東京とバンコク。対面できない交流の果てに行き着く身体の表現

『フェスティバル/トーキョー』は舞台芸術の祭典だが、そこで行われるのは劇場での上演だけではない。フェスティバルに参加するアーティスト同士の交流、まだかたちにはならない表現や集いの可能性の種をまくことも、国際性を持つ文化事業の大きな役割だ。

今年行われる『トランスフィールド from アジア F/T × BIPAM 交流プロジェクト The City & The City: Divided Senses』では、日本とタイからそれぞれ3人のアーティスト、計6人が参加し、交流や意見交換を通じて、創造的なコミュニケーションを重ねていく。ダンス、建築、映像、音響など、多様なバックボーンを持つかれらの関わりは、近い未来に思いもよらぬ成果を生み出すだろう。

ところが2020年は、新型コロナウイルスの世界的流行によって、通常の対面式のコミュニケーションはほとんど阻害されてしまった。状況は一進一退だが、飛行機で自在に国と国を行き来するような状況にはまだ至っていない。そのような時間と空間のなかで、かれらはそのような交流を重ねることができるだろうか? 東京チームを代表して演出家の曽根千智、バンコクチームを代表してアーティストのチャナポン・コムカム(愛称:タイム)を招き、オンライン対談を行なった。

都市を感じる身体。2つの都市はどんな質感を持って表されるか

―これまで『フェスティバル/トーキョー』(以下、『F/T』)では、『トランスフィールド from アジア』と題して、アジア圏の都市で活動するアーティストたちが協働するプロジェクトを進めてきました。コロナ禍によって人の移動が困難になった今年は、そのテーマも再考を求められたと思います。そこで設定されたのが「The City & The City: Divided Senses」つまり「分割された感覚」、渡航制限でお互いが隔てられた今の状況を示すようなテーマでした。

曽根:私たち東京チームに『F/T』から声がかかったときは、まだ今ほど厳しい制限がなかった時期だと記憶しています。そのときは、東京チームがバンコクへ、バンコクチームが東京に移動して、そのなかで発見、交換を行うんだ、というような話をしていました。

でも、その後に感染拡大の状況がもっと複雑になって、やりとりはオンラインのみになり、移動も難しくなり……となって、今回の東京とバンコクの2会場で、それぞれが展示を行うというかたちになっていったんです。

曽根千智(そね ちさと)
1991年生まれ、兵庫県出身。青年団演出部所属。無隣館3期演出部に所属し、演出、劇場制作、ドラマトゥルクとして活動している。2019年度、セゾン文化財団創造環境イノベーションプログラム採択。

―そうなると各アーティストの意識も変わっていかざるをえませんね。

曽根:そうですね。バンコクチームとはもちろんですが、東京チームでも実際に会って話したり打ち合わせしたりすることが難しくなっていきました。そのなかで自然と、個(個人)としてそれぞれがどんな都市像を結び直していくかがテーマ化してきたように思います。

東京チームのプランとしては、会場になる東京芸術劇場 シアターウエストのなかに、「身体としての都市」を立ち上げようとしています。東京を身体に見立てたとき、それぞれの地域や空間はどんな質感を持っているか、どんな様相を見せるのか。それを現在進行形で検討、実験している最中です。

東京チームのリサーチの様子
東京チームのリサーチの記録

―都市を身体に見立てるというのは、バンコクにも通じるテーマに思えます。というのは、タイでは昔から土地や人を身体に例える習慣があるからです。国王は頭、国民は足、という風に。

タイム:そうなんです。その上で、バンコクチームの大きなテーマになっているのは「アンバランス」です。僕らは3人で街歩きをしたり、それぞれが考えたキーワードをオンライン上で共有しながらこの街について考えているのですが、プロジェクトが始まる以前から3人のなかで「バンコクはアンバランスな街だね」という意識が共通してあったんです。

チャナポン・コムカム(ニックネーム:タイム)
1995年生まれ、バンコク出身。ポーチャン芸術大学で絵画の学士号、シルパコーン大学で視覚芸術の修士号を取得。絵画、写真、サウンドアート、ビデオアート、インスタレーションアート、レディ・メイドのオブジェクトなど多様な手法を用い、2017年以後はグループ展、パフォーマンスアートのショーケース、実験的サウンドアートのショーケースなどで作品を発表している。

タイム:高層コンドミニアムや下町に見られる物理的な高さもありますし、社会的な格差ももちろんあります。そういったアンバランスさが強くある街で、人は自分のバランスと取りながら生活していかなければいけません。

―最近のバンコクでは、若者たちによる民主化運動も活発になっていますしタイムさんがおっしゃったアンバランスの感覚は、まさに今のもの、という感じがします。

タイム:展示では、触覚や味覚といった五感を分けて考えて、それぞれを担当するメンバーを決めています。視覚は「ごちゃごちゃの街」のイメージ、味覚は食べ物にかかわるパフォーマンス、嗅覚は小さな滝のインスタレーションを作ってみよう、とか。そしてそれら全体を貫くのが「アンバランス」のテーマになります。

曽根:実は東京チームも、当初は五感を分割して考えるところからスタートしました。でもいろいろ話し合っていると、五感を単体に分けて考えるのは不可能だと思うようになりまいた。例えば味覚にしても、食感は触覚だし、嗅覚も働く。

曽根:そういったさまざまな感覚の統合が大切であって、展示もその全部をつなげるようなかたちにしようと。そのつながりが空間に張り巡らされていて、観客は作品のなかを回遊することで、そのつながりを経験として得ていく、というか。

展覧会のような展示もあれば、パフォーマーが関わるパフォーマンス的な要素も同居している。そんな仕上がりを目指しているところです。

制作進行中のプロジェクトの展示アイデアのメモ書き

普遍的で共有可能なものが限りなく薄い東京という空間

―東京とバンコク、お互いの進捗は随時フィードバックしあいながら進めてきたわけですよね。そのなかで気づきや交感のようなものはありましたか?

タイム:ありました。東京チームの思考を聞いていると、曽根さんたちはエモーショナルな感情を大事にしてると感じます。

いっぽう僕らは、もうちょっとコンテンツ主義的というか……。バンコク人なら一般的に感じる物事を「ネタ」として扱いすぎているようにも思ったんです。

バンコクチームのリサーチの様子

タイム:それもあって「もっと個人的な感情要素入れたいよね!」みたいな話はしています。実際、メンバーそれぞれに個性があって、社会的、政治的な感情が強い人もいれば、ちょっと違う人もいますからね。

曽根:わかります。東京をリサーチ対象にしているからといって、私たちが都民を代表することはできないと思うんですよ。自分が感じる「東京らしさ」は、結局は「私の東京」であって「みんなの東京」とは絶対に言い切れない。

むしろ、普遍的で共有可能な東京を持てない、共有の可能性が限りなく薄いのが東京という空間だとも思うんです。もんじゃ焼を東京らしいと思う人もいれば、そうじゃない人もいるように。

―食べ物で言うと、一般的な江戸前寿司のイメージと、時代ごとに変遷してきた江戸前寿司とはだいぶ隔たりがありますし。火を通したタネを具にしてた時期があったり。

曽根:そういう意味でも、集団ではなくインディビジュアルな方面に東京チームは軸足を移していったわけです。タイムさんが言ってた「感情」というのはそのことを指しているのだと思います。

タイム:そのとおりです。

曽根:バンコクチームの作品は、東京と比べて、お客さんが直接的にバンコクらしさを味わえるような展示になるだろうなという印象ですね。いっぽうで、そこにお客さんが能動的に関われる余白はどのぐらい生まれるだろうかとも思っています。

その課題はそっくりそのまま東京チームにも返ってくると思うんですよ。私たちの展示が、どうもわかりやすいものにはなりそうにないので(苦笑)。

タイム:でも、その曖昧さが僕たちの持つ東京のイメージかも。結果的に東京らしいものになる気がします。

圧倒的な距離の隔たりは交流にどんな影響を及ぼすのか

―都市ごとのアイデンティティーの違いが露わになりそうで楽しみです。ここで、話を少し未来、つまり実際に展示が始まった後に移していきたいと思います。コロナで自由に行き来できない状況ですから、おそらく両チームともお互いの展示を実際に見ることはできないでしょう。そうすると「会えないままで、それは交流と呼べるのか?」という問題が浮上してきます。

『トランスフィールド from アジア』が大事にしてきた「交流」についてはどう考えていますか?

曽根:私個人の所感としては、いまの状況にそれほど隔たりを感じていないんです。Facebookでやりとりを進めていて、相手の記録してきた映像や資料に触れているだけで「(都市を考えるために)そんなアングルもあるのか!」って何度も驚かされるんですね。

実際に会わなくても、オンライン上でできることはたくさんある。それは交流やコミュニケーションの本質を揺るがすものではない、というのが私の考えです。

東京チームとバンコクチームが揃った初めてのミーティングの様子

タイム:まったく同感です! 味とか匂いの要素に関しての伝達は難しいですけど、それはコロナが流行する以前からそうであったわけで、むしろ例えば言語翻訳の面ではSNSやテクノロジーの恩恵がはるかに大きい。

コミュニケーションに問題はないです。もちろん、コロナが落ち着いた後は会いたいですよ(笑)。

曽根:会いたいねー!

自分の所属している都市から、視点を遠くへと飛ばすと見えてくるもの

―コロナ禍になり、舞台芸術方面ではZoom演劇といったオンラインでの試みが多く行われています。それに対する軽い批判として「やっぱり実際に対面して鑑賞することが演劇やダンスの醍醐味なんだ!」という声もあるようです。

曽根:難しいところですよね。たしかにコロナ禍で舞台芸術業界でも「身体警察」というような言葉も聞きました。身体性がないものを演劇と呼べるのか。そのことは舞台芸術に関わる誰もが考えていたはずのことで、大きな悩み、不安としてありました。

でも正直に言うと、それってすごくナンセンスだと思うんです。身体が目の前にあることだけが演劇の定義なのか? それは決して必要十分条件じゃないだろう、という風に若い世代はとらえていたと思います。

例えばアバター同士の会話であっても演劇的な瞬間は生じるし、SNS上のインスタントなやりとりにも演劇的な要素は発見できる。交流とか関係性の構築には、必ずしも身体を介さなくても可能だ、というのが世代的な実感としてあるはずです。

だからこそ、今回のプロジェクトの交流でも、距離の隔たりや会えないことは大きな問題にはならなかったわけですから。ひょっとすると、私たち(1990年代生まれ)はその隔たりに抵抗を持たない最初の世代なのかもしれない。

タイム:もちろん直接的な体験にこだわりを持つアーティストはたくさんいますし、いなくなることもない。でも重要なのは、アートというのは常に生きているもので、時代や環境の条件に応じて進化していくものだということです。そして進化しなければ死んでしまうというのもアートであって、それは人間も同じ。

―たしかに。そのお互いの認識を踏まえて、今回のプロジェクトがどのような成果を得られればよいと考えていますか?

タイム:こんな状況ですから、バンコクで暮らす人たちに対しては、展示に来てくれるだけで本当に感謝です。バンコクチームの展示って、じつはギャラリーの外に広がる街の風景と大きく違うものではないと考えているんです。

そこらじゅうにあるボコボコの歩道と地続きに、僕らの展示はある。そこを往き来したり、展示を見てから街に戻るときに、街の大切さを再確認できるようなものでありたいと考えています。

曽根:展示での経験を経て、都市を発見してほしいというのは東京チームもまったく同じです。そのうえで、まったく違う都市の見方を獲得してもらえたらとても嬉しい。

東京チームが行なっているのは、東京の持つ曖昧さに対して、望遠鏡でディテールに迫るやり方ではなくて、巨視的に全体をぼーっと眺めるという方法なんですね。東京に住んでいると、せいぜい自分が住んでいる地域、働いている地域、よく遊びに行く地域ぐらいしか意識されません。でも、それ以外の場所も漠然と把握し直してみることには、東京を考え直すきっかけになると思うんです。

―そういった視点がほぼ同時期に東京とバンコクに同時発生する、というのが面白いですね。そこに行くことはできないけれど、ある特異な視点が発生しているのを想像する経験はユニークだと感じます。

曽根:展示を作り始めた頃、宇宙からエイリアンが東京とバンコクを見ていたとしたら? というアイディアがありました(笑)。

自分たちに可能な視点に拘束されず、もっと遠くへと発想を飛ばしていく。そうやって自分の所属している国や都市を越えた場所に視点を飛ばしていくことは、コロナ禍を経た現在について考える意味でも重要だと思いますね。

イベント情報
『フェスティバル/トーキョー20』

会場:東京都 池袋 東京芸術劇場、トランパル大塚、豊島区内商店街、オンライン会場ほかで開催

『トランスフィールド from アジア F/T × BIPAM 交流プロジェクト The City & The City: Divided Senses』

10月30日(水)~11月1日(日)13:00~18:00

会場:
・東京芸術劇場 シアターウエスト
・F/T remote(オンライン配信)※11/2以降に予定。スケジュールなどの詳細は決まり次第、F/T公式HPにて発表します
金額:参加無料・予約優先

プロフィール
曽根千智 (そね ちさと)

1991年生まれ、兵庫県出身。青年団演出部所属。大学在学中に受けた平田オリザの演劇の授業に衝撃を受け、観劇を始める。卒業後、人材系IT企業にて研究開発職につく傍ら、無隣館3期演出部に所属。現在は退職し、演出、劇場制作、ドラマトゥルクとして活動している。出演作品に『よみちにひはくれない』(2018年、世界ゴールド祭)作・演出作品に『遊行権』(2019年、アトリエ春風舎)など。2019年度、セゾン文化財団創造環境イノベーションプログラム採択。

チャナポン・コムカム (ニックネーム:タイム)

1995年生まれ、バンコク出身。ポーチャン芸術大学で絵画の学士号、シルパコーン大学で視覚芸術の修士号を取得。絵画、写真、サウンドアート、ビデオアート、インスタレーションアート、レディ・メイドのオブジェクトなど多様な手法を用い、2017年以後はグループ展、パフォーマンスアートのショーケース、実験的サウンドアートのショーケースなどで作品を発表している。既成の芸術手法と自然による偶発的な要素、ファウンド・オブジェを組み合わせ、隣り合わせにある芸術と日常の関係を表現、現在は、2021年5月の初個展に向けて準備中。



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