レビュー

『日本アカデミー賞』受賞の鬼才、“たらこ・たらこ・たらこ”生みの親によるめくるめくサントラの世界

麦倉正樹
2015/06/23
『日本アカデミー賞』受賞の鬼才、“たらこ・たらこ・たらこ”生みの親によるめくるめくサントラの世界

“たらこ・たらこ・たらこ”の生みの親でもある映画音楽界の鬼才が手がけたサントラ盤

綿矢りさによる原作小説をもとに、1人の少女の栄光と失墜の物語をスキャンダラスに描いてみせたWOWOWの連続ドラマ『夢を与える』。物語の中心となる母子を演じた菊地凛子と小松菜奈の好演もさることながら、オダギリジョーや夏帆、田中泯といった共演陣の豪華さも相まって、概ね好評の内に全4話の放送を終えたこのドラマの見どころは、役者たちのアンサンブルだけではなかった。ここでは、このドラマの「劇伴」(映画やテレビドラマ、演劇やアニメで流れる伴奏音楽)が果たした意味と役割――さらには、先頃23曲入りのパッケージとしてリリースされたサントラ盤について考えてみたいと思う。

まず、このドラマの音楽を担当している作曲家、上野耕路のプロフィールから簡単に見ていくことにしよう。1970年代末より、「8 1/2」「ハルメンズ」「ゲルニカ」といったバンドにキーボード奏者として次々と参加、日本の80年代ニューウェーブシーンで活躍していた彼は、その後、映画音楽の作曲家として数々の映画やドラマ、CMなどの音楽を制作(2004年に話題をさらった「キユーピー あえるパスタソース たらこ」のCM曲“たらこ・たらこ・たらこ”も上野の作曲によるものだ)。

上野耕路
上野耕路

最近では、『ヘルタースケルター』(2012年)や『のぼうの城』(2012年)、『俺俺』(2013年)、『マエストロ!』(2015年)など邦画の話題作の音楽を担当し、映画音楽界の鬼才として知られている人物である。その彼が、『日本アカデミー賞』優秀音楽賞を受賞した『ゼロの焦点』(2009年)以降、実に4度目のタッグとなる犬童一心監督作品に用意した音楽とは、果たしてどんなものだったのか。

菊地凛子や小松菜奈らの感情のざわめきを「静かに壊れてゆく音楽」で表現

劇伴のアプローチの仕方は、大きく分けて2種類あるという。「シーン」そのものに音楽をつけていくやり方と、登場人物たちの「感情」に音楽をつけていくやり方だ。では、『夢を与える』の場合は、そのどちらが主軸となっているのだろうか? 夫との不和のはけ口として、娘に過剰な愛を注ぐ母親(菊地)と、チャイルドモデルから売れっ子CMタレントとなりながら、やがて自意識の目覚めとともに葛藤する娘(小松)の関係を主軸に描いた本作で焦点を当てられるのは、無論登場人物たちの細やかな心の揺れ動き――ドラスティックに変化してゆく現実の中で揺れ動く、登場人たちの感情の機微、あるいはその不穏なざわめきを表現することだった。

『連続ドラマW 夢を与える』メインビジュアル
『連続ドラマW 夢を与える』メインビジュアル

今回、犬童監督から提示されたテーマは2つあり、「時の経過」と「壊れゆくもの」であったという。そのために上野が招いたのは、現代音楽の分野で活躍するピアニスト、大井浩明だった。技巧的なタッチで知られる大井の手によって紡ぎ出される細やかなピアノのフレーズ、そしてフェンダーローズの温かな音色。ピアノとバイオリン、あるいはピアノ二重奏などいずれも極少の音色で描き出されるその音楽は、一見シンプルでありながら、実は相当複雑な構成を持っている。転調に次ぐ転調、そしてどこか不協和を生み出してゆく音像など、そのフレーズと構成が驚くほど緻密なのだ。例えて言うならば、「静かに美しく壊れてゆく音楽」といった感じだろうか。

ドラマでは断片的にしか使用されない楽曲の全貌に触れる体験

それだけではない。“メインテーマ”と名づけられた楽曲に象徴されるように、プリミティブなパーカッションの音を前面に押し出した、一連の激しくも不穏な楽曲たち。その躍動は、登場人物たちの内面でうごめく危うさを、時に煽りたてるように激しく響き渡る。さらには、“時の経過 #1”“時の経過 #2”“幼いワルツ”“濁ったワルツ”など、物語の時間軸に対応するかのように作られた、うつろいゆく時の流れを感じさせる「双子」のような楽曲たち。『夢を与える』のサウンドトラックには、このような細やかな仕掛けが、幾重にもわたって張り巡らされているのだ。

“嵐の朝への前奏曲”から“後奏曲”まで、物語の変遷を追うように並べられた21の楽曲たち。そこに、小松菜奈演じる主人公が起用された架空のメーカー「スターチーズ」のCM曲とサウンドロゴを加えた全23曲が収録された本作。劇伴という音楽の性質上、やむを得ないことではあるとはいえ、ドラマでは断片的にしか使用されていない楽曲の全貌に触れるという意味でも、実に聴き応えのある1枚だ。音楽家の身体を通じて描き出される、もう1つの『夢を与える』の物語が、ここに鳴り響いている。

リリース情報

『軌跡』
上野耕路
『連続ドラマW 夢を与える』オリジナル・サウンドトラック(CD)

2015年5月28日(木)発売
価格:3,000円(税込)
MMRC-002

1. 嵐の朝への前奏曲
2. 奈落
3. 時の経過 #1
4. 幸せの幻影
5. 屋根の上の空
6. 幼いワルツ
7. ガールタイム #1
8. メイビー・イッツ・ユー
9. ガールタイム #2
10. 喧噪のワルツ
11. 蛇
12. 大切な思い出~メイビー・イッツ・ユー
13. 時の経過 #2
14. 濁ったワルツ
15. おうまれだイエスさまが
16. メインテーマ
17. クリスマスソング
18. モノローグ
19. チェイス
20. 彼方からの眼差し
21. 後奏曲
22. スターチーズCM
23. スターチーズ・サウンド・ロゴ

作品情報

『連続ドラマW 夢を与える』

監督:犬童一心
脚本:高橋泉
原作:綿矢りさ『夢を与える』(河出文庫)
音楽:上野耕路
主題歌:Rinbjö“dIS de rEAm”
出演:
小松菜奈
菊地凛子
太田信吾
永岡佑
陰山泰
真剣佑
濱田龍臣
谷花音
田中泯
夏帆
浅野和之

プロフィール

上野耕路(うえの こうじ)

1970年代『8 1/2』『ゲルニカ』で活動。1989年に映画『ウンタマギルー』で第44回毎日映画コンクール音楽賞。NHK音楽映像詩『幻蒼』(1995年)で第32回プラハ国際テレビ祭チェコ・クリスタル賞受賞。2004年、キューピーパスタソースたらこのCMが話題に。犬童一心監督『ゼロの焦点』(2009年)で日本アカデミー賞優秀音楽賞受賞。2012年、蜷川実花監督作品映画『ヘルタースケルター』、犬童一心・樋口真嗣監督作品『のぼうの城』(12)では第36回日本アカデミー賞優秀音楽賞受賞およびAFA2013音楽賞ノミネートを果たした。2013年三木聡監督作品、映画『俺俺』、そしてTBSドラマネオ『変身インタビュアーの憂鬱』。同年、9年ぶりのソロCD「SIRIUS B」をリリース。2014年はNHKアニメ『ナンダカベロニカ』、NHKBSドラマ『プラトニック』、映画『MIRACLE デビクロくんの恋と魔法』、2015年映画『マエストロ!』、NHKEテレ『天才てれびくん』など活動の場を広げている。日本作曲家協議会会員。JASRAC正会員。日本大学藝術学部映画学科非常勤講師。

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