「いま」を映すUSポップカルチャー

ハリウッドのロマコメ映画はなぜ衰退し、どう再興を遂げたか? 多様化するジャンル映画が映すもの

かつて一大ジャンルだったロマコメ映画は、なぜ「滅亡」の危機に瀕したのか

「かつて結婚は仕事上の取引であり愛はなかった いまはそこでつまずくところだ」

「ずっと信じてきたの 女性に不利なルールを 『プロポーズを待って男の条件に従う』……いまこそ改革しないと」

新作映画『マリー・ミー』における男女のやりとりは、まさにロマンティックコメディー的だ。

「ロマコメ女王」としても名高いジェニファー・ロペスが演じる人気歌手キャットは、コンサート中に婚約者の浮気が発覚し、慌てて目についた観客の一人にプロポーズしてしまう。上記の会話は、無茶な婚約をして記者会見を開いた二人が掲げた「結婚観改革」……つまるところ、主に女性向けの恋愛ファンタジーを提供するロマコメ映画にありがちな、非現実的シチュエーションといえる。しかし、旧時代の結婚観を批判する内容は、ジャンルそのものが置かれる現在の境遇も表しているかもしれない。

「驚異的に白く、信じられないほど異性愛主義」

いまではこのような言葉で語られるロマコメ映画は、2010年前半「滅亡したジャンル」と評されることになった。

アメリカにおけるロマンティックコメディーの歴史は、ハリウッドとともにある。『アカデミー賞』を総なめした1934年作『或る夜の出来事』を筆頭に、名作を挙げればきりがない。

ただし、21世紀のロマコメ像の基盤をつくったのは、米国でもっとも興行収入を稼いだロマコメ映画10本のうち9本もの作品が生まれた1990〜2000年代だろう(*1)。当時、ジュリア・ロバーツ主演『プリティ・ウーマン』(1990年)といったスター女優が刺激的な恋愛を繰り広げるロマコメは、中規模予算で莫大な利益をあげるジャンルだった。それが2010年代に入ると、劇場から影を潜めたのである。ロマコメジャンルの興行収入シェアは、1999年に11%を記録していたが、2012年より急落していき、17年には1%を切った(*2)。

『プリティ・ウーマン』は1990年の全米興行収入3位を記録

なぜ、ロマコメ映画は「滅亡」の危機に瀕したのか。一つはビジネスの都合だ。2010年代以降、アメリカの映画スタジオは、スーパーヒーローものなど、グローバルに稼げる超大作シリーズにリソースを注いでいった。連作化が難しく、国内文化に準拠したユーモアも多いロマコメは稼ぎにくくなったと言われている。

もう一つの要因は、主流ロマコメのストーリーそのものにもある。『君への誓い』(2012年)を手がけたマイケル・スーシー監督は、2013年当時、このように語っている。

「観客は、ロマンスに飽きたのではなく、ロマンス映画の『お決まり』にうんざりしているのです」(*3)

1990年代から2000年代にかけて絶頂を迎えたロマコメ映画は、量産された結果、飽和状態に達したのだ。

「最上の幸福」としての結婚、中産階級の白人中心で異性愛規範的……旧来のロマコメ映画を象徴する世界観

そもそも、ロマコメ映画は「お決まり」な展開になりがちなジャンルである。もちろん、女性の社会進出や性の意識の変化など、時代とともに変化もしてきた。それでも、約2時間という尺の都合上、おおむね、男女が関係を発展させ、危機にも陥りながらハッピーエンドを迎える恋愛ものになる。

「だいたい結婚式が最上の幸福」。そう説いたのが、2019年、ジャンルへの愛と問題意識を巡るドキュメンタリー『Romantic Comedy/ロマンティック・コメディ』を監督したエリザベス・サンキーである。サンキーいわく、多くのロマコメ映画の女性主人公は、男性との恋愛を至上の目標に掲げて奔放する。自分の性的欲望は不在であったり、仕事は「恋人がいないむなしさ」を埋めるためのものに過ぎなかったりすることも多い。

『Romantic Comedy/ロマンティック・コメディ』はAPARTMENT by Bunkamura LE CINÉMAで配信中

さらに、アメリカの主流ロマコメというと「白い異性愛主義」、つまりは異性愛者の白人キャラクターばかりのジャンルと言われる。登場人物が中産階級以上の設定もつきものだ。仕事を解雇されて無職になった主人公が元恋人探しに熱中する2011年作『運命の元カレ』のように、経済的不安とは無縁かのような世界観も珍しくない。

さまざまな描写に時間をかけられるテレビシリーズの場合、文化や傾向も異なる。ただ、ロマコメ全盛期の雰囲気を表す例としては、映画版も制作された1998年〜2004年作『セックス・アンド・ザ・シティ』シリーズがある。

「結婚=幸福と考えない新時代の女性たち」を描いて文化現象となった同作は、2008年公開の劇場版を含めると、4人の主人公のほとんどが異性婚に落ち着く結末を迎えた。この着地を悔やんだプロデューサー、ダーレン・スターは「それまでの作品と違って、女性が結婚を究極の幸せにしないということで愛された作品だったのに従来のロマンティックコメディーになってしまった」旨を吐露している(*4)。

『セックス・アンド・ザ・シティ』は2021年に17年ぶりの続編が配信された

ここで、冒頭で引いた『マリー・ミー』の結婚観問題が浮かび上がる。ロマコメの「お決まり」が飽和状態になった2010年代序盤のアメリカというと、初の黒人大統領バラク・オバマ政権の時世である。非白人若年層の増加、一般人が発信力を持てるSNSが普及していった背景もあり、人種やセクシュアリティの多様性、第四波フェミニズム、格差問題への関心が熱を帯びていった頃だ。

オバマ政権が発足した2009年当時「ロマコメの女王」と謳われながらジャンルからの卒業を宣言した女優サンドラ・ブロックは「唐突にロマコメが『chick flick』と見下されるようになり、嫌になってしまった」旨を振り返る。

「chick flick」という言葉には「非現実的で軽薄な女性向け映画」のようなニュアンスが含まれる場合も多いため、ジャンルに投げかけられてきたミソジニックな視点も感じさせる。同時に、推測できることは、恵まれた白人たちが異性婚を「至上の幸福」としがちな主流ロマコメ映画が、米国社会において「時代遅れ」になっていったことである。

滅亡ではなく再興。新たにロマコメを牽引したのは、ストリーミングと「これまで描かれてこなかった人々」

それでも、ロマンティックコメディーが滅亡したわけではなかった。「白い異性愛主義」状態から変化を遂げて生まれ変わったと言ったほうがいいだろう。

2010年代終盤、比較的小規模オーディエンス向けの製作が可能なストリーミングサービスにて、華々しきロマコメ復興が起こったのだ。特に好況なのは『好きだった君へのラブレター』シリーズ(2018年〜)を筆頭とするティーン向け作品だ。

2021年の3作目で完結したNetflixの人気オリジナル映画シリーズ『好きだった君へのラブレター』

成人向きの「お決まり」すら、新たな旋風を巻き起こした。伝統的ロマコメ構造を用いながら「白い異性愛主義」に該当しない層、つまりこれまで描かれてこなかった人々を描いた映画が、ジャンル再興を牽引したのだ。

2018年、ほぼオールアジアンキャストの劇場映画『クレイジー・リッチ!』は、アジア系コミュニティーで熱狂を巻き起こしていき、非1990〜2000年代公開作として唯一のロマコメ歴代興行トップ10入りを果たした。大学教授の主人公が富豪パートナーの家族と渡り合っていくその内容は、1979年生まれのジョン・M・チュウ監督が愛好してきた伝統的ロマコメに倣いつつ、ジェンダー表現などの価値観を刷新させたものだという。

「お決まり」なロマコメ構造を用いたクィア恋愛映画に込められた願い

2020年代に入ると『ハピエスト・ホリデー 私たちのカミングアウト』(2020年)、『シングル・オール・ザ・ウェイ』(2021年)と、クィア主人公のホリデー映画が立て続けに配信されていく。

クリスマス帰省でのトラブルを描いた両作は「あまりに『お決まり』なロマコメ構造」だとして、批評家からネガティブ評価を受けることもあった。しかし、それこそが制作陣の狙いであり、願いだった。

『シングル・オール・ザ・ウェイ』のマイケル・メイヤー監督は、同作を通して「LGBTQIA+コミュニティには多様な物語があること」「それらは必ずしも同性愛差別に関連するものではないこと」を伝えたいと考えていた。主演のマイケル・ユーリーも、その姿勢を宣言している。

「ほかのクリスマス・ロマコメとの違いは、主人公がクィアであること、それだけです。私はこの事実を誇りに思います」

「カミングアウトの話はありません。映画全体を覆うトラウマ要素もない。この映画が描くのは、喜び、仕事の楽しさ、そして息子を愛する家族の存在です」(*5)

2021年12月に配信されたNetflixオリジナル『シングル・オール・ザ・ウェイ』
クリステン・スチュワートとマッケンジー・デイヴィスが恋人を演じた『ハピエスト・ホリデー 私たちのカミングアウト』

多くの「お決まり」ロマコメは、非現実的な夢世界だ。不思議なほど経済的不安と切り離された状況は『シングル・オール・ザ・ウェイ』にも共通している。こうした恋愛ファンタジー偏重は、長らくジャンルの短所として批判されてきた。

しかしながら、すべての映画が現実的、あるいは画期的プロットである必要はないだろう。むしろ、夢を提供するのも映画の力のはずだ。「白い異性愛主義」状態から変容を重ねて表象を多様化させている現行ロマコメ再興は、ある種、ジャンルの根源的魅力の再証明でもあるのではないか。

「ロマコメジャンルにおける非白人リーダー」を目指すジェニファー・ロペス

多様な人種のキャストがロマンスを繰り広げる時代劇ドラマ『ブリジャートン家』(2020年〜)の大ヒットが示唆するように、人とのつながりが激減したパンデミック危機によって、気楽に観られる幸福なフィクション需要の上昇も見込まれている。

かつてロマコメを牽引した女王たちのカムバックもつづく。「良い脚本がなかった」として20年間ジャンルから遠ざかっていたジュリア・ロバーツは、ジョージ・クルーニーとの共演映画『Ticket to Paradise』(2022年)にて帰還予定だ。

なかでも劇場映画業界で注目されているのは、他ジャンルと合体させたハイブリッド型ロマコメだ。

2022年には「サンドラ・ブロック10年ぶりのロマコメ帰還」とも評されたアドベンチャー活劇『ザ・ロストシティ』がスマッシュヒットを記録した。『マリー・ミー』にしても、人気歌手であるジェニファー・ロペスとマルーマが歌唱を披露する「音楽体験映画」の顔を持っている。

サンドラ・ブロックとチャニング・テイタムの共演作『ザ・ロストシティ』は3月に全米公開され、それまで1位だった『ザ・バットマン』を上回り、全米興行収入初登場1位を記録。日本公開は6月24日

ちなみに、ラティーナであるロペスは『ウェディング・プランナー』を成功させた2001年頃より「白人ばかりのロマコメジャンルにおける非白人リーダーになること」を目標に掲げてきたという(*6)。事実、ロバーツやブロックと異なり、ジャンル人気が低迷した2010年代にもロマコメ映画への出演、制作関与をつづけている。

彼女が目指すのは、社会のマジョリティーに属さないメインキャストが「珍しいもの」として扱われない世界だ。道はまだまだ険しい。しかし、いまや、ラテン系でありながら主演が「お決まり」状態となった「ロマコメ女王」ジェニファー・ロペスの存在そのものが、一つの到達点ではないだろうか。

4月22日に日本公開される『マリー・ミー』予告編

*1:Genre Keyword: Romantic Comedy - Box Office Mojo(外部サイトを開く
*2:The Numbers - Box Office Performance History for Romantic Comedy Movies(外部サイトを開く
*3:R.I.P. Romantic Comedies: Why Harry Wouldn’t Meet Sally in 2013 – The Hollywood Reporter(外部サイトを開く
*4:Amazon.com: Darren Star: The Kindle Singles Interview (Kindle Single) eBook : Blum, David: Kindle Store(外部サイトを開く
*5:Netflix's 1st gay holiday rom-com 'Single All The Way' is superb (外部サイトを開く
*6:Jennifer Lopez, Scarlett Johansson, Lupita Nyongo and the Actress Roundtable – The Hollywood Reporter (外部サイトを開く



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