レビュー

今こそ求められる。差別に対して声を上げ、音楽業界から忌避された、ニーナ・シモンの生涯

テキスト
宇野維正
今こそ求められる。差別に対して声を上げ、音楽業界から忌避された、ニーナ・シモンの生涯

「ジャズ」の枠に収まらない表現力で世界を魅了した黒人女性シンガー

既にこの世を去ってしまった伝説的なミュージシャンやシンガーの多くがそうであるように、ニーナ・シモンの名前から連想するイメージは、リスナーの世代によって、あるいはその文化的な背景によって、人それぞれだろう。1987年、シャネルが自社の代名詞的香水ブランド「No.5」のCMソングに採用(ちなみに監督は『エイリアン』を手掛けたリドリー・スコット)したことをきっかけに、“My Baby Just Cares For Me”(1958年発売のデビューアルバム収録曲)が世界中のチャートを駆け上がった現象をリアルタイムで目撃している自分にとって、ニーナ・シモンの最初のイメージは「とびっきりオシャレなジャズシンガー」だった。彼女がジャズだけでなく、1950年代アメリカンポップス、ソウルミュージック、R&Bを横断するとてつもないスケールと、それらのジャンルをすべて無効にしてしまう唯一無二の表現力を持つシンガーであったことを知るのは、もう少し後のことだった。

ニーナ・シモン
ニーナ・シモン

最前線で活躍する黒人ミュージシャンたちが、ニーナのメッセージを今こそ世界に発信する意義

今月、待望の日本盤がリリースされる『Nina Revisited... A Tribute to Nina Simone』(アメリカ盤は7月に発売)。本作に参加しているミュージシャンの顔ぶれが、何よりも彼女の音楽性の幅広さを表している。収録曲のプロデュースを中心的に手掛けているのは、その寡作ぶりによってもはや彼女自身が「伝説」化しつつあるMs.ローリン・ヒルと、近年ジャズに限らずヒップホップやR&Bのシーンでもキーパーソンとして注目されているピアニスト / プロデューサーのロバート・グラスパー。そこにメアリー・J. ブライジ、UsherといったアメリカのR&B界を代表するスターから、ジャズミン・サリヴァン、グレイスといったニュースター、さらにジャズ界からはグレゴリー・ポーター、ヒップホップ界からはCOMMONといった大御所までがトラックリストに名を連ねている。


これ以上なく豪華かつ希少性の高いラインナップだが、重要なのはそれだけじゃない。本作はただの「トリビュートアルバム」ではなく、ニーナ・シモンがその生涯を賭けて放ってきたメッセージを、現在のアメリカ社会、そして世界中に伝えていくという役割を引き受けた、ある種のメッセージアルバムになっているのだ。

公民権運動に傾倒すると同時に、音楽シーンから遠ざけられたニーナの生涯

本作『Nina Revisited... A Tribute to Nina Simone』は、9月2日に日本に上陸して大きな話題となっている世界最大手の映像配信サービス「Netflix」が制作したニーナのドキュメンタリー映像『ニーナ・シモン~魂の歌』と連動したプロジェクトから生まれた作品だ。本作に収録された楽曲がドキュメンタリーで使われているわけではないのだが(『ニーナ・シモン~魂の歌』は基本的にニーナのオリジナル楽曲のみで構成されている)、そのドキュメンタリー映像におけるニーナの本当の姿と彼女のメッセージを、多様性に満ちた最先鋭のR&B、ヒップホップ、ジャズによってモダナイズしてみせたのが本作と言ってもいいだろう。

70歳で亡くなったニーナの生涯を追った『ニーナ・シモン~魂の歌』において特に描写の比重が置かれているのは、彼女の苦渋に満ちた幼少期でもなく、華々しくスターダムを駆け上がる様子でもなく、その人気と実力の絶頂期に、マーティン・ルーサー・キング・Jr.を中心とする黒人公民権運動、さらにより過激なマルコムXやストークリー・カーマイケルらの運動に傾倒していく姿だ。まるでそれと並行するように、メインストリームの音楽シーンにおいて彼女は存在感を失っていく。そこには私生活や健康など他にもいくつかの理由があるのだが(それらについても作品の中で極めてフェアに描かれている)、その1つは、黒人の、しかも女性のミュージシャンであるニーナの政治的なメッセージが、音楽業界において忌避されるようになったことだ。それが、当時のアメリカの音楽業界であり、アメリカ社会の現実だった。


50年以上経った現在も何も変わってないのではないか?

『Nina Revisited... A Tribute to Nina Simone』に参加したミュージシャンたちは、それぞれの音楽的手段を駆使して、「いや、50年以上経った現在も何も変わってないのではないか?」と告発する。おそらく今回のプロジェクトが始まった時点では、昨年ミズーリ州ファーガソンで起きた白人警察官による黒人射殺事件を発端とした暴動も起こってなかったはずだし、もちろん今年のメリーランド州ボルティモアで警察官に身柄を拘束された黒人男性が死亡した事件に対する暴動も起こっていなかった。しかし、幸か不幸か(ニーナ・シモンの生涯とその闘争の日々に再び光が当たるという意味では「幸」だし、言うまでもなく現在のアメリカ社会で起こっていることは「不幸」だ)、本作の持つ意義は、昨年12月にリリースされたD'Angelo And The Vanguard『Black Messiah』、今年3月にリリースされたケンドリック・ラマー『To Pimp a Butterfly』に代表される、「ファーガソン暴動以降のアメリカのブラックミュージック」ともダイレクトに繋がることとなった。本作の中心にいるのが、かつてはD'Angeloとの親交も深く、近年突発的にリリースした楽曲でますますその表現の攻撃性と先鋭性を高めていたMs.ローリン・ヒルと、『To Pimp a Butterfly』でもゲストミュージシャンとして重要な役割を果たしていたロバート・グラスパーだというのは、ただの偶然ではない。ニーナ・シモンの魂は、こうして今も最前線で闘っている黒人ミュージシャンたちへと引き継がれているのだ。

リリース情報

V.A.『Nina Revisited... A Tribute to Nina Simone』
V.A.
『Nina Revisited... A Tribute to Nina Simone』日本盤(CD)

2015年9月16日(水)発売
価格:2,592円(税込)
SICP-4519

1.Nobody's Fault but Mine (Intro) / Lisa Simone
2.Feeling Good / Ms. Lauryn Hill
3.I've Got Life / Ms. Lauryn Hill
4.Ne Me Quitte Pas / Ms. Lauryn Hill
5.Baltimore / Jazmine Sullivan
6.Love Me or Leave Me / Grace
7.My Baby Just Cares For Me / Usher
8.Don't Let Me Be Misunderstood / Mary J. Blige
9.Sinnerman / Gregory Porter
10.YG&B / Common & Lalah Hathaway
11.I Put a Spell On You / Alice Smith
12.I Want a Little Sugar in My Bowl / Lisa Simone
13.Black Is the Color of My True Love's Hair / Ms. Lauryn Hill
14.Wild Is the Wind / Ms. Lauryn Hill
15.African Mailman / Ms. Lauryn Hill
16.I Wish I Knew How It Would Feel to Be Free / Nina Simone
17. Mississippi Goddam / Andra Day(ボーナストラック)

Nina Simone『The Essemtial Nina Simone』ジャケット
Nina Simone
『The Essemtial Nina Simone』日本盤(CD)/dt>

2015年9月23日(水)発売
価格:2,700円(税込)
SICP-30843

[DISC1]
1. The Other Woman
2. Black Is The Color Of My True Love's Hair
3. Nobody Knows You When You're Down And Out
4. Trouble In Mind
5. Mississippi Goddam
6. See Line Woman
7. Don't Let Me Be Misunderstood
8. I Put A Spell On You
9. Ne Me Quitte Pas
10. Strange Fruit
11. Four Women
12. Sinnerman
13. Do I Move You?
[DISC2]
1. I Want A Little Sugar In My Bowl
2. I Wish I Knew How It Would Feel To Be Free
3. The Glory Of Love
4. To Love Somebody
5. Do What You Gotta Do
6. Ain't Got No - I Got Life (From the musical production "Hair")
7. Why? (The King Of Love Is Dead)
8. Everyone's Gone To The Moon
9. Revolution (Parts 1 and 2)
10. To Be Young, Gifted And Black
11. Who Knows Where The Time Goes
12. Here Comes The Sun
13. Just Like A Woman
14. Funkier Than A Mosquito's Tweeter
15. Rich Girl
16. A Single Woman

イベント情報

Ms. Lauryn Hill
『MTV presents SOUL CAMP 2015』

2015年9月23日(水・祝)
会場:東京都 豊洲PIT+MAGIC BEACH

『BBL 8th Anniversary Premium Stage Ms.ローリン・ヒル』

2015年9月25日(金)
会場:東京都 Billboard Live TOKYO

2015年9月27日(日)
会場:東京都 Billboard Live TOKYO

2015年9月29日(火)
会場:大阪府 Billboard Live OSAKA

プロフィール

ニーナ・シモン
ニーナ・シモン

1933年2月21日ノースカロライナ州タイロン生まれ。2003年4月21日フランスの自宅にて死亡。1957年、ベツレヘム・レーベルに録音した“アイ・ラヴ・ユー・ポーギー”がヒット。60年代後半になってラジカルな黒人解放をめざす歌も取り上げ、ブラックミュージックのリーダーシップをとった。フィリップスを経てRCAの専属となってからは、ボブ・ディラン、バート・バカラックなどの歌も歌い、ハスキーでソウルフルな歌唱はロック世代の心も掴んだ。その後CTI、VERVEなど多くのレーベルに作品を残している。

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