レビュー

「ソース至上主義者たち」に放たれた脱力の矢

濱田智
2012/04/03
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「ソース至上主義者たち」に放たれた脱力の矢

「文才」と一言で言っても、悠久の大河小説を書き上げる才能と、寸秒のインタレストを競うTwitterという戦場でのそれは全く別種のものだ。脳の髄より骨の髄。下手すれば孫子の代まで衆目に晒される運命にあるエビデンスの数々を、一瞬の逡巡もなしに書き連ねていかなければならぬ煉獄(ルビ:Twitter)にて、そのタレントを発揮し続ける某のタフネスに心打たれ、そっと「フォローする」ボタンをクリックしてしまった経験は皆さんもお持ちかと思う。そんなツイートジニアスの中でも、こと日本語圏においてシモ・ヘイへを思わせる抜群のツイート精度を誇るのが、職業音楽家にありながら「プロ無職」を名乗る高木壮太氏。本書は、そんな氏のツイートや、ある種の伝説として噂を漏れ聞いていたmixi日記(前半部分は主に麻薬と妄想の話、後半部分は主に獄中の話…)を編纂した劇物であり、ある意味『パンセ』を凌ぐ傑作エッセイである!

「三鷹ハローワーク入口には『死とは生という夢から醒める事にすぎない』という横断幕が掲げられており、人々に勇気を与えています」

本書の大半は、ただの一瞬も真実であるとは信じられぬ妄言(しかし私は確かめたわけではないので本当かどうかは分からない。面白いのでどうでもいい)や、一瞬真実かと思ってしまうような妄言(無論、本当かどうかは分からんしどうでもいい)や、多分これは間違いなく真実であると思わされてしまうような妄言(どうでもいい)に溢れている。そんなとにかくタメにならない「駄言」の数々がかくも人の心を蹂躙するのは、「秋篠宮殿下ノイズ愛好家説」やジョアン・ジルベルトを「強力改造レーザーポインター」で狙う話といったアクロバティックな言葉の飛躍や、ギネスブックの話や防衛省のビルの話、山中峯太郎「淡路丸沈没事件」など、無駄な超博識に彩られた切っ先鋭い言葉の刃がその所以である。そんな虚実のクロスロードではしばしば、ふと心の死角に当たる急所を鋭く突かれて人生が変わってしまい、桜色の視界の先に言語野のサイケデリアが花開いているのを感じる事が出来るだろう。そういう意味で、こうした強力なエッセイは「強力改造レーザーポインター」よりも恐ろしい武器になることを、サイケ愛好家は忘れてはならない。(よく考えたらそもそも『パンセ』にしたって、「人間は考える葦である」なんとかつって、最高にタメにならねえしな!)

「故ティモシー・リアリー博士は、晩年『私はすべての記憶をフロッピーディスクに移してから死ぬ』と言っていた」

さらに付け加えると、インターネットなどで無料で提供されたもの、それも大いに無駄なもの…を商品として改めて世に問うには、コンパイルの必然やより優れたユーザー体験の提供などがあってしかるべきであり、その充実によって当該作品の価値は何倍にも跳ね上がる。「過去ログが消失しているので紙でまとめて読みたい」と言った必然性、「発色の奇麗な印刷で観てみたい」といったユーザー体験と同様に、「どでかいモノリスに書き連ねられた乱文雑文を編集する」という行為はそれ自体に大きな価値がある。何故なら、我々の多くはそんなに視野が広くないし、根気もないからである。高木壮太氏は、私や皆さんと同じように、結構な頻度でTwitterに投稿しているが、そうした日々の営みの結果として産み落とされた膨大な量のツイートやmixi日記を、ここまで歯切れよくリズミカルに編集し、あまつさえその編集手法そのもので「おかしみ」を表現した難仕事にも驚かされる。本書では、ショートコントや短歌のようにスピーディーに読み進められるツイート集と、比較的ボリュームもあり内容も重油のようにジトっと重いmixi日記パートがミルフィーユのように重なりあっているが、その構造自体が作品に価値を与えている。ツイート集ではまるでモンティ・パイソンのような仕掛けも楽しめるし、mixi日記パートではデザインそのものが、昭和の闇新聞のようなうさん臭いムードを醸し出しており、没入感が倍増した結果、思考の回路を司る何か重要なパーツを欠落したような恐ろしい音が轟き、自分が今一体どこで何をしているのかどうでもよくなるだろう。

「おれの目分量だと円周率は2.8」

博識ユーモア妄想法螺の類いが分け隔てなく大量に溢れ出している言葉の大河に身も心も委ねてみると、この手の芸術に対して発せられる「面白い、しかし中身がない」という正論がいまいち説得力を持たないのは、その実、逆に我々がこの手の芸術によって「心性を試されている」ということに関して無自覚だからなのだという事に思い至る。そういう意味で、本書を語り直すのは(勿論、本レビューも含めて)すなわち高木壮太氏に対して「感受性の戦い」を挑んでいるという事になるだろうし、果たしてこの世の表現というのは多かれ少なかれ常に「受容」に関する戦いである事が判る。この世には面白くないものなどない、のと同様、この世にはタメにならないものなどない。この1点において、本書は現代社会を蝕む「正論主義(タメにならない事を言うべきではない)」「ソース絶対主義(確かではない事を言うべきではない)」に対する強烈なアンチテーゼでありながら、それでいて白鳥の群れを眺めているような肩に力の入らない、達観したなあなあさも併せ持っており、この「表現に対するバランス感覚」にこそ私は、高木壮太氏の「プロ無職」としての矜持を感じずにはいられないのである。

「この世界なんて所詮、エネルギーで織り成したタペストリーにすぎんのですよ、物質と非物質の間に明快な境界線などないのですよ、精神世界なんてものも実は無秩序というスクリーンに脳の構造を投影したものにすぎんのですよ。そんでもって今おれ久我山駅前で自転車撤去されて怒り狂い中なんですよ」

書籍情報

『プロ無職入門』
『プロ無職入門 高木壮太の活ける言葉』

2012年3月2日発売
著者:高木壮太
価格:1,890円(税込)
ページ数:216ページ
発行:スペースシャワーネットワーク

プロフィール

高木壮太

1968年徳島市生まれ。高校中退後、さまざまな職に付かず、やりたくない事から死に物狂いで逃げ回るうちに、鍵盤奏者としての活動へスライド。本業なき副業として、GREAT3やボニーピンク、YUKI、エルマロから和田アキ子までのサポート/レコーディングを経験。世界十カ国での巡業では、シンセサイザーによる想像を絶する騒音を残し、現地の耳鼻科医たちから注目を浴びる。中年に差しかかり、聴覚の衰えをものともせずにサイレント映画の創作に没頭。2010年には、ついに初のトーキー作品『RAWLIFEとその時代』を完成させるも、さまざまな方面からの非難を浴び、現在逃亡中。2012年、処女著作「プロ無職入門〜高木壮太の活ける言葉」を上梓。

所属バンドLOVE ME TENDERは、「奥渋谷系」「シンナー吸ってるシュガー・ベイブ」などと評される。ジャミロクワイJKの自宅パーティでプレイされ、そこに居合わせたトム・ヨークは大絶賛。

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