レビュー

美大生はソーシャルデザイン町おこしの夢を見るか? 「焼津Designing Table」の試み

内田伸一
美大生はソーシャルデザイン町おこしの夢を見るか? 「焼津Designing Table」の試み

「発信すること」が得意な人たちの力が、本当に魅力あるもののために発揮されるなら……

2020年『東京五輪・パラリンピック』組織委員会の理事陣決定を受け、巷ではいろんな声があがった。ある理事の起用中止を求める署名活動が報じられたり、穏やかならぬ気配も。その思いもわからなくはないが、いろんな力学を含め、実際に決定権を持つ人たちに向け存在感を示し得たのが彼らだったという現実もあるだろう。だったら今の人選で「こんな五輪を演出してほしい」的な前向き提案もあって良いのかな? と思うのは楽観的過ぎるだろうか。

別に、仁義なきPR術やマーケティングを制するものが今の世ではとにかく勝者、みたいなことは思わない。むしろ話をそこへ単純化されるのは苦手なほうだ。ただ、ある種の発信が得意な人たちがいるなら、その力が本当に魅力あるもののために、つまり良き方向へ存分に発揮されるなら素敵だなぁと思う、今回はそういう話です——。

夭逝の奇才画家・石田徹也の故郷でもある焼津市が多摩美大生をパートナーに文化発信

3月の終わり、ようやく日差しも暖かくなった静岡県焼津市へ。タクシーの運転手にお勧め地元料理を聞くと、昨日から漁が始まった桜えびが美味しいと教わる。そう、焼津は世界遺産・富士を臨み、日本有数の漁獲高を誇る港町だ。実は小泉八雲がよく避暑に訪れた町で、夭逝の奇才画家・石田徹也の故郷でもある。その焼津市が多摩美術大学と協力して町おこし教育プログラムを始めることになり、この日はその記者会見なのだった。市役所員にも人気という寿司屋で例の桜えびのすこぶる美味を「これも仕事」と確認後、会見場に向かう。

中野弘道・焼津市長(左)と、北川佳孝・多摩美術大学非常勤講師
中野弘道・焼津市長(左)と、北川佳孝・多摩美術大学非常勤講師

「焼津Designing Table」と銘打つこの試みは、学科の壁を超え約20名の多摩美生が集い、1年かけて市の活性化企画を立案するものだ。市役所での会見には中野弘道市長と、同プログラム担当教員の北川佳孝さん(デザイン学科テキスタイルデザイン専攻・非常勤講師)が登壇し、計画と抱負を語った。

謎の人気を見せる「魚河岸シャツ」を「私たちのセンスでよりお洒落になりました!」というのではあんまりワクワクしない

地元洋服屋の経営者出身である中野市長は「焼津には良いところがたくさんがあるが、そのアピールが得意な人が少ない。多摩美のみなさんに外部からならではのアイデアをあらゆる角度から頂き、一緒に焼津の魅力発信を考えていきたい」とコラボの意図を表明。一方の北川さんは、実はふだん博報堂勤務のPRディレクターで、特に産官学の連携プロジェクトが専門分野。焼津で近年異例の人気を見せる「魚河岸シャツ」を引き合いに、その広がり方における良い意味での「異常性」もヒントに、この試みに取り組みたいと語る。

「魚河岸シャツ」は地元の老若男女(および犬)に人気。市役所でも愛用される

「魚河岸シャツ」は地元の老若男女(および犬)に人気。市役所でも愛用される
「魚河岸シャツ」は地元の老若男女(および犬)に人気。市役所でも愛用される

この魚河岸シャツ、地元ではちまきや手ぬぐいを粋なシャツに仕立てたのが発祥とも言われ、今ではこの港町の名物として、特に夏場はあちこちで人気だとか。とはいえ北川さんは今回、美大生がこのシャツを新たにデザインするのが目的ではないと強調し、そこはとても共感できた。すでに人気のものを対象に「私たちのセンスでよりお洒落になりました!」というのではあんまりワクワクしない。むしろ真に求められるのは、そこから「焼津らしさ」を探り、その効果的な伝え方——地域文化発信という広義のデザイン——にどうつなげるかだろう。

具体的には、関東近郊に焼津の情報発信拠点「焼津・魚市場」の立ち上げ構想をプレゼンするのが、美大生たちのミッション。どこまで現実化できるかは未知数だが、まず中間課題として、夏休み期間に市内空きスペースを活用した特設実店舗をオープン予定だ。ほか、変わったところでは、焼津に入港する鰹漁船の乗組員に多いキリバス共和国の人々に向け、熱帯の防蚊対策として魚河岸シャツを役立てるアイデアも。中野・北川両氏は「期間限定で終わらせず、多面的に、将来につなげる試みにしたい」と意欲的だった。

北川さんの首元を装うのも、魚河岸シャツと同じ地域の染物
北川さんの首元を装うのも、魚河岸シャツと同じ地域の染物

人や組織それぞれの幸せを目指す、ソーシャルデザインとしての町おこし

もちろん課題も多いだろう。ビッグイベントに照準を合わせたわけでもない、地方都市の継続的な町おこしプランは、ある面では五輪の盛り上げより難しそうでもある。北川さんは会見後、「大学生たちに最初から完成度の高いプレゼン案を期待してはいない」と率直に語り、しかし「彼らの発想力を焼津にとって最適な方向へ導くのが、今回自分に課せられた一番の役割だと思う」とPRのプロの矜持を覗かせた。

また、美大生たちと焼津市、互いの有形無形の成長を「対価」にしたコラボとはいえ、アイデアの具現化も目指すなら予算は必要。北川さんは「趣旨に賛同してくれる企業を巻き込めればまさに『産官学』連携になるので、ぜひ、一緒に面白がってこのプロジェクトを活用していただける企業の方と焼津市を盛り上げていきたい」と言う。「自分の仕事は常にPRが原点」と言いきる潔さと、それによって関わる人や組織それぞれの幸せを目指すソーシャルデザイン志向を併せ持つ北川さん。広告代理店にもいろいろなタイプの人材がいるが、彼のような人が今回の挑戦のキーパーソンなのも興味深く、「最後の細かいアウトプットまでこだわって作りたい」と言う彼がどのようなクリエイティブを生みだしてくれるのか注目される。

なお多摩美ではこうした産官学連携の実践型授業「PBL(Project Based Learning)科目」を2006年から開講、多様なプログラムを展開している。近年この種の試みは各教育機関で結構盛んだが、今回のように東京の美大生と、地方自治体(しかも別県の)が町おこしで協働するのは珍しいケースだろう。

多摩美術大学PBL科目「五感を刺激するワークショップ実践」風景
多摩美術大学PBL科目「五感を刺激するワークショップ実践」風景

会見ではプロジェクトの具体的な評価指標は示されなかったが、前例の少ない組み合わせゆえ、その結果は後続に道を開く点でも重要だ。1年後、「まぁ、学生さんなりに頑張ってくれましたし」程度で終わるのか、ユニークな成功事例として可能性を切り拓くのかは、この後始まる挑戦の内容次第。ともあれ、長~い目で見ればこういうトライアルの積み重ねと成否が、ひいては五輪のような国家仕事で「文化」を伝える際どんな選択がなされるか、にもつながり得ると思うのだが、皆さんはどう考えるだろう?

関連リンク

「焼津Designing Table」

プロフィール

北川佳孝(きたがわよしたか)

多摩美術大学美術学部生産デザイン学科テキスタイルデザイン専攻非常勤講師。普段は広告会社で企業の情報戦略やクリエイティブ活動を中心に担当し、特に社会テーマ型の産学官を巻き込んだプロジェクト企画が専門分野。

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