初ポルノを撮ったみうらじゅん&安齋肇が、憧れの「変態」を語る

みうらじゅんと安齋肇という気心知れたゴールデンコンビが、この2016年に懐かしい響きすら感じる「ポルノ映画」を制作した。タイトルはそのものずばり『変態だ』。主演にミュージシャンの前野健太を迎え、仲のいい二人が原作と監督を分担して制作したという本気の咆哮。内容を想像するに完全なエロ映画だと思いきや、その全貌はどうやら少し様⼦が違うようだ。

この映画は、我々の誰にも言えない恥ずかしい過去や日常生活の裏に隠し持っている朧げな本能、忘れてしまいたいがまだ整理できずにいる感覚の蓋をこじ開けるかもしれない。各所で話題の『変態だ』に秘められた本意を、常識の範囲外を選んで突き進む二人に尋ねた。

意味が分からないほうが、映画本来の持っている力が出るんじゃないかと思ったんです。(安齋)

―お二人が映画『変態だ』に込めた想いというのは一体どんなものだったのか、というところからお話を伺っていきたいと思います。

安齋:何を込めたんですか?

みうら:家庭に縛られるのか、縄に縛られるか、ですね。

安齋:どっちかですよね(笑)。

左から:安齋肇、みうらじゅん
左から:安齋肇、みうらじゅん

―この映画の主人公である、前野健太さんが演じるミュージシャンは、妻と息子がいながらも愛人との関係を断てない、という役どころですね。

みうら:彼は音楽の仕事で生計を立てていて、一般的な幸福に足を踏み入れつつも、同時に疑問も持っている。その主人公が、映画を通して自分で自分の正体を明かしていく行為が、都合のいい自分を見つける「自分探し」と違って、「自分なくし」になるような気がしていて。自分を暴露していったときに、自分は本当に何がしたいのか、何を想うのか? ということが見えてくる気がするんです。

―確かにそうですね。

みうら:一見、家庭的で可愛らしく見える主人公の奥さんのほうが本当はしたたかで、愛人のほうが純情かもしれない。すべては藪の中でよく分からないですよね。結果、余計に自分自身が分からなくなる。そういう分からなさを音楽を通して追求するのが、この映画の主人公のやっていることなんです。

―なるほど。

みうら:いざ裸一貫になったときに他人はどう思うのか? とか、自分はどうするか? ってことを突き詰めたときに、その最終的な姿というのが、いろいろなことに縛られていたときよりも、自由に見えたり、幸せに思えたり、かっこいいんじゃないかって感じられるような映画を安齋さんに撮ってもらいたかったんですよ(笑)。

みうらじゅん

―それを受けて安齋さんは?

安齋:はじめにみうらさんからもらった脚本を読んだとき、この映画の全体像が分からないというか、何が起こっているのか整理できなかったんです。でも、できごとがそのままどんどん流れていって、全く変な方向にいってしまう、というのをどのようにまとめようかと思ったときに、「あ、わけの分からないままのほうが面白いな」って思ったんですよね。

安齋肇

―というのは?

安齋:僕自身は昔、洋楽ばかり聴いていたんですが、英語を分からないなりに感じて、理解しようと思っていたんですね。でもすごく頑張ったにもかかわらず、結局あとで訳詞を見たら、全然理解できていないことが分かった。

それと同じように、18歳ぐらいの頃に見ていたポルノ映画って、すごく斬新だったんです。見ている側を混乱させて、その意味すら考えさせないぐらいに世界観を拡大させて、ぷっつり終わってしまう。部屋を掃除し始めたら結局、ただ単に散らかっただけみたいな、そんな感じのポルノ映画が沢山あったんですよ。

最近はいろんなことが親切になって、何でも調べればすぐに分かるし、行きたい場所にもすぐに行けるし、すごく簡単に手に入るようになった。そこに「僕らのときはもっと大変だったのに!」というジェラシーがあって、ちょっとだけ意地悪な意図も込めて、意味が分からないほうが映画本来の持っている力が出るんじゃないかと思いました。だから僕のテーマは、「意味を付けない」ということかな。

みうら:まじめか!(笑)

全部結論が出ている時代に、結論を出さないことが面白い。(みうら)

―昔のポルノ映画の影響が今作にあるんですね。

みうら:僕たちが高校生の頃、つまり1960年代後半~70年代のピンク映画は、今では有名な監督が実験的に撮っていた作品が沢山あったんです。わけが分からないオチだったり、説明をすっ飛ばしていたりするんですよ。

みうらじゅん

みうら:ポルノが撮りたくて作っているんじゃなくて、その人が撮りたい世界観をただ撮っただけっていう作品が、三本立て(昔は複数の作品を1つの劇場で上映していた)の中にポンっと入っていた。当時は結構苦手だったはずなんだけど、僕らの世代はそれが心のどこかにひっかかっているんです。それが今、芸術と言われているやつだと思うんですけど、それが宿命みたいに脳裏に残っている(笑)。

安齋:あれは何だったんだろう。

みうら:そう。「あれは何だったんだろう」というのがあって! 安齋さんが言ったとおり、当時のロックも「あれは何だったんだろう」という人たちがいたし、面白かった。それが今の時代にはないんですよね。今全部、安齋さんが言ったことの説明をしているんだけど……!

安齋:ふふふ(笑)。ありがとうございます。

みうら:全部結論が出ている時代に、結論を出さないことが面白いって、たぶん監督はおっしゃったのだと思います(笑)。

既婚者じゃないとこの映画はグッとこないと思うよ。これは既婚者の悩みだもん(笑)。(みうら)

―たしかに、この映画の主人公の行動も、分かるようで分からないというか、何か有り体の答えに回収されるようなものではないですよね。

みうら:特に若い人は、「あんなにかわいい奥さんがいるのに、何でこの映画の主人公は愛人とヤッてるんだろう?」って思うんじゃないかな。やっぱり既婚者じゃないとこの映画はグッとこないと思います。これは既婚者の悩みだから(笑)。

安齋:既婚者はグッと来るだろうね(笑)。

みうら:だから、18歳はまだ結婚していないから、分かんないだろ! という意味でのR18指定です(笑)。

左から:安齋肇、みうらじゅん

―既婚者といえば、お二人はもはや夫婦のような間柄なのでは? と思うことがあります。

みうら:実際、夫婦以上に旅先で会っていたし、ハネムーンのように、二人で旅にいったことも何回もあったし(笑)。駐車場タダって言われたこともあったね(笑)。

安齋:ご夫婦なら駐車場がタダですよって(笑)。

みうら:もう性別が無くなっちゃっているから、この歳になると(笑)。

―お二人がお互いに惹かれるところはどんなところですか?

みうら:安齋さんには僕にないセンスが当然あるわけです。この映画を作るときも、二人が考えていることが違うから成立しています。

安齋:まさにね。じゃなかったら、面白くないですもんね。

みうら:それでも仲がいいのがいいよね! 意見が違うけど仲がいいのが、一番の夫婦の理想ですよね。

安齋:そうやって二人で楽しく暮らしている。暮らしてねえよ!

みうら:暮らしたんじゃなくて、楽しく映画撮ったんだよ!(笑)

みうらじゅん

正常なことをやっているのだけど、それが「変態」的に見えてしまうのが面白い。(安齋)

―最近、「芸術かワイセツか」という問いが取り沙汰されていますが、表現の規制や自主規制が強まる中で、『変態だ』は高らかにポルノ映画と謳ってますね。

安齋:高らかにね(笑)。でも、実際はそういうシーンが少なくて申し訳ないです。この映画は、「ロック」「ポルノ」「ムービー」の3つの要素に分けていて、ポルノ部分は全体の3分の1ぐらい。

高らかに言っているのは、「ポルノ」よりも「変態」についてですね。だから、いわゆるポルノ的なエロシチズムに対して、真正面から向かっているわけじゃなく、やっていることは、普通のエッチをただ覗いているだけ、という感じに近い。全体的にきれいな映像を撮ったつもりだし、すごくスタンダードなことをやっているんだけど、必要以上にキスシーンが長かったり、挙げ句の果てに、精子を3回も見せられるんですよ。

安齋肇

―(笑)。

安齋:そういうふうに、正常なことをやっているのだけど、それが「変態」的に見えてしまうというか、見る側が、屈折した複雑な気持ちになったら面白いなって。主人公がはまっていくSMというのも一見ハードに思えますが、もはや様式美でもあるわけです。

この映画のプロデューサーが、男が愛人をずっといたぶっているシーンを何度見ても笑うんですよ。つまり、様式美はかっこいいはずなのに、それが滑稽に見えるということですよね。しかも、SMの相手である愛人が最後、本当に切ない感じになっていく。感情で変態感を味わってもらう、そういうものを狙いました。

―なるほど……。

安齋:まじめか?(笑)

日本人は、エロに対しても細やかなんだよね。(みうら)

―ところで、エロの分野において、「hentai」という言葉が世界共通用語になっているように、日本は他の追随を許さないところがあると思うのですが、そのあたりはいかがでしょう?

みうら:工芸の世界を見ても分かるように、日本人って昔から細かいんですよ。欧米の人たちの大雑把も昔からじゃないですか。「でかい」「すっごい悶えてる」「ものすごく喘ぎ声がデカい」みたいな。中学生の頃に見たけれど、あれは生殖行為だから。

安齋:ははは(笑)。

みうら:日本のAVは、盗撮物ひとつをとっても、アスリートから特撮まで、ジャンル分けされているし、エロに対しても細やかなんだよね。それは昔からの日本人の癖ですよね。そうじゃないと、運慶も快慶も生まれてない(笑)。

みうらじゅん

安齋:確かに日本のアニメとかもビックリするぐらい精巧ですもんね。

みうら:でもそういう意味では、この映画の笑いのイメージはハリウッド映画かもしれませんね。前野健太に「こんな感じで!」って見せたのは、ロバード・ロドリゲス(メキシコ系アメリカ人の映画監督)の映画で。日本にあの映画のジャンルってないんだよね。そのロドリゲスに安齋さんのセンスを合体してみたかったんです。

ただ、松本清張の小説のような、愛人との関係を深刻に悩んだりする感覚は、もしかしたら今の人にも分からないかも。今は「ゲス不倫」みたいなことになっちゃって、カラっとしているけれど、松本清張が書いているのは、不倫がばれたら全てを無くしてしまうような恐怖がつきまとう時代ですよね。あの頃はもう、いろんな要素が合体しているエロさがあると思います。

モヤモヤ感がずっとあっていいんです。それが生きていくことだと思うんで。(安齋)

―すると、『変態だ』というタイトルは象徴的ですよね。以前、みうらさんは別のインタビューで、「変態」というのはいろんな職業の上にあるものなんだとおっしゃっていました。

みうら:変態の冠は最強です。「変態住職」「変態教師」。みんな職業よりも先に「変態」がつく。位が上ですよ(笑)。

安齋:上なのかな?(笑)

左から:安齋肇、みうらじゅん

みうら:この冠をつけられたら台無し感とキング感は出るよね。

―「変態」と言われて結構嬉しかったり、褒め言葉だったりすることもある気がします。

みうら:今は普通なものと比べて変わっていることを変態というようになったけど、変態という言葉の本来の意味は「変わっていく」ことなんだよ。この映画の中でも主人公は少し変わる。少しだけだけど。

―容姿はすごく変わりますよね(笑)。

安齋:本来だったら何でこんなに変わっちゃったんだろう? って、立ち止まりたくなるけど、この映画はガンガンいっちゃう。僕はもうおじいさんになったから、周りを気にせずにそれができるようになった。

「考えさせない」というのが、この映画の基本的なところなんです。映画館から出た後に「変態だっ!」と叫びたいけれど、なんかちょっと、わだかまりもあるし、やられちゃった感もあるし、私は何を見たんだろう? 最初のシーンは、何だっけ? と思い出せないぐらい、やられちゃう感じの映画になっているなと思いますね。

安齋肇

―「変態」的に自分を変化させていくことができない人が多い中で、みうらさんと安齋さんは、そこを突き抜けていくような人を愛しているんですね?

みうら:ロックも映画もそうだけど、行き過ぎたものや人に対する憧れというのはずっとあるなあ。逆に普通なことに対して嫌悪があるかも。

安齋:みうらさん、嫌悪すらあるんですか(笑)。

みうら:普通もいいんだけどね。嫌悪感ではなく、普通ではいけないなと思ってますよ、こんな仕事をしているから。

安齋:普通のことをしてはいけない。この映画のテーマですね。

―ありがとうございました。スッキリしました。

左から:安齋肇、みうらじゅん

みうら:スッキリしないでしょう(笑)。

安齋:それが正しいんですよ。モヤモヤ感がずっとあっていいんです。それが生きていくことだと思うんで。

作品情報
『変態だ』

2016年12月10日(土)から新宿ピカデリーほか全国順次公開
監督:安齋肇
脚本:みうらじゅん、松久淳
原作:みうらじゅん『変態だ』
主題歌:不合格通知“ジェレミー”
エンディングテーマ:みうらじゅん、前野健太“Kill Bear”
音楽:前野健太
出演:
前野健太
月船さらら
白石茉莉奈
ほか
配給:松竹ブロードキャスティング、アーク・フィルムズ

プロフィール
みうらじゅん (みうら じゅん)

1958年京都府生まれ。イラストレーターなど。1980年武蔵野美術大学在学中に『月刊漫画ガロ』で漫画家デビュー。1982年ちばてつや賞受賞。1997年「マイブーム」で新語・流行語大賞受賞。2005年日本映画批評家大賞功労賞受賞。著書に『アイデン&ティティ』『色即ぜねれいしょん』『アウトドア般若心経』、『いやげ物』『キャラ立ち民俗学』など、多数。

安齋肇 (あんざい はじめ)

JAL「リゾッチャ」のキャラクターデザインや、NHK「しあわせニュース」のタイトル画を手がける。また、ユニコーンや奥田民生ツアーパンフレットのアートディレクション、宮藤官九郎原作の絵本「WASIMO」や作品集「work anzai」、ドローイング集「draw anzai」を出版。テレビ朝日系「タモリ倶楽部」空耳アワー、NHK BSプレミアム「笑う洋楽展」などに出演。ナレーションやバンド活動も行っている。



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