方向性を失ったフェーズ4に、マーベルが出した答えは? MCU「マルチバース・サーガ」発表を紐解く(前編)

メイン画像:マーベル公式サイトより

「大風呂敷」を広げたマルチバース・サーガ

マーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)の「マルチバース・サーガ」が始まった。いや、実際にはすでに始まっていたのである。

2022年7月23日(米国時間)、マーベル・スタジオは「ポップカルチャー世界最大の祭典」と称される『サンディエゴ・コミコン2022』(以下コミコン)にて大型プレゼンテーションを開催。ドラマ『ワンダヴィジョン』(2021年)に始まったMCUのフェーズ4から、2025年11月公開の映画『アベンジャーズ:シークレット・ウォーズ(原題)』までのフェーズ6を「マルチバース・サーガ」と呼ぶことを発表し、世界中のファンを興奮の渦に巻き込んだ。

しかし実際のところ、マーベル・スタジオはMCU始まって以来の正念場を迎えていたといっていい。『アイアンマン』(2008年)から『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019年)までのフェーズ1~3で展開した「インフィニティ・サーガ」が終わったあと、フェーズ4の方針や作品にはファンや批評家から厳しい声が噴き出していたのだ。

コミコンでのプレゼンテーションの様子

マーベル・スタジオの計画は巨大である。コミコンで発表されたのは「マルチバース・サーガ」という名前だけでなく、向こう約3年間のロードマップだったのだ。まずは、これまでいつ終わるとも知れなかったフェーズ4が、映画の次回作『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(11月11日公開)で終了することが決定。その後はフェーズ5に突入することが明らかになった。

フェーズ5のラインナップはこれまで以上にバラエティー豊かである。『アントマン』『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズの最新作や『キャプテン・マーベル』(2018年)の続編『ザ・マーベルズ(原題)』のほか、マハーシャラ・アリ主演映画『ブレイド(原題)』や、NetflixからDisney+へ移籍しての新作ドラマ『デアデビル:ボーン・アゲイン(原題)』。さらに2代目キャプテン・アメリカが主人公の映画『キャプテン・アメリカ:ニュー・ワールド・オーダー(原題)』、悪党(ヴィラン)たちがチームを組む映画『サンダーボルツ(原題)』など、映画6本・ドラマ6作で構成される。

そして「マルチバース・サーガ」の最終章となるフェーズ6には、MCU版映画『ファンタスティック・フォー(原題)』が登場。締めくくりには『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)以来6年ぶりのシリーズ新作映画となる『アベンジャーズ:カーン・ダイナスティ(原題)』『アベンジャーズ:シークレット・ウォーズ』の2本が待つ。フェーズ6の全貌は不明だが、映画が5本以上、さらに複数のドラマが製作される予定だ。

2021年1月から2025年11月までの「マルチバース・サーガ」は、現時点で映画16本、ドラマ12作以上からなる予定。今回、マーベル・スタジオは『ホワット・イフ…?』(2021年~)を含むいくつかのテレビ作品をサーガから除外しているが、これらが再び組み込まれる、または新たな企画が追加される可能性も高いため、この作品数はあくまで暫定のもの。「大風呂敷」とは、まさしくMCUのためにあるような言葉ではないか。

ともかくマーベル・スタジオは、約12年を費やした「インフィニティ・サーガ」以上の作品数を、「マルチバース・サーガ」のわずか5年間で連続リリースすることを決めた。MCUを追いかけきれなくなったファンも増えているいま、いよいよ完全に振り落とされないかと心配になる作品数だが、今回の発表が未来への期待感を大いに高めてくれたことはたしか。なぜなら「マルチバース・サーガ」のビジョンは、『エンドゲーム』のあとMCUから失われたものを埋めるのにふさわしい内容だったからだ。

「インフィニティ・サーガ」以降の迷走。フェーズ4が抱える問題点とは

『アベンジャーズ/エンドゲーム』で宇宙最凶の敵・サノスをアベンジャーズが倒し、アイアンマンとキャプテン・アメリカが物語の表舞台を去ったあと、MCUはかつてない状況に置かれた。大きなストーリーの指針がなくなってしまった(少なくとも観客にはそう見えた)のである。

いまから思えば、「インフィニティ・サーガ」は緻密な構成をそなえていた。まず『アイアンマン』から『アベンジャーズ』(2012年)までのフェーズ1は、アイアンマンやソー、キャプテン・アメリカの単独映画を展開させつつ、アベンジャーズの結成までをゆるやかに描いている。

『アベンジャーズ』予告編

続くフェーズ2では、ヒーローそれぞれの物語を深めながら、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーという「宇宙組」を登場させ、宇宙に散らばるインフィニティ・ストーンというキーアイテムで一貫性を持たせた。作品のクオリティーに波はあったが、作品同士をつなげることで観客の期待を途切れさせない仕掛けはすでにあったのだ。

そしてフェーズ3に入ると、それぞれの映画がより緊密につながり始める。スパイダーマンやドクター・ストレンジ、アントマン、ブラックパンサーらを新たに登場させつつ、彼らの全員にインフィニティ・ストーンとサノスの物語を絡めることで『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018年)と『エンドゲーム』という集大成が実現した。こうしたストーリーテリングは、いわば従来の映画よりもテレビシリーズに近かったと言えるだろう。

『アベンジャーズ/エンドゲーム』予告編

ところがフェーズ4に入ってから、対サノス戦の余波に焦点を当てる一方、MCU全体の方向性はいきなり曖昧になった。たとえば『ブラック・ウィドウ』(2021年)で『インフィニティ・ウォー』以前の前日譚を描いたかと思えば、『エンドゲーム』後を彩るシャン・チーやエターナルズなどの新ヒーローが登場。その一方、MCU版スパイダーマンの物語は『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021年)で区切りを迎えている。

同時にDisney+では、ドラマシリーズである『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』(2021年)や『ホークアイ』(2021年)、新ヒーローの初登場となった『ムーンナイト』(2022年)や『ミズ・マーベル』(2022年)も展開。たしかに作品数は増え、ラインナップは充実したが、いよいよMCU上の扱いが不透明な『ホワット・イフ…?』を含め、いつ・どこに・どのようにつながるのかがわからない、しかし単独で完結しているとも考えづらい作品が増えてきた感は否めなかった。また、本編後に挿入されるポストクレジットシーンに新たなキャラクターと俳優がサプライズ登場するケースも増えたが、彼らのほとんどは再登場のタイミングがわからないままだ。

しかも問題は、単に「話がつながっていればいい」わけではないことだ。『ワンダヴィジョン』と『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(2022年、以下『MoM』)の物語はリンクしていたが、コロナ禍の影響もあったせいだろう、スカーレット・ウィッチ / ワンダ・マキシモフと家族をめぐる展開は、よく似た内容をドラマと映画で二度繰り返す格好になった。しかも『MoM』は『ワンダヴィジョン』の鑑賞を必要とする作品だったため、「ドラマを見ていなければ映画を完全には理解できないが、実質的に内容は反復されている」という歪な状況が生まれたのである。

またキーコンセプトのマルチバースでさえ、その仕組みはいまだ不明瞭なままだ。『アベンジャーズ/エンドゲーム』から『ロキ』(2021年~)の流れと、『ノー・ウェイ・ホーム』『MoM』ではコンセプトや原理がやや異なるように見えるが、どちらを基本的なものとして理解すべきなのか。また、『ノー・ウェイ・ホーム』『MoM』と『ロキ』がマルチバースを駆使し、いずれも「唯一無二の生を肯定する」というテーマを描いたことも、さっそく内容面の重複を起こしてしまった感が否めない。

『アベンジャーズ』の新作2本で再びの集大成を。マーベル・スタジオによる批判への応答

フェーズ4で起こった一連の「ぐらつき」は、結果的に作品のクオリティーに表れていた。特に『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021年)と『ノー・ウェイ・ホーム』を除く映画作品の評価は低調で、Rotten Tomatoesの批評家スコアは『エターナルズ』(2021年)が47%、『MoM』が74%、『ソー:ラブ&サンダー』(2022年)が67%という結果。フェーズ3の作品群に対する評価と比較すると、数値の差は一目瞭然だ。

この問題は口コミ効果に、ひいては興行収入につながることになる。『ソー:ラブ&サンダー』と『MoM』は、公開後2度目の週末興行収入がそれぞれ前週比-68.1%、-67%というMCU史上ワースト級の下落率を記録。コロナ禍の影響や興行条件の違いこそあれ、『ブラック・ウィドウ』も-67.8%、『ノー・ウェイ・ホーム』も-68%という下落率を示しているため、「熱心なファンが公開直後に詰めかけ、翌週から客足が減る」という傾向はしばらく続いていることになる。これらのデータは、既存のファン以外に作品が届きにくい現状を示してもいるはずだ。

『エンドゲーム』で「インフィニティ・サーガ」が美しい結末を迎えたあと、急激にほころびを見せはじめたMCUに疑問を抱いていたのは一部の人々だけではなかった。『ソー:ラブ&サンダー』の公開日、米TIME誌は「もはやマーベル・シネマティック・ユニバースは機能していない」と題した論考を掲載。「キャラクターとストーリーラインの数が多すぎるうえ、それぞれの方向性がまったくもってバラバラだ」と厳しく批判している(*1)。

「マルチバース・サーガ」の発表が大きな歓迎を受けたのは、これがフェーズ4への批判にひとまず応答するものだったからだろう。マルチバースというコンセプトを軸に、いくつもの物語を集約していき、その最後には『アベンジャーズ』の新作2本で再びの集大成を実現する。マーベル・スタジオはこの宣言によって、「方向性がわからない」と叩かれていたフェーズ4に確固たる方向性を与えてみせたのである。

では、MCUはかつての集大成である『エンドゲーム』当時の熱狂を、フェーズ6で再び蘇らせることができるのか? 後編では「マルチバース・サーガ」への期待と課題を、過去と現在の分析から紐解いてみたい。

*1:TIME「Thor: Love and Thunder Is Proof That the Marvel Cinematic Universe Doesn't Make Sense Anymore」



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