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ヴェネチア・ビエンナーレの歩み 取材20年の朝日新聞記者に訊く

ヴェネチア・ビエンナーレの歩み 取材20年の朝日新聞記者に訊く

『ヴェネチア・ビエンナーレ』日本館
インタビュー・テキスト
島貫泰介
撮影:豊島望 編集:宮原朋之(CINRA.NET編集部)

地元やメディアからの人気が高く、安定感ある日本館

―世界的に注目度の高い『ヴェネチア・ビエンナーレ』ですから、批判的に見られるところがあります。先ほどおっしゃっていた帝国主義的、というのもその一つかなと思いますが。

大西:国別展示だけであればある種の時代錯誤感は否めないと思います。ただ、実際に各国の展示を見てみると意外と玉石混交で、必ずしも全部が「国の威信を賭けた」感じでもないことがわかります。

美術評論家の高階秀爾さんが「各国の状況がわかるのがヴェネチアのいいところでは?」とおっしゃっていたのですが、たしかにそうなんです。例えばウルグアイのアートって、なかなか見る機会がないですよね。

大西若人

大西:主会場であるアルセナーレで行われるテーマの明確な企画展では、そういった地域の作家たちはなかなか選ばれないですから、意外な出会いがあるのは国別展示のほうだったりするんです。

賞レースであることについても「アートに順位をつけるのはおかしい」という批判は長年されています。1960年代にはグランプリ制度が廃止されたり、1970年代には当時の冷戦を反映してボイコットする国もありました。

カステッロ公園と並んでビエンナーレの主会場である国立造船所アルセナーレ / 提供:国際交流基金
カステッロ公園と並んでビエンナーレの主会場である国立造船所アルセナーレ / 提供:国際交流基金

大西:とはいえ、賞があることで盛り上がるのも間違いないんですよね。同様に賞レースである『ヴェネチア国際映画祭』の認知度は世界的にも高いですし、我々メディアも取り上げやすい。

この構造は日本国内も同じで、賞レース的な要素が薄い美術と比べて、文芸の『芥川賞』や『直木賞』は話題になります。その功罪もあるとは思いますが、話題性がまったくないと寂しいし、賞があるからこそ記者もヴェネチアに毎回取材に行くことができているところがあります。

―およそ20年以上『ヴェネチア・ビエンナーレ』を見てきて、特に印象に残っている展示はなんでしょう?

大西:はじめて取材したということもあって、やはり内藤礼さんの展示は鮮烈でした。大勢が訪れる会場にあえて人数制限をかけて、たった一人で作品と向き合う展示にしたこと自体に、国際展に対するある種のアンチテーゼを感じました。

それから束芋さんが展示をした2011年。タイミング的に震災の内容を反映したものではありませんでしたが、非常にクオリティーが高かった。

またドイツ、フランス、アメリカといった欧米の大国のパビリオンが質の高い展示をしていました。この背景には、国の力というよりも、アーティストの後ろにいるビッグギャラリーの力が垣間見えるところがあって、資本の力の存在感を感じましたね。

『第54回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2011年)でのアメリカパビリオン。アローラ&カルサディーヤによる展示 / 撮影:大西若人
『第54回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2011年)でのアメリカパビリオン。アローラ&カルサディーヤによる展示 / 撮影:大西若人
『第54回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2011年)でのドイツパビリオン。クリストフ・シュリンゲンズィーフによる展示 / 撮影:大西若人
『第54回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2011年)でのドイツパビリオン。クリストフ・シュリンゲンズィーフによる展示 / 撮影:大西若人
『第54回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2011年)でのフランスパビリオン。クリスチャン・ボルタンスキーによる展示 / 撮影:大西若人
『第54回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2011年)でのフランスパビリオン。クリスチャン・ボルタンスキーによる展示 / 撮影:大西若人

大西:2013年の田中功起さんのときは、各国のパビリオンとヴェネチア全体のテーマがシンクロしたような印象があって面白かったですね。このときの総合ディレクターはマッシミリアーノ・ジオーニで、ファインアートの王道ではない、アール・ブリュット、アウトサイダーアートの動向などを積極的に取り入れていました。

『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)でのドイツパビリオン。艾未未による展示 / 撮影:大西若人
『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)でのドイツパビリオン。艾未未による展示 / 撮影:大西若人
『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)でのチェコパビリオン。ペトラ・フェリアンコバ&ズビネック・バラドランによる展示 / 撮影:大西若人
『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)でのチェコパビリオン。ペトラ・フェリアンコバ&ズビネック・バラドランによる展示 / 撮影:大西若人
『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)でのスペインパビリオン。ララ・アルマーチェイによる展示 / 撮影:大西若人
『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)でのスペインパビリオン。ララ・アルマーチェイによる展示 / 撮影:大西若人
『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)でのロシアパビリオン。ヴァディム・ザハロフによる展示 / 撮影:大西若人
『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)でのロシアパビリオン。ヴァディム・ザハロフによる展示 / 撮影:大西若人
『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)での韓国パビリオン。金守子による展示 / 撮影:大西若人
『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)での韓国パビリオン。金守子による展示 / 撮影:大西若人

大西:アルセナーレで展示していた大竹伸朗さんのスクラップブックも、作品であるけれど廃材の集積でもあるようなあり方で、異なる視点を提示していました。美術界のスーパースターによる派手な作品を見たい人にとっては物足りない年だったかもしれませんが、全体としてまとまりが感じられていて印象に残っています。

『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)での大竹伸朗による展示。アーティスティックディレクターを務めたマッシミリアーノ・ジオーニは「エンサイクロペディック・パレス」という総合テーマを掲げた / 撮影:大西若人
『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)での大竹伸朗による展示。アーティスティックディレクターを務めたマッシミリアーノ・ジオーニは「エンサイクロペディック・パレス」という総合テーマを掲げた / 撮影:大西若人

―災害、グローバル経済、日常へのまなざし、移民など、やはりその時期ごとのトピックスと照応するようなところが『ヴェネチア・ビエンナーレ』にはありますね。そのなかで日本館の立ち位置を大西さんはどう見ていますか?

大西:完成度と来場者からの人気はとても高いですよね。2015年に金獅子賞を受賞したのがアルメニアで、アルメニアの歴史や移民の問題を扱っていました。

『第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』で金獅子賞を獲得したアルメニア館の展示。総合キュレーターを務めたナイジェリア出身のオクウィ・エンヴェゾーが打ち出したテーマは「全世界の未来」 / 撮影:大西若人
『第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』で金獅子賞を獲得したアルメニア館の展示。総合キュレーターを務めたナイジェリア出身のオクウィ・エンヴェゾーが打ち出したテーマは「全世界の未来」 / 撮影:大西若人

大西:その年、日本館での塩田千春さんの展示は地元メディアでもたくさん紹介されていました。作品のモチーフに船が使われていたのも、移民の問題と関わっていると思いますが、やはり当事者性の強いアーティストが注目されやすいということなのでしょう。

『第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』での塩田千春『掌の鍵』 / 提供:国際交流基金
『第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』での塩田千春『掌の鍵』 / 提供:国際交流基金

大西:逆に言えば、東日本大震災や原発事故のあった時期に日本が注目されたのも必然と言えるでしょう。他の国々と比べて日本という国は社会情勢が安定しているので、現代美術が扱うような社会性や政治性が薄い日本は不利な状況だとも言えるかもしれません。

―近代以降の日本の立ち位置は特殊で、そのなかで育まれた「中庸さ」を作品に体現してきたと思います。その意義を外に向けてアピールできていないということだと思いますが、それを逆手に取ったような作品が現れることを期待してしまいます。

大西:日本館の展示の完成度の高さはいつも評価されてはいるんです。コンセプトも考え抜かれていますし、展示も緻密。さらに、宮島達男さん、やなぎみわさん、束芋さん、塩田千春さんらの作品はインパクトもあります。

必ず一定のクオリティーを維持していて、地元の人やメディアからの人気も高い。でもよくも悪くもデコボコが少ない。そのあたりも日本的なのかもしれないですね。

『第58 回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』での日本館展示風景『Cosmo-Eggs | 宇宙の卵』 / 撮影:石倉敏明
『第58 回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』での日本館展示風景『Cosmo-Eggs | 宇宙の卵』 / 撮影:石倉敏明
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サイト情報

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プロフィール

大西若人(おおにし わかと)

朝日新聞の編集委員。美術や建築を中心に担当し、1990年以来、東京、大阪、福岡で文化関係の取材や編集に関わってきた。

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