Sen Morimotoが抱く、米社会の価値観への違和感、変化への希望

新作『Sen Morimoto』を発表するSen Morimotoの過去と現在について、昨年と今年の2回の取材から前後編で迫るインタビュー(前編はこちら)。後編にあたる今回は「ソングライティングの技術そのものに焦点を当てた」という新作について、彼のルーツを紐解きながら、その音楽性を探った。また、COVID-19の感染拡大に伴い、多くの社会問題が顕在化している中、Black Lives Matter運動についての考えを、日本にルーツを持ち、抗議運動が続くシカゴで暮らす自身のアイデンティティと重ねながら、語ってもらった。決して楽観的ではないが、人々の間に生まれつつあるグローバルな基盤をポジティブに捉える視点は、今こそ共有されるべきだろう。

(メイン画像撮影:Dennis Elliott)

自身が語る「Sen Morimotoを作った5枚のアルバム」。スティーヴィー・ワンダーからの影響

―『Sen Morimoto』ではサックスの演奏は一部にとどまり、多彩な曲調でコンポーザー / トラックメーカーとしての成長を刻んだ素晴らしい作品だと感じました。ご自身ではどんな作品になったと感じていますか?

Sen:ありがとう! 君の言う通り、今回のプロジェクトではリード楽器としてのサックスにはあまり焦点を当てず、ソングライティングの技術そのものに焦点を当てたんだ。その上で重要だったのが、それぞれの楽器が曲の中でその楽器自身のスペースを確保するということ。その良いバランスを見つけて、プロダクションの中により多くの隙間や細かいニュアンスを受け入れることを学んだのは、僕にとって大きな経験だった。

Sen Morimoto(せん もりもと) Photo Credit: Dennis Elliott
京都生まれシカゴ在住のアーティスト。サックスを手にした事で始まったミュージシャン人生はピアノ / ドラム / ギター / ベースなど様々な楽器を演奏するマルチプレイヤーとして活躍。兄のYuya Morimotoと制作した“Cannonball”のPVを88risingのショーン・ミヤシロが気に入り88risingのYouTubeチャンネルからリリースされ話題となる。その後シカゴの友人でマルチ奏者NNAMDÏによるレーベルSooper Recordsよりアルバム『Cannonball!』をリリースしサマーソニック2018で圧巻のパフォーマンスを見せる。2019年には初のジャパン・ツアーを行いTempalayのAAAMYYYと競演する。2020年10月には2ndアルバム『Sen Morimoto』をリリース。

―今回は、改めてSenさんの音楽的なバックグラウンドを知るために、「Sen Morimotoを作った5枚のアルバム」をお訊きできればと思います。

Sen:オッケー。まずは、スティーヴィー・ワンダーの『Music of My Mind』(1972年)だな。彼が自分でレコーディングしたアルバムだったと思うけど、心からの親しみを感じるんだ。彼だけの音楽の世界、孤独とか、そういうところでね。2枚目は……(通訳の方がスティーヴィー・ワンダーのことを間違えてエルトン・ジョンといったのを聞いて)、エルトン・ジョンにしよう!(笑)

スティーヴィー・ワンダー『Music of My Mind』を聴く(Apple Musicはこちら

―いいんですか?(笑)

Sen:『17-11-70』(1971年)だったかな? トリオ編成で、エルトンがピアノを弾いて、他にベーシスト(ディー・マレー)とドラマー(ナイジェル・オルソン)がいるんだ。何度も何度も繰り返し聴いたよ。素晴らしい歌とピアノ。これを5枚に入れていいのか分からないけど……でも、素晴らしいアルバムだよ。あとは、Wilcoの曲をすごく聴いていた時期があって……『A Ghost Is Born』(2004年)かな。

エルトン・ジョン『17-11-70』を聴く(Apple Musicはこちら

シカゴを代表するバンドWilcoへのリスペクト、多くのことを学んだOutKast、ローリン・ヒルの名盤

―Wilcoといえばシカゴの代名詞的な存在ですけど、パブリックイメージ的にはカントリーだったり、白人的な文脈だと思うんですね。シカゴのヒップホップやR&Bのコミュニティからも彼らはリスペクトされているのでしょうか?

Sen:間違いないね。もちろん、R&Bのコミュニティの中にも大きな存在の人たちはいるから、ものすごく突出しているわけではないと思うけど、一般的に彼らへのリスペクトは存在すると思う。シカゴ代表だし、ベテランだし、彼らの持っているスタジオではたくさんの人たちが制作活動をやってきたし。ジェフ・トゥイーディー(Wilcoのフロントマン)は今もシカゴの音楽に注目していて、色んな音楽を聴いているみたいで、そういう意味でもリスペクトしてるよ。

Wilco『A Ghost Is Born』を聴く(Apple Musicはこちら

―では、4枚目はどうでしょう?

Sen:OutKastの『Stankonia』(2000年)だね。

―OutKastは従来的なヒップホップというカテゴライズを軽々と突破して、ポップミュージックへと昇華させた第一人者ですよね。

Sen:僕が彼らを好きな理由はまさにそれだね。とても大胆だし、勇敢だし、色んなものをミックスしてる。特に『Stankonia』ではそれがクレイジーなくらいに顕著だよね。サイケデリックもロックもポップもラップもあるし、そういうところが僕にとってはすごくクールなんだ。しかも、パーソナリティがすごく濃い。1曲聴いただけでも「うお!」となるようなスペシャルさがある。境界線がどこにあるのか、それらが関係なくなるのはどんなときか。彼らのアルバムを聴いて、たくさんのことを学んだのは間違いない。

OutKast『Stankonia』を聴く(Apple Musicはこちら

―では、最後の一枚をお願いします。

Sen:ローリン・ヒルの『The Miseducation of Lauryn Hill』(1998年)。ソングライティングが本当に素晴らしいし、美しいと思う。これも色んなジャンルがミックスされているアルバムだよね。OutKastのクレイジーさに比べればさりげない感じだけど、色んなものが入ってる。彼女のラップはすごいよね。それから昔のR&Bのカバーもあるし、すべての落としどころがパーフェクトなんだ。このアルバムからもたくさんのことを学んだよ。

ローリン・ヒル『The Miseducation of Lauryn Hill』を聴く(Apple Musicはこちら

―『Sen Morimoto』の制作にあたって、リファレンスとなったアーティスト / 作品はありましたか?

Sen:さっきも名前を挙げたように、僕はいつもスティーヴィー・ワンダーのアレンジに影響を受けてきたから、彼の音楽は僕の作る全ての音楽に常にインスピレーションを与えてくれてる。それからケイシー・マスグレイヴスとMitskiは、ウィットに富んだリリシズムとエモーショナルなメロディーを結びつける才能を持つソングライターで、ここ数年で大きな影響を与えてくれた。

具体的な曲を挙げるなら、“Daytime But Darker”はダニエル・ジョンストンの“Pot Head”のカバーからできた曲。10代の頃からあの曲が好きだったから、面白半分にアレンジしてみたら、徐々にオリジナルとのつながりが薄くなってきたと感じたので、自分で歌詞やメロディーを書いて、コードもアレンジして、違う曲になったんだ。

ダニエル・ジョンストン“Pot Head“を聴く

「シティポップは僕に大きな影響を与えてきたけど、最近まではそのサウンドを自分のローファイな美学のようなもので隠していた」

―『Sen Morimoto』をセルフタイトルに決めたのは制作のどのタイミングでしたか?

Sen:コンテンポラリーな音楽の多くはコンセプチュアルなものだよね。まとまりのある作品であることに高い価値が置かれるし、ひとつの作品に物語性のあるコンテクストを見つけることは、美的にもとても心地よくて、満足感もある。

今回の作品では不安や夢、赦しといった共通のテーマを見つけてはいたけど、どれもアルバムの中心的なコンセプトとしてはしっくりこなくて。でもようやく、今年の1月にアルバムを仕上げているときに、全ての曲はある1つのテーマについてのものではなく、僕の経験や人生で大切にしていることの断片だと気がついた。つまり、共通するテーマは自分自身。だから、このアルバムはセルフタイトルにしようと決めたんだ。

―昨年の日本ツアーで共演したAAAMYYYとのコラボレーションによる“Deep Down”も印象的です。改めて昨年のツアーを振り返っていただけますか?

Sen:昨年の日本ツアーは信じられないような経験だった。初めて日本でライブをしたのは2018年の『Summer Sonic』で、それもクレイジーな経験だったんだけど、そのときは2回のライブだけの短い旅で、ショウが終わったらすぐにアメリカに戻らないといけなかったんだ。なので、東京だけでなく、名古屋、京都、大阪で自分の曲を演奏する機会を得られた2019年のツアーは、やっと夢が叶ったっていうか。僕と僕のバンドにとって、ツアーの一番の醍醐味はいつも、初めて訪れる場所での生活がどのようなものなのかを知ること。ショウでは、アートに興味のある若者がどんなふうにパフォーマンスしたり、作品を受け止めたりしているか、どんなふうに楽しんでるかを見ることができる。

―“Deep Down”はファンキーな曲調ですが、日本のシティポップを意識した部分もありましたか?

Sen:AAAMYYYとのコラボレーションは、昨年の日本ツアーの後に実現したんだ。僕も僕のバンドメンバーも彼女のライブを見て感激したので、レコードを完成させるために帰国したときに、彼女に「“Deep Down”という曲に協力してくれないか?」と連絡を取った。シティポップは何年にもわたって僕のプロダクションスタイルに大きな影響を与えてきたけど、最近まではそのサウンドを自分のローファイな美学のようなもので隠していたと思う。前に松原みきのアルバムアートを自分なりに再現しようとしたこともあるんだよ。イメージ通りにはならなかったんだけど(笑)。

AAAMYYYは、「仙森本という音楽家が多くの人から慕われ愛されるその理由がぎゅっと凝縮しているようなアルバムに、フィーチャリングのひとりとして携ることができてとても光栄です」とコメントしている。写真は2019年のジャパンツアー時より / 撮影:小田部伶
Sen Morimoto“Deep Down ft. AAAMYYY”MV

―近年は日本の1970~80年代のファンクやシティポップがアメリカでもよく聴かれているそうですが、Senさんはそれを実感されていますか?

Sen:うん、実感はしてる。どうしてそうなったのかはわからないけど……何年か前にそういう現象が起こったんだよね。すごく不思議な感じだった。パーティーに行くと誰かが昔の日本の曲をかけていて、「あれ?」って。ああいうスタイルの曲はアメリカのバンドでも人気だから、ディスコの影響がモダン化して人気になったというのが面白いのかな。

あとは、歌詞のわからない曲特有の魅力というのがあるのかもしれない。「日本でもこんなムーブメントがあったんだ! しかも70年代に。変なの!」なんてね。若い人がそういうのをよく聴いてるみたいで、その中には「日本の曲に近いな」と感じる音楽をやっているグループもある。彼らの聴いている曲のリストを見せてもらうと、日本のファンクがたくさん入っていたりするよ。

「僕たちはこの連帯の範囲を広げていかなくてはいけない。世界中の市民が問題に関心を持つだけではなく、戦いに参加しようとしないと」

―Senさんは哲学的なテーマとして「internal mental loops」という言葉を使っているそうですが、アルバムにはSenさんのどんな心情が投影されていると言えますか? その心情を象徴する1曲があれば、その曲についても教えてください。

Sen:僕にとって今回のアルバムは、ときに居心地が悪くなるようなものなんだ。この作品は、現在のアメリカ社会の価値観に対する不満をたくさん扱っている。テクノロジーに取り憑かれ、身を委ね、注目に飢え、自分自身や他人を許すことができない。僕の知る誰もが何かしらの感情的な混乱に陥っているように見えるよ。ただ、そんな中でも僕らはお互いに支え合い、学び合い、一日一日を大切にしている。“Nothing Isn't Very Cool”は、そのような現代の真実に対する不安と、希望や愛、戦い続ける力が共存しているイメージの曲だね。

―アルバムはCOVID-19によるロックダウンが始まる前に完成していたそうですが、ロックダウン以降のアメリカでは様々な問題が浮かび上がっています。その中でも、現在のBlack Lives Matter運動の盛り上がりについて、どんなふうに感じているのかを教えてください。

Sen:未だCOVID-19の感染拡大リスクが存在する現代において、今のアメリカの政治的・市民的な不安は恐ろしいものだけど、僕はこの運動が極めて重要であると信じているし、この国の過去と現在の恥ずべき傷跡に注目が集まっていることを嬉しく思ってる。

僕がこの運動についてすごく刺激を受けたのは、アメリカの歴史と資本主義の真実と文脈を学ぶことの重要性を示していることなんだ。より多くの人々が、この国の政府の目論みと歴史に疑問を持つようになれば、この国の黒人だけでなく、資本主義の下でアメリカの暴力の犠牲になっている世界中の人々を抑圧しているシステムを破壊し、変えるための力になるはず。アメリカという国には、多くの国におけるたくさんの死や貧困の原因がある。このプロセスは長く、厳しい戦いになると思うけど、僕はこれがより大きな、ラディカルな変化の始まりになると期待してるよ。

Sen Morimoto『Sen Morimoto』収録曲“Goosebumps”ライブ映像。今年9月にシカゴで撮影された

―シカゴにおけるBlack Lives Matter運動を巡る状況について教えてください。

Sen:抗議行動は今でも市内で頻繁に起こっていて、シカゴの住民は警察を学校から追い出すために戦い、警察への予算の打ち切りのために戦い、警察に対するコミュニティ主導のコントロールを得るために戦っている。でもそれに対して市政府はどんな変化も拒否し、暴力と逮捕で抗議者を罰している。

―Senさんは昨年の取材で「現代は多くの人々が何かしらの恐怖を感じている時代だが、その一方で、国を超えて同じ立場にある人々が連帯し、グル―バルな基盤ができつつあることをポジティブに感じている」とおっしゃっていましたが、COVID-19の感染拡大を経て、現在この「連帯」にはどのような変化があるとお考えですか?

Sen:今年は本当に多くの問題が表面化した年だったと思う。すべてのものが、信じられないほどの速度で激化しているからね。COVID-19からの隔離、アメリカの大統領選挙による政治的緊張、地球上のさまざまな場所で起きている抗議行動によって、みんなが直面している恐怖や不安が何倍にも膨らんでいる。これらの問題の広がりを受け止めようとすると圧倒されてしまうけど、今は世界全体がこの問題に気づいているわけで。

―その意味では、連帯は強まったと言えるのかもしれない。

Sen:哲学的な意味では、僕らが他人の中に自分自身を見出す能力とともに、これらの問題の深刻さも増していくものだと思う。そのバランスは全てのものの中に常に存在している。

でも現実に、人の命よりも経済を優先するような無責任な政府によってCOVID-19で命を落としている人の数や、アメリカの介入によって他の国で起きている暴力で命を落としている人の数を考えると、僕たちはこの連帯の範囲を急速に広げていかなくてはいけないと感じる。世界中の市民が問題に関心を持つだけではなく、戦いに参加しようとしないと。途方もない課題で、僕も答えは持っていないけどね。

Sen Morimoto『Sen Morimoto』を聴く(Apple Musicはこちら

リリース情報
Sen Morimoto
『Sen Morimoto』国内流通盤(CD)

2020年10月23日(金)発売
価格:2,420円(税込)
AMIP-0217

1. Love, Money Pt. 2
2. Woof
3. Symbols, Tokens
4. Butterflies Ft. KAINA
5. Deep Down Ft. AAAMYYY
6. Tastes Like It Smells Ft. Lala Lala, Kara Jackson, Qari
7. Save
8. Wrecked Ft. NNAMDÏ
9. Goosebumps
10. Daytime But Darker
11. The Things I Thought About You Started To Rhyme
12. The Box ft. Joseph Chilliams
13. You Come Around
14. Nothing Isn’t Very Cool
15. Jupiter

プロフィール
Sen Morimoto (せん もりもと)

京都生まれシカゴ在住のアーティスト。サックスを手にした事で始まったミュージシャン人生はピアノ/ドラム/ギター/ベースなど様々な楽器を演奏するマルチプレイヤーとして活躍。兄のYuya Morimotoと制作した”Cannonball”のPVを88risingのショーン・ミヤシロが気に入り88risingのYouTubeチャンネルからリリースされ話題となる。その後シカゴの友人でマルチ奏者NNAMDÏによるレーベルSooper Recordsよりアルバム『Cannonball!』をリリースしサマーソニック2018で圧巻のパフォーマンスを見せる。2019年には初のジャパン・ツアーを行いTempalayのAAAMYYYと競演する。2020年10月には2ndアルバム『Sen Morimoto』をリリース。



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