世界が絶賛するドラマ『ハウス・オブ・カード』を楽しむ5つの鍵

世界最大級のオンラインストリーミングサービス「Netflix」は、現在190以上の国で8100万人の会員を抱え、様々な映像作品を月額定額制で配信している。マーベルとの制作による『デアデビル』や、人気ドラマ『フルハウス』の20年ぶりの続編『フラーハウス』、アメリカンコメディー界のドンであるジャド・アパトーの新作ラブコメディー『LOVE』などのオリジナル作品を含めて、名作・良作がなんと1日に1億2500万時間以上も配信されているのだ。

そんなNetflixで、ついに全シーズンの日本配信が始まったのが『ハウス・オブ・カード 野望の階段』だ。権力を手に入れるためにはどんな汚い手段を選ぶこともためらわない豪腕政治家を主役にした同作は、初のNetflixオリジナル作品として制作され、海外で配信開始すると同時に圧倒的な人気を獲得。今の時点でシーズン4まで制作され、シーズン5の配信も決定している。次の展開が気になる練り込まれたストーリー、連続ドラマとは思えないハイクオリティーな映像……よくある惹句はもちろん当てはまる。だが、何よりも『ハウス・オブ・カード』の人気を強力に牽引するのは、主役である豪腕政治家=フランシス・アンダーウッドの底知れないカリスマ性によるだろう。「新時代のダークヒーロー」と呼んでさしつかえないフランシス・アンダーウッドの魅力を、5つのキーワードとともに読み解いていこう。

※本記事は一部『ハウス・オブ・カード 野望の階段』のネタバレを含む内容となっております。あらかじめご了承下さい。

血も涙もなければ、容赦も慈悲もない。主人公の「怪物性」

フランシス・アンダーウッド(愛称はフランク)は冷酷非道な大悪党である。時は2013年の新大統領就任直前。当選に大きく貢献したフランクだったが、約束されていたはずの国務長官のポストを反故にされ、自分をないがしろにしたかつての仲間たち、つまりは大統領、要職に就いた政権スタッフたちへの復讐を決意する。

その復讐は残虐かつ熾烈である。自分にかわって国務長官に就いたスポーツマンタイプのハンサム政治家は、35年も前の大学時代に起こした瑕疵(かし)を責め立て、完全なでっち上げ記事で辞職へと追い込む。

 
本作の主人公であるフランシス・アンダーウッド © Netflix. All Rights Reserved.

また、理想的な教育法案の可決に燃えるリベラル系議員には、彼の善良さにズル賢くつけ込んで、法案を骨抜きにし、その成果を横取り。政権における自分の評価を不動のものにしてしまう。

そして、それらの謀略を確固たるものにするため、上昇志向に取り憑かれた女性新聞記者と、アルコールやドラッグ依存から抜けられない若手政治家を手なづけ、数々の汚れ仕事を強要。利用価値がないと見るや、躊躇なく捨て去る。血も涙もなければ、容赦も慈悲もない。それがフランシス・アンダーウッドという名の怪物なのだ。

もしフランクが上司だったらデキる先輩かも? トラブルを楽しむ余裕すら見せる「仕事論」

フランクは、同時に誰よりも働くワーカホリックな男でもある。アニメや映画に登場する多くの悪の首領が部下に理不尽な指示を出すばかりで、実際にはほとんど働いているように見えないのはよくある話。だが、フランクは違う。

先に述べた教育法案を改案するために、優秀な法学家たちを率いてたった数日間でかたちにしてしまうし、その草案を通すための会議に電話で参加しながら、サウスカロライナ州の選挙区で起きたトラブルを自ら解決するという聖徳太子もビックリな有能さを何度も発揮する(聖徳太子には、同時期に10人の話を聞いてそれぞれに的確な助言をしたという伝説がある)。

仕事ができる男、フランシス・アンダーウッド © Netflix. All Rights Reserved.
仕事ができる男、フランシス・アンダーウッド © Netflix. All Rights Reserved.

予定していた慈善パーティーを政敵の妨害で当日キャンセルされても、急ごしらえのカジュアルな野外パーティーにプランを変更。愛妻クレアとともに、数時間で大量の料理やDJセットを手配してしまう。ホワイトハウス内で繰り広げられるドロドロの政治闘争と比べれば、同エピソードはずっとかわいげのあるものだが、当事者間の行き違いや、不徹底な根回しで起こるトラブルに翻弄されがちな私たち一般的な社会人にとって、これは感情移入しやすい屈指の名シーンだろう。

急ごしらえとは思えない、野外パーティーでのシーン © Netflix. All Rights Reserved.
急ごしらえとは思えない、野外パーティーでのシーン © Netflix. All Rights Reserved.

つまらない仕事でもイヤな顔一つせず、むしろトラブルを楽しむ余裕すら見せるフランクが上司だとしたら「自分、一生ついていくっす!」と誓ってしまうのも無理はない。きっと、フランクの爪の垢を煎じて呑んでほしいような職場の先輩や上司を思い浮かべてしまう人も、大勢いるのではないだろうか?

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に『ジュラシック・ワールド』。近年のハリウッド話題作におけるイーブンな「男女論」

そんなフランクの魂の分身、鏡に映ったペルソナのような存在が、愛妻クレア・アンダーウッドである。『ハウス・オブ・カード』は、ある意味で彼女の物語でもある。

フランクとクレアの間には深い愛情があるが、それは一般的な男女の関係とは異なる次元のものだろう。慈善団体の代表であるクレアはフランク顔負けの野心家で、圧倒的に自立した女性として描かれている。知的で慈愛に満ちた表情は仮面で、権力を握るためには、長年苦楽をともにした仕事仲間、自分を慕ってくれる過去の恋人や若者を冷たく突き放すことにも躊躇はない。それはフランクに対しても同様で、自分の期待に応えられない人間に夫が成り下がった瞬間、いつでも見放す覚悟はある、と言わんばかりである。

フランクの妻であるクレア・アンダーウッド © Netflix. All Rights Reserved.
フランクの妻であるクレア・アンダーウッド © Netflix. All Rights Reserved.

だが、二人には余人には立ち入ることのできない信頼が確かにあるのだ。劇中にしばしば登場する、深夜の窓辺でタバコを吸うシーンはそれを強く印象づけるものだ。次なる標的に狙いを定め、あわれな獲物たちをいかに仕留めるかを相談し合う二人は、男と女、夫と妻という関係でありながら、むしろ二人のプロフェッショナルなハンターに見える。そこにはベタベタとした甘えや寛容さは存在しない。だが、そうした自立した存在としてあり続けられるからこそ、フランクとクレアはともに戦い、歩んでこれたのである。

フランクとクレアの自宅シーン © Netflix. All Rights Reserved.
フランクとクレアの自宅シーン © Netflix. All Rights Reserved.

2015年の話題作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』や『ジュラシック・ワールド』などのハリウッド映画において、男女の関係の描き方がイーブンに、そして多面的に変化しているという指摘は多くされている。『ハウス・オブ・カード』にも、そんな時代の潮目が反映されているのだ。

主人公の被害者に、スペアリブ屋の店主。「魅力的な脇役たち」

クレアに続いて、フランクを取り巻く魅力的な脇役に光を当てていこう。フランクにとってのもう一人のペルソナとも言えるのが、新人記者のゾーイ・バーンズだ。歴史ある地方新聞社のアシスタントとして登場するゾーイは、フランクの知悉を得てジャーナリズムの世界で注目を集めていく。紙媒体の権威にこだわる古い体質を嫌い、ブログやソーシャルメディアを駆使する新時代のジャーナリストを目指す彼女は、本作を見る若者にとって、もっともリアリティーを感じる人物と言えるかもしれない(もちろん若者らしい無軌道さや、恋愛やセックスに対する脇の甘さも共感される理由)。

「上昇志向に取り憑かれた女性新聞記者」ことゾーイ・バーンス © Netflix. All Rights Reserved.
「上昇志向に取り憑かれた女性新聞記者」ことゾーイ・バーンス © Netflix. All Rights Reserved.

そして、ゾーイ同様にフランクに翻弄されるのがアルコール依存から抜けられない下院議員ピーター・ルッソだ。社会的立場がありながら、どうしても自堕落な甘えから逃れられないルッソもまた、本作において感情移入しやすい対象だろう(感情移入しやすいキャラ=フランク被害者の会、という図式が『ハウス・オブ・カード』にはある気がする)。彼の動向、そして急変する運命はシーズン1最大の見所であるのでぜひ注目してほしい。

「アルコールやドラッグ依存から抜けられない若手政治家」ことピーター・ルッソ(写真左) © Netflix. All Rights Reserved.
「アルコールやドラッグ依存から抜けられない若手政治家」ことピーター・ルッソ(写真左) © Netflix. All Rights Reserved.

ちなみに、ルッソを演じるコリー・ストールは、マーベル映画『アントマン』ではヴィランを熱演している。優秀な科学者でありながら、師匠である初代アントマンへの愛情に飢えて暴走する役回りを見ると、どうしてもルッソのヘタレっぷりがオーバラップしてしまうのは、偶然とは思えない。

個人的にイチ押ししたいキャラが、ダウンタウンでスペアリブ店を経営するフレディ・ヘイズだ。フランクがお忍びで訪れる彼の店は、日々緊張のなかで戦い続ける主人公にとって、ほぼ唯一の休息地である。身分も教養もまるで違う二人だが、店の中でだけは対等な関係を結ぶことができるばかりか、フレディの本質を突いた一言や行動は、苦悩するフランクを次の局面へと導くこともしばしばだ。そんな特別な存在であるフレディだからこそ、最大の決断をフランクに強いることになるのだが……。それはぜひ自分の目で見て確認してほしい。泣けます。

本作の「創造主」デヴィッド・フィンチャー監督の集大成としての傑作

これまで見てきたフランシス・アンダーウッドと、彼を取り巻く世界を創造したのが、『セブン』『ファイトクラブ』『ソーシャル・ネットワーク』の監督として有名なデヴィッド・フィンチャーである。徹底的な完璧主義者であるフィンチャーが、はじめて連続ドラマの製作総指揮に名を連ねたことも、『ハウス・オブ・カード』が話題になった大きな理由の一つだ。

もともとイギリスで1990年代に放送された政治ドラマ『野望の階段』を、脚本家のボー・ウィリモン(彼と主演のケヴィン・スペイシーも製作総指揮に名を連ねている)が舞台をアメリカに置き換えるというアイデアから始まったのが『ハウス・オブ・カード』。かつてヒラリー・クリントン(夫は実習生と不適切な関係を持ったことで有名なビル・クリントン元大統領。彼を彷彿とさせるエピソードがちらほら登場するのは……偶然?)ら大物政治家の選挙スタッフとして働いた経歴を持ち、2011年に大統領予備選挙を題材にした映画『スーパー・チューズデー ~正義を売った日~』の脚本を担当したウィリモンの知識がいかんなく発揮されているからこそ、本作が圧倒的なリアリティーと迫真性を持ち得たのは疑いないことだ。

フランクとクレア夫妻 © Netflix. All Rights Reserved.
フランクとクレア夫妻 © Netflix. All Rights Reserved.

だが同時に、近年のフィンチャー作品の要素が複層的に取り入れられている点も注目すべきだろう。

例えば、男女を自立した者同士として描くのは人妻誘拐事件を題材にした『ゴーン・ガール』(2014年)の、ベン・アフレックとロザリンド・パイクの関係を想起させる。また、その基調となっているフェミニズムは、特に『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)以降顕著になった、フィンチャーのジェンダー意識の反映と言えるだろう。もちろん専門用語が高密度で飛び交う台本は『ソーシャル・ネットワーク』(2011年)のギークなマシンガントークを思い起こさせるし、近過去の文化風俗を強迫的に再現しようとする絵作りや色彩設計は『ゾディアック』(2007年)以降のフィンチャー作品そのものと言ってよい。『ハウス・オブ・カード』は、現時点でのフィンチャー作品の集大成と呼ぶべき、大長編映画としても見ることができる。

現代社会の欲望を代弁する存在。新たな「ダークヒーロー」の誕生

以上、5つのキーワードでフランシス・アンダーウッドという怪人物の魅力を紹介してきたが、もちろんこれだけで説明しきれるものではない。

演技の整合性を離れ、突然視聴者にむかってフランクが話しかけてくる「第四の壁」メソッドは、本音と建前が渦巻く政治の裏表を具体化することに成功する素晴らしい演出(ちなみに今年は『デッド・プール』『マネー・ショート 華麗なる大逆転』など、第四の壁を意識した映画が多く公開される1年だ)だし、セクシャリティーに対する多様な観点も、現代社会の事情を色濃く反映するものとして注目してほしい部分である。

物語の途中で、視聴者にむかって突然フランクが話しかけてくる演出も見どころ © Netflix. All Rights Reserved.
物語の途中で、視聴者にむかって突然フランクが話しかけてくる演出も見どころ © Netflix. All Rights Reserved.

だが、それでも端的に本作の魅力を語ろうとするならば、やはりフランクの「ダークヒーロー」性に着目すべきだろう。実社会において、彼のように善悪の概念を超越させて振る舞うことなど到底できない。目的のためには手段を選ばない、というのは「金儲けをして何が悪いの?」とうそぶく金融屋たちの露悪的アティチュードと重なるが、彼らにしても決して完全無欠の人非人というわけではなく、それぞれの立ち位置によって異なる表情を見せる、ある意味で魅力に溢れた時代の寵児だった。

だが、フランクは違う。さまざまな局面に合わせておべっかを使い、あるいは恫喝を与える多面性を表面的には見せるが、先に述べた第四の壁メソッドによって、視聴者は彼には「表」しかないことを痛感するからだ。自分以外のすべてを見下し(愛妻クレアですらも本質的には道具でしかない)、独善的で、いささかの躊躇もない。そんな機械のような人間に、人はなることはできない。それは人間性の喪失と同義だからだ。

だが、だからこそ視聴者は怪物としてのフランクに圧倒的に惹かれるのだろう。絶対に言えない本音、絶対に知られてはならない欲望を代弁してくれる存在として、フランクはあらゆる人間にとっての対局的な鏡として、画面上に現れ、そして私たちに話しかける。「これが、すべての欲望の行き着く果てなんだよ」と。野望の階段とは、つまりそういうことだ。ここから先、フランクの言動に拒否反応を抱くか、それとも大きな憧れを持つかは、視聴者にすべてが委ねられている。

フランクは「すべての欲望の行き着く果て」にどこに向かうのか? © Netflix. All Rights Reserved. 
フランクは「すべての欲望の行き着く果て」にどこに向かうのか? © Netflix. All Rights Reserved.

ダークヒーロー映画の傑作『ダークナイト』(2008年)のクライマックスで、ヒース・レジャー演じる狂人ジョーカーは、高層ビルから逆さに吊られ、ある意味で永遠に落下し続けながら、人間の道徳心や倫理観の臨界について「ちょっと背中を押しただけで、人はどこまでも堕ちる」と演説した。野望の階段を駆け上るフランクは、ジョーカーのように何処かのタイミングで落下するだろうか。あるいは、落下することなく際限のない欲望の果てにたどり着くのだろうか。この地獄のような道行きに視聴者として同道することは、危険であると同時に甘美でもある。

少なくとも筆者は、次のエピソードをクリックする指を止めることができないでいる。あなたはどうだろうか?

作品情報
『ハウス・オブ・カード 野望の階段』シーズン1~4

Netflixで配信中

サービス情報
Netflix

世界最大級のオンラインストリーミングサービス。190以上の国で8100万人のメンバーが利用している。オリジナルコンテンツ、ドキュメンタリー、長編映画など、1日1億2500万時間を超える映画やドラマを配信。メンバーはあらゆるインターネット接続デバイスで、好きな時に、好きな場所から、好きなだけオンライン視聴可能。コマーシャルや契約期間の拘束は一切なく、思いのままに再生、一時停止、再開することができる。



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