トベタ・バジュン×アート・リンゼイによるポップカルチャー談義

映画音楽からアイドルグループ「つりビット」までを幅広く手掛け、日本のポップカルチャーを世界へ向けて発信する音楽家トベタ・バジュン。彼の約5年半ぶりのソロアルバム『TOKYO GALAXY』には、野宮真貴、坂本美雨、Shing02といったビッグネームから、新鋭の泉まくらまでもが名を揃え、トベタの多様性を示しながら、彼の見つめる現代の東京が見事に描き出されている。

そして、本作のラストトラック“雨の中の噴水”でフィーチャーされているのが、アート・リンゼイ。言わずと知れたNYパンクのレジェンドであり、DNAやThe Lounge Lizardsなどでの活動を経て、現在は生まれ育ったリオデジャネイロに移り、ブラジル音楽を中心に活動を続けている。トベタの師匠でもある坂本龍一をはじめ、日本と深い交流を持つアートは、果たして日本のポップカルチャーをどのように見つめているのか? 「ARTO LINDSAY'S RESTLESS SAMBAS」名義での来日公演が行われた6月、トベタとアートに語り合ってもらった。

僕自身は今もブラジル音楽に限らず、いろんな音楽が好きです。「音楽そのもの」が好きなんですよね。ミュージシャンはみんなそうだと思う。(アート)

―まずは今回のコラボレーションが実現した経緯から教えてください。

トベタ:僕からのオファーで実現したんですけど、実はこの“雨の中の噴水”という曲は、椎名林檎さんをイメージして作った曲だったんです。ただ、そのコラボレーションが実現せず、それならと海外に目を向けてみて、自分のビジョンにぴったりフィットしたのがアートさんでした。最初に送ったラフ音源を聴いて、どんな印象を持たれましたか?

アート:ヴァースからサビに行くところでガラッと変わるのがすごく好きでした。それが初めて聴いたときの印象かな。The Beatlesでも、Nirvanaでも、クラシックなポップソングには、曲の中にいい変化があるんですよね。それが人々の心をつかむ1つの要素でもあると思う。

―そもそも、トベタさんにとってアートさんはどんな存在なのでしょうか?

トベタ:パンキッシュなイメージと、アーティスティックで繊細なイメージが同居している人ですね。昔のニューヨーク時代、DNA(1978年にニューヨークで結成。ノーウェーブと呼ばれるムーブメントを代表するロックバンド)の頃のアグレッシブな激しいものと、ブラジルに戻ってからの繊細なものが一緒になっているというイメージです。

トベタ・バジュン
トベタ・バジュン

―今回の来日では「ARTO LINDSAY'S RESTLESS SAMBAS」名義でのライブが行われますが、これはどういったプロジェクトなのでしょうか?

アート:昔からのプロジェクトの違うバージョン、という感じですね。ブラジル音楽と、アグレッシブなギターをミックスさせること。新しいスタイルをやっているわけではなくて、前からやっていることを発展させているんです。ギターのルイス(ルイス・フィリペ・デ・リマ)はサンバの演奏者で、サンバの伝統的な楽器である7弦ギターを演奏すると同時に、素晴らしいプロデューサーでもある。パーカッションのマリヴァウド(マリヴァウド・パイム)はもう随分と長く一緒に演奏してくれていて、ルイスは幅広い知識と精度の高いスタイルの演奏者だけど、マリヴァウドはストリートスタイルで、そのミックスがとてもいいんです。あとはBuffalo Daughterの(大野)由美子がベースで参加してくれて、小山田圭吾とジム・オルークという面白いゲストも迎えるから、とても楽しみにしています。

アート・リンゼイ
アート・リンゼイ

―トベタさんもボサノバの創始者アントニオ・カルロス・ジョビンのトリビュート作品をプロデュースするなど、ブラジル音楽とは縁が深いかと思うのですが、なぜブラジル音楽に惹かれるのでしょうか?

トベタ:父がボサノバが大好きで、ギターとアコーディオンを弾いていたので、その幼少期の記憶があるというか、父からの影響が強いんですかね。

アート:僕の息子は今11歳だけど、アメリカのアイドルを好んで聴いていて、僕の音楽を聴いてもまったく楽しくなさそうですよ(笑)。まあ、全然構わないんだけどね。彼はまだ子どもだから。つまり音楽の好みというのは、必ずしも父親からダイレクトに影響されるものではないんですよね。それに僕自身は今もブラジル音楽に限らず、いろんな音楽が好きです。「音楽そのもの」が好きなんですよね。ミュージシャンはみんなそうだと思いますが。

トベタ:僕もまったく同じです。アイドルからテクノミュージック、オーケストラまで、何でも分け隔てなくやってますからね。

アート:そう、ほとんどのミュージシャンは音楽そのものが好きだよね。リスナーだったら、なにか1つのジャンルに絞って好むという人もいるけど、ミュージシャンはもっとマインドが開かれているはずなんです。

東京の過去と未来をもう一度見つめ直してみたくなったんです。(トベタ)

―トベタさんは約5年半ぶりのソロアルバムを作り上げましたね。『TOKYO GALAXY』のコンセプトを教えてください。

トベタ:コンセプトはタイトル通りなんですけど、「東京の中の宇宙」と「宇宙の中の東京」を、アングルを変えながら考えることで、東京の過去と未来を詰め込んだおもちゃ箱を作るようなイメージでした。

アート:「宇宙の中の東京」というアイデアはいいですね。空を見上げると、星、星、星と並んでいて、その中に「東京」があるということですよね(笑)。

―アートさんは東京という街にどんな印象を持っていらっしゃいますか?

アート:東京はすごく洗練された都市ですよね。それに、とてもロマンチックな都市でもあると思う。江戸のスタイルにも興味があるけど、日本の西側のほうがもっと伝統やワビサビの文化が残っている。東京はもっとモダンで、いろんな文化がミックスされていて、すごく興味深いスペシャルな街。まさにギャラクシーのようですね。

―トベタさんはなぜこのタイミングで「東京」をテーマにした作品を作ろうと思ったのでしょうか?

トベタ:『東京オリンピック』の開催が決まったからっていうのもあるけど、それだけでもなくて。僕はもともと福岡出身なんですけど、故郷で過ごした時間と、東京で過ごした時間がちょうど同じくらいになってきて、東京という街もすごく思い入れの深い場所になってきました。それで、東京の過去と未来をもう一度見つめ直してみたくなったんです。

―アートさんもブラジルで育ち、ニューヨークへ行き、またブラジルに戻ってきて、その度に音楽性が変化して行った。やはり、土地の持つ力と生まれる音楽には何らかの関係性があると思われますか?

アート:小さな都市から大きな都市に移動して活動をするっていうのは、アーティストにとってよくある話ですよね。私たちアーティストは、できるだけ中心に行って活動をしたいから。でも、音楽に限らず、どんなジャンルのアーティストでも面白いのは、ローカルな部分とユニバーサルな部分を組み合わせることだと思います。ヒューストンで生まれたヒップホップも、メンフィスで生まれたロックンロールも、その土地の要素を含んでいながら、世界中の人が楽しめる。大事なのは、そのバランスですよね。

トベタ:すごく感覚的な話なんですけど、アートさんのボーカルデータがインターネット経由で送られてきたときも、僕の地元である福岡から泉まくらさんのボーカルデータが届いたときも、その土地の風や匂いを感じたんです。なので、僕が演奏したピアノの音にも、東京独特の匂いがついてるのかなって思います。

アート:それはすごく面白いですね。なぜなら、僕のボーカルをレコーディングしたのは家のスタジオで、家の中にはいろんな匂いがあるでしょう(笑)。

―(笑)。

アート:まあそれは冗談として、自分の昔の曲をたまに聴くと、どこで歌っていたかを正確に思い出すことができるんです。レコーディングをしていた部屋も、一緒にいた人も、その日の夜に何を食べたかも、全て音楽を聴くと思い出せる。音楽っていうのはそういうものなんですよね。

アート・リンゼイ

「聴くこと」が一番大切だと思います。音楽を、という意味だけでなく、自分自身に耳を傾けることも、自分の身体に耳を傾けることも大切です。(アート)

―アートさんは多くの日本人ミュージシャンと交流を持っていらっしゃいますが、日本人ミュージシャンならではの特徴ってあると思いますか?

アート:あるとは思うんですけど、ミュージシャンそれぞれに個性があるから、「日本らしさ」というのはあまり考えたことがないですね。日本にもいろんなタイプのミュージシャンがいますし。ノイズミュージックだったり、オーケストラだったり、ポップだったり、ジャズだったり。

―今特に興味があるミュージシャンはいますか?

アート:いつも誰かに関心は持っていますよ。坂本龍一と小山田圭吾はこれまでもよく一緒にやっているけど、その他だったら、カヒミ・カリィとかHair Stylisticsの中原(昌也)さんとか。中原さんはスーパーパンクで、とてもいいミュージシャンですよね。昨日の夜は、伊勢丹でU-zhaanと一緒にライブをやったんだけど、それもすごく良かった。

―アートさんにとって坂本さんはどういう存在なのでしょうか?

アート:彼は素晴らしいミュージシャンであり、僕にとっては良き友人でもあります。一番大切な特性だと思うのは、彼がどんな音楽にも、どこから来た人に対しても、とてもオープンだということ。すごく大きなハートの持ち主ですよね。誰に対しても、いつも優しく気にかけていて、それは彼の音楽からも聴こえてくる。彼の音楽を聴くと、彼という人間そのものが聴こえてくるんです。

―では、トベタさんにとって坂本さんはどんな存在ですか?

トベタ:僕が坂本さんと初めて共演させてもらったのは、彼にデモテープを送ったのがきっかけなんですけど、「世界の坂本」って呼ばれるようなポジションにいながら、やっぱり常にオープンで、インディペンデントな若いアーティストやクリエイターに対してもちゃんと興味を持ってくれるんです。売れてる売れてないとかじゃなくて、そのアーティストの音とか姿勢に対してすごく貪欲だから、そこを一番教えてもらったような気がします。ホントに師匠というか、学ぶところの多い先生です。

左から:トベタ・バジュン、アート・リンゼイ

―やはり、ミュージシャンとして重要なのは「オープンである」ということだと。

アート:そうだと思う。中でも、「聴くこと」が一番大切だと思います。音楽を、という意味だけでなく、自分自身に耳を傾けることも、自分の身体に耳を傾けることも大切です。

トベタ:坂本さんがよく言っていたのは、「いい音楽を作るためには、いい音楽をたくさん聴きなさい」ということなんですよね。いくらいい文章をたくさん読んだところで、それは音楽には還元されないから、音楽を成長させたかったら、いい音楽をたくさん聴くべき。ただ、いい音楽っていうのは、決してアカデミックな音楽ってわけではなくて、メロディー、リズム、ハーモニーという、音楽の三要素がしっかり作られている音楽のことなんです。なので、それがアイドルの音楽であろうと、クラシックであろうと関係なくて、ホントの意味で「いい音楽」から影響を受けることが大事なんだと思います。

今までのカルチャーっていうのが、リア充を中心とした幻想だったような気がするんです。(トベタ)

―トベタさんは今回『TOKYO GALAXY』でアートさん以外にも多くのアーティストとコラボレーションをされていますが、コラボする上ではどんなことを大事にされていますか?

トベタ:僕はコラボレーション自体にこだわっているというわけではなくて、単純にいろんな音を作ってみたいだけなんです。なので今回にしても、「誰をフィーチャーしてる」みたいな感覚はあんまりなくて、音楽に対するホントにフラットな気持ちの表れなんですよね。アートさんもいろんな音楽に興味を持っていらっしゃると思うんですけど、今はどんな音楽に興味がありますか?

アート:特別新しいことへの興味っていうのは今は特にないんですが……でも、ヒップホップを聴くのは好きですよ。なぜかと言うと、プロデューサーに自由が与えられていて、クレイジーなことができるから。ポップミュージックにはいろんな時期があるけど、今のポップミュージックはつまらないと思ってるんです。でも、ポップミュージックが信じられないくらい素晴らしいときもありましたよね。マイケル・ジャクソンとかスティーヴィー・ワンダーは、当時最も革新的な音楽だったけど、あくまでポップミュージックだった。でも、今はそういう時代ではないかな。

トベタ:日本のポップカルチャーについてはどう思いますか? アニメとかアイドルとか、海外に輸出されているものも多いですよね。

アート:アニメは面白いですよね。アニメソングはヒップホップのように、作る側に自由がある。何をやってもいい。アイドルの音楽は……音楽とは言えないかな。ビジュアルがあった上で、音楽が付いているようなものだから。まあ、それが面白いところでもあるんですけど。でも、アイドルはポルノグラフィーのようなものだと思います。それを見て、その奥にある、そのアイドルの人生を見ようとする。でも、結局は作られたものでしかない。

トベタ:じゃあ、アイドルの音楽には興味がない?

アート:いい曲もありますよね。でも、楽曲そのものよりも、ダンスのほうが楽しめるかな。だから、K-POPもいいと思う。日本のアイドルはそこまで詳しいわけじゃないけど、耳にするものは大体似ているように感じてしまうんですよね(笑)。でも、アイドルとアニメの関係性はすごく面白いと思う。アニメは架空のものを現実世界に見立てて作っているけど、アイドルは現実の人間が架空の存在になろうとしているじゃないですか。子どもたちがアニメの世界を真似しようとするのも、面白いと思うんです。

左から:トベタ・バジュン、アート・リンゼイ

―なるほど、確かに。

アート:あと、これは日本だけじゃなくて、アジアの特徴なのかもしれないけど、効果音がすごく面白いですよね。香港のカンフー映画の格闘シーンの「シュッシュ」って音とか、日本のサムライ映画の刀で斬るシーンの「スパッ」って音とか、効果音がすごくクールで、あれはアメリカ人もブラジル人も大好きですよ。その動作の速さの表現の仕方も面白いし、何より音がすごく的確ですよね。映像にああいった効果音が乗っていると、すごく楽しいしワクワクする(笑)。

―では最後に、トベタさんが日本のポップカルチャーの未来についてどのようにお考えかも話していただけますか?

トベタ:僕は今までのカルチャーっていうのが、リア充を中心とした幻想だったような気がするんです。昔のハリウッド映画とかも、リア充に向けたカルチャーだったと思う。だけど、地球のふたをパッと開けてみたときに、リア充よりも非リア充の方が多いってことに、世の中が気づき始めた。アニメやアイドルが海外でも受けているのは、その表れでもあるように思うんです。だから日本のカルチャーはこれからも海外にどんどん出て行くと思うし、それに触発された海外のカルチャーも生まれてくると思う。今までの固定概念が変わって行くようなものが、音楽にしろ映画にしろファッションにしろ、どんどん出てくるんじゃないかって思ってるんです。

リリース情報
トベタ・バジュン
『TOKYO GALAXY』(CD)

2015年9月16日(水)発売
価格:3,240円(税込)
ELSP-0020

1. Magnet Skin(feat. 坂本美雨)
2. Field Work
3. 静かなTOKYO(feat. 泉まくら)
4. 東京銀河 (feat. 橋本一子)
5. Sleepless Night(feat. bo en)
6. Space Loungin'(feat. Shing02)
7. テディベアとパスワード(feat.野宮真貴)ニコラ・コンテre-mix
8. Luna Zuihitsu(feat. FPM)
9. 和心地 relax edit~星野リゾート 界のテーマ~
10. White and Red(feat. DJ OASIS)
11. Sakura Sky
12. 雨の中の噴水(feat. アート・リンゼイ)

リリース情報
トベタ・バジュン
『テディベアとパスワード feat. 野宮真貴』(CD+DVD)

2015年8月26日(水)発売
価格:1,620円(税込)
ELSP-0018/9

[CD]
1. テディベアとパスワード(feat. 野宮真貴)
2. テディベアとパスワード(instrumental)
3. テディベアとパスワード(ニコラ・コンテ instrumental mix)
4. 月の輪郭と午後の雨(feat. ボンジュール鈴木)
5. 月の輪郭と午後の雨(instrumental)
[DVD]
・テディベアとパスワード(feat. 野宮真貴)ミュージックビデオ starring 藤井サチ

プロフィール
トベタ・バジュン

音楽家/プロデューサー。作曲家の坂本龍一氏の門下生として、坂本龍一が設立のプロダクションの所属を経て独立。2008年11月に坂本龍一/高橋幸宏/大貫妙子/キリンジ等をフィーチャーしたソロアルバム『青い蝶』をリリース。同じく2008年には全国公開された映画『西の魔女が死んだ』の音楽を手掛け、映画のヒットと共に注目を集める。国連の世界環境会議(COP10/MOP5)のテーマ楽曲やNEWS23のテーマなどを手掛ける一方で、Salyuや坂本美雨、アイドルグループ・つりビット、Cupitronなど他アーティストのプロデュースも多数行う。2015年9月16日、ニューアルバム『TOKYO GALAXY』をリリース。

アート・リンゼイ

1953年アメリカ生まれの音楽家。3歳から17歳までブラジルで過ごす。1977年、ニューヨークにてバンド「DNA」を結成。ノーウェーブと呼ばれるムーブメントを代表するバンドとなるが、1982年に解散。その後は、The Lounge Lizards、Ambitious Loversなどで活動する一方、ソロミュージシャンとして数多くのアーティストの作品に参加している。



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