和田彩花「わからない」から始める美術の楽しみ方、その奥深さ

アイドル、歌手として活躍する和田彩花さんは、大のアートラバーとしても広く知られている。高校のときに出会った1点の絵画がきっかけになり、美術を研究することを決心。大学~大学院では美術史を専攻した。現在では、芸能活動のかたわら、アートに関わるエッセイや書評も多く手がけているのだから、筋金入りだ。

そんな和田さんに、高校生のときに起きたアートとの出会い、そしていまの心境を聞いてみることにした。アート=高尚で難解、というイメージはいまだに根深くある。けれども例えば「美術検定」のような、アートの奥深さを除々に知っていくための学びの場が用意されているのも、今日のアートを取り巻く環境だ。和田さんとの対話から、あらためてアートと出会う方法を考えてみた。

いままでの「絵画」のイメージが壊された高校1年生時の体験

―和田さんが美術に興味を持ったきっかけは?

和田:高校1年生のときですね。当時、お仕事のために母と一緒に東京駅を通りかかることが多くて、そこであるポスターをよく見かけてたんですよ。開館したばかりの三菱一号館美術館の「マネとモダン・パリ」展のポスターで、エドゥアール・マネの『すみれの花束をつけたベルト・モリゾ』が印象的にデザインされていました。

和田彩花(わだ あやか)
1994年8月1日生まれ。群馬県出身。アイドル。2019年6月18日をもって、アンジュルム、およびHello! Projectを卒業。アイドル活動を続ける傍ら、大学院でも学んだ美術にも強い関心を寄せる。特技は美術について話すこと。特に好きな画家は、エドゥアール・マネ。好きな作品は『菫の花束をつけたベルト・モリゾ』。特に好きな(得意な)美術の分野は、西洋近代絵画、現代美術、仏像。趣味は美術に触れること。

和田:「かっこいい絵!」って、お母さんと一緒にずっと気にしていたんですけど、ある日仕事の入り時間を間違えちゃって、いきなり時間が空いちゃったんですよね。それでふらっと美術館に入ってみることにしたんです。

―そこでマネの『死せる闘牛士(死せる男)』と出会ったのが衝撃だったそうですね。

和田:それまで自分が持っていた絵画のイメージが壊されました! 小学生ぐらいだと、好きな絵って言っても、お花畑だとか風景とか、わかりやすいものがほとんどで。私もそうで、図工の授業で「教室に美術館を作ってみよう」みたいな課題のときも、赤い花畑の絵を選んでました……。じつはその絵はモネの作品だったと最近気づいて、なんだか運命的なものを感じたりしてるんですけど(笑)。

とにかく、美術教育やメディアの影響で、絵といえば「きれい」「美しい」くらいのイメージを持つように、子どもの頃から私たちは順応しちゃってるわけですよね。でもマネの世界はそうじゃなかった。黒い絵の具がたくさん使われていて、ただ倒れている人間だけを描いていて。

『死せる闘牛士』ではサロンでの批判をきっかけに画家自ら作品を2つに切断して「自分が見せたいものは倒れた男なんだ」ってことを強い意志で訴えている。そういった全部が私の絵画のイメージを覆すもので、はじめて「画家って面白い!」と思えたんです。

エドゥアール・マネ『死せる闘牛士』1864年(Wikipedia Commonsより)
エドゥアール・マネ『死せる闘牛士』1864年(Wikipedia Commonsより

―その後、和田さんは大学、大学院と美術学科に進んで、美術を研究する側になりました。それってけっこう珍しいと思うんですよ。描く側に行きたくなる人が多いと思うので。

和田:いやいや! 自分が描くのは無理、ってすぐに思いました(苦笑)。

―だとしても、高1で研究方向に進もうと決心するのはすごいと思います。今年、大学院を修了されたと聞きましたが、修士論文は何をテーマに書いたのですか?

和田:マネでした。高校のときは宗教画やオランダ絵画に惹かれたんですが、美術について詳しくなると、絵画にも古典や西洋のものだけではなくて、現代の生活にも通じる近代の動向があることがわかるんですよね。とくにマネは「近代絵画の父」と呼ばれるように、まさにこの時代を象徴する存在。だから、やっぱりマネを研究したいと思ったんです。

―高校、大学院と、人生の節目に必ずマネの存在があるんですね。

和田:大学の卒業論文もマネでした(笑)。マネは、時代が移り変わっていくちょうど中間にいた画家です。彼に先行するギュスターヴ・クールベが、歴史画の権威性を批判する試みをレアリスム(写実主義)の潮流のなかで展開し、さらに下の世代であるモネたち印象派とも交流を持ち、時代や美術の転換期に当事者として立ち会っている。

マネ自身も時代の変わり目に起こる多面性を体現しているところがあって、これからやってくる美術の革新を意識しながら、伝統的な展覧会にもずっと参加している。革新的とも保守的とも違う、複雑さや矛盾を持つ人物として、マネが大好きなんです。

マネとChim↑Pom。共通の感覚で見るその視線

―今日は新宿の「中村屋サロン美術館」に足を運んでいただいてますが、ここも日本の近代史に深いつながりを持つ場所です。インドカリーで有名な「中村屋」は画家や彫刻家たちが集まり、国内外の活動家の支援も行われた国際感覚を持つ文化の拠点でした。

和田:ここに来るのは今日がはじめてですけど、面白かったです。明治時代からの年表や人物相関図を見ると、この場所がいかに重要だったかわかるし、作品一つひとつをもっと深く理解するためのヒントになります。

中村屋サロン美術館、学芸員の方に作品についての話を聞く

和田:美術と向き合うことって、歴史とも向き合うことなんですよね。マネにずっと惹かれ続けているのは、彼が近代の始まる時代を生きた人だったこともあるし、それがいまの私の時代にもつながってることを教えてくれるから。

最近、現代アートにはまって熱心に追いかけるようになったのも、その影響が大きいです。時代背景を知り、ちょっと先に一歩を踏み出してみることで、自分の生き方もずいぶん変わったって気がしていますね。

―現代アートだと最近はどんな展覧会を見ましたか? それと、とくに好きな作家は?

和田:森美術館の『STARS展:現代美術のスターたち ー 日本から世界へ』、アーティゾン美術館の『鴻池朋子 ちゅうがえり』を見ました。どちらも素敵な展示。それからずっと好きなのはChim↑Pomです!

―めちゃくちゃ破天荒なチームじゃないですか!

和田:そこが好きなんです。表現されたものは直裁的で、受け取り方によっては過激に見られるかもしれないけれど、1つの作品を作るために、地域や社会のあり方や、いま何が起きているかを徹底的に調査していて、真剣に歴史と向かってますよね。

だから説得力があるし、作品を通して「じゃあ自分はどうなんだろう?」って考えさせられる。その感覚が常にあって好きです。

―マネとChim↑Pomでは時代も性質もだいぶ違いますが、作品が投げかけている問いを受け止める和田さんの感覚は一貫していますね。

和田:やっぱり歴史が連続してるからですよね。現代の生活の便利さは、近代にできた基礎によって転換、発展してきたから、マネもChim↑Pomも共通した感覚で接することができる気がします。

そしてこれも大事なポイントなんですけど、近代からの発展と同時に、そのなかで抜け落ちてしまったものが両者の作品から感じられるんですよね。例えば……私は女性なので、とくにフェミニズムの視点から気になることがたくさんあります。

―現在のように「Me Too」や「Black Lives Matter」の議論が進むなかで、近代美術も現代アートを単に楽しいものとしてだけ見ることには難しさがありますね。

和田:2018年に横浜美術館で開催された『ヌード 英国テイトコレクション』という展覧会で、さまざまな時代の女性の表象についてけっこう鋭く突っ込んでましたよね。私自身アイドルをしているので、すごく関心があります。

―男性と女性のあいだに起こりがちな「見る / 見られる」の問題だとか。

和田:そうですね。大学院時代から、フェミニズムの視点から美術史を見直すことにも関心がありました。例えばグリゼルダ・ポロックの『視線と差異 フェミニズムで読む美術史』(1998年、新水社)、ロジカ・パーカーとの共著『女・アート・イデオロギー』(1992年、新水社)、ケイト・ミレットの『性の政治学』(1985年、ドメス出版)は、学生時代に読んだ代表的な本です。

それを踏まえると、ルノワールとかピカソはやっぱり「見られる側」として受け身の女性像を描いてきた画家だと感じます。しかし、それに対してマネのモリゾ像(女性印象派画家ベルト・モリゾ。モリゾをモチーフにしたマネの作品が複数存在する)を見ると、ちょっと違うのが面白い。「女性」として一元化されない個性を感じるし、絵を見る側を力強く見返すような意志の強さが込められている。

荻原守衛『女』1978年 中村屋サロン美術館所蔵

―鑑賞者に没入をうながす絵画の典型として、例えば人物が読書や手仕事に没頭しているような構図があります。それによって鑑賞者の側は盗み見してるような気分(と、それを和らげる効果)を覚えたりします。

和田:だからマネの絵には「見る」と「見られる」の両方が意識されてるんですよね。鑑賞者が一方的に盗み見するような関係が生じにくい。フェミニズムについて学ぶことで、そういう絵を描こうとしたマネにもっと興味が湧いている、というのが最近の私ですね。

美術を学んで「すべてを否定することはできない」ってことに気づかされた

―アートに対する興味を知識として学び、よりアートの鑑賞体験を奥深くするきっかけとしてあるのが「美術検定」ですが、「知る」ことが新しい楽しみを生んでいく、というのは和田さんとアートの関係にも共通する気がしました。

和田:私、最初はいつも感覚的なんですよ(笑)。展覧会に行っても、ばーっとひととおり見て回って、自分が気になるもの、好きだなってものをメインで見ちゃいます。で、そのなかから気になったものは作品解説や図録のテキストを読み込んで「なるほど~」ってなることが多いです。

「知る」楽しみと、「見る」楽しみには共通するところが多いですけど、作品っていう物理的なものがあって、見ることでコミュニケーションが取れるところが美術のよさですよね。言い方を変えると、それって「友だちになる感覚」に近いかもしれない。

―「なんだかこいつと相性いいぞ」みたいな(笑)。

和田:そうそう。人それぞれの楽しみ方を美術は許してくれるので、深く付き合っても軽く付き合ってもいいし。でも、友だちになろうとしたら、どこかで積極的に近づかないといけないじゃないですか。だから個人的には、展覧会に行ったときはなんとなく眺めるだけじゃなくて、気になった作品の前で立ち止まって、向き合ってみるのがオススメです。向き合うことって大切。

―そういう経験から自分自身も変わっていくんでしょうね。例えば、さっきおっしゃってたようなフェミニズムとの出会いも「見る」ことを通じた学びから得たものだと思います。

和田:そうですね。でもちょっと気をつけておきたいのは、知ったからといってすべてを否定はできないよ、ってこと。

描かれてる主題が現代の価値観からして褒められるものではなくても、そこにあるのは色とかバランスとか造形的な素晴らしさでもあるんですよね。私は美術が好きだから、そういったものに魅力を感じることに嘘はつけなくて。むしろ美術を学んで「すべてを否定することはできない」ってことに気づかされました。

―例えばTwitterでは、社会的な事件が起きたときに、「正しさ」の言説が一気に広がっていきますよね。近年は人種差別や女性差別に顕著ですが、「正しさ」のなかに生じることのある排他性や偏見を忘れて暴走してしまう怖さも感じます。

美術や歴史について知る、考えるということは、そういった人間の多面的な複雑さや矛盾に向き合うことでもあるので、和田さんのおっしゃることはわかります。

和田:女性の表象に関する興味から美術史を読んでいくと、どうしても批判的な視点に傾倒していっちゃうんですよね。そこには自分自身がこれまで経験したことも重なっていくから、余計に深く入り込んでしまう……。

でもゼミの先生と話していうるうちに「社会学ではなく美術史を勉強しているのだから、絵の魅力自体についても考えなければ」ということに気づいたんです。そうでなければ、近代化のなかで生まれていった、個の尊重や多様な視点でものを見るって価値観、社会背景すら否定してしまうことになりますから。

和田:もちろんフェミニズムが照らし出す問題や視点はとくにいまは重要です。ただ、いろんな視点から見て作品や創作について考える、語る、っていうことも美術史の重要なところなんです。何か1つを知って簡単に「わかった」と思わないというか。あるいは「わからない」ってことを認めて、それと向き合う、っていうのかな。

―「わからない」を認めるっていうのは大事ですね。

和田:高校生の頃の私も、全然わからないまま美術の本を読んでましたね。技法も書いてあれば、時代についても書いてあって、頭がこんがらがっちゃって。でもそのときになんとなく知識として頭にインプットされたことが、いまになってあらためて結びついたりする。

点として散らばってたものが本当にちょっとずつつながってきたんだな、っていうのはよく感じています。いまもわからないことがたくさんあって、行ったり来たりしてますけど(笑)。でも、それも楽しいんですよ。

高村光太郎『自画像』1913年 中村屋サロン美術館所蔵

―つまり、わからなさを楽しんでる。

和田:そうですね。私、あるときまでずっとマティスがわからなかったんですよ。マネと比べると妙に絵画が軽い感じがしてどうしても好きになれなかった。

―晩年の切り絵とか、71歳で設計した南フランスの「ロザリオ礼拝堂」なんて、ほとんど落書きのようでもありますしね。

和田:軽いですよね。でも、その軽さがずっと気になっていて、あるとき、マティスの表現しようと思っているのが、シンプルな色やかたち、遠目で見たときの配置の仕方が融合したような世界観であり、全部含めて経験するのがマティスの楽しみ方だとわかったんです。

和田:そうすると、これまで好きではなかった軽さが自分のなかで肯定されて、その瞬間からマティスが大好きになりました。これは、わからなかったものが開かれた経験ですね。

―なるほど。

和田:マネ、マティス、Chim↑Pomから共通して感じることなんですけど、作品に触れて、何かしらを理解すると、自分は自分でしかなくて、人はそれぞれ違う考えや感覚を持っているんだな、ってことがわかります。それは人間にとってとても根本的なことですけど、どこかで忘れちゃうんですよね。

それを思い出させてくれるのが絵画とか作品であって、それが文化として残っているからこそ、現在に生きる私はそこから学ぶことができているし、もっと言えば未来に届けることもできる。そして未来の人たちは、それをまた学んでいく。「美術検定」が知識を得るきっかけであるのと同じように、美術に触れる、知ることへの一歩を踏み出すっていうのは、とても素晴らしいことだと本当に思いますね。

ステイホーム期間中は、エッセイや書評の執筆を進めていましたが、あらためて自分は美術が好きなんだと気づきました 。そして、それをきちんと言葉にしてかたちにしたいと思いました。いつになるかわからないですけど、10年後、ひょっとしたら20年後に美術批評を書けるような自分でありたい。それがいまの私の夢ですね。

サービス情報
美術検定 ― 知るほど、みえてくる。

美術は、「つくる力」だけで生み出されてきたのではなく、「みる力」によって育まれ、伝えられてきた。作品を知り、作家やその時代・社会を知れば、作品からもっとたくさんのことがみえてくる。美術検定は、「知るほど、みえてくる」の体験を通じて、「みる力」のステップアップの機会を提供しています。

試験開催情報
2020年美術検定

1~3級オンライン試験:
2020年11月7日(土)・8日(日)開催
申込期間:9月15日(火)~11月2日(月)

4級オンライン試験:通年開催中

対象
・作品や作家、美術史の基本的な流れを知って、美術鑑賞をもっと楽しみたい方
・美術の知識に関する資格として、進学や就職に活かしたい方
・ビジネスシーンでも役立つ教養として、美術の基礎知識を身に付けたい方

合格特典
美術検定を応援する美術館・施設では、合格認定証の提示で特典を提供中
※中村屋サロン美術館では、ポストカード進呈の特典が受けられる

イベント情報
中村屋サロン美術館
『コレクション展示』

会期:2020年9月12日(土)~12月6日(日)
開館時間:10:30~19:00(最終入館18:40まで)
※2020年10月現在、開館時間変更 10:30~18:00(最終入館17:40まで)
休館日:毎週火曜日
※10/28(水)は展示替えのため休館。但し11/3(火・祝)は開館し翌11/4(水)休館。
入館料:300円
所在地:東京都新宿区新宿3丁目26番13号新宿中村屋ビル3階

プロフィール
和田彩花 (わだ あやか)

1994年8月1日生まれ。群馬県出身。アイドル。2009年4月アイドルグループ「スマイレージ」(後に「アンジュルム」に改名)の初期メンバーに選出。リーダーに就任。2010年5月『夢見る15歳』でメジャーデビューを果たし、同年『第52回日本レコード大賞』最優秀新人賞を受賞。2019年6月18日をもって、アンジュルム、およびHello! Projectを卒業。アイドル活動を続ける傍ら、大学院でも学んだ美術にも強い関心を寄せる。特技は美術について話すこと。特に好きな画家は、エドゥアール・マネ。好きな作品は『菫の花束をつけたベルト・モリゾ』。特に好きな(得意な)美術の分野は、西洋近代絵画、現代美術、仏像。趣味は美術に触れること。



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