レビュー

ゲラゲラ笑って感じるアート。ビートたけし北野の日本凱旋展

ヤマザキムツミ
ゲラゲラ笑って感じるアート。ビートたけし北野の日本凱旋展

美術館に行くとなにか高尚なことでもしているかのような気分になる。なにか感じ取らなくちゃいけないような静けさに無駄にかしこまってみたりして。普段、音楽ライブでわーわー騒いだり、お笑いライブでバカ笑いしているような人間としては、図書館や美術館のような凜とした静けさの似合う空間に少しばかりの居心地の悪さを覚える瞬間がある。バカ騒ぎが趣味なわけでない。ただ、目の前にすばらしい作品があるのに「うーん」と言葉を飲み込んでかみ締める。「すごい!」「なにこれ!」「やだ!」「最高!」「うぉー」などと騒いでいるとやはりどこか馬鹿っぽく映ってしまうのがなんだかもどかしくもあるのだ。

『BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展 Fondation Cartier pour l'art contemporain』
『BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展 Fondation Cartier pour l'art contemporain』 (C)Office Kitano Inc.

東京・初台にある東京オペラシティ アートギャラリーで今年の4月からビートたけし北野の日本初となる個展が開催されている。その名も『BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展』。2010年にフランスのカルティエ現代美術財団で行われた展覧会の日本凱旋展となっている。言葉を使ったシニカルでウィットな笑いはあっても、ハゲヅラをかぶって「なんだバカヤロウ」と笑わせるような人種の集まりではない気がするフランス・パリから、遠い日本の映画監督・北野武のところまで、個展をやってほしいと招待がきたのだ。カルティエ現代美術財団の格式の高さをぼんやりとしか理解していない私ですら、すごいことがなされたのだと感服してしまう。当初、フランスで3ヶ月の予定で始まった展覧会だったそうだが、あまりの反響の大きさに急遽期間を6ヶ月に延長するという前代未聞の事態となり、13万人もの観客を動員している。北野武はいつものように照れ笑いを浮かべながら、さらっとアートの世界でも快挙を成し遂げてしまっていたのだ。

『BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展 Fondation Cartier pour l'art contemporain』
『BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展 Fondation Cartier pour l'art contemporain』 (C)Office Kitano Inc.

今回のキービジュアルにもなっている印象的な赤に誘われて会場へと入っていく。迎えてくれるのは、自身の飛び出した脳みそを片手に不敵な表情を浮かべる北野武の等身大人形。その足元には『オレを見ているオマエは誰だ?!』のメッセージが。入口にはほかに、「この個展を通してアートにもっと別の意味を持たせたい」といった内容の簡単なメッセージが掲げられているだけ。ほかに経歴や作品の紹介、時代背景などの説明などは一切ない。絵には題名がなく、『無題』とすら付けられていない。

『BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展 Fondation Cartier pour l'art contemporain』
『BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展 Fondation Cartier pour l'art contemporain』 (C)Office Kitano Inc.

浅草の見世物小屋を模した薄暗い展示の中には動物と魚が一体化した摩訶不思議な生き物『サイ・金魚』や『キリン・太刀魚』が浮かび上がり、縁日に訪れた時のようなお祭り気分を刺激される。壁面には所せましと作品の数々が惜しげもなくずらりと並べられていて、自身の映画にも登場していた見覚えのある絵もちらほら。彼の繰り出すポップで鮮やかな色彩がおのずと楽しい気分を盛り立てる。

『BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展 Fondation Cartier pour l'art contemporain』
『BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展 Fondation Cartier pour l'art contemporain』 (C)Office Kitano Inc.

ビートたけし北野のアートというと、絵画作品のイメージが強かったけれど、今回は新たにインスタレーション作品も多く制作されている。自動車メーカーをもじったHONPAというブランド名を冠し、まったく乗り物としては役に立たなさそうな『世界一安全な運転席』という作品をはじめ、蒸気を吹き出す巨大な機械が縫っているのは小さな輪っかの布という『北野式ソーイングマシン「秀吉」』、筆を使わず『カツラで書道』、味わい深い濃淡の世界かと思いきや『ガスバーナーで水墨画』などツッコミどころ満載の思わずにんまりしてしまう作品のほかに、1から10の皿を移動させて遊ぶ、数学好きのたけしさんらしい『ハノイの塔』、『ヘッドフォンから流れる音を聞いてイメージを描こう』といった参加型の作品が多いのも印象的だ。参加型の展示がある展覧会に来たのは私としてははじめてのことで、美術館でアハハハと手を叩いて笑うことがあるとは思ってもみなかったし、ここでブルゴーニュの風(作品『そよ風をあなたに』のひとつ。どんな風かは行ってのお楽しみに)を感じることになろうとは思いもしなかった。

『BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展 Fondation Cartier pour l'art contemporain』 (C)Office Kitano Inc.
『BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展 Fondation Cartier pour l'art contemporain』 (C)Office Kitano Inc.

作品の中に『偶然の確率』というものが2バージョンある。そのひとつであるボルトバージョンは、「地球に単細胞が誕生した確率は、ボルトが揺れてくっ付いて締められた状態と同じだ」との注意書きとともに、ガタガタと揺れるケースの中にボルトとナットが置かれているというものなのだが、私が訪れた日はたまたまだったのか、もう一方の時計バージョン(時計がギアに分解されている)の前に「ただいまメンテナンス中です」の看板が置かれていた。その前でしばらくケースの中や周囲を覗き見ては首を傾げ、その看板すら作品の一部なのか仕掛けなのか疑わずにはいられなかった。どこまでが本当でどこまでがパフォーマンスなのか分からない。見る人をちょっと戸惑わせるような作品も、新鮮だったし、それもまた彼の狙い通りなのかもしれない。シニカルでいたずら心も感じるアミューズメントパークのような空間はとても痛快で居心地がよく、このままボルトがナットにはまる偶然の瞬間をずっと見ていたいような気持ちにさせられた。彼であればその奇跡的な瞬間をも可能にしてしまうような気がするから不思議だ。

『偶然の確立(時計バージョン)1947/1/18より』 (C)Office Kitano Inc.
『偶然の確立(時計バージョン)1947/1/18より』 (C)Office Kitano Inc.

「どの作品を見てほしいですか?」という質問にビートたけし北野は「特にどの作品を見てほしいってことはない」と言ったそうだ。「(映画もお笑いも)いままで何ひとつ成し得ていないけど、展覧会全体を見ることで伝わることがあるんじゃないかな。今回の展示の世界すべてが自分の一部だと思う」と素直に話したという。いままで生きてきた人生のすべてが彼を形づくっている。ユーミンの名曲から言葉を借りれば「目にうつるすべてのことがメッセージ」なのだと彼は知っている。作品のすべてが彼の一部であり、展覧会の会場全体がひとつの作品でもあるのだ。今回の展覧会にはその名が示す通り、コメディアン・ビートたけしと映画監督・北野武、両者の才能が、「ペンキ屋のせがれ」としてのBEAT TAKESHI KITANOの手によって、あますことなく表現されている。

タイトルなし 映像作品 (C)Office Kitano Inc.
タイトルなし 映像作品 (C)Office Kitano Inc.

ビートたけし北野は上へ上へとは進んではいかない。自らの足元を固めるのではなく、広げていく。足元を固めて上を目指し塔の上で身動きの取れなくなった人たちを、なにやってんだバカヤロウと、もはや追い付けないはるか彼方で笑って見ている。それでも彼は突き放すことなく、手招きをしてぶっきらぼうに迎え入れてくれるのだろう、やさしく温かな笑いを持って。その場にとどまることなく、自由に広がりを見せる彼の活動は小さな世界に縛られてしまいがちな私たちを日常からひょいと救い出してくれる。そしてこの展覧会を通じて、私たちの感性に問いかけているようでもある。きみにはきみの表現がある。これが俺の表現だ。きみはどうだと。ともあれ、ネガティブなことややるせないこと、そうした日常のわだかまりをいつも笑いに変えてきた彼にしか成し得ない、愛すべきいたずら好きの「絵描き小僧」が生み出した新たなアートの世界を、まずは手放しで心から楽しんでほしい。

イベント情報

『BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展 Fondation Cartier pour l'art contemporain』

2012年4月13日(金)〜9月2日(日)
会場:東京都 初台 東京オペラシティ アートギャラリー
時間:11:00〜19:00 金、土曜は20:00(最終入場は30分前)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
料金:1,300円 大学・高校生1,000円 中・小学生800円
※未就学児無料、障害者手帳をお持ちの方および付添1名無料

プロフィール

ビートたけし北野

北野武(きたの・たけし)、1947年1月18日生まれ、O型、東京都足立区出身。オフィス北野所属。日本のお笑い芸人、映画監督、俳優、作家、芸術家。70年代よりお笑い芸人として活動を開始し、ビートきよしと共に、漫才師(ツービート)などで活動後、長くに渡って多くのレビュラー番組を持つ、人気タレントとして活動。1989年『その男、凶暴につき』で映画監督、北野武としてのデビュー。1997年には、『HANA-BI』が、第54回ヴェネツィア国際映画祭で日本作品として40年ぶりとなる金獅子賞を受賞するなど、海外では映画監督としての知名度が高い。また、立川談志一門でもあり、高座名「立川錦之助」を持っている。

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