「日本はダサいと思っていた」 領域を横断する、あるメディアアーティストの挑戦

シンガポールで出会った、メディアアーティスト・土佐尚子。

「ともかく、外に開いていきたいんですよ!」

SMAPがソフトバンクのCMで闊歩したことで話題になり、今やシンガポールの象徴となった巨大ホテル「マリーナベイサンズ」。その麓のレストランで、初対面にもかかわらず開口一番、土佐尚子はこう放った。「えっと、何をですか?」と聞き返したくなるくらい、前略どころではない抜け落ち感があったものの、「そ、そうですよね!」とよくわからないけどとりあえずうなずいてしまうパワーが、そこにはあった。

メディアアーティスト、土佐尚子。彼女のキャリアのアウトラインを追うと、実に華々しい。1980年代後半にニューヨーク近代美術館(通称:MoMA)にその作品が収蔵され、国際的にその名をとどろかせた。東京大学大学院工学研究科で博士号を取得後、武蔵野美術大学の非常勤講師を経てMIT高等視覚研究所のアーティストフェローとして研究と芸術活動に従事。その後、京都大学教授として教鞭を執りつつ、アーティスト活動を続けている。その間、国内外含め数多くの賞を受賞している。

……豪華絢爛。エリート、かくあるべし。

なのに、目の前にいる本人は、周りの誰よりも気さくで、生き生きと、目を輝かせて、作品や自身の活動の想いを夢中に語ってくれた。「人にうまく話を伝えるには?」的な書籍を黙々と読んでいた若輩者の自分が恥ずかしくなるくらいに、柔らかさと輝きを持った彼女の言葉が、栄養のように自分の頭に入ってくる。それはもしかすると、彼女が世界で活躍していくために身につけていった、人としてのエネルギーというか求心力というか、超越的なコミュ力がなせる業なのかもしれない。

2年間の試行錯誤を経てできあがった『Sound of Ikebana』

Photo courtesy of Marina Bay Sands
Photo courtesy of Marina Bay Sands

今回の取材は、彼女の新作『Sound of Ikebana: Four Seasons』という映像作品が、マリーナベイサンズに併設された美術館「Art Science Museum」の壁面にプロジェクションマッピングされるという話があってのことだった。上映開始の前に集合して、ご飯を食べながら取材をしてから鑑賞、という流れ。次々と繰り出される熱のこもった言葉を前に、ご飯を口にする余裕などない。

1月13日から19日まで、シンガポールでは『Singapore Art Week 2014』なるものが開催されており、『Singapore Biennale』『Art Stage Singapore』など、世界中のギャラリーやコレクターが集まる祭典が同時開催されていた。土佐のプログラムもこの一環として、日本の経済産業省や、シンガポール政府観光局や経済開発庁などの支援もあり、急遽実現したものだった。今日はそのアートウィークの最終日、1月19日だ。

『ART STAGE SINGAPORE 2014』
『ART STAGE SINGAPORE 2014』

長らく引っ張りつつも、ここでようやく作品の紹介を。まずは、この動画を見て頂きたい。


この『Sound of Ikebana』は、ウーハー(重低音が出るスピーカー)の上に布を敷き、その上にポスターカラーや様々な液体をのせ、ウーハーの振動で飛び散る液体をハイスピードカメラで撮影した作品だ。その飛び散った瞬間を「生け花」として切り取り、様々な造形をつくり出していく。はじめから国外での展示を想定していたため、日本の四季を体感してもらえるような色使いで、様々な「生け花」が次々に生まれていく映像作品に仕上がっている。春、夏、秋、冬といった具合にストーリーは展開されていく。

「春の夜は桜に明けてしまひけり」(松尾芭蕉)と共に表示されるSound of Ikebanaの「春」の動画より
「春の夜は桜に明けてしまひけり」(松尾芭蕉)と共に表示される
Sound of Ikebanaの「春」の動画より

「杜若 我に発句の 思ひあり」(松尾芭蕉)と共に表示されるSound of Ikebanaの「夏」の動画より
「杜若 我に発句の 思ひあり」(松尾芭蕉)と共に表示されるSound of Ikebanaの「夏」の動画より

CGでないからこそ、液体の色の混ざり方も、飛び散り方も、人為を超越した惚れ惚れする美しさがある。「自然」が生む感動が、「技術」という人為で再構築されて、どこにいても目の前に提示される。これぞ、メディアアートのなせる業だ。当然、はじめからこのような美しい画が生まれたわけではなく、構想から含めると実に2年もの間、試行錯誤の連続だったという。

「撮影用のカメラを何台も取り替えたし、照明も色んなものを試しました。『もうダメか』って思っていたときに、間違えて不透明顔料の粘性を高くして、量をたくさん入れてしまったんですね。とりあえずそれでやってみたら、イメージ通りのものが立ち現れたんです。あれがブレークスルーでした」

「あかあかと 日はつれなくも 秋の風」(松尾芭蕉)と共に表示されるSound of Ikebanaの「秋」の動画より
「あかあかと 日はつれなくも 秋の風」(松尾芭蕉)と共に表示されるSound of Ikebanaの「秋」の動画より

「初氷 何こぼしけん 石の間」(与謝蕪村)と共に表示されるSound of Ikebanaの「冬」の動画より
「初氷 何こぼしけん 石の間」(与謝蕪村)と共に表示されるSound of Ikebanaの「冬」の動画より

「日本は、まったく劣っていない」

『Sound of Ikebana』に関わらず、土佐の作品は、一貫して日本やアジアの歴史的な文化とテクノロジーの融合をテーマにしている。なぜ、そういったテーマで創作を続けているのだろうか? プロジェクションマッピングの上映時間までまだ少し時間があったので、彼女の日本観も含めて、聞いていくことにした。

「今でこそ京都大学にいますけどね、昔はもう日本のことが大嫌いで……。だからMITに行ったという経緯があったんです。アメリカがカッコ良く見えて、日本がダサいと思っていたし、日本には帰ってこないくらいのつもりでいました。でも、実際にボストンに行ったら、周りからは、日本人アーティストとして、日本的表現を期待されるわけです。それで、少しずつ日本の伝統的な芸術表現に興味を持ち始めて、作品をつくっていくようになったんです」

早すぎる……。というか自分、遅すぎる……。僭越ながら、大先輩を前にそう思った。2014年1月、シンガポールに住んでもうすぐ1年の自分が迷走しながらもようやく実感としてつかみかけていることが、ずっと前の出来事として彼女の中では生の体験としてあったのだ。「海外では日本人としての強みを出していくべき」というのは、よく聞く話かもしれない。いや、当たり前か……。でも、日本を脱しようと思って動いた人がこの事実を肯定的に受け入れるのは、言葉以上に難しいのだ。

では実際、彼女の作品は海外からどのように受け入れられるのだろう?

「評判はとてもいいし、手応えもあります。そもそも日本人は、新しいものに価値をつけるのが得意ではないですよね。既存の評価から考える。だから新しいことをする場合、国外で評価をしてもらって、それから日本に持ってきた方が早いんです。以前知人と、こういう日本の国民性がいつから始まったんだろうと話していたんですけど、どうやら遣唐使の時代からじゃないかって(笑)。言葉も文化も、基本的には外から持ってきているわけです。そういった外来のものを、うまくカスタマイズしていく能力に長けている。こういう国民性はもう、簡単に変えられるものじゃありません」

たしかに、そう簡単に変えていけるものじゃない。とは言え、メディアはやたらと日本の未来を憂い、英語だのグローバルだの、まくしたててくる。こうした風潮を、実際に国境を飛び越えて活躍するアーティストは、どう見ているのだろう。

「まず大前提として、日本はまったく劣っていないわけですよ。むしろ優れている部分が多い。でも、何かやると、打ち上げよりも反省会じゃないですか。もちろん向上していくことは大事だけど、教育も含めて、もっといいところを見ていかないといけないと思います。最近の若者が元気がないとか、海外志向がないとか言いますけど、出たくなければ出なければいいんですよ。言い過ぎることの方がよくないんです。才能のある人は勝手に出て行くでしょうし、何の武器もないのに出て行ってもしょうがない。芸術でも何でも、日本人は特性として閉鎖的であることは間違いないと思うんです。自分の中でひたすらこねくり回して、どんどん精度や強度を高めていく。それが、どこかのタイミングでポーンと飛び出て、評価されはじめる。そういうスタイルが日本人には合っているんだと思います。行きたくないのに行ってもしょうがないです。でも、思い立ったら吉日。すぐに動いた方がいいでしょうね」

取材であることも忘れて聞き入ってしまっていたら、あっという間にプロジェクションマッピングの上映時間に。よく見える場所に移動して、作品を観させて頂いた。

シンガポールの都市に出現した有機的な生物

シンガポールの夜景

シンガポールという国は、アジアの玄関と呼ばれている通り、世界中のグローバル企業がアジアの拠点を持つグローバルシティだ。その分、この国の政策は、経済成長に偏重してきた部分も大きい。だから都市の中心部は、アートが入る隙間がないくらいに整然とし、すべてが規律に基づいて構成されている。

そんなシンガポールの都市の景観に「異質」なものが登場した。しかも、遠慮がちにではなく、かなりの存在感を持って。

 

そもそも、プロジェクションマッピングの何がすごいって、やっぱりそのデカさである。「デカさ」で片付けると、新しい感じがしないし、スマートじゃない。が、やっぱり「デカさ」だ。見慣れた目の前の現実に、違う世界が異常な大きさで立ち現れる。頭を使って「理解する面白さ」ではなく、身体に響く「感じる面白さ」。だから、プロジェクションマッピングは面白い。

『Sound of Ikebana』がプロジェクションマッピングされると、これはもう生け花というよりは、何か新たな有機生物が都市に生まれてきたような錯覚を覚える。それが、美しくもあり、異様でもあり、見入っているうちに、上映時間の30分は3分くらいの感覚で過ぎ去ってしまった。周囲には、「こりゃ何事か」と、スマートフォンで撮影する若者や、お気に入りの一眼レフで写真に収める観光客の姿が目立っていた。はい、これが、日本であります。と、誇らしくなる。


「これからもその場の環境を変えてしまうプロジェクションマッピングは世界中でやっていきたいと思っています。次は、2015年に京都府が主催する琳派400周年のイベントで京都でもやる予定です。アート以外の分野でも、新しいデザインとして、どんどん展開していきたいですね」

開口一番の一言が、次の活動への彼女のバイタリティだ。

「これまで、アカデミックな研究やアートの世界にも関わってきたけれども、もっと開かれた形で作品を提示していきたいんです。国内外に関わらず、きちんと産業の中で自分の作品を活かしていきたい。テクノロジーが進化することで、色んな形が可能になってきていますからね」

京都発、全世界。土佐尚子は、あらゆる境界を溶かしていく。アートとテクノロジー、アカデミックとパブリック、伝統と最先端、感覚とロジック……「ともかく、外に開いていく」。

イベント情報
Naoko Tosa
『Sound of Ikebana: Four Seasons』
First Projection Mapping Showcase

2014年1月16日(木)~1月19日(日)
会場:シンガポール Art Science Museum at マリーナベイサンズ

プロフィール
土佐尚子
土佐尚子 (とさ なおこ)

芸術家、京都大学学術情報メディアセンター教授、工学博士(東京大学)。感情、記憶、意識の情報を扱ったコミュニケーションの可視化表現を研究する。1985年に作った作品がニューヨーク近代美術館のコレクションになり注目を受ける。2012年韓国の麗水海洋万博委員会からコミッション作品を依頼される。250mx30mの巨大LEDスクリーン(EXPOデジタルギャラリー)で、アジ アをひとつにつなぐシンボル「四神旗」を制作し、表彰された。作風は、アートとテクノロジーを融合し、伝統と新技術をつなぐ新しい日本文化を表現している。感情、記憶、意識の情報を扱ったコミュニケーションの可視化表現を研究する。フィルム、ビデオアート、CGを経てメディアアートからカルチュラル・コンピューティングの領域を開拓、著書「カルチュラルコンピューティング」(NTT出版)を執筆。SIGGRAPH、ARSELECTRONICAといった代表的な文化とテクノロジーの国際会議にて、講演や作品を発表。NY近代美術館、メトロポリタン美術館等の企画展に招待展示。1996年IEEEマルチメディア国際会議’96最優秀論文賞。2000年、アルスエレクトロニカインタラクティブアート 部門にて受賞。2004年ユネスコ主催デジタル文化遺産コンペで2位受賞。作品はニューヨーク近代美術館、アメリカンフィルムアソシエイション、国立国際美術館、富山県立近代美術館、名古屋県立美術館、高松市立美術館などで収蔵されている。マサチューセッツ工科大学建築学部Center for Advanced Visual Studiesフェローアーティストを経て現職。



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