レポート

飯岡幸子×濱口竜介×瀬尾夏美 「土地と心」を巡るトークレポ

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井戸沼紀美
飯岡幸子×濱口竜介×瀬尾夏美 「土地と心」を巡るトークレポ

「失われた風景も、これから失われる風景も、もう誰からも思い出されない無数の風景が、過去から未来から私たちのことを思い出している」

映像作家・写真家の飯岡幸子が綴った言葉だ。美しい景色をみたときに「ずっと覚えていたい」と感じたり、見慣れた景観が崩れたときに「元の景色を忘れないようにしたい」と思ったりするのに対し、やや独特に響く「風景が私たちを思い出す」感覚。この言葉は、一体どんな意味なのか。そして、彼女のどんな経験から発せられたのだろう?

映画美学校で佐藤真に師事したのち、東京藝術大学の大学院で映像制作を始めた飯岡。現在、初めての個展『永い風景』を東京のKanZan Galleryで開催中だ。会期初週には映画監督の濱口竜介、画家・作家の瀬尾夏美を迎え、トークイベントが開催された。特定の土地に焦点を当てて作品を制作した経験を持つ三作家が、それぞれの土地との関わり方、さらに「風景」について語る。

濱口竜介がmixi日記で絶賛。映画『ヒノサト』と「土地を開く」感覚

『永い風景』展は、2002年に是枝裕和のもと制作された飯岡の監督作『ヒノサト』をベースに構成されている。同作は祖父の描いた絵をめぐり、飯岡が福岡県宗像市・日の里を取材した記録映画。完成当時の筒井武文による解説では「ドキュメンタリーとしても、風景映画としても、型破りな魅力に満ちた傑作である」と称賛されている。

この日の登壇者の一人、『ハッピーアワー』などで知られ、『第66回芸術選奨』映画部門新人賞も受賞した映画監督・濱口竜介は『ヒノサト』鑑賞時、感動のあまりmixi日記で同作に関する記事を綴ったことを告白しつつ、作品について改めてこのように語った。

濱口:ナレーションも何もないんですよね。おじいさんが残したであろうテキストの引用がぽろぽろとあるだけで、全く説明的ではない。でも、絵やテキストが的確に配置されることによって、こんなにも自分のなかに物語が沸き上がってくるのかっていう。いまだ他にないような体験が『ヒノサト』を観ているときにありました。

飯岡はこの映画を制作する際、講師の是枝裕和からセルフドキュメンタリーを禁ずる「身内禁止令」が発令されたエピソードを披露。しかし彼女は何の迷いもなく自身の祖父に関する物語を撮影し始めたという。その理由を飯岡は以下のように振り返る。

飯岡:外側を増やせば大丈夫だと思ったんですね。狭い所で一番下までいけば、バッと横に広がるというか。家族として心動かされるエピソードもたくさんあったんですが、全部外側に置いて作りました。

飯岡幸子
飯岡幸子

日頃から撮影の際には「物語をなるべく多く外側に置ける最小限のフレーム」を心がけるという飯岡。映画や小説がさまざまな方法を用いて登場人物の心情を描き、鑑賞者を物語のなかに招き入れようと試みているとすれば、飯岡の手法はその逆、短い言葉で切り取った場面の外側に読者自らが物語を紡ぐ俳句や短歌に近い。そんな彼女が語った「狭い所」や「横に広がる」感覚とは具体的にどういうものだろうか?

震災後、岩手県・陸前高田市で3年を過ごした画家・作家の瀬尾夏美は、飯岡の発言に呼応し、「ものすごくローカルなものをものすごく丁寧に切り取ることで、逆に場所が開けることがある」と語る。

瀬尾:土地とカメラの親密な関係性があり、その信頼関係によって結ばれている像がすごくローカルなゆえに、「自分の場所かもしれない」「私のふるさとかもしれない」と思えるような抽象度を持つこともあります。そういうことなしに、鑑賞者と映っているものの信頼関係ってなかなか開けないような気がしていて。

瀬尾夏美
瀬尾夏美

震災のイメージがどうしても付随しがちな陸前高田を「もう一度風景として開放する」ことを念頭に活動をしてきたという瀬尾は、地方の芸術祭などでアーティストが土地に赴いて制作をする機会が増える一方で「作家と土地の信頼関係が開かれないまま」の表現も存在しているのではないかと指摘。「その土地自身が持つ問題はそのままにされてしまっている」と現地で長期間暮らしてきた視点から語った。

土地とつながらない身体が「風景に秘められた物語」を解くには

瀬尾と同じく、震災後の東北で作品を制作したのが濱口竜介だ。ドキュメンタリーシリーズ『東北記録映画三部作』を酒井耕と共に制作した濱口は、瀬尾が「風景を開放する」ことを心がけたのに対し、「風景に秘められた見えない物語」を解くことを試みた。過去に短いスパンで引っ越しを繰り返した経験から、「自分の身体は土地とつながっていない」「風景はただ流れていくものでしかない」と感じていたという濱口が、協働した酒井から学びを得た経験について次のように語る。

濱口:自分が生まれる前から続いている時間や共同体があり、何かが受け継がれている、その総体みたいなものが「ふるさと」なのではないかと(酒井耕が)言うんですね。共同体の歴史を背負ったような身体で暮らしていると、道を歩いているときに「今日もあの人ここから出てくるな」とか、観光客が遊びにきたのとは全然違う風景に見えてくることがあるのでは、と。その物語みたいなものが津波によって流されたのではないかと彼に言われ、「はあ、なるほど」と思ったんです。

濱口竜介
濱口竜介

部外者である濱口たちが「風景に秘められた見えない物語」を解くために必要としたのは、そこに住む人の身体であり、言葉だったという。

濱口:がれきとかって我々にはただの「物」にしか見えないけれど、そこで暮らした人にとってそれはただの「物」ではなくて、自分たちのものがねじまがった状態なのだと。それを一体どうやって見たらいいのかと考えた時に、被災者の言葉を記録していこうと思ったんですよね。

濱口竜介と酒井耕が共同監督した映画『うたうひと』の予告編。飯岡も撮影で参加している。

私たちの「心」はどこにあるのか? 再確認する密な関わりあい

三人はさらに一歩踏み込み、「風景と心」の関係について思索を巡らせた。

瀬尾:あるおじいさんと話していたときに、彼が「心」の話をしていたんです。津波で風景が流されて、それは心が流されたようだったって言うんですね。心は自分の中にあるものではなくって、もうちょっと外に頼っている。風景であるとか共同体であるとか、いつもの挨拶であるとか、そういうものによって心があるということに気付いたという話をしていて。

濱口:本当はいろいろなつながりのなかで生きている、ということですよね。東京にいる時は個人で生きていると思っていたけれど、実は曖昧にイメージみたいなものをお互い感じあって生きていたんだと、東北とかに行ったとき、すごく素直に受け入れられたんです。それが実感としてあるのが向こうでの時間だった。それが東京にくると「なんかすいません」ってなってしまう(笑)。

濱口の指摘する通り、景観が常に変化し続け、人々と無言ですれ違うことが当たり前の東京では、自分の心がそれらに委ねられていると感じる機会は少ない。しかし、例えば街が崩れて突然ひとりぼっちになってしまったら、いつかみたネオンや人の群れ、うるさいと感じていた工事の音にさえ思いを馳せるのかもしれない。

飯岡は私たちと風景の関係を、作家ならではの語彙でこう表す。

飯岡:自分の育った風景が失われて「ああ……」ってなるのは、「ネガ」がなくなってしまうというか、大元がなくなったらもう再現ができないという感覚なのかなと思いました。

写真を失くしてしまった時、ネガフィルムもいつの間にかどこかへいってしまっていて、焼き増しができないことに気づき落胆することがある。そのときに初めて、写真とネガが色や明るさを反転させて同じ瞬間を記録していた事実や、その密な関係性に気がつくのかもしれない。

私たちも失われ続けている? 「撮れない」感覚のあとで思うこと

自身初の個展『永い風景』を開催するにあたり、飯岡は『ヒノサト』に映された地を再度撮影しようと福岡県を訪れた。しかし、同じ条件でカメラを構えても、かつてのようにその場所を映すことは出来なかったという。

飯岡:同じ曲がり角があって、同じカメラに同じレンズがついていて、同じフレームをきれば、似たような画は撮れる。けれど、その時そうしていた自分はもう全くいない、というような感じでした。

前は「もうちょっとしたら無くなっちゃう、この風景」とか、「残しとかなきゃ!」という思いもありつつ撮っていたんです。でも、むしろ失われているのはこっちだったというか。そう思うと、「忘れないようにしなきゃ」みたいな感じが少し楽になりました。

日の里での「撮れない」経験をへて、飯岡は今回の個展に寄せたステートメントの最後にこう記した。

「失われた風景も、これから失われる風景も、もう誰からも思い出されない無数の風景が、過去から未来から私たちのことを思い出している。だから全て忘れてしまっても、何ひとつ思い出せなくなっても、心配することはないのです」

今回の「日の里」訪問で飯岡が撮影した作品
今回の「日の里」訪問で飯岡が撮影した作品

ある種の「悟り」のような認識に至りながらも、飯岡は思い出すことや、自らの手で撮影することをすんでのところで手放さない。今回の訪問で飯岡が、唯一撮影に手ごたえを感じたのは、夜だったという。

飯岡:夜は「思い出す」みたいな感じに近いです。目をつぶっているほうが思い出しやすいというか。東京でも「撮れた」と思ったのは夜中の公園でジ―っとしている時でした。

『永い風景』の展示風景。画面右側が『ヒノサト』のために撮影された映像、左側が今回の展示のために「日の里」で撮影された写真。奥に夜の東京で撮影された映像が展示されている。
『永い風景』の展示風景。画面右側が『ヒノサト』のために撮影された映像、左側が今回の展示のために「日の里」で撮影された写真。奥に夜の東京で撮影された映像が展示されている。

かつて寺山修司は「目とは、『遠ざける』ものであり、心が風景を抱きとめようとするときに『突き放す』ものである」と書いた。これは逆説的に考えると、私たちは瞼の裏や心で「風景を抱きとめる」ことができるということだ。

約2時間にわたったこの日のトークを、濱口竜介はこう締めくくった。

濱口:風景というものは客観的なものであり、誰が見ても同じものであるというのが大前提だと思うんです。でも、この展示も含め、僕個人として震災以降に驚くのは、風景というものが情緒的であったり、ノスタルジーを含むものでありえるということ。風景というものが他者とつながる――誰かがこの風景を眺めていることを介して、私もその風景をみる、という体験そのものに驚いている所がありますね。客観的なことだけが風景でない、という気づきがある気がしています。

三作家による実感の込もったトークは、「風景」という言葉それ自身や、目にうつる景色をも多層化させたように思う。現在もSNSで様々な感想が飛び交う『永い風景』展は、馬喰町・KanZan Galleryで10月1日まで開催中。10月25日からの『第30回東京国際映画祭』では飯岡が撮影を担当した杉田協士の監督作『ひかりの歌』が上映される。

イベント情報

Kanzan Curatorial Exchange『残存のインタラクション』vol.1
飯岡幸子展『永い風景』

2017年9月5日(火)~10月1日(日)
会場:東京都 馬喰町 KanZan Gallery
時間:火~土曜12:00~19:30、日曜12:00~17:00
休館日:月曜
料金:無料

『ヨコハマトリエンナーレ2017』

2017年8月4日(金)~11月5日(日)
会場:神奈川県 横浜美術館、横浜赤レンガ倉庫1号館、横浜市開港記念会館 地下
時間:10:00~18:00(10月27日~10月29日、11月2日~11月4日は20:30まで、最終入場は閉場の30分前まで)

『新・今日の作家展2017 キオクのかたち/キロクのかたち』

2017年9月22日(金)~10月9日(月・祝)
会場:神奈川県 横浜市民ギャラリー
時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
参加作家:
小森はるか+瀬尾夏美
久保ガエタン
是恒さくら
笹岡啓子
料金:無料

作品情報

『寝ても覚めても』

2018年公開
監督:濱口竜介
原作:柴崎友香『寝ても覚めても』(河出書房新社)
出演:
東出昌大
唐田えりか
瀬戸康史
山下リオ
伊藤沙莉
渡辺大知
仲本工事
田中美佐子
配給:ビターズ・エンド

プロフィール

飯岡幸子(いいおか ゆきこ)

映像作家、写真家。1976年福岡県生まれ。映画美学校ドキュメンタリーコースにて佐藤真氏に師事、映像制作をはじめる。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。監督作品に『ヒノサト』、撮影作品に『ひとつの歌』(監督:杉田協士)や『うたうひと』(監督:濱口竜介)など。

瀬尾夏美(せお なつみ)

画家、作家。1988年東京都生まれ。東日本大震災後、映像作家の小森はるかとともに岩手県陸前高田市に拠点を移し、地元写真館に勤務しながら絵やテキストの発表を続ける。2015年には宮城県仙台市で、土地と協働しながら記録をつくる一般社団法人NOOK(のおく)を立ち上げ。

濱口竜介(はまぐち りゅうすけ)

映画監督。1978年生まれ。演技未経験の女性4人を主演に据えた5時間超の監督作『ハッピーアワー』の成果を評価され、『第66回芸術選奨』映画部門新人賞を受賞した。商業デビュー作『寝ても覚めても』が、2018年に公開予定。

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