レビュー

ピカソが戦争の悲劇を描いた『ゲルニカ』の上を歩くのはどんな気持ち?

小林英治
ピカソが戦争の悲劇を描いた『ゲルニカ』の上を歩くのはどんな気持ち?

観客参加型のアート「リレーショナルアート」の分野で国際的に活躍するアーティスト、リー・ミンウェイ

森美術館で開催中の『リー・ミンウェイとその関係展:参加するアート―見る、話す、贈る、書く、食べる、そして世界とつながる』は、観客参加型のアートプロジェクトを多数展開し、1990年代後半以降の潮流となっている「リレーショナルアート」の分野で国際的に活躍する現代アーティスト、リー・ミンウェイの展覧会。新作含めて代表的な作品を網羅的に体験できるだけでなく、その関連プログラムとして、11月16日の正午から日没にかけ、展示中の作品『砂のゲルニカ』をめぐる1日限りの参加型パフォーマンスが行われた。ここではその模様をレポートする。

『リー・ミンウェイとその関係展:参加するアート―見る、話す、贈る、書く、食べる、そして世界とつながる』会場
『リー・ミンウェイとその関係展:参加するアート―見る、話す、贈る、書く、食べる、そして世界とつながる』会場

ピカソの代表作『ゲルニカ』を砂絵で描いた、参加型パフォーマンス『砂のゲルニカ』

『砂のゲルニカ』は、スペイン内戦中の空爆を題材に描かれたピカソの絵画『ゲルニカ』(1937年)を砂絵で再現した作品で、展覧会期間を通して3つの段階で展示されている。まず1つ目の段階として、一部分を残して砂絵で描かれた『ゲルニカ』を展覧会初日から展示。2つ目の段階が、この日に行われた参加型パフォーマンスにあたり、『ゲルニカ』の未完成部分をアーティストが仕上げていくのに並行して、観客が1人ずつ砂絵の上を素足で自由に歩くというもの。大量の細かい砂で描かれたイメージは次第に混じり合い、無数の足跡が残されて、でこぼこの砂地となって消滅していく。そして日没時にアーティストとアシスタントが竹ぼうきで砂を掃きならすことで、3つ目の段階となり、以降の展示期間は消失したイメージのまま、『砂のゲルニカ』というタイトルがその痕跡を表すだけの作品となる。

『砂のゲルニカ』パフォーマンスの様子
『砂のゲルニカ』パフォーマンスの様子

無差別爆撃で一夜にして失われた街・ゲルニカの悲劇を描いたイメージを、自らの足で踏んで破壊してしまう、その行為に参加することはどんな意味を持つのか?

パフォーマンス当日は日曜日ということもあって、同イベントを事前に知って参加しようと集まった人から、その場に居合わせて飛び入りで列に並ぶ人まで、正午から17時までの間、ひっきりなしに砂の上を歩く人が絶えなかった。多くの観客が見守る中、儀式のように始まったこのパフォーマンスは、未完成部分に砂を盛りながら黙々と作業をしている作家リー・ミンウェイのすぐ側で、ある者は絵を崩さぬように慎重に足を運び、ある者はわざと足を引きずるように絵を壊しながら行ったり来たりする。また、すでにイメージが消失した部分を歩く者は、そこに描かれていた元のイメージを思い浮かべようとしているのか、みな無言ながらも確実に何かを考え、感じようとしている様子が見受けられ、緊張感と解放感がない混ぜとなった不思議な時空間を生み出していた。

『砂のゲルニカ』パフォーマンスの様子
『砂のゲルニカ』パフォーマンスの様子

言うまでもなく、ピカソの大作『ゲルニカ』は、史上初といわれる都市無差別爆撃で一夜にして失われた街・ゲルニカの悲劇を描いたものである。それと同じイメージを、自らの足で踏んで破壊してしまうこと、その行為に参加することはどんな意味を持つのだろうか? 逆説的だが『砂のゲルニカ』を体験することは、『ゲルニカ』を「悲劇を天才が描いた絵画」や「世紀の傑作」といった、お決まりの見方として消化すること超えて、同作品をピカソが描いた真の意味や、現在もなおこの地球上で紛争や惨劇が起こり続けているという事実に思いを巡らせるきっかけになるのかもしれない。そしてその間も、アーティストがただ1人が砂絵の未完成部分を一身に描き続ける姿は、祈りにも似た尊い行為にも思えてはこないだろうか。

『砂のゲルニカ』パフォーマンスの様子
『砂のゲルニカ』パフォーマンスの様子

「あえて、完成度40%で開幕した展覧会」は、日々変化、成長、拡大中

さらに「開幕の時点では、展覧会の完成度は40%」と本人が語るように、ほとんどの作品は、完成品を鑑賞するという類のものではなく、観客との様々な関わり合いを通して日々変化し、生命のように成長し、重なり拡がっていくというものだ。観客の「参加」も様々な方法があり、事前に申し込んで参加するもの、抽選で当たった人だけが体験できるもの、アーティストに代わって観客を迎えるホスト役になるもの、その場で偶然に選ばれるものなど、多彩な関わり方が用意されている。

『リー・ミンウェイとその関係展』「プロジェクト・手紙をつづる」の様子
『リー・ミンウェイとその関係展』「プロジェクト・手紙をつづる」の様子

いずれも一見コンセプチュアルな作品でありながら、じっくり味わっていくとアイデアの根本には、リー・ミンウェイの個人的な体験や記憶がありつつ、彼がなぜこのようなプロジェクトを生み出してきたのか、アーティスト自身の社会的な役割、必然性と共に理解することができる。観客にとっては「参加する」ことが、その場の楽しさだけで終わらず、美術館を出た後の日常に持ち帰って、自分と世界とのつながりや関係性について考えるきっかけにもなりそうだ。ちなみに取材当日に行なわれていた、観客から持ち込まれた衣服や布をその観客と会話しながら縫い続ける『プロジェクト・繕う』のホスト役を務める女性は、普段はIT系の企業に務める会社員。「作品を介して生まれる、普段は出会えない人とのコミュニケーションは、得難い貴重な体験」だと話してくれた。

『リー・ミンウェイとその関係展』「プロジェクト・繕う」の様子
『リー・ミンウェイとその関係展』「プロジェクト・繕う」の様子

自分の回りを取り巻く「関係性」や「つながり」を、再考してみよう

会場には、リー・ミンウェイの作品を体験する3つのセクションの他に、「『関係性』を考えるための作品」というセクションが設けられ、彼の制作活動や「リレーショナルアート」が生まれてきた歴史的文脈を読み解くために、イヴ・クライン、鈴木大拙、ジョン・ケージ、アラン・カプロー、田中功起といった、古今東西の11人のアーティスト、思想家の作品や言葉も紹介されている。とにもかくにも、まずは展覧会のウェブサイトをチェックするなり、友だちを誘って直接美術館に飛び込むなり、あなたなりの関わり方で気になるプロジェクトに参加して、身の回りを取り巻く「関係性」や「つながり」を再考してみてはいかがだろうか。できれば会期中に、2度、3度の来場をお勧めしたい。

イベント情報

『リー・ミンウェイとその関係展:参加するアート―見る、話す、贈る、書く、食べる、そして世界とつながる』

2014年9月20日(土)~2015年1月4日(日)
会場:東京都 六本木 森美術館
時間:10:00~22:00(火曜は17:00まで、9月23日、12月23日は22:00まで開館、入館は閉館時間の30分前まで)
料金:一般1,500円 学生(高校・大学生)1,000円 子ども(4歳~中学生)500円

プロフィール

リー・ミンウェイ

1964年、台中(台湾)生まれ。現在ニューヨークを拠点に活動。1997年、イェール大学大学院美術学部にて修士号取得(彫刻専攻)。見知らぬ他人同士がそれぞれ信頼、親密さ、自己認識などの意味を探ることを目的とした参加型のインスタレーションと、作家と観客が一対一で食事、睡眠、会話などの行為を共にするというイベント的な作品の両方で知られる。これらのプロジェクトは人間の日々の交流に基づき、結果に制約はなく参加者によっても形が変わる。同様、展示期間中に、インスタレーション作品も変貌し続ける。 個展にホイットニー美術館(1998年)、ニューヨーク近代美術館(2003年)、ロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)(2004年)など。国際展に『ヴェネチア・ビエンナーレ』(2003年)、『リヨン・ビエンナーレ』(2009年)、『アジア・パシフィック・トリエンナーレ』(1999年)など多数。

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