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小谷元彦が紐解くかたちの芸術。澄川喜一の時代と現代彫刻の課題

小谷元彦が紐解くかたちの芸術。澄川喜一の時代と現代彫刻の課題

『澄川喜一 そりとむくり』
インタビュー・テキスト
杉原環樹
撮影:豊島望 編集:宮原朋之(CINRA.NET編集部)

「いま、彫刻という芸術は、本当の窮地に立たされていると思っています。」

澄川が40年以上にわたり作り続ける「そりのあるかたち」シリーズには、天に向かって屹立するように伸びるものや、水平方向にゆるやかに展開されたもの、細かな要素がリズミカルに構成されたものなど、いくつかのバリエーションがある。次の展示室にあるのは、先にも触れた『そりのあるかたち-1』を始め、水平に展開された大作群。

『そりのあるかたち』(1992年)島根県立美術館蔵
『そりのあるかたち』(1992年)島根県立美術館蔵

こうした大型の作品は、作品を構成する複数のユニットが組み合わさることで、はじめて全体が安定する造りになっているという。つまり、極めて微妙なバランスで成立している作品なのだ。

小谷:このカウンターウェイト(バランスを取るために付けられる重り)を利用した作品の危うさを孕んだ平衡感覚も、建築との親和性を感じさせます。たとえば、澄川さんの若い頃のエピソードとして、1957年に谷中の五重塔の焼失を目撃し、非常にショックを受けたというものがある。

五重塔って、じつは構造的には中心の柱に傘が乗っているだけなんですよね。バランスを取っているだけなんです。だから、ダメな五重塔は、よく見ると建物の端っこが揺れている。良い五重塔は、ストゥーパ(仏塔)が真っ直ぐです。こうした危ういバランスで成立する構造物は、日本では古来から作られていたんですね。

小谷元彦

伝統的な造形との連続性を示し続ける澄川の制作は、伝統を覆し、社会批評性に価値を見出す激しい動向も多く生まれた戦後の美術史において、驚くほど静かなものにも思える。いっぽうで小谷さん自身も、2007年に開始した「SP(スカルプチャー・プロジェクト)」シリーズにおいて、日本の近代彫刻や能面、模型など、一般には彫刻に含まれないものも含む過去の造形史の探究を行った。彫刻家にとって、過去とはどんな対象なのか。

小谷:いわゆる戦後の「前衛」の作家は、同時代の社会へのアンチテーゼや伝統の破壊を含んだアプローチをしているけれど、澄川さんは彫刻の「かたち」にこだわってきた。「かたち」の問題というのは、それを突き詰めようとすればするほど、古いものと関係を結ぶものなんです。

澄川さんは、彫刻家のなかでもとりわけそこに自覚的に取り組んでいる。つまり、古いかたちをいかに現代につなげるのか、という問題ですね。「かたちの芸術」を理解するためには、ほかのアート作品とは異なる時間軸で見ることが大切だと思います。

小谷元彦『SP2 'New Born' (Viper A)』(2007年)撮影:木奥惠三
小谷元彦『SP2 'New Born' (Viper A)』(2007年)撮影:木奥惠三

小谷元彦『SP extra 畸形脳面集 半骸幽女 双生児』(2007年)撮影:木奥惠三
小谷元彦『SP extra 畸形脳面集 半骸幽女 双生児』(2007年)撮影:木奥惠三

最後にやってきた部屋には、近作も含む「そりのあるかたち」の無数のバリエーションがまるで森の木々のように並んでいた。会場脇に飾られたアトリエの風景写真には、澄川が数十年前から買い集めてきたという木材のストックが大量に写っている。衰えない制作意欲が垣間見える一枚だが、この繰り返しのなかで澄川は何を探究しているのだろうか。

小谷:「探究」というか、澄川さんはその活動で、それぞれの木が持つ性質や形態へと関心を向けてきたわけですよね。そうした素材の性質に委ねる制作にすると、バリエーションが生まれやすいのかなとも思います。というのも、そこでは自分の意思は薄くなり、素材との柔軟なやりとりが制作の中心になるからです。舞台や映画で例えれば、演出を過剰にしなくなると考えてもらえれば、わかりやすいかと思います。

『澄川喜一 そりとむくり』展示風景
『澄川喜一 そりとむくり』展示風景

あらためて澄川の作品をまとめて見て、「密度が高い」と感じたと小谷さん。

小谷:これは言語化が難しいのですが、空洞とは逆の密度の高さ、凝縮度があるな、と。彫刻作品には、視覚的には見えませんが、作品を中心にして空間へ広がるエネルギーと、内側へ凝縮していくような力があります。澄川さんの作品は後者の力も強い。おそらくその効果を生み出しているのは、澄川さんの仕事の精緻さなんですね。

以前、澄川さんの仕事場を映像で見たとき、カンナの種類の多さに驚いたんです。能面などでも、表面のコンマ何ミリの処理がものを言う。これは仏像も含め、工芸的要素がある彫刻作品に共通するキワの仕事です。澄川さんの仕事にも、それに通じる精緻さがあって、だからこそこんなにシンプルな「そり」が効果的に見えるのではないかと思います。

澄川喜一のアトリエ
澄川喜一のアトリエ

昨年、東京・天王洲のギャラリー「ANOMALY」で開催された小谷さんの個展には、2017年に患った心筋梗塞の経験をもとにした新作群が展示された。CGを使った映像作品や、さまざまな電子機器も登場するその彫刻群は、澄川の見せる世界とは対照的にも見える。

小谷元彦『Tulpa – Here is me』展示風景 Photo by Hidehiko Omata ©Motohiko Odani Courtesy of ANOMAL
小谷元彦『Tulpa – Here is me』展示風景 Photo by Hidehiko Omata ©Motohiko Odani Courtesy of ANOMAL

今回の回顧展を通して、彫刻家の先達である澄川の活動は、小谷さんの眼にどう映ったのだろう。

小谷:僕は、いま「彫刻」という芸術は、本当の窮地に立たされていると思っています。モダニズムは当然のこととして、日本では1980年代くらいまでは、彫刻家は彫刻というジャンルを自明のものとして、そのジャンルで制作の方法論を問うことができた。

しかし、ポストモダンになってからは彫刻という枠はインターメディアやパフォーマンス、ビデオアートに取り込まれた。たとえば「実在するもの」と「実在しないもの」をめぐる問題にしても、ある種、現在ではAIなどの技術によるヴァーチャル空間では批評的なことができてしまう。現実空間での造形物による表現は難しい局面にあると思います。

小谷元彦『ホロウ:全ての人の脳内を駆け抜けるもの』(2015年)撮影:木奥惠三
小谷元彦『ホロウ:全ての人の脳内を駆け抜けるもの』(2015年)撮影:木奥惠三

美術史の長い歴史のなかでは、さほど年齢の離れていない2人。けれど、立たされている状況の違いは実際の年数よりも大きい、と小谷さんは言う。

小谷:澄川さんの仕事から感じることは、公共物の設置など社会で彫刻が必要とされたことで、彫刻家が彫刻や素材に対して純粋に向き合うことができたのかも知れないということです。

僕には袋小路のように見える現代の状況でも、思わぬルートから新しい作品が生まれる可能性はある。そのとき澄川さんの「かたちの芸術」は、相変わらずヒントに満ちていると思うんです。

異素材をぶつけたときの興奮や、精緻さが生み出す密度の感覚や重量のバランス、はいくら技術が発達し時代が移ったとしても、変わらずに現実空間にはあり続けるものだと思いますから。

小谷元彦
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イベント情報

『澄川喜一 そりとむくり』

2020年2月15日(土)~5月24日(日)
会場:神奈川県 横浜美術館
時間:10:00~18:00(5月の金曜、土曜は20:00まで、入館は閉館の30分前まで)
休館日:木曜
料金:一般1,500円 大学・高校生900円 中学生600円 小学生以下無料
※新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、閉幕となりました。最新の情報については、美術館ウェブサイトをご確認ください。

プロフィール

小谷元彦(おだに もとひこ)

1972年京都府生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻科卒業後、同大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。「ファントムリム(幻影肢)」をテーマとして、失われた身体と変異する身体を表現する。彫刻や立体作品のほかに、映像、写真、インスタレーション作品なども制作する。2010年には森美術館(東京)で大規模個展『幽体の知覚』を開催。同展はその後、静岡県立美術館、高松市美術館、熊本市現代美術館を巡回した。2011年に『第25回平櫛田中賞』、2012年に『芸術選奨文部科学大臣新人賞』を受賞。2019年3月まで東京藝術大学先端芸術表現科准教授。現在、東京藝術大彫刻科准教授。

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