レビュー

殺人犯・市橋被告を映画化、主演・監督・音楽を務めた旅人クリエイターによる自由の風吹く音楽

黒田隆憲
殺人犯・市橋被告を映画化、主演・監督・音楽を務めた旅人クリエイターによる自由の風吹く音楽

台湾を拠点に活動する日本人俳優DEAN FUJIOKAが、自ら作詞作曲、そしてDJ Sumoとの共同アレンジも手がける楽曲“My Dimension”をiTunes限定配信した。


DEAN FUJIOKAという名前に馴染みがなくても、この曲は聴いたことがあるという人は多いかも知れない。11月9日より全国公開された映画『I am ICHIHASHI 逮捕されるまで』の主題歌として起用されていたからだ。さらに彼は、この映画の中で主人公の殺人犯、市橋達也を演じ、自らメガフォンを取るなどマルチな才能を発揮するクリエイターとしても今注目を集めている。

千葉県市川市で英会話学校の講師を務めていたイギリス人女性を殺害し、その後2年間にわたって逃亡を続けた殺人犯、市橋達也。市橋本人による手記『逮捕されるまで〜空白の2年7カ月の記録〜』をベースにしたこの映画は、事件発生からまだ日も浅いこともあってスキャンダラスなイメージが先行しがちだ。しかし実際に作品を観てみれば分かるように、犯人を美化したりヒーロー視したりするような描写は徹底的に排除し、過激なシーンも極力回避している。名前を変え、整形手術を受けながら逃亡を続ける市橋の驚異的なサバイブ能力。それと表裏一体の精神的な弱さ / 脆さを正面から厳しく見据えるこの映画は、「誰もが陥る可能性のある、人としてのその弱さに、我々も無関心であってはならない」(映画エンドタイトルより)とストレートに訴えかけてくる、非常に真摯な内容になっているのだ。

おそらくそれは、最初に役者としてのオファーを受け、綿密な役作りをおこなった後に監督に抜擢されるという「イレギュラーなプロセス」により、この事件に対してDEANが役者と監督の立場という「2つの視点」を持つことができたことも、大きく関係しているのではないだろうか(さらにいえば、事件発生時にDEAN自身が台湾在住だったことも)。作品が進むにつれ、逃亡を続ける市橋を追いつめていく「存在」の正体が明らかになっていくが、その手法はまさしく「イレギュラーなプロセス」を経たからこそ獲得できたものと筆者は思うのだ。

そして、音楽(SEやノイズ、無音も含む)が映画の中で、非常に効果的に使われていたのも印象的だった。市橋の心象風景をサウンドにトレースしたような、ドローンやアブストラクトな楽曲。市橋と「現実」をつなぎ止めるイヤホンからは、ラジオ番組が流すヒップホップやドラムンベースがシャカシャカと漏れ聞こえてくる。音を挿入したり切ったりするタイミングが見事なのは、役者を志す前に音楽家を夢見ていたというDEANだからこそだろう。

1980年に福島県で生まれたDEAN FUJIOKAは、高校卒業後シアトルの大学へ留学する。そこでNinja TuneやMo' Waxといったクラブミュージックの人気レーベルのアーティストに触れ、トリップホップ系の音楽へ傾倒していく。その一方で、Jurassic5やPeanut Butter Wolfといった西海岸ヒップホップにもハマり、サンプラーやコンピューターを楽器のように駆使して音楽を作る、エレクトロミュージックの醍醐味を知った。「9.11」以降はアジア各国を旅して周り、モデルやグラフィックデザイナーなど様々な職業を経験するが、音楽的にはインドネシアで「ファンコット」(インドネシア歌謡曲のハウスリミックスをもとに誕生した高速のダンスミュージック)が生まれた音楽文化に出会ったことが、今のDEANに大きな影響を与えているようだ。首都ジャカルタの歓楽街コタ地区で誕生した、このアンダーグラウンドなダンスミュージックは、多民族、多文化そして多宗教のインドネシアを象徴しているといっていい。

再び“My Dimension”を再生する。日本人の郷愁を誘うような、どこか懐かしい口笛のフレーズで始まり、それを激しく切り刻んでいく、切羽詰まったようなアコギのストローク。さらに、力強いがどこか哀愁を帯びたボーカルが、口笛とユニゾンでスキャットを始める。ラジオボイス加工されたラップ、歪んだブレイクビーツ、重厚なシンセサイザー、天へと駆け上るようなアルペジエーター……。まるで木が枝葉を伸ばしていくように、聴き進むほど新しいフレーズが重なり合っていく。その1つひとつはまるで独立した生き物のように、自由自在に飛び跳ねている。それなのになぜか曲の中では、全ての音が絶妙なバランスで調和を始めるのだ。本サイトで敢行したインタビューの中で「この曲は自分にとって自己紹介のようだ」とコメントしていたように、“My Dimension”は様々な職業、文化を越境してきた彼の半生を凝縮した楽曲、といっても過言ではないだろう。

そして本曲は、2008年にジャカルタで制作をスタートし、アレンジャーのDJ Sumoと試行錯誤を重ね、09年には完成させたというアルバムの中の1曲である。近いうちに、このアルバムの全貌も明らかになるはず。その日を待ちながら、しばらくは“My Dimension”を繰り返し聴くことにしよう。

リリース情報

DEAN FUJIOKA
『My Dimension』

2013年11月6日からiTunes Storeでリリース

プロフィール

DEAN FUJIOKA(でぃーん ふじおか)

日本生まれ。父親から語学、母親から音楽を学ぶ。高校卒業後、アメリカへ渡り多文化が混じり合う環境で感性を大きく刺激される。カレッジ卒業後アジアのさまざまな国々を旅をし、多様な人種、文化、言語に触れながらそれらを詩や写真として残す。旅の中で香港と出会いモデルとして活動を開始する。その活動が注目を浴び、映画「八月的故事」の主演に抜擢され俳優としてのキャリアがスタートする。その後活動拠点を香港から台湾へ移す。映画、TVドラマ、PV、CMなどでの演技が評価を受け中華圏エンターテイメントの新星として旋風を起こす。

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