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小谷元彦が紐解くかたちの芸術。澄川喜一の時代と現代彫刻の課題

小谷元彦が紐解くかたちの芸術。澄川喜一の時代と現代彫刻の課題

『澄川喜一 そりとむくり』
インタビュー・テキスト
杉原環樹
撮影:豊島望 編集:宮原朋之(CINRA.NET編集部)

展覧会タイトルにもなっている「そり」と「むくり」の美意識とは

大学を離れ、一人彫刻に向き合った澄川が1960年代から制作を始めたのが、初期の代表的なシリーズである「MASK」である。アフリカの原始彫刻や日本の甲冑、そして故郷島根の神楽面など、ある土地に根差したヴァナキュラーな造形物や、裏側に人の気配を感じさせる美術品への関心から生まれたこの連作は、世界的な彫刻家、イサム・ノグチらからも評価された。

その名の通り、二体一組の阿吽像である1968年制作の『MASK-AH』『MASK-UN』は、当時全国で隆盛した野外彫刻展のひとつ、『神戸須磨離宮公園現代彫刻展』に出品された巨大な作品。その一種異様な佇まいは、展覧会全体のなかでも特別謎めいた存在感を放っている。

右:『MASK-AH』(1968年)宇部市 緑と花と彫刻の博物館蔵、左:『MASK-UN』(1968年)山口県立美術館蔵
右:『MASK-AH』(1968年)宇部市 緑と花と彫刻の博物館蔵、左:『MASK-UN』(1968年)山口県立美術館蔵

小谷:この作品は形状からの解読が難しいですね。『MASK』は藝大にもあるので、昔から見ていたのですが、当時から「このかたちはどうして生まれたのだろう」と思っていた。もちろんアフリカ彫刻や甲冑の影響は分かるのですが、それだけではない不思議さがありますね。

同時に気になるのは、澄川がなぜ抽象に向かったのか、という点だ。小谷さん自身も、1990年代のデビュー以降、非実在的な身体の感覚が蘇る「ファントムリム(幻影肢)」を中心的なテーマとしてきた。一般には、物のかたちの探究であるとされる彫刻家の営みが、あるときそこからこぼれ落ちる「虚」の空間や、不可視の領域に向かうのはなぜなのか?

小谷:彫刻家はマッシブ(量塊的)なものに興味があると思われがちですが、大抵ある時点で反対側に関心が出てくるんです。つまり、「空洞」や「裏側」ですね。近代以降の彫刻家の多くはこの問題を何らかで捉え、作品化していると思います。とくに抽象彫刻家は。

もう一点、『神戸須磨離宮公園現代彫刻展』といえば、先にも言及した「もの派」の代表作、関根伸夫さんの『位相-大地』が出品された展覧会です。空洞とマッス(塊)は対比して出現し、砂というかたちが残らないもので表現されているのに対し、澄川さんはそこに物質的に残る素材で、造形的に向き合おうとしている。対峙する問いとしては両者は似ているんだけど、その解き方が違うというのは面白いと思います。

関根伸夫『位相-大地』(1968年)
関根伸夫『位相-大地』(1968年)
『そりのあるかたち』(2019年)作家蔵 ©Sumikawa Kiichi 撮影:江崎義一
『そりのあるかたち』(2019年)作家蔵 ©Sumikawa Kiichi 撮影:江崎義一
小谷元彦『Hollow: Reversal Cradle』(2009年)撮影:木奥惠三
小谷元彦『Hollow: Reversal Cradle』(2009年)撮影:木奥惠三

こうして作家として一定の評価を得た澄川は、1967年、師・田中の退官以降、後継者が不在のままであった彫刻科の木彫の復興を託されるかたちで、藝大の講師となった。次の展示室に並べられているのは、「MASK」シリーズ以降の展開を模索する、澄川にとって試行錯誤の時期に当たる作品群だ。ここで澄川は、木材と石やアクリルなどほかの素材をぶつけるなど、さまざまなアプローチを試している。

小谷元彦

小谷:ここで気になるのは、いきなり手の跡が消えることですね。以前の作品にあったノミの痕跡のような情感性が消え、表面がツルツルし出す。一見、作品が冷たくなったようにも感じますが、一方で木という素材が前面に出てきました。

以前は自分のイメージに木という「材料」を従わせていたのが、ここからは素材自体への意識が高まっている。だからこそ、いろんな異素材との組み合わせも試していて、素材の実験をしているようにも見えます。この時期は歴史的に捉えても、さまざまな素材が普及し、爆発的に新素材への関心が出てきた頃だと思います。こうして要素が断片化していく時期は、とくに澄川さんのようにひとつのスタイルを確立していく作家には、どこかであるものだと思います。

『MASK』(1975年)神奈川県立近代美術館蔵
『MASK』(1975年)神奈川県立近代美術館蔵

そんな実験の季節を抜け、1970年代半ばに澄川が到達したのが、次の展示室に飾られている代表的なシリーズ「そりのあるかたち」だ。1978年、『そりのあるかたち-1』で平櫛田中賞を受賞し、制作に自信をもった澄川は、好景気の煽りも受け、公共彫刻も数多く残していく。

小谷:この「そりのあるかたち」シリーズ、僕には完全に人に見えるんですよね。そう見えませんか? スケールの出し方も、人体の影を感じさせます。乱暴な言い方をすると、彫刻とは人体だ、という言いきりもできるんです。一見、一気にシンプル化されたように見えますが、澄川さんのなかでは初期から関心がつながっていたのではないかと。

『そりのあるかたち-1』(1978年)東京都現代美術館蔵 ©Sumikawa Kiichi 撮影:村井修
『そりのあるかたち-1』(1978年)東京都現代美術館蔵 ©Sumikawa Kiichi 撮影:村井修

さらに小谷さんが指摘するのは、同シリーズに見られる日本建築との共通性だ。

小谷:「そりとむくり」と言うとき、「そり」の美意識は日本刀など工芸的なものを想起すれば多くの人に理解しやすいと思います。このシリーズにもその要素がある。

一方、「むくり」の方はあまり馴染みがないと思いますが、たとえば飛鳥時代の法隆寺では、建築上部の木材や参道などを作る際、この「むくり」の技術が使われたんですね。というのも、木を本当の直線にしてしまうと、内側がへこんで見えてしまう。

そこで当時の大工は、あえてそれを目測で計測し、少し膨らませることで、綺麗な直線に見えるように視覚補正の効果を出していたんです。「そり」に見えてしまう現実の直線を「むくり」にしたということは、「そり」と「むくり」は表裏一体ということです。

小谷元彦

会場には、東京湾アクアライン川崎人工島の「風の塔」や、東京駅八重洲口にかかる「グランルーフ」をはじめ、澄川が全国に残してきた公共空間での仕事が紹介される一角もある。地面との設置面は三角形で、上部に行くに従って丸みを帯びる東京スカイツリーも、じつはデザイン監修を務めた澄川の「そり」と「むくり」の美意識が反映された構造物である。

小谷:澄川さんの彫刻は、日本の伝統的な建築に見られる造形感覚とつながっているということです。そう考えると、その活動が1980年代以降、建築的な方向に伸びていったのは不自然なことではないんですよね。個人的な制作と公共的な仕事。その2つの活動の下には、最初に見た錦帯橋のような、日本に古くからある構造物への関心も流れているのだと思います。

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イベント情報

『澄川喜一 そりとむくり』

2020年2月15日(土)~5月24日(日)
会場:神奈川県 横浜美術館
時間:10:00~18:00(5月の金曜、土曜は20:00まで、入館は閉館の30分前まで)
休館日:木曜
料金:一般1,500円 大学・高校生900円 中学生600円 小学生以下無料
※新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、閉幕となりました。最新の情報については、美術館ウェブサイトをご確認ください。

プロフィール

小谷元彦(おだに もとひこ)

1972年京都府生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻科卒業後、同大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。「ファントムリム(幻影肢)」をテーマとして、失われた身体と変異する身体を表現する。彫刻や立体作品のほかに、映像、写真、インスタレーション作品なども制作する。2010年には森美術館(東京)で大規模個展『幽体の知覚』を開催。同展はその後、静岡県立美術館、高松市美術館、熊本市現代美術館を巡回した。2011年に『第25回平櫛田中賞』、2012年に『芸術選奨文部科学大臣新人賞』を受賞。2019年3月まで東京藝術大学先端芸術表現科准教授。現在、東京藝術大彫刻科准教授。

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