レビュー

帰ってきた、突撃! 隣のアートコレクター

内田伸一
2013/08/23
帰ってきた、突撃! 隣のアートコレクター

もうどれくらい前になるのか、就職を機に上京した僕は、休日にはこの見知らぬ都会を1人あてもなく彷徨っていました。そんなとき、彼女だけは優しく声をかけてくれたのです。「1日コーヒー1杯我慢するだけで、一生ものの絵が手に入りますよ……」(挿入歌:くるり“東京”1998)。

てな形で、アート作品の初購入に至る悲話(当人が満足なら幸福?)は別として、個人が幅広いアート作品を自由に購入できる間口が広がる今、アートの個人コレクションとはどんな存在たり得るのだろう。本人たちにとって、作家にとって、またそれ以外の人々にとって――。

「E.Y. collection」展示風景
「E.Y. collection」展示風景

この展覧会では、雲の上の大富豪よりはもう少し身近に感じられそうな、日本の現代アートコレクター9組がとっておきを披露する。各々に空間が割り当てられ、さながら収集家のお宅訪問、または私設美術館をハシゴする感覚。いずれも名前は明かさずイニシャルによる紹介なのは、主役はあくまで作品たちだという意図からか。匿名とはいえ各コレクターの個性はあちこちに滲み出て、そこが見どころの1つとも言えそうだ。

最初の部屋「E.Y. collection」では、普通の住宅でも無理なく飾れるサイズの作品が軽やかに並ぶが、よく見れば奈良美智、村上隆、トーマス・デマンド、ライアン・マッギンレーなど人気作家がそろい踏みだ。豪邸に住まずとも(実際のお住まいは知りません)楽しめる現代アート収集のお手本という感じ。そこに中堅、若手の作品もしっかりあり「いい人だ!」と勝手に好印象。

「K.N. collection」展示風景
「K.N. collection」展示風景

一方で、小谷元彦や西尾泰之の奇作が静かに待ち受ける「K.N. collection」は、ひとクセありそうな秘密の標本室に案内されたような気分。また、壁紙も空間もダークに統一した「A.K. collection」は、細江英公から志賀理江子に及ぶ写真群、青山悟の意味深な大型刺繍作品など緊張感がみなぎる。クールなビジネスマンのこだわりが冴えるコレクション? ま、これも想像ですけど……。鑑賞ガイドに記されたコレクターたちのQ&Aを見ながら、その素顔を思い浮かべるのも面白い。

「A.K. collection」展示風景
「A.K. collection」展示風景

「Y.S. collection」の一作、田中功起の『Someone's junk is someone else's treasure』は、ロサンゼルスではそこら中に落ちているというヤシの枯葉を現地フリマに出品、周囲の反応を記録した映像だ。本展に登場することで、アートとコレクターとの関係性をユーモラスに問いかける。Y.S.さんは茶目っ気のある収集家とお見受けした。

『Someone's junk is someone else's treasure』(部分)田中功起「Y.S. collection」展示風景
『Someone's junk is someone else's treasure』(部分)田中功起「Y.S. collection」展示風景

そうした関係性に違う角度から光を当てるような試みが、「A.K. collection」の山川冬樹『「パ」日誌メント』。自身の発声する「パ」という音声を向こう1年分コレクターに販売し、その間この音を口にできない人生を送る、公開「パ」フォーマンス作品だ。今回は会場隣のショップ・gallery 5でその契約書を展示し、1日限定で「パ」が山川へ返却される朗読会も予定。作家支援という枠を超え、作品の価値作りを支えようという思いも透けて見える。

『「パ」日誌メント』山川冬樹「gallery 5」展示風景
『「パ」日誌メント』山川冬樹「gallery 5」展示風景

ふだん知ることのない「作品の売られ方・買われ方」に触れられる場面も。「S.M. collection」にある八木良太の『VINYL』は、実際に再生できる氷のレコード作品だが、ここでは木箱入りのシリコン型が展示されていた。持ち主が購入作品を楽しみたいときは、まずそこに水を注ぎ冷凍庫へ……というわけだ。一方、日常にありふれたコイン1枚を使う作品が橋本聡『1円硬貨:ブラックホールになった地球の大きさ』(W.Y. collection)。今回その隣に展示される彼の別作品を購入した際、作家がギフトとして添えた一作だとか。粋ですね。

「S.M. collection」展示風景
「S.M. collection」展示風景

美術館の展覧会ではあまりない、しかし持ち主個人の中ではどこかでつながっていそうな作品の組み合わせも楽しめる。「W.Y. collection」では会田誠『人間は考えてもしかたのない黴かもネ』と、20世紀の戦渦を生きたフランス抽象芸術の大家、ジャン・フォートリエの油彩が同居。「anonymous collection」では、シンガポールの観光名所を期間限定ホテルに変貌させた西野達のマーライオン・ホテルの大判写真が、かつてアジェが写した屋外彫刻の写真などに囲まれ「犯行現場」よろしく鎮座する。「T.S. collection」では「社会彫刻家」ヨーゼフ・ボイスのレディメイドと、前原冬樹が一木造りで削り出した超精巧な鑿(のみ)の彫刻が隣り合った。

「anonymous collection」展示風景
「anonymous collection」展示風景

最後の部屋「NND collection」には、サイモン・フジワラやライアン・ガンダーといった知性派俊英の作品と共に、昨年亡くなったマイク・ケリーの自画像が控えめに飾られている。自分が愛する作家が世を去り、手元にその作品が残るとき、コレクターの胸に去来するのはどんな想いか。哀悼の意もこめたであろうこの出展作を前に、最後はそんなことを考えた。

『Self Portrait in Suburban Landscape』マイク・ケリー「NND collection」展示風景
『Self Portrait in Suburban Landscape』マイク・ケリー「NND collection」展示風景

さて、タイトルに「II」とある通り、この企画は2004年に同じ東京オペラシティ アートギャラリーで初開催されたものだ。今回「II」の出展コレクターの中には、当時(やはりイニシャルで)参加した著名コレクターの高橋龍太郎(高橋コレクション)や、「サラリーマンコレクター」として知られる宮津大輔らの収集活動に触発された人もいるとか。そこから現在までの間には、『アートフェア東京』などの誕生、多くの若手ギャラリーの出現もあり、つい先日は米Amazonが美術作品販売をスタートしたのも話題になった。アートは買いやすくなった、と言われればそうなのかもしれない。

「T.S. collection」展示風景
「T.S. collection」展示風景

でも結局、誰かがアート作品を本当に欲しいと思うとき、それを後押ししてくれるのは単なる買いやすさなのだろうか。むしろ、コレクションが「生活シーンを豊かにしてくれるもの」であれ「物欲の集積」であれ(いずれも出展コレクターの言葉)、それが人生に加えてくれる風景を垣間見せてくれる場――例えば本展のような――がもっとあったらよいと思うのですが、皆さんいかがでしょうか?

イベント情報

『アートがあればII ─ 9人のコレクターによる個人コレクションの場合』

2013年7月13日(土)〜9月23日(月・祝)
会場:東京都 初台 東京オペラシティアートギャラリー
時間:11:00〜19:00、金・土曜は11:00〜20:00(いずれも入場は閉館30分前まで)
出品作家:
会田誠
リチャード・オードリッチ
雨宮庸介
安藤正子
青山悟
荒木経惟
有馬かおる
ティム・バーバー
ヨーゼフ・ボイス
ジョシュ・ブランド
ヴァルダ・カイヴァーノ
シャギャーン
千葉正也
Chim↑Pom
トーマス・デマンド
マルセル・ザマ
蛭子未央
ウィリアム・エグルストン
ジャン・フォートリエ
ファーガス・フィーリー
藤本由紀夫
サイモン・フジワラ
ライアン・ガンダー
ジェラティン
春木麻衣子
橋本聡
アントン・ヘニング
フェデリコ・エレーロ
東恩納裕一
平川恒太
細江英公
ネイサン・ヒルデン
池田衆
泉太郎
ポール・ジョンソン
加賀美健
金氏徹平
笠井麻衣子
柏原由佳
加藤翼
マイク・ケリー
木村友紀
喜多順子
小林正人
小出ナオキ
小村希史
近藤亜樹
忽那光一郎
桑久保徹
桑田卓郎
前原冬樹
山下麻衣+小林直人
ロバート・メイプルソープ
エドガー・マーティンズ
MASAKO
松江泰治
ライアン・マッギンレー
ヘレン・ファン・ミーネ
南川史門
三宅砂織
宮本隆司
ジャン=リュック・モーマン
森村泰昌
森田浩彰
森山大道
村上隆
流麻二果
中原浩大
中平卓馬
奈良美智
名和晃平
蜷川実花
西野達
西尾康之
小谷元彦
クリス・オフィリ
大野智史
オル太
大崎のぶゆき
大谷工作室
小沢剛
ジョージェ・オズボルト
パラモデル
アーノルフ・ライナー
スティーブン・G・ローズ
スターリング・ルビー
佐伯洋江
須田一政
志賀理江子
アダム・シルヴァーマン
曽根裕
アレックス・ソス
五月女哲平
須藤絢乃
田口和奈
竹川宣彰
田中秀和
田中圭介
田中功起
ジェイソン・テラオカ
寺島みどり
照屋勇賢
ゲルト&ウーヴァ・トビアス
津上みゆき
占部史人
臼井良平
ダーン・ヴァン・ゴールデン
和田真由子
アピチャッポン・ウィーラセタクン
矢部奈桜子
八木良太
山川冬樹
山本桂輔
山本理恵子
指差し作業員
横山裕一
ほか
休館日:月曜(祝日の場合は翌火曜)
料金:一般1,000円 大学・高校生800円 中・小学生600円

『八木良太「VINYL」デモ演奏』

2013年8月24日(土)、8月31日(土)、9月7日(土)、9月14日(土)、9月21日(土)、9月22日(日)
会場:東京都 初台 東京オペラシティアートギャラリー
時間:各回 14:00〜
料金:当日の入場券が必要

山川冬樹パフォーマンス
『「パ」日誌朗読会 〜「パ」のためのヘールシュピール〜』

2013年8月29日(木)19:30〜
会場:東京都 初台 東京オペラシティアートギャラリー
定員:60名(当日先着順)
料金:当日の入場券一律1,000円が必要(各種割引適用外)
※17:30から東京オペラシティアートギャラリー受付にて整理券配布

(メイン画像:西野達『The Merlion Hotel』
2011/2013
courtesy of ARATANIURANO)

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