メダルの色よりも輝いている、鬱を嗜む男たち

さてこの本がどういう本かというと、サブカル男子は40歳過ぎると鬱になるらしい。んで、それって本当ですか? と問うていく。うん、なるね、鬱に。と答えをもらう、それだけの本だ。鬱を克服するのではなく、鬱を嗜んでいく。秋の味覚として松茸を味わうように、人生の積み重ねとして鬱を迎え入れていく。開会宣言のようにリリー・フランキーが言う。「20代のときより確実にいまのほうが惑っているし、いわゆる青春的ないろんな嫌なことがあるからね」。

オリンピックを見ていると、夢を叶えたり夢に破れたりしている。一方こちらはテレビの前で、「まぁ夜も遅いし、今日は柿ピー2袋目いくのやめとこかな」という程度の葛藤をしているものだから、ロード・トゥー・ロンドンとイン・ザ・ルームの温度差は露骨でなかなか深刻である。これが最後のオリンピックです、4年前は判定に泣きました、今回は選手生命をかけるつもりで、と有終の美を誓う選手が27歳だったりすると、間もなく30歳になろうとするこちらは、色々と困ってしまう。

去年、サッカー日本代表のキャプテン長谷部誠が『心を整える。』という大ベストセラーを出した。自分を見失わないために、同じ目標をチームメイトと共有するために、何が必要か。そのためのメソッドが、28歳の若きキャプテンから力強く放たれていた。普段言うことを聞かない人でも長谷部の言うことならば聞きそう、そんな気配が本全体から漂ってくる。要するに、クラスに1人、いや学年に1人いたかどうかの、誰もが納得する文武両道の学級委員長的存在。もう何にも言えない。男子には勿論、先生にも女子にも好かれている。

今回の「鬱」伝に集った面々は、先生にも女子にも煙たがられてきた人たちだ。長谷部誠の本を覗けば、「時間を守るために、必ず1時間先に到着するように心がける」「日常品の整理整頓がいかに大切なのか」とある。この「鬱」伝に集った面々は、このメソッドからとっても遠いところにある人々だ。到着しないし、整頓できない、たぶん。長谷部が『心を整える。』ならば、彼らは「心が整わない。」、それどころか「心が管理できない。」人たち。年を重ねて培った自信や評価を、自分への疑いによって颯爽と逃がしてしまう。自分で逃がしてしまったくせにまだまだ拾おうとすると、破れてしまった金魚すくいの紙の膜のように、スカスカとちっとも手応えの無い営みが生まれてしまう。そうすると「人として」などと問い始め、「鬱」状態に突入する。

でも、嗜もう。「鬱」を嗜もう。これは、「長谷部的なもの」から逃れるための、必死で堂々たる手段なのだ。くすぶっている男たちの後ろ姿、いや、わざわざ振り返ってこちらを向いて窮状を訴える様が教えてくれることがある。世の中のメッセージが、「3歩進んで2歩下がる、でも、そうやって少しずつ前に進んでいこう!」というようなポジティブなものに包まれてしまっている。でも、この本に登場する諸先輩方は違う。3歩進んで5歩下がる、つまり、進む度に後退する。それでも進もうと毎度試みる。不器用だ。でも、その不器用さが体を作る。こじらせながら、こじらせた変化や動力で突っ走る。世の中には「うまいことやってる」人とそうでない人がいる。前者をカルチャー、後者をサブカルとするのはいささか乱暴だけれど、サブカルというカテゴリー自体の存在が薄らいでいる現在、どうもうまくいかないサブカル中年が「鬱」を最後のエネルギー源に変えようとしている。そもそも、「サブ」として反意を向けるほど明確な「メイン」もない時代だけれど、「サブ」が無くなったとなれば、自分の奥底の淀んだ部分を加熱してエネルギーにしてみようと試みる、この首尾一貫した「道の外れかた」にはやっぱり惚れ惚れしてしまう。「心を整えない。」生き方を模索させてくれるこの本は、視野狭窄の時代に新しい選択肢を与えてくれるのです。

書籍情報
『サブカル・スーパースター鬱伝』

2012年7月21日発売
著者:吉田豪
インタビュー掲載:
リリー・フランキー
大槻ケンヂ
みうらじゅん
松尾スズキ
川勝正幸
杉作J太郎
菊地成孔
ECD
枡野浩一
唐沢俊一
香山リカ
価格:1,680円(税込)
ページ数:226頁
発行:徳間書店

プロフィール
吉田豪

1970年東京生。プロインタビュアーにしてプロ書評家。専門高校卒業後、編集プロダクションを経て、今はなき『紙のプロレス』に参加。そこでのインタビューのまとめ記事などが評判となり、多方面で執筆を始める。タレント本収集家としても有名で、インタビューの折には資料を駆使した徹底的な事前取材のもと行われる。現在は雑誌・新聞などの活字媒体に限らず、テレビ・ラジオ・ネットから各種イベントまで多彩な活躍を続けている。



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