天野祐吉さん没後1年、「文化のデコボコ」を愛した人

文化の母体はヒマ潰しです

CMの話が共通の話題でなくなって久しい気もするし、実はそんなに久しくはない気もする。今年の7月、視聴率を調査しているビデオリサーチ社が初めて「タイムシフト視聴率(録画再生率)」を発表し、とりわけドラマ、アニメ、映画が録画で見られていることを数値化した。押し並べてCM飛ばしをしているのだろうと思いきや、朝日デジタルが報じるところによればビデオリサーチ社は「録画再生中にCMを見ている割合は5割弱」と答えている。つまり、人はまだテレビCMをそれなりに共有しているはずなのだけれど、語られることが少なくなってしまった。

天野祐吉さんは言う。「文化の母体はヒマ潰しですよ。でも、いまってヒマが潰せないんだよね、みんな。それどころか、ヒマ潰しって悪い言葉になってしまっている」(※1)。聞いてもいないのに「最近すっかりテレビを見てなくってさぁ……」と言ってくる人には、ヒマだと思われることを過度に恐れている傾向の人が多い気がするが、まだそれなりに見られているはずのCMを語るのはヒマ人の証しとばかりに、すっかり話題にのぼりにくくなっている。

文化は人生に色んなデコボコを食い込ませてくる

コラムニストで雑誌『広告批評』の初代編集長の天野祐吉さんが亡くなってこの10月20日で丸1年が経つ。このタイミングで、『天野祐吉対話集 ─さよなら広告 さよならニッポン』(芸術新聞社)、『天野祐吉 ─経済大国に、野次を。』(河出書房新社)、天野祐吉 / 島森路子『広告20世紀 広告批評アーカイブ』(グラフィック社)と、関連著作が相次いで刊行されている。

天野祐吉(写真提供:天野伊佐子)
天野祐吉(写真提供:天野伊佐子)

29年間も続いた週刊コラム「CM天気図」(前身は「私のCMウオッチング」)の最後の回、亡くなるわずか4日前の2013年10月16日付のコラムで、天野さんはグローバリズムを嘆きながら「このままいくと、巨大な企業と政治の圧力で、地球はどんどん文化のデコボコを失い、のっぺらぼうの星になってしまう」と警鐘を鳴らしている。文化のデコボコって、つくづく素敵な言葉だなぁと思う。自転車で疾走していて、乱雑に残された道路工事後のデコボコにハンドルがとられるのはムカつくけれど、人様の人生に色んなデコボコを携えて食い込ませてくる文化って格段に面白い。その善し悪しを冷静に見定めて、デコボコの豊かさを存分に伝えてくれたのが天野さん。東日本大震災・原発事故以降、より手厳しい言葉遣いを辞さなかった天野さんが亡くなり、のっぺらぼうに拍車がかかってきた気がする。それだけではない。受け手もそののっぺらぼうを望んでいるのではないかと思わされる瞬間に立ち会うと、心底ぐったりする。

ANAのCM、放送取りやめ問題

今年1月、ANAのCMが放送取りやめになった。国際線の便数増加を伝えるCMで、パイロット役の西島秀俊とバカリズムが会話している。会話は全て英語。1人が「日本人のイメージ変えちゃおうぜ」と語りかけると、もう1人が高い鼻をつけて金髪のカツラをかぶり白人に扮して「もちろん」と答える。CM放送後、ANAのFacebookに顧客からの英文での非難が寄せられ、その事実を重く受け止めたANAはCMを即座に取りやめた。

該当のCMを通して見てみると、1人が「ハグしようか」と問い、黙りこんだもう1人に「日本的なリアクションだな」とつぶやいている。つまり、むしろ日本人側を自嘲した作りになってはいるが、ANAは即刻このCMの放送を止めた。差別意識への配慮が欠けているのは確かだが、詳しい説明も無く、クレームがあったから止めるという即断でことを済ませてしまうと、デコボコからのっぺらぼうへの道は加速してしまう。本屋をのぞけば、隣国への罵詈雑言がずらりと並んでいるわけだが、このように精査せずに出しっぱなし、あるいはANAのCMのように取り下げっぱなしで済ませてしまうと、どうしても声のデカいほうが勝つシステムになってしまう。取り締まるべき順序も狂いに狂う。

「広告業界の人って、実は自分でいい悪いを決められないんですよ」

雑誌『広告批評』や天野さんの言葉はこういう時に道筋を示してきた。天野伊佐子夫人は「『真正面』からがダメならこちらから行こうということを考える人だった。それでいて、『普通の人』たちの代表者だったと思います」(※2)と語る。尖ったものの尖り方を観察せずに、尖っているからという理由だけで平淡に削られる働きかけに対して、天野さんはずっと危惧を持っていた。お客の顔を見すぎるあまり、常に肌触りのよい、ふわふわのタオルのようなCMばかりが提供されている。あるいは最近流行りの、物語的に続いていくシリーズCMのように、「これは続きますのでまた見てくださいね」と露骨に継続性を説明するような作りにする。尖ったものは前に出てこない。

天野さんは、自分はヤジを入れる存在なのだと、「ヤジ」という言葉を頻繁に使っている。ヤジを入れることで、広告に文化との接点を作り出した。天野さんの定点観測が、あるいは雑誌『広告批評』の提示が、ずっと広告と今の架け橋となってきた。『広告批評』が出る度に自分の作った広告が載っているかどうか気にしてはその都度天野さんに叱咤激励されてきたと語る箭内道彦は、「広告業界の人って、実は自分でいい悪いを決められないんですよ。世の中の人以上に」とし、だからこそ天野さんの影響力は大きかったし、天野さんのいない今、「広告に自分の思ってることをどんどん入れてきたいんです。センスを入れたいとかじゃなくて、いま世の中を見て伝えなきゃならないことを、もちろんクライアントと一緒に私情を込めて作っていきたい」(※3)とする。

経済大国よりも軍事大国よりも、文化大国を

天野さんの本をまとめて読み直していて、遺言のように突き刺さったのは、この言葉だった。

「GNPで威張るよりも、GNCを誇れる国に住みたいと思う。GNCなんて言葉はないんですが、CはカルチャーのCですね。つまり、国民総文化度。同じ大国なら、経済大国よりも軍事大国よりも、ぜったいに文化大国を選ぶ」(※4)

世の中を構成する「いいね!」と「クレーム」の間にある、とっても沢山の選択肢を丁寧に拾い上げて方向付けしてきた天野さんの言葉を今一度浴びると、故人に、カルチャーの行くべきところを指し示されているような気がしてくる。貴重な人を亡くしたと改めて気付いてしまうし、残された言葉の強度についても、改めて頼もしく思う。

引用1・4:『天野祐吉対話集─さよなら広告 さよならニッポン』(芸術新聞社)
引用2・3:『天野祐吉─経済大国に、野次を。』(河出書房新社)

書籍情報
『天野祐吉対話集─さよなら広告 さよならニッポン』

2014年9月12日(金)発売
価格:1,728円(税込)
発行:芸術新聞社

『天野祐吉─経済大国に、野次を。』

2014年8月26日(火)発売
著者:河出書房新社編集部編
価格:1,728円(税込)
発行:河出書房新社

イベント情報
『天野祐吉対話集 さよなら広告 さよならニッポン』刊行記念
葛西薫×箭内道彦 トークイベント『天野さんの「ことば」』

2014年10月28日(火)19:00~20:30(18:30開場)
会場:東京都 青山ブックセンター 本店
価格:1,080円(税込)
定員:110名

プロフィール
武田砂鉄 (たけだ さてつ)

1982年生。ライター/編集。2014年9月、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」で「コンプレックス文化論」、「cakes」で芸能人評「ワダアキ考 ~テレビの中のわだかまり~」、「日経ビジネス」で「ほんとはテレビ見てるくせに」を連載。雑誌「beatleg」「TRASH-UP!!」でも連載を持ち、「STRANGE DAYS」など音楽雑誌にも寄稿。「Yahoo!個人」「ハフィントン・ポスト」では時事コラムを執筆中。インタヴュー、書籍構成なども手がける。



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