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若林恵×出口亮太 文化施設の役割再考。そもそも文化はなぜ必要?

若林恵×出口亮太 文化施設の役割再考。そもそも文化はなぜ必要?

長崎市チトセピアホール
インタビュー・テキスト
宮田文久
撮影:前田立 編集:宮原朋之(CINRA.NET編集部)

ラストワンマイルの使い方と開発は、広く開かれているんですよね。(出口)

―出口さんは2020年度からチトセピアホールに加え、併設されている長崎市北公民館を含めての一括管理を行う予定だそうですね。

若林:関連したトピックで、イギリスで一昨年「孤独担当相」が新設されたように、「孤独」という社会問題への対策が注目されていることは気になります。医療や経済といった複数分野が連携・連動した対策になるわけで、文化もその中でうまく立ち上げ直すことはできる。

出口:他の分野とのつながりで言えば、学びも含まれるかも。SDGsでも謳われているように、多分野に連鎖した社会的課題の解決のためには、こちらもコレクティブインパクトを目指した連携を視野に入れないといけないわけで、そのための場として機能することは意識しています。そういう意味ではスポーツを軸に子育てや教育、街作りまで視野に入れたスタジアムシティみたいな考え方にはとても親和性を感じますね。

公民館の英訳は、文部科学省が海外向けに出している文書ですと「Community Learning Center」となっているんですよね。学びの場――義務教育の期間を過ぎた人にも学ぶ権利が保障されており、その学びが実現する場であることを打ち出している。

その上で僕たちの現状を考えると、「ホールについてくれる利用者」の方々が増えてきたんですよ。落語にもジャズにも、講演会にも来る、というような。すごく嬉しい話ですし、学びの場としての公民館へとつながるような手応えを得ているんですよね。

左から:若林恵、出口亮太

若林:先だって「90年代のヒップホップがすごく楽しくて、毎週のようにシスコに通っていて、面白かった」と言う人がいたんですが、彼が面白かったのはヒップホップ自体ではなくて、毎週、渋谷・宇田川町のシスコにレコードを買いに行っていたことかもしれない。つまり、文化と習慣化という話です。

今、音楽配信はグローバルでは金曜日に新譜が出るので、僕もバーッとチェックする。それを長く続けていると、流れがわかる。各メディアが年末に出すベストランキングに載るものはだいたい知っているようになり、「ピッチフォークはなんでこのアルバムがこんな下なんだ」とか言い出すようになる(笑)。習慣化に向けた行動変容という話は、アプリのUXのデザインなどでは基本として言われる話ですが、文化を考えるときに、もうちょっと意識していいかな、と。

―うごめく文化に継続的に触れることは、世界のダイナミズムを感じることにつながりますよね。

出口:若者は文化を通じて社会とつながり、成長する面がある。「文化を通じた社会」を地方でも感じられる、現代にコネクトする場として機能すべく、小さな試みを重ねています。公民館で行う講座も、LGBTQを含めた現代的なものにアップデートできるはずです。

出口亮太

若林:あとはね……ここまでの話で前提としている民主主義って、実は効率は悪い、ということは踏まえたほうがいい。

―若林さんの責任編集による『次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』にも、デンマーク政府関係者が涙目になりながら努力しているエピソードがありました。

若林:中国のような管理体制をとるのでもなく、一方で西洋的なシチズンシップも根づいていない日本社会はどうするのか。先日読んだ、前田勉『江戸の読書会』という本は、江戸の儒学塾から始まった読書会が明治以降に近代化したときの公共性を準備した、という話なんだけど、ヒントにはなるよね。身分制の社会において、農民から武士の子まで集うダイバーシティ的な場がポコポコあった。

若林恵・責任編集『NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』
若林恵・責任編集『NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』(Amazonで見る
前田勉『江戸の読書会』
前田勉『江戸の読書会』(Amazonで見る

若林:いや、要はさ、新橋のサウナにいったら猛然とパソコンで仕事をしているオッサンがいるわけだし、カラオケボックスだって別に歌わなくてもいい場所として多様化・複合施設化しているし、キャバクラだって昼キャバみたいに営業時間が前倒しになって、お年寄りの方が集まっているわけじゃない?(笑)

それって既にコミュニティスペースじゃないか、まるでWeWorkじゃん、と定義するところから始められることはあるはず。これだけ世にはトークイベントが溢れている中、コミュニティスペースとしてのホールや公民館が選択肢に上がってもいいでしょう?

―運営側だけでなく利用者側にもさまざまな可能性があるわけですよね。チトセピアホールが建物の2階、公民館は3階でつながっていることも示唆的です。

出口:今でもホールは、たとえば平日の午前中に椅子を取っ払って、子供たちが遊べる全天候型の体育館として使えるようにしています。僕は既存の施設を使い倒していくという意味でタクティカルアーバニズム(公共空間の長期的変化を目指した短期間、小規模からはじめる社会実験)にはとても共感を覚えていて、ホールを使うという目で見ると音響やキャパが気になりますけど、屋根と電源があればオッケーじゃんという目で見れば、ライブハウスにもなる。そうした大きな政策を実現するローカルなラストワンマイルの場としての使い方と開発は、広く開かれているんですよね。公民館も同様です。

若林:僕はよくミュージシャンに、ライブだけでなくてトークイベントをやれ、と言うんですよ。バンドやりたい高校生を地元で集めて、曲の書き方を教えてあげるとか。美術の道に進みたい中学生が、アーティストのリアルな話を聞ける、というのもすごく価値がある。そうしたラーニングへの貢献、連動の仕方はあるわけです。

出口:消費者としてではなく、より能動的なポジションで皆さんに参加してもらえるようにしていきたいですね。『あいトレ』の話に戻りますが、ニッセイ総合研究所の吉本光宏さんのレポートで引用されていた経済学者ケインズの言葉がとても印象に残っています。「公的機関の仕事は、指導したり、検閲したりすることではなく、勇気と自信とチャンスを与えることなのです」と(参考記事:『ニッセイ基礎研究所』基礎研REPORT)。何かをセーブする施設管理ではなく、若者や市民の背中を押してあげるような場を目指したいですね。

左から:若林恵、出口亮太
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プロフィール

若林恵(わかばやし けい)

1971年生まれ。編集者。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社入社、『月刊太陽』編集部所属。2000年にフリー編集者として独立。以後、雑誌、書籍、展覧会の図録などの編集を多数手がける。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。

出口亮太(いでぐち りょうた)

1979年長崎市生まれ。東京学芸大学で博物館学を学んだ後に長崎歴史文化博物館の研究員を経て長崎市チトセピアホールの館長に若干35歳で就任。先鋭的な企画と助成金に頼らない運営スタイルが、地方における中小規模の公共ホールの新しいかたちとして注目を集める。その活動はホール内にとどまらず、近隣の公共施設や教育機関、医療機関、地元のNPOなどを巻き込んだネットワーク事業を展開する。また、現場での実践をもとにした運営論について全国公立文化施設協会研究大会をはじめ各地で講義を行う。活水女子大学非常勤講師(舞台芸術論)。2020年度からは市内で最大の利用者数を誇る長崎市北公民館の館長も兼任する。

長崎市チトセピアホール

長崎市千歳町に1991年に開館した500席を擁する多目的ホール。先鋭的な企画、オルタナティブスペース的な空間活用、助成金に頼らない運営を特徴とする自主事業活動で注目を集める。これまでの出演・登壇者は伊藤ゴロー、角銅真実、神田松之丞、岸野雄一、スガダイロー、高浪慶太郎、瀧川鯉八、立川吉笑、玉川太福、玉川奈々福、内藤廣、中島ノブユキ、中村達也、二階堂和美、柳亭小痴楽、若林恵、渡辺航など。事業内容は舞台芸術の分野だけでなく、まちづくり、建築、福祉、医療、食育分野とのコラボレーション企画も多く、公共ホールの可能性を拡張する活動を続けている。

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