『メタモルフォーゼの縁側』が描く、社会的立場を超えた出会いの喜び。17歳と75歳をつなぐBLの力

17歳と75歳。二人の女性が共通の趣味である「ボーイズラブ(BL)」を通して友達になり、お互いの世界を少しずつ広げていく。そんなささやかな出会いを描いた漫画、『メタモルフォーゼの縁側』(作:鶴谷香央理)は発表されるやいなや大きな反響を呼んだ。連載開始後1年で『「このマンガがすごい!2019」オンナ編』第1位を獲得し、完結後にはなんと実写映画化が決定したのだ。

主人公であるうららと雪を演じるのは芦田愛菜と宮本信子。劇中のBL漫画『君のことだけ見ていたい』の作画は『黄昏アウトフォーカス』シリーズなどで知られるBL作家・じゃのめが担当している。

着実に人気を集め、支持の輪を大きく広げていったこの作品。その魅力は、どのようなところにあったのだろう。そして、二人がBLによってつながったということには、どんな意味があるのだろう? この作品が描いたものはなんなのかを考えていく。

二人をつないだ趣味は、なぜ「ボーイズラブ」だったのか

『メタモルフォーゼの縁側』の二人は、「ボーイズラブ」を通してつながった。しかし、世の中にはBL以外にもさまざまな趣味があり、それを通して出会った人もたくさんいる。なぜ、ここで二人をつないだものはBLだったのか。

それは、現代の日本において、これだけ立場も属性も(年齢・階級・職業など)違う二人の女性がフラットに語り合えることが想像できるような場所。その数少ないひとつがBLファンのコミュニティーだったからではないだろうか。

「ボーイズラブ」とは、それを愛好する人々の積極的な参加によってつくり上げられてきたジャンルだ。その先駆けの一つである伝説的雑誌『JUNE』は1970年代後半の創刊時から同人で活躍していた作家を多数招聘、漫画・小説指導コーナーなどを通して積極的に読者との交流を行ない、ジャンルの発展に大きく寄与した。いまでは当たり前になった「カップリング」「攻め・受け」などの「お約束」も、人気作品の二次創作を通し1980年代に集合的に確立されたものである。現代においても同人活動で人気を得てからプロデビューする例は数多い。商業ジャンルとしてBLが確立したいまも、ファンによるコミュニティーの影響力は依然として大きい。

そして、このコミュニティーにはある特筆するべき点がある。ここに属することで、多くの女性たちは異性愛中心的な抑圧から束の間であれ距離を取ることができるようになるのだ。

「強制的異性愛」の圧力から一時的に女性たちを解放する場、としてのファンコミュニティー

どういうことだろうか。社会学者の金田淳子が指摘するように(*1)、女性が主な成員であり、もっぱら男性同士の関係性が解釈の対象となるこのコミュニティー内においては、「男性→女性」という異性愛的な解釈のコードは存在しない。ここで女性は「まなざされる」客体ではなく、自らの欲望を語る「まなざす」主体となることができる。また東園子は、このコミュニティー内において問われるのは「いったいなにに萌えているのか」ということのみで、そのような女性同士の共同性は異性との関係から女性のあり方をはかる社会規範を相対化する可能性を秘めている、と分析する(*2)。

男性同士の関係性について語り合うことが最も重要な目的となる空間。それはつねに異性との関係・性愛から人をはかろうとする社会の「強制的異性愛」ともいえる圧力から一時的に女性を解放し、人々をBLに対する「好き」のみで結びつける。BLのファンコミュニティーとは、東によれば「さまざまな属性の女性たちが集まり、共同性を育むことができる『おしゃべりの場』」なのである。

BLに対してなされてきた、「ゲイ差別ではないか」という批判的な問題提起

ひるがえって『メタモルフォーゼの縁側』を、そのような視点から見てみよう。すると抑圧から離れた場所で他者と交流する楽しさを、とても明るく描いた作品だとわかる。次節ではそれを具体的な作中の描写から分析していこう。

しかしその前に、このあり方はゲイコミュニティーとの間で一定の緊張関係にあることも言及しておかねばならない。主に女性により女性読者向けにつくられてきたBLは、同時にゲイ男性を描いた同性愛表象でもある。マイノリティーを当事者ではない立場から「まなざし」、描くことには暴力性がないか。また作中の描写はホモフォビアの再生産につながってはいないか。このような批判的な問題提起、そしてBLコミュニティーからの応答の例としては、1990年代の「やおい論争」が有名である。

溝口彰子はやおい論争が起こった1990年代BL作品の「定型」は、女性たちのさまざまな社会規範への異議申し立てとしての側面を含みつつも、社会に存在するホモフォビアを受け入れ再生産するものでもあったと分析する(*3)。そしてBLコミュニティーはゲイ当事者からの批判を受け、彼らという「他者」を意識するようになった。それは現実の状況を踏まえながらミソジニーやホモフォビアについて真摯に向き合い、よりゲイフレンドリーな世界を想像するような作品、「進化系BL」の増加につながったと溝口は著書『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(太田出版)のなかで論じる。

前川直哉は『BLの教科書』(堀あきこ・守如子編、有斐閣)のなかで、実証の難しさからこの主張を「全て肯定すべきかは議論の余地がある」としつつも、女性たちがゲイコミュニティー側からなされてきた異議申し立てに真摯に応答を続けてきたことに注目しており、またその結果変わってきたBLが実際にゲイの読者を獲得していることにも触れている(*4)。

BLコミュニティーは女性たちが抑圧から距離をとることができる場所ではあるが、そこで展開される表象が現実のマイノリティーの存在と接続しうる以上、差別と無縁であることはできない。BLに関わるすべての人間には、マイノリティーの存在や意見をないものとせず、どのような表象を目指すべきかを考え続ける責任があるといえるだろう。

「おばあちゃん」「女子高生」という記号から距離を置き、BLを通して共同体を育む雪とうらら

『メタモルフォーゼの縁側』という作品は、雪の感じたことを彼女の視点から丁寧に描き出すシークエンスから始まる。

亡くなった夫とよく行っていた喫茶店が閉まっていたこと。本屋に入ってそこに一年以上も来ていなかったのを思い出したこと。久しぶりに見た漫画の絵の美しさに心を動かされたこと。この豊かな描写は、しかし「おばーちゃん」がBLを手に取っているという店員の奇異の目線によって一瞬断ち切られる。この短いシーンは世間一般の目線を端的に代弁しているというべきだろう。雪は「雪」という個人であるまえに、「おばあちゃん」として世の中からまなざされ、そのイメージに合うような行動をすることを期待されている。

それはうららについても同じことだ。彼女は世間一般の「女子高生」に期待されることに、なんとなく馴染めなさを感じている。朝から華やかに身支度を整えている同級生を見て「別の生き物みたい」と感じ、幼なじみたちが異性愛的な関係を築き、社会と折り合いをつけていっていることにも距離を感じている。自分なりのやり方を見つけなければと思っていても、どうするべきか確信が持てない。

「自分だけ他の人より / 時間の流れが遅いように感じることがある」というモノローグは、そんな彼女の実感をうまく表現している。雪もうららもさまざまな感情を抱えながら、それを自身の立場を超えて共有する相手を見つけられないでいる。

BLという共通の趣味は、そんな雪とうららを一気に結びつける。たとえ二人しかいなかったとしても、この出会いは劇中のBL漫画『君のことだけ見ていたい』についての新たなファンコミュニティーの誕生を意味するといっていい。

お互い対等な立場で作品の解釈を語り合い、一緒に盛り上がる経験を重ねていくことで、二人はそれまで知らなかった類の親密性を育てていく。それは「おばあちゃん」 / 「女子高生」という社会的立場・抑圧から遠く離れた場所にある関係であり、血縁や性愛によらない新しい共同性の発見でもあるだろう。

そしてその共同性は、二人の生活を決定的に変えることになる。うららは雪と「好き」を共有する楽しさと安心感を知り、自身の決断で一歩を踏み出す。それを後押しした雪は、変わっていくうららに触発され、ある行動を起こすのだ。そして、その変化は物語の最後にひとつのささやかな奇跡として結実することになる。

『メタモルフォーゼの縁側』は他者との出会いや、BLファンコミュニティーに属する楽しさを祝福する

『メタモルフォーゼの縁側』は、人が人と出会うこと、そしてそれによって変わっていくことを、人生を豊かにするものとして描いている。そしてBLのファンコミュニティーは、それを可能にする場として提示されている。ここでは異なる属性や抑圧を超えて女性たちが出会うこと、そしてそれを可能にするBLコミュニティーに属する楽しさが、前向きなかたちで祝福されているのである。この作品を支持した多くの人々は、そんな明るいメッセージ性に敏感に反応したのだろう。

映画版においても、原作の良さはそのまま引き継がれているといってよい。BLを通した交流を重ねることで変わっていく二人の姿は、芦田愛菜と宮本信子の繊細な演技もあり、思わず観客が応援したくなるあたたかな魅力たっぷりだ。原作5巻ぶんの内容を2時間にまとめた手腕には、脚本を担当した岡田惠和の手腕が光っている。それぞれ重要な役柄を演じる高橋恭平(なにわ男子)や古川琴音の存在感にも目を引かれるものがあり、全編通して見どころの多い快作に仕上がっている。

二人の女性のつながりを通し、他者との出会い、そしてBLコミュニティーがもつ力を明るく称揚した『メタモルフォーゼの縁側』。原作が好きだった人にも、そしてまだこの物語に触れたことがない人にも、今回の映画版をぜひ観に行ってほしい。

『メタモルフォーゼの縁側』予告編

参考文献

*1:金田淳子『マンガ同人誌―解釈共同体のポリティクス』(佐藤健二・吉見俊哉(編著)『文化の社会学』有斐閣、2007年、pp.163-190)
*2:東園子『宝塚・やおい、愛の読み替え: 女性とポピュラーカルチャーの社会学』2015年、新曜社
*3:溝口彰子『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』2015年、太田出版、Kindle
*4:前川直哉『ゲイ男性はBLをどう読んできたか』(堀あきこ・守如子/編、『BLの教科書』有斐閣、2020年、7、pp.221-232)

石田美紀『少年愛と耽美の誕生――1970年代の雑誌メディア』(堀あきこ・守如子/編、『BLの教科書』有斐閣、2020年、7、pp.18-34)
藤本由香里『少年愛・JUNE/やおい・BL――それぞれの呼称の成立と展開』(堀あきこ・守如子/編、『BLの教科書』有斐閣、2020年、7、pp.2-17)
佐藤麻衣・石田仁『BL読者/非読者に対する調査 報告書』(2022年)

作品情報
『メタモルフォーゼの縁側』

2022年6月17日(金)から全国公開

監督:狩⼭俊輔
脚本:岡⽥惠和
原作:鶴⾕⾹央理『メタモルフォーゼの縁側』(KADOKAWA)
⾳楽:T字路s
劇中漫画:じゃのめ、鶴⾕⾹央理
出演:
芦田愛菜
宮本信⼦
⾼橋恭平
古川琴音
汐谷友希
伊東妙⼦
菊池和澄
大岡周太朗
⽣田智⼦
光石研
配給:日活


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