レビュー

原作の強度を薄めず、紛れもない「現在形の表現」として昇華させた作品

佐々木敦
2012/01/06
原作の強度を薄めず、紛れもない「現在形の表現」として昇華させた作品

園子温が『ヒミズ』を撮ると知った時、思わず興奮するとともに、古谷実の原作マンガを偏愛し、過去に何度か「古谷実論」を書いてしまった身としては(『ソフトアンドハード』という本に入ってます)、一抹の、いや一抹以上の不安をも抱かなかったと言えば嘘になる。大丈夫だろうか? あの園監督印のイキ過ぎスーパーハイテンションでもって、原作のクールネスとリリシズムが損なわれてしまう結果にならないだろうか? この不安は、映画化にあたって物語の舞台が「3.11」の被災地に変更されたというニュースを聞いて更に加速された。オイオイホントにだいじょぶなのか? 俺は別に「震災後の映画」に無理矢理変換された『ヒミズ』なんか観たくはないぞ?

というわけで気に入らなかったら奮然と席を立つ気まんまんで試写を観たのだが、映画が終わった時、僕は真底打ちのめされていた。正直言って、園監督の『ヒミズ』は、原作の強度をびたいち薄めることのないまま、紛れもない「現在形の表現」としての必然性を全身に漲らせていた。これは掛け値無しに素晴らしい作品だ。

『ヒミズ』場面写真
©2011「ヒミズ」フィルムパートナーズ

原作は今からほぼ10年前、2001年から2003年にかけて『ヤングマガジン』に連載されたものであり、古谷実がそれまでのギャグ漫画からシリアス路線へと作風を大きく変化させた問題作である。主人公は普通で平凡な人生を望む男子中学生、住田。そのつましい願いにもかかわらず、残酷な「運命」が次々と襲い、彼はのっぴきならない状況へと陥ってゆく。原作のラスト・シーンは、私見では「九〇年代的希望」の限界点としての「ゼロ年代的絶望」をこれ以上ないほどの痛ましさと切実さで表現し切った、一度読んだら死ぬまで忘れることの出来ない悲愴な幕切れだった。

映画化の企画がいつ頃からあったのか、僕は知らない。ことによると「3.11」によって、あの余りにもペシミスティックな原作のまま撮ることに何らかの障害が生じた結果、いわば苦肉の策的な一種の方便として、舞台を被災地に置き換えるというウルトラC案が浮上してきた、ということだったのかもしれない。断っておくが、僕は基本的に映画に限らずとも、あからさまな「震災後の表現」には疑いを持っているし、たとえそれが善意によって成されたものだとしても、そのことのみをもってストレートに肯定することなど出来ない。だから問題は、当然のことではあるが、そして一体どうなったのか? ということである。『ヒミズ』は如何にして、真の意味での存在意義を持った「震災後の映画」になったのか?

金を獲りに来る以外は家に寄り付きもしない異常に暴力的な父親と、男を引っ張り込むのと酒を呑むことにしか興味のない無気力な母親。住田は、中学を卒業したら、既にほとんど自分の仕事になっている貸しボート屋を継いで暮らしてゆこうと決めている。池のほとりにある彼の家の敷地内には、震災で何もかもを失った人間たちがテント暮らしをしており、一種のささやかなコミューンの様相を呈している。住田のクラスメイトで、自分も複雑な家庭環境を持ったピュアでパワフルな少女、茶沢景子は、常に超然とした態度を崩さない住田に心惹かれ、急速に接近していく。ある時、教室で、こんな時だからこそ前向きに頑張ってゆこうなどと自分に酔いつつのたまう教師に向かって、住田は「頑張らないといけないのか?」と問い返す。それでも鈍感な良心を振りかざす教師は言う。「住田、頑張れ!」。

この「頑張らなくてはいけないのか問題」は、言うまでもなく、震災後に被災地で生きる人々にかんして言われたことを踏まえている。この映画は、僕の受け取り方では、このとてもむつかしい問題に対して、二時間強の上映時間を費やして、通り一遍ではない答えを必死で探し出そうとして、言ってみれば殆どまぐれ当たりのようにして(だがまぐれ当たりだって本気で必死でなければ掴めないのだ)、それに答えることが出来ていると思う。実は舞台に加えて、園監督はもう一点、原作にきわめて重要な変更を施している。それが何であるかはここでは言えない。それは「頑張れ」という言葉にかかわっている。僕を打ちのめし、尚かつ感動に震えさせたのは、この言葉がもう一度、映画の中で、どのように発されるのか、である。それは是非、映画を見て確かめていただきたい。

主演のふたり、染谷将太と二階堂ふみは、ほとんど獣のような、とでも形容したくなる、おそるべきエモーショナルな存在感を発揮している。特に二階堂ふみには、おそらく死ぬまで忘れられないだろうインパクトを感じた。あの凄まじさは、もはや演技の位相を超えている。ほんとうに、あんな顔、あんな表情、あんな目つき、どうやったら出来るのだろう? 

作品情報

©2011「ヒミズ」フィルムパートナーズ

『ヒミズ』

2012年1月14日から新宿バルト9、シネクイントほか全国公開
監督・脚本:園子温
原作:古谷実『ヒミズ』(講談社『ヤングマガジン』KCスペシャル所載)
出演:
染谷将太
二階堂ふみ
渡辺哲
吹越満
神楽坂恵
光石研
渡辺真起子
黒沢あすか
でんでん
村上淳
窪塚洋介
吉高由里子
西島隆弘(AAA)
鈴木杏
製作・配給:ギャガ

園子温

1987年の『男の花道』でPFFグランプリを受賞。ぴあスカラシップ作品として『自転車吐息』を製作し、ベルリン映画祭に正式招待されるほか、30以上もの映画祭で上映される。1990年代は『部屋 THE ROOM』『桂子ですけど』など実験的な作品を手掛け、2000年代に入っても、『自殺サークル』『紀子の食卓』『エクステ』とコンスタントに発表。近年では『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』で熱狂的な支持と高い評価を得る。『恋の罪』では東電OL殺人事件をベースに女の性を暴力的に描き、話題となった。2006年からテレビドラマ演出にも挑戦し、テレビ朝日系『時効警察』シリーズの数話を演出している。

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