世界の「お札の顔」、女性はわずか10数%。紙幣の肖像から浮かび上がるジェンダーギャップ

世界35か国で紙幣の肖像に描かれている、エリザベス2世

「お札の顔」とも言える紙幣の肖像。日本では、1万円札のことを福沢諭吉の肖像に倣って「ユキチ」と呼ぶなど、紙幣に対する親しみを抱かせるひとつの要素となっている。

そんな紙幣の肖像に、海外ではどのような人物が選ばれているのだろうか?

2021年、イギリスで決済サービスを提供するMerchant Machineが世界の主要な法定通貨を調査したところ、男性を肖像として描いている紙幣は、世界で88%を占めることがわかった(*1)。

2017年にもスウェーデンの個人ローン会社Advisaが世界の紙幣1,006枚を分析する調査を行なっているが、紙幣に描かれる女性の肖像の割合は15%と結論づけている(*2)。いずれにせよ、女性の肖像が男性に比べて極めて少ないことに相違はない。

紙幣の肖像に最も多く起用されている女性は、イギリス女王のエリザベス2世。イギリスだけでなく、カナダやオーストラリア、ニュージランドなど35か国の紙幣に用いられている(*1)。かつてイギリスは世界に領土を誇る「大英帝国」を築き、その後各国が独立。「イギリス連邦」へと移行したいまも、紙幣からその歴史的な結びつきをうかがい知ることができる。

また、エリザベス女王の紙幣は、本人の年齢に応じて肖像画が改訂されていることでも知られている。初めて1ポンド紙幣に登場した1960年には30代中盤の姿が、1990年以降の紙幣には60歳ごろの姿が用いられている。イギリスのような君主制の国では現役の国王や女王を紙幣の肖像に選ぶケースが多く、本人の容貌の変化に合わせ10年程のサイクルで改訂するのが通例となっているという。

日本初の紙幣の肖像は、日本神話のジャンヌ・ダルク的存在

日本の紙幣の歴史をさかのぼってみると、初めて肖像が登場したのは1881年(明治14年)。政府が発行した改造紙幣に神功(じんぐう)皇后が描かれた。神功皇后は「古事記」や「日本書記」に登場する伝説上の人物で、日本神話のジャンヌ・ダルク的存在――なんと日本初の紙幣の肖像は、女性だったのだ。

この次に女性の肖像が起用されたのは2004年のこと。現在流通している日本銀行券の5,000円札の顔である樋口一葉だ。日本ではこれまで17人の肖像が紙幣に描かれてきたが、女性はこの2人だけ。

2024年には紙幣のデザインが刷新される予定で、新5,000円札には女性の肖像として3人目となる津田梅子が起用される。日本初の女子留学生としてアメリカへ渡り、女子英学塾(現・津田塾大学)の創設者として知られる教育学者だ。まだ女性活躍が難しい時代に、国際的教養のある女性を育成し、日本女性の地位を向上しようと邁進した人物である。

紙幣の肖像に女性が極端に少ない理由

紙幣に肖像を入れることが一般的になったのは、19世紀後半以降になってから。その背景には偽造防止効果を高める狙いがあったという。私たち人間の目は、人の顔や表情のわずかな違いに気づくことができる能力が備わっている。紙幣の真贋を見分けるため、その特性が活かされたのだ。

また、肖像に男性が多く起用された理由にも、偽造防止の観点があるとのこと。日本の紙幣に描かれた肖像をずらりと並べてみると、その多くが年配の男性だ。ヒゲやシワ、髪の毛など細かく複雑な線で描く部分が多いほど、真似るのが難しくなるそうだ。

さらに、女性のように凹凸の繊細な顔や表情を表現するには高度な印刷技術が必要となり、肖像に女性が起用されない要因となっていた。ただし、現在は印刷技術も飛躍的に向上し、女性の肌や表情も美しく表現できるようになった。

「女性」ではなく、人物像に注目が集まる時代に

現在、世界で使用されている紙幣の女性たちを見てみると、先に伝えたエリザベス女王2世のほかに、スウェーデンでは、2015年に一新された20クローナ札に児童文学作家アストリッド・リンドグレーンの肖像が用いられている。彼女の代表作の『長くつ下のピッピ』や『ロッタちゃん』は、日本でも長年愛される名作だ(ちなみにこのお札の右端には「ピッピ」が小さくあしらわれている)。スウェーデンでは、ソプラノ歌手のビルギット・ニルソンやハリウッド女優のグレタ・ガルボなども紙幣の肖像に起用され、その男女比率は等しい。

アメリカでは2016年、20ドル札の肖像に初の黒人女性となる奴隷解放運動家のハリエット・タブマンを起用すると発表。その後トランプ政権下でデザイン変更は一時棚上げとなったが、2019年より再開が発表された。ホワイトハウスのジェン・サキ報道官は「わが国の紙幣が歴史や多様性を反映したものであることは重要で、タブマン氏が新20ドル札の肖像になるのはまさしくそれを反映する」と述べている。

とはいえ、紙幣の肖像に10数%しか女性は起用されていない現実に、女性の社会進出が制限されてきた歴史の影響を感じざるをえない。多くの輝かしい功績を残した女性たちは、果たして多くの男性たちと同じように評価されていると言えるだろうか?

今回、日本の新札に津田梅子が選ばれたのは、ジェンダーギャップ解消への強い意志表明、女性をエンパワメントするメッセージだと捉えたい。

新しい紙幣に女性が選ばれたとき、「女性」であることが注目されるのではなく、どんな人物であるかが注目される。そんな社会の視点が当たり前になることを願う。

*1:Merchant Machine「The Future of Gender Equality on Banknotes」(記事を開く

*2:Advisa「Dead Men On Dollar Bills」(記事を開く



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