「いま」を映すUSポップカルチャー

レディー・ガガが信じた「悪女」の別の顔。『ハウス・オブ・グッチ』に重ねた女性たちへの思い

※本記事には一部本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

ニューヨークの街に現れたメデューサ像が象徴したもの

「悪女」は、古今東西、さまざまな物語に登場してきた。しかし、近年のトレンドは、そうした「悪女」像の再解釈かもしれない。

2020年のニューヨークには「ペルセウスの頭を持つメデューサ」像が出現した。16世紀イタリアの芸術家ベンヴェヌート・チェッリーニによる「メデューサの頭を持つペルセウス」を反転させた作品だ。

ギリシャ神話において、見るものを石に変えていくメドゥーサは、海神ポセイドンと関係を持ったことでアテナの怒りを買って化け物にされたのち、ペルセウスに首を斬られた。対して、ニューヨークの像は、オウィディウス版の解釈をもとに、メドゥーサを「周囲から攻撃された性暴力被害者」と定義している。斬首の関係を真逆にしたことで「被害者」側の勝利を掲げたのだ。アルゼンチンのアーティスト、ルチアーノ・ガルバティが2008年に完成させた作品だが、それから10余年経ち、性的暴力を告発する#MeTooムーブメントの象徴として米国に設置されたのだった。

ルチアーノ・ガルバティによる「ペルセウスの頭を持つメデューサ」像

「悪」とされてきた存在を再検証し、それらを「悪」とみなした当時の社会のバイアスを炙り出す……こうしたアプローチは、ここ5年以上、米大衆文化のトレンドになっている。特に活発なのは、人種問題の提起、そして、フェミニズム的視点だろう。

たとえば、Amazon Prime Video配信のドキュメンタリー『ロレーナ事件 ~世界が注目した裁判の行方~』は「夫の局部を切断した妻」としてセンセーショナルに注目されたヒスパニック系移民女性の事件を追いながら、1990年代当時の米社会の家庭内暴力の扱いや人種差別的報道を浮き彫りにしていく。

実話をベースとする映画『ハウス・オブ・グッチ』においてレディー・ガガが演じる主人公パトリツィアのイメージは、近代史における「悪女」の代表のようなものだ。1990年代イタリアで起こったラグジュアリーブランド創業一族、グッチ家当主暗殺事件において、被害者の妻であった彼女は「金目当てで男に近づいた悪女」として喧伝されていったのだから。それを2020年代に映画化するなら、フェミニズム的な再解釈を行なう余地がある……はずなのだが、ここには一つ、大きな問題がある。

パトリツィアは、夫であった被害者マウリツィオ・グッチの殺害を計画した張本人なのだ。概要としては、1970年代に裕福な出身ではないパトリツィアがマウリツィオと結婚。しかし1980年代には別居に至ったのち、マウリツィオが離婚を切り出したことで、パトリツィアは殺し屋を雇って1995年に彼を暗殺した。つまり、彼女は夫を殺している。冤罪でもない限り、一般倫理において「悪い」ことは確定しているのだ。では、この映画は、パトリツィアをどう描いたのか?

メロドラマ調で描かれるグッチ一族のスキャンダル。レディー・ガガは「女性と生存の物語」を見出した

リドリー・スコット監督作『ハウス・オブ・グッチ』は、賛否両論を巻き起こした。関係者が存命の殺人事件を扱いながら、滑稽なところもあるメロドラマ調だったのだ。

パトリツィアとアダム・ドライバー演じるマウリツィオの出会いから暗殺までを描くなかでは、グッチ家の男たちの骨肉の争いも描かれている。ベテラン俳優が揃うファッション帝国版『ゴッドファーザー』といった趣もあるが、ジャレッド・レトが「純朴な愚鈍」かのように演じるパオロ・グッチ(グッチ創業者グッチオ・グッチの孫の一人で、マウリツィオの従兄弟)を筆頭に、コメディーのような雰囲気も醸している。こうした作風、その内容は、実際のグッチ一族の末裔の怒りを買い、抗議の声明を出されるまでに至った。

その批判に対して、アル・パチーノ演じるアルド・グッチ(マウリツィオの叔父、パオロの父)の脱税、そして件の暗殺事件を理由に「(当時のグッチ家の人々をめぐる出来事は)パブリックドメインの範囲内だ」という見解を示したリドリー・スコットだが、映画作品としての本題は、何を描こうとしたかだろう。

ここで重要なのは、レディー・ガガの起用理由だ。リドリーは、パトリツィア役の条件として、美や危険性に加えて、知性を挙げている。一方、劇中では、上流階級出身ではないパトリツィアとグッチ家の階級格差が強調されていく。舅から拒絶されたパトリツィアは、のちに、乗り気ではない夫を促すかたちで、ファッション帝国を自分たちのものにしようと画策する。彼女は「グッチ家に入りたいが入れてもらえない人物」なのだ。

夫を出世させたパトリツィアが、グッチの偽物商品を取り締まろうと社内で提言する場面がある。しかし、彼女に対し、アルドは「男の話に女が口を出すな」とはねつける。このあと、アルドは話をつづけるが、カメラがピントをあてるのは、不服そうに煙草を吸うパトリツィアの顔……リドリーいわく、グッチ家とのあいだに決定的な溝が生じた瞬間だ。

じつのところ、現存のグッチ家が最も怒りを示したのが、こうした描写だ。『ハウス・オブ・グッチ』におけるパトリツィアは、ビジネスの野心と素養がありながらも、グッチ帝国の性差別的な男たちに軽んじられてきた存在として描かれているのである。自身も女性として音楽業界をサバイブしてきたレディー・ガガは、本作を「女性と生存の物語」にしたかったと語る(*1)。 

「断言できるのは、夫を撃ってはならないということです。しかし、私の愛と願いは、男性社会で生き抜きながら重要な存在になろうとしている全ての女性に向けられています」(レディー・ガガ)(*2) 
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そしてもう一つ、重要な解釈が存在する。リドリー・スコット監督は、本作におけるパトリツィアは本気でマウリツィオを愛していた、と考えたようなのだ。この言葉を聞いたガガは、一気に役に没入していったという。彼女は以下のように語っている。

「(パトリツィアは)夫を愛しただけでなく、夫の存在とグッチ家の家業が自分にもたらす権力を愛した」「パトリツィアにとってのグッチとは、生き延びる術、サバイバルの手段。それまでの人生を通して自分が重要だったことは一度もなかった彼女が、重要になる機会だったのだと思う」(*本作プレス資料より)
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パトリツィアのバディとも言える占い師を演じたサルマ・ハエックは、本作をこのように要約している。

「金目当てに男を誘惑する女にしか見られないけれど、その男を心から愛している女性の物語」(*同上)
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「愛と野心のパトリツィア像」を信じたレディー・ガガ。世間から中傷も浴びてきた女性ポップスターによる「悪女」の再解釈は他にも

『ハウス・オブ・グッチ』は、このような「悪女」像の再解釈を行なっている。「金目当てで男に近づいた悪女」と語られてきたパトリツィアは、本作において、グッチ家の権力に魅入られていたと同時に、夫を本気で愛していた。しかし、争い合う周囲の男性陣が彼女をむげにしたこと、彼女が夫とその権力を己の存在理由にしてしまったことも働いて、殺人事件にまで発展してしまったのだ。

ガガは、この物語を「女の価値は夫によって決まる」と教育された女性にまつわる警句的な話だと唱えている。

本作で演じた役を「悪女(evil woman)」と呼ばれることを拒むレディー・ガガは、愛と野心のパトリツィア像を本気で信じているようだ。そして、フェミニズム的信念とも言うべき解釈を演技に直結させている。たとえば、マウリツィオとの関係が悪化したあと、男性弁護士に向かって叫ぶ劇中後半のシーンについて、彼女は「世界中の女性たちのために、私たちが実際にやってるみたいに叫んだ」と明かしている。「あのような行動でうまくいくわけではないけど、リアルでしょう」(*2)

劇中のパトリツィアは上流階級における「部外者」だが、繊細に変化していく名優たちをよそにパワー全開で邁進するレディー・ガガも「異端」の存在としてドラマを牽引している。ある種、悲喜劇に炎をともすようなガガの演技に賭けた映画とも言える。

『ハウス・オブ・グッチ』は物議を醸したトリッキーな作品だ。それでも、事件の関係者であるデザイナー、トム・フォードが認めたように、これが「レディー・ガガの映画」であり、彼女の役者としての力を証明した作品であることは確かだろう。

ちなみに、こうした「悪女」像の再解釈をする映画に携わった女性ポップスターは、レディー・ガガ一人ではない。マドンナは、2011年の監督作『ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋』において、イギリス王太子と不倫関係になったことから糾弾されていった女性ウォリス・シンプソンを多層的に描いてみせた。ジェニファー・ロペスが製作・出演した2019年作『ハスラーズ』にしても、その脚色が批判されたものの、詐欺事件を起こした実在のストリッパーたちのドラマから経済格差とシスターフッドを照らし出している(関連記事:『ハスラーズ』の怒り。オスカー候補から漏れた事実も物語と共振)。

物議を醸した作品群ではあるが、そのいずれも、挑発的な女性表象が連なる各人のディスコグラフィーと地続きと言える。世界的に有名な女性として中傷も浴びてきた音楽スターたちによる「悪女」像の解体は、大衆文化の劇薬として、今後も継承されていくだろう。

『ハウス・オブ・グッチ』予告編
作品情報
『ハウス・オブ・グッチ』

全国上映中

監督:リドリー・スコット 
脚本:ベッキー・ジョンストン、ロベルト・ベンティベーニャ
原作:サラ・ゲイ・フォーデン『ハウス・オブ・グッチ 上・下』(ハヤカワ文庫)
出演:
レディー・ガガ
アダム・ドライバー
アル・パチーノ
ジャレッド・レト
ジェレミー・アイアンズ
サルマ・ハエック
ほか
配給:東宝東和


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