偉大なるマンネリズム。『釣りバカ日誌』のリバイバルを読み解く

あの牧歌的なシリーズが戻ってきた

貴方は「いやー、この曲、やっぱりいい曲だよねぇ」と感想を漏らしたら、それがはじめて聴く新曲だった、という経験をお持ちだろうか? 私にはある。敬愛するロックバンドAC/DCの新譜だったが、その勘違いはちっとも恥ずかしくない。なぜって、彼らほどマンネリズムのなかで自分たちの音楽を守り抜いてきたロックバンドはいないから。アンガス・ヤング(Gt)がギターでリフを鳴らせばそれだけでAC/DC。ならば時として、なんの曲なのかすらも吹っ飛んでしまうのだ。

高校時代から、映画『釣りバカ日誌』の大ファンになり、毎年映画館へ最新回を観に出かけていた。作り話でもなんでもなく、学生一人で観にきているのが珍しかったからか、近くに座っていたオバ様から上映前にお団子を分けてもらったことがある。『釣りバカ』を上映する劇場内はもれなく牧歌的な雰囲気に包まれていて、ハマちゃん(西田敏行)とスーさん(三國連太郎)が織りなす喜劇に笑い、その都度出てくるヒロインとのイザコザにちょっとだけハラハラし、みち子さんとハマちゃんの「合体」シーンでクスクス笑う、阿吽の呼吸が生まれていた。劇場公開から1年も経たずにテレビ放映されていたはずだが、テレビで見るときには、これを見るのはもう3、4回目くらいかなと思い込むほど馴染んでいたし、ランダムに放送されていたシリーズ初期作は、「あれ、この回はまだ見たことなかったかも?」と思ったら、途中で何度も見た回だと気づく、そんなマンネリズムが反復していた。私にとって『釣りバカ』はアンガス・ヤングのギターリフみたいなものだった。

『釣りバカ』は「平社員の現代史」である

釣りのことしか考えていない平社員・浜崎伝助と、浜崎が勤める鈴木建設の社長・鈴木一之助が繰り広げる珍騒動は、全22作(スペシャルを含む)、2009年の『釣りバカ日誌20 ファイナル』をもって幕を閉じている。三國連太郎は一昨年に90歳で亡くなってしまったが、85歳を超えるまでコメディー映画に出続けていたことになる。ノンフィクション作家の佐野眞一が『怪優伝 ~三國連太郎・死ぬまで演じつづけること~』(講談社)のなかで「あのシリーズをおやめになるのは、三國さんが体力の限界を感じられたからなんでしょうか」と尋ねているが、三國ははぐらかしながら答え、最後の作品にあった「ラストシーンのセリフがえらく気に入りましてね」と続ける。

鈴木建設を退くことを決意したスーさんが、最後の最後で、社員たちの前に立ち、長々とスピーチをする。「会社というものは、重役のためでもない、社長のためでもない、社員のためにある」。そこでようやく、この『釣りバカ日誌』が「ザ・日本企業」とはいかなるものであったかを知らせる役割を担っていたことに気づくわけである。『ビッグコミックオリジナル』に連載を開始したのが1979年、そこから35年間も平社員で居続けるハマちゃんの姿は、「平社員の現代史」と言っても過言ではない。

濱田岳の「ハマちゃん」っぷりに、すっかり安堵する

この10月からテレビドラマ『釣りバカ日誌~新入社員 浜崎伝助~』(テレビ東京系)として復活すると聞いたときには、旧シリーズのファンとしてありがちな懐疑的な反応を示したわけだが、いざはじまってみれば濱田岳の弾ける演技(瑞々しい、という形容すら似合う)にすっかり安堵した。平社員役から社長役に「大出世」した西田敏行は、スーさん役の三國連太郎が時折見せていた、独特の間で生じさせる「とぼけ」を踏襲していて、じつに温かみがある。

舞台設定は「2020年の『東京オリンピック』に向けて好景気に沸く建設業界」(番組ウェブサイトより)と、いま現在になってはいるものの、浜崎自身は新入社員という設定で、将来の妻となるみち子さんとも結婚していない。名物課長・佐々木和男役は谷啓から吹越満へ、みち子役は浅田美代子から広瀬アリスに変わり、映画シリーズでは旧態依然としていたオフィスも、すっかり小ぎれいなオフィスになっている。つまり、諸条件がすべてリセットされているのに、『釣りバカ』らしさがキープされるどころか、膨らんでいるのだから驚く。

『島耕作』でもなく、『半沢直樹』でもなく

ドラマ化にあわせて刊行された『釣りバカ日誌 特別入門編 ~浜崎ちゃんは何故ヒーローになれたのか~』(小学館)に収録されている「島耕作vs浜崎伝助」がおもしろい。両作者の3名(『釣りバカ』からは、やまさき十三・作/北見けんいち・画の両名が参加)による鼎談なのだが、『釣りバカ』の原作者であるやまさき十三が「ぼくは島耕作はイヤなヤツだと思っていますよ(キッパリ)」「さっき読んでみたら、第一話から浮気しているんだよね、島耕作。覚えている?」とふっかけている。『島耕作』シリーズの作者・弘兼憲史といえば、「ザ・日本企業」的人物を権力闘争のなかで力強く描いてきた人。今年の頭、ある月刊誌で、もし重要な案件が生じたときに「子どもの誕生日なので帰らせてください」と申し出る部下がいたら、「僕はその部下を仕事から外しますね」と語り、古臭い価値観だと非難された。会社の机に釣り道具しか入っていない、週末の釣りのことしか考えていない浜崎伝助がぶつかっていくには、島耕作はこれ以上ない好敵手なのであった。

このところ、サラリーマンドラマで爆発的なヒットを記録したのが『半沢直樹』だが、「土下座する・しない」で長回しするのが『半沢直樹』なら、『釣りバカ日誌』はそんな動作にわざわざ時間を割かない。第4回の放送では、「娘と社内恋愛するなんて許さん!」とキレた上司(であり父)に向かって、娘と彼がとっとと土下座していた。そもそも、釣りのときには社長が平社員の弟子になってしまうという、権力が見事に入れ替わっている構図の作品だ。こちらにはとっては実にクラシックな作品だが、初めて見た人には、なかなか実験的で前衛的な取り組みとして受け止められる可能性もゼロではない。

昨今のドラマは、今期のクールであれば『オトナ女子』のように、「『真似したい!』『うんうん、こんなことあるある』という反応が溢れて、ブームが巻き起こらないかなぁ」と企みすぎる傾向がある。『釣りバカ日誌』には、そういった、ブラウン管(死語)の向こう側になにがしかの期待を寄せることが皆無だから、こちらは安心して体をあずけることができる。わずか数週なのに、「このシーン、見なかったっけ?」というマンネリも生じている。そのマンネリがうれしい。民放ドラマが軒並み苦戦するなかでのこのマンネリの発生、まったく稀有な事象である。このまま映画版も制作して欲しい。

番組情報
『釣りバカ日誌~新入社員 浜崎伝助~』

2015年10月23日から毎週金曜20:00からテレビ東京系で放送
監督:朝原雄三、児玉宣久、石川勝己
原作:やまさき十三、北見けんいち
脚本:佐藤久美子、山岡潤平
プロデューサー:岡部紳二(CP)、浅野太、齋藤寛之、竹内絵唄
出演:
濱田岳
広瀬アリス
吹越満
西田敏行



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