産技術研究室 腰原研究所蔵
2020年2月15日(土)~5月24日(日)『澄川喜一 そりとむくり』 会場:横浜美術館(サイトを見る) ※新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、3月31日まで休館中です。最新の開館情報については、美術館ウェブサイトをご確認ください。 / 空間工学研究所『錦帯橋1/100模型』(部分、2005年)東京大学生産技術研究室 腰原研究所蔵

1931年に島根県で生まれた澄川は、14歳で山口県岩国市の工業学校へ進んだ。この土地で彼の眼と心を惹き付けたのは、1673年に建造され、現在では日本三名橋のひとつに数えられる錦川の橋「錦帯橋」だった。

4基の石の土台に5連の太鼓橋がかかるこの構造体を、青年の澄川はくりかえしスケッチしたという。また1950年、台風による錦帯橋の崩壊を目の当たりにした澄川は、木と石の塊へと還った橋の光景に、不思議な美しさを見出した。

小谷:釘を使わずに作られたこの橋の組み木構造を、おそらく澄川さんは彫刻的に見ていたのでしょうね。のちの作品に見られる木の特性や昔の建築物に対する関心が、この時点で集約されているのは面白い。

また澄川さんは、戦後の「反芸術」や「もの派」といった動向の少し上の世代。彼らは「作る」ということ自体を疑った世代ですが、錦帯橋を展示の始めに据えているのは、「自分は造形を手放さなかった」という宣言のようにも見えますね。

小谷元彦<br>1972年京都府生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻科卒業後、同大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。「ファントムリム(幻影肢)」をテーマとして、失われた身体と変異する知覚や身体を表現し、曖昧な領域を横断する。彫刻や立体作品のほかに、映像、写真、インスタレーション作品なども制作する。2019年3月まで東京藝術大学先端芸術表現科准教授。現在、東京藝術大学彫刻科准教授。
小谷元彦
1972年京都府生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻科卒業後、同大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。「ファントムリム(幻影肢)」をテーマとして、失われた身体と変異する知覚や身体を表現し、曖昧な領域を横断する。彫刻や立体作品のほかに、映像、写真、インスタレーション作品なども制作する。2019年3月まで東京藝術大学先端芸術表現科准教授。現在、東京藝術大学彫刻科准教授。

1952年、澄川は藝大彫刻科に入学し、退官間際の平櫛田中、そしてその後を継いで赴任した菊池一雄という、日本の近代彫刻を代表する2人の彫刻家のもと、塑造を学んだ。

小谷:田中は人形や仏像といった伝統的な木彫の世界と、輸入された西洋彫刻の狭間で自身の表現を模索した作家。菊池もロダンをはじめ西洋の影響を受けながら、この国の公共彫刻の礎を作った作家。

彼らが活動した20世紀前半の日本は、西洋彫刻の衝撃のなかで、多くの作家が「従来の仏像とは異なる日本のオリジナルな彫刻とは何か」を試行錯誤した時代でした。僕自身は学生時代に学んだ木彫から早めに一度は離れてしまったタイプだったのですが(笑)、澄川さんの仕事は、この2人に見られる木という素材と公共彫刻の追求という点と明らかに共通項がありますね。

会場には澄川喜一が学んだ平櫛田中と菊池一雄の作品も展示されている
会場には澄川喜一が学んだ平櫛田中と菊池一雄の作品も展示されている

続く部屋には、そんな澄川の学生時代の具象的な作品群が。小ぶりな作品が多いが、そこにはこんなエピソードがある。卒業後、大学に副手として残った澄川は、恩師・菊池の助言もあり、30歳を前に職を離れ、東京都清瀬市に現在も使うアトリエを構えた。過去との決別の意味もあったのか、澄川はここで具象作品の多くを自ら破棄してしまうのだ。

小谷元彦

一方、この頃の活動で興味深いのは、澄川が人類学者の依頼で、古代人の骨から当時の人の顔を復元したり、科学警察研究所の研究員として、身元不明の遺骨からその顔を復元したりする仕事をしていることだ。人体の表と裏をめぐるこうした活動を経て、澄川の作品は徐々に抽象化してゆくのだが、小谷さんはすでに学生時代の作品にその傾向があると話す。

小谷:初期の裸体像を見ると、隆起した部分への関心が強い。つまり、のちの抽象作品で探究され、本展のタイトルにもなった「そり(反り)」と「むくり(起り)」の興味がすでにここに発見できます。また、同じ人体像でも、作品ごとにアプローチの仕方が違う点も、作家の若い時代の実験的な性格を示している。

たとえば、『S君』という友人の顔をもとにした作品は、同時期のほかの滑らかな作品群に比べ、際立って構造的です。おそらくここに残されている作品は、澄川さんにとって特別な思いがあったものなのでしょう。

『S君』(1959年)作家蔵(島根県立石見美術館寄託) ©Sumikawa Kiichi 撮影:村井修
『S君』(1959年)作家蔵(島根県立石見美術館寄託) ©Sumikawa Kiichi 撮影:村井修
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イベント情報

『澄川喜一 そりとむくり』

2020年2月15日(土)~5月24日(日)
会場:神奈川県 横浜美術館
時間:10:00~18:00(5月の金曜、土曜は20:00まで、入館は閉館の30分前まで)
休館日:木曜
料金:一般1,500円 大学・高校生900円 中学生600円 小学生以下無料
※新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、3月31日まで休館中です。最新の開館情報については、美術館ウェブサイトをご確認ください。

プロフィール

小谷元彦(おだに もとひこ)

1972年京都府生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻科卒業後、同大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。「ファントムリム(幻影肢)」をテーマとして、失われた身体と変異する身体を表現する。彫刻や立体作品のほかに、映像、写真、インスタレーション作品なども制作する。2010年には森美術館(東京)で大規模個展『幽体の知覚』を開催。同展はその後、静岡県立美術館、高松市美術館、熊本市現代美術館を巡回した。2011年に『第25回平櫛田中賞』、2012年に『芸術選奨文部科学大臣新人賞』を受賞。2019年3月まで東京藝術大学先端芸術表現科准教授。現在、東京藝術大彫刻科准教授。

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